スイスの名歌手/ヘフリガーとマティス

 スイスには、優れた歌手がいます。その中でも、エルンスト・ヘフリガーというテノール歌手とエディット・マティスというソプラノ歌手は、得意とした分野がドイツ歌曲や宗教音楽、モーツァルトを中心としたドイツ・オペラといった世界であった為か、あまりメジャーではありません。
 確かに、イタリア・オペラのプッチーニやヴェルディといった華やかさ、ワーグナーのような力強さは彼らの持ち味ではありません。
 しかし、心に浸み入ってくるような深い味わいのシューマンや、ブラームスといった作曲家の歌を聞かせてくれる名歌手でありました。
 ヘフリガーはダヴォスで生まれています。一九一九年の生まれですが、七十を過ぎてなお、若々しい張りのある声を聞かせた人で、日本に何度も来日して、素晴らしい演奏会を何度も開きました。
 その演奏会のライブや前後しての録音がCDとして今も手にすることができます。
 ヘフリガーは、チューリッヒの音楽大学を卒業した後、ウィーン、プラハで学んだ後、
一九四三年、チューリッヒの歌劇場でデビュー。リリック・テノールという声質で、ベルリン・ドイツ・オペラでは第一テノールを長年に渡って勤めました。
 ただ、こういう経歴よりも、彼は同時にミュンヘンの音楽大学で指導もしていて、その縁で、今世紀最大のバッハ演奏家でミュンヘン・バッハ管弦楽団および合唱団を率いていたカール・リヒターと知り合い、特にバッハの傑作「マタイ受難曲」のエヴァンゲリストとして世界的に名を成したことで、良くご存知の方も多いのではないでしょうか。
 
 もう一人、一九三八年にルツェルンに生まれ、ルツェルンの音楽大学とチューリッヒの音楽大学で学んだエディット・マティスも戦後ドイツ語圏を代表するリリック・ソプラノでありました。在学中の一九五六年にモーツァルトの歌劇「魔笛」でデビュー。お父さんがルツェルンの教会(どこかは不明)の合唱団の指揮をしていた関係もあってでしょうか、
バッハを始め宗教曲を得意としています。
 バッハの世俗カンタータ等での、溌剌とした演奏は、凛とした姿を連想させる、素晴らしいものです。「結婚カンタータ」などの演奏は、一度耳にすれば忘れられない音の記憶となって、いつまでも心を揺さぶる…。そんな演奏家ですね、彼女は。

 二人が共演した演奏はそう多くありません。リヒターの指揮でカンタータ第一番「輝く曙の明星いと美しきかな」と同じく第二一番「わかうちに憂いは満ちぬ」の二曲しか私は知りません。しかし、実に深い味わいの演奏で、もっと残して欲しかったという思いにかられます。

 ヘフリガーの演奏で忘れがたいものはたくさんあります。バッハの演奏を除けば、シューベルト、シューマン、ブラームスの歌曲などもまた紹介したい思いでいっぱいになります。日本で録音したブラームスの歌曲集「マゲローネのロマンス」やシューマンの「詩人の恋」、シューベルトの「美しき水車小屋の娘」、「冬の旅」等を聞くと、これが七〇を越えた人のテナーとは信じがたいものがあります。その瑞々しいこと!!

 マティスのモーツァルトの歌劇や歌曲、シューベルトやシューマンもまた、その瑞々しい表現に心を奪われます。

 ダヴォス、ルツェルンという、美しい風景が育んだ二人の歌い手は、華やかな歌劇場のキャリアも持ってはいましたが、それだけに飽きたらず、音楽の深さ、広がりにこだわったことは特筆されて良いでしょう。
 他の、多くのスイス出身の音楽家達と共通の何かを、そこに聞くような気がします。

 えっ、誰です?スイスの文化の香りがしないなんて言う人は!!