沙流川流域その1(平取町編)





三岩の農家の廃屋









沙流川は日勝峠を源に日高町、平取町、門別町を貫く長さ約100kmの一級河川です。その中流から上流域は日高町の中心市街地こそありますがそのほとんどは離農が進み今では人もほとんどいなくなってしまった地域です。かつては鵡川から日高町まで国鉄富内線が走っていたのですがその痕跡は知らなければほとんど気づくことはありません。また国道237号は石勝樹海ロードが開通する前は道東へのメインルートのひとつでしたが今では通過する車さえも少ない状況になっています。



平取町の中心部からしばらく行くと振内に到着。振内は平取町の北部の拠点で振内町民センター、振内小学校、振内中学校などがあります。学校はこれより北部にあったものはすべて廃校となり統合されました。市街としてもそれなりの規模があり飲食店、ガソリンスタンドが立地します。旧富内線の振内駅は鉄道記念館になっていて屋外にはSLも展示されていますが腐食がかなり激しい。

そしてここからさらにしばらく行った沙流川と仁世宇川の分岐した先にあるのが岩知志の集落です。この付近はまだ山が穏やかで川の北側には平地が広がります。岩知志ふれあい館はかつての岩知志小学校の跡地に造られた施設。その奥には平成9年に設立された農産物加工センターがあります。平成10年より農閑期に手作り味噌沙流川母味地を少量ながら生産しています。建物は保育所の跡のような雰囲気。

仁世宇川沿いには昔ながらの釣堀仁世宇園、平成13年頃完成した新しいキャンプ場ニセウエコランドがあります。さらに川を遡った地は仁世宇の開拓地がありましたが現在では全戸離農し林間に仁世宇小中学校の廃墟と農家の廃屋が数軒残されるだけになりました。また仁世宇にはクロムを産出する日東鉱山、太倉鉱山がありましたがその痕跡はほとんど探すことさえ不可能な状態です。二風谷にある沙流川歴史館には概観程度は把握できる地図があります。



岩知志小学校は平成2年閉校。本体の建物はなく記念碑とわずかに遊具と職員住宅だけが残ります。



岩知志小学校校庭。



岩知志からさらに上流の上岩知志。ここまで来ると山がかなり迫ってきます。集落自体はわずかに数軒が残る程度でかなり寂しい。写真は平成15年8月に撮影した昭和55年に閉校になった上岩知小学校。現在は上岩知志住民センターとして利用されています。閉校から20年以上を経た建物で教室側は内部の改造、屋根の改修が施されていますが体育館側は外観的には屋根の痛みがかなりひどい状態です。崖山に抱かれている校舎はたいへん魅力的で個人的には道内一好きな廃校です。



平成16年5月に再訪。



上岩知志小学校入り口脇にある石材置き場。沙流川一帯は岩石の採掘が盛んでその関連の事業所が数軒沿道に見られます。石の灯篭などがずらりと立ち並ぶ場所もありかなり壮観です。小学校前にはバス停もありその道路を隔てた反対側の奥には富内線の岩知志駅がありましたが今では駅の痕跡は空き地が広がるのみの状況です。



北海道旅情報巻頭  3-8.農林山村スケッチ
沙流川流域その1(平取町編)