クーレンカンプ(Vn)シューリヒト指揮トーンハレ管のブルッフ

クーレンカンプの芸術 VOL.2
(輸)DANTE LYS 134

 木管のため息に誘われるように歌い始めるヴァイオリンの美しさは、この演奏がいかに優れているかを冒頭の一節で我々に証明して見せる…。
 クーレンカンプの独奏によるブルッフのヴァイオリン協奏曲第一番ト短調はそのようにして始まります。
 指揮をしているのは、この頃スイスに移り住んで来たドイツの名指揮者、カール・シューリヒト。
 オーケストラは最近、ジンマンとのコンビで黄金時代を迎えつつあるチューリッヒ・トーンハレ管弦楽団。
 こんな豪華な取り合わせでの録音を、歴としたデッカが録音しているというから驚くじゃないですか。
 そして、どうして今まで日の目を見ていなかったのかと、驚くやら、悲しくなるやら、更にはやっと出会えた喜びでうれしくなるやら、何かと忙しい演奏でもあるようです。

 さて、始まりから終わりまで、途中一瞬たりとも弛緩を感じさせる所はなく、更に録音は戦後すぐというのに、さすがデッカの録音スタッフ。なかなか分離の良い録音で、当時としてはトップクラスの仕上がりであると申せましょう。
 私が持っているのは、ダンテの復刻ですが、なかなか良い音で聴かせてくれるので、私は特に不満はありません。あえて言うならば、終楽章でのダイナミック・レンジがもう少し広かったら、ということと、少々高音をカットしすぎたかなという時がほんの数カ所、ある程度です。

 それよりも、このヴァイオリンの素晴らしさ!!
 カール・フレッシュの後任として、ルツェルン音楽院のマスター・クラスに迎えられたものの、病弱の為間もなく亡くなる運命にあったとは言え、この瑞々しい音色は、何物にも代え難い素晴らしさであります。
 フルトヴェングラーがその音を心から愛したのも、充分に解ります。

 第二楽章の息の長いフレーズを、下手に甘美な味付けをするのではなく、実に清楚に歌い上げ、それが何とも悲しい余韻をもたらしています。
 オーケストラのそれに対する敏感な反応は、特筆されるべきです。
 実際、そう難しいオケ・パートというわけではないので、この曲のオーケストラなんて、誰がやってもそう変わらんだろう位に考えていた、我が身の愚かさを恥じ入る次第であります。
 シューリヒトのデリカシーに富む指揮の元、チューリッヒ・トーンハレ管のメンバーは、しっとりとした音色で、クーレンカンプの演奏に反応しています。オケの実力の数倍以上の出来と言うと、トーンハレ管に失礼かも知れませんね。
 しかし、そうとでも言いたくなるほど、このオケは素晴らしいのです。
 終楽章も期待を決して裏切りません。オーケストラと一体になったヴァイオリンの情熱は、決して野放図にはならず、しっかりコントロールされていて、我々が楽しむ余裕を充分に与えてくれます。
 人によっては、もっと情熱的に、テンポなどで煽った方が好きな人もいるかも知れませんが、そうするよりも、平常心の中で曲全体をまとめ上げていく手腕に、あっやっぱりこの人はドイツのインテリなんだと、思わせるものがあります。
 カップリングは独テレフンケンへ録音した一九三六年の有名なブラームスのヴァイオリン協奏曲。
 こちらはイッセルシュテット指揮のベルリン・フィルですが、全くチューリッヒ・トーンハレ管弦楽団とシューリヒトは全く負けていませんよ。大推薦の一枚です!!