オネゲルの交響曲第一番
 オネゲルをフランスのエスプリ(知性)の効いた「洒落た」(誰がこんなことを言い始めたんだ?)音楽だと思ったら大間違いで、そんなことを思って聞き始めたらその筋肉質で粘着性の高い作風に驚くことでしょう。五曲ある交響曲はいずれもフランク以来の伝統である3楽章で出来ており、ルーセルとともにフランス近代の屈指の交響曲作家であったことを示しています。
 第一番は1930年、オネゲル38歳の時に作られました。もうすでに傑作「ダビデ」をはじめ交響的運動第一番「機関車パシフィック231」、交響的運動第二番「ラグビー」といったよく知られた作品を世に送りだしており、この第一番は満を持して作り上げられた作品であり、ブラームスの第一番のような熟練した作曲家による第一番であるということが大きな特徴であります。
 作曲はボストン交響楽団の指揮者クーゼヴィツキーからの依頼により、同楽団の五十周年を記念するための音楽であるといいます。このとき依頼された曲は他にルーセルの第三番の交響曲、ストラヴィンスキーの詩編交響曲、プロコフィエフ交響曲第四番、ヒンデミット協奏的音楽、ラヴェルの編曲した「展覧会の絵」!!だったのです。
 凄い曲ばかりですね。クーゼヴィツキーという人が近代音楽に果たした役割の大きさが偲ばれます。さて、第一楽章アレグロ・マルカートは不協和な響きと押し寄せるリズムの嵐の激しい第一主題とその上の乗っかったレガートなやや抒情的な第二主題との対比に特徴があります。全体で六分程の短く、簡潔にまとめられた感もあります。
 この楽章だけ独立させれば、交響的運動第4番になったかも知れません。そのくらい動きの激しい楽章です。
 第二楽章アダージョは、意外にも初演の時の評判は良くなかったそうですが、いやいや大変深い感動を持って響く音楽で、ショスタコーヴィッチの交響曲の緩徐楽章のような趣すらあります。オーケストレーションはよりショスタコーヴィッチのより分厚いですが…。弦と管が応えあいながら次第にクライマックスに昇り詰めて行きます。この楽章が一番長くて、10分程度かかります。オネゲルはここに全体の重心を持ってきていたのだと私は考えています。
 第三楽章はプレストという急速なテンポをもって始まりますが、ストラヴィンスキーの春の祭典のようにバーバリズム風のバレエ音楽のような開始ですが、この曲の中で最も調性的な響きを持って明るく飛び跳ねるような楽想が続き、それが次第に盛り上がった後、すぅーっとアンダンテ・トランクィーロ(=ややゆっくり、静けさをもって)に移ります。そして抒情的な響きの中に穏やかな牧歌的世界を歌い上げて曲を閉じます。かなりの緊張を強いるような世界からはじめ、深い宗教的な祈りを通してこの牧歌的な世界に行き着くというのは、実に色んなことを考えさせる終わり方であります。ひょっとしたらオネゲル流の皮肉なのかも知れません。時代はもう戦争に入っているのです。