オネゲル交響曲第二番
 第二番の交響曲は弦楽合奏のために書かれました。1936年にスイスの音楽界の大立者の指揮者パウル・ザッヒャーが自身が創設したバーゼル室内管弦楽団の創立十周年を記念して委嘱したものでしたが、作曲ははかどらず、五年の歳月を要した後、1941年に完成し、ザッヒャーの指揮で翌1942年5月にチューリッヒで初演されました。
 主にこの作品は、第二次世界大戦のまっただ中のパリで作られました。ナチの軍靴の音が高らかに響くヴィシー政権下のフランスはパリで、彼はまず第二楽章の「メスト」(=悲しげに)を書き上げたそうですが、彼自身の言葉によると「時折絶望的に響く憂鬱な楽曲」であるそうです。根っからの平和主義者であったと思われるオネゲルの心中はいかばかりであったことでしょう。
 そしてオネゲルは、第一楽章モルト・モデラート〜アレグロの作曲にうつり、厳粛なムードから主題が点滅するように発生し、増殖し、そしてアレグロに突入。ナチの軍隊の行進のような規則正しいリズムと、それに対抗するような不協和なリズムの応酬。再び、モルト・モデラートのレガートな世界へ。しかし不条理はここにも押し寄せ作曲者の心を強く刺激していく…。このテンポで区切られた対照的な二つの音楽が強烈な印象を与える音楽です。
 おそらくは、オネゲルはこんな解釈を私が述べ立てても、「そんなことは考えていなかった」とにべもなくあしらわれるのではないかと考えます。きっとオネゲルはこの作品を純音楽として作っているのです。しかし、そんな色んなことを考えてしまうような状況下であったということでしょうね。
 第二楽章は主題と八つの変奏といった感じの楽章ですが、メストという標語が示すとおり、現代風の実に深い嘆きの音楽となっています。
 溜息のような低音の動きがパッサカリアのテーマとなり、その上にビオラ、ヴァイオリンが次々とメロディーを紡いでいくのですが、そのパッサカリアのテーマが軸となって深い諦念と悲しみを表しているようです。リズム的には単調で、逆にそのことで深い宗教的な静けさも持ち得たのでははないでしょうか。
 オネゲルの最も優れたページであると思います。
 終楽章の第三楽章は、恐らくバランスをオネゲルはとったのではないでしょうか。それまでの音楽はあまりに絶望に満ちていたので、この終楽章のウィヴァーチェ・ノン・トロッポはこの曲の中では、多少なりとも明るい世界をもっています。おそらく希望を持って来るべき世界を見ようとしていたのではないかとまで思ってしまいますが、さてオネゲルの真意はどこにあったのでしょう。
 最後にトランペットが任意で入れられます。オネゲルはオルガンのストップを操作するような気持ちで加えたそうですが、ヴァイオリンとユニゾンで、メロディー・ラインの補強のような役目を担っています。確かにその意味でオルガンのストップを動かしたような効果を与えています。
 ちょっと最後でコラールのメロディーが出てきたような、バッハのオルガン・コラールのような効果をもたらしています。このトランペットは使いたくなければ無くても良いとなっていますが、これは絶対にあったほうがいいでしょうね。ここだけに出てくる楽器ですから、いきなりで結構目立つのですが、意外と不自然な感じは無く、これが無い演奏って聞いたことあったっけ…。