バーゼルと音楽院と古楽器博物館

バーゼルには、有名な古楽器博物館がありますね。音楽院の一隅に作られた古楽器の博物館は、ここを本拠として活動したアウグスト・ヴェンツィンガーというチェロ奏者の興した、古楽復興運動の歴史でもあるのです。

 バーゼル音楽院は、同地に生まれた今世紀前半に活躍したピアニスト、エドウィン・フィッシャーの学んだ学校でもありました。彼は、技巧派のバリバリ弾くタイプとはおよそ無縁の、音楽を深く読み、そこから珠玉のような瞬間を作り出す巨匠でした。ピアニストというより音楽家だったのです。

 彼は、バッハを特にそのレパートリーの中心に置いていて、平均率クラヴィーア曲集の全曲録音をいち早く手がけたり、フィッシャー室内管弦楽団を組織してバッハの管弦楽組曲などを録音したりもしています。また、親友のフルトヴェングラーとベートーヴェンのピアノ協奏曲第五番「皇帝」を録音していたり、彼の協奏交響曲の初演を担当していたりと、なかなか渋い演奏が残っています。
 ベートーヴェンの「皇帝」の出だしの単なるアルペジオがこんなに音楽的だったことは、滅多にないことではないでしょうか。録音されて五十年近くたった今も、その演奏は現役で売られているということだけでも、その音楽的な完成度の高さが理解していただけるのではないでしょうか。

 こういう伝統がスイスの特徴のようですね。ミシェル・コルボやヘフリガー、グラーフといった人たちのレパートリーの特徴でもあります。古いものがなんでも良いわけではありません。しかし、バッハだけでなく、それ以前の音楽の中にも、立派な良い音楽がたくさんあったわけで、それらをその時代の楽器で、その時代の演奏法で再現しようという運動が、この地から起こったことは何の不思議でも、偶然でもなく、まさに必然だったようです。

 フルート奏者のリンデ(後のバーゼル音楽アカデミーの院長にもなった名フルーティスト)やジュネーヴで生まれたオーボエの天才ミシェル・ピゲや、ウィーンから呼び寄せた古楽器に興味を持って演奏活動していたバイオリニストで、古楽の演奏のためにいくつかアンサンブルや室内オケを組織し、主宰していたエドゥアルト・メルクスなどが、ヴェンツィンガー教授のもとに集い、バッハやテレマン、更にそれ以前の音楽の演奏を地道に研究していったのが、バーゼル・スコラ・カントゥルムだったのです。

 古楽の研究機関であったバーゼル・スコラ・カントゥルムに併設された合奏団の演奏は、バーゼル生まれのバーゼル育ちのヴェンツィンガー教授の指揮で、六十年代にはたくさんレコードが出ていました。
 
 今では、クイケン兄弟やレオンハルトといったオランダ勢を中心に、古楽演奏団体も星の数ほどありますし、その演奏水準もたいへん高いものになってきています。その中でもいくつかの演奏は未だに現役で売られていることでも、当時の彼らの水準の高さがわかっていただけるのではないかと思います。
 何か一つをとおっしゃる方に、テレマンの「食卓の音楽」からの抜粋がポリドール(レーベルはアルヒーフ)から出ております。どなたにでも楽しくお聞きになっていただける肩の凝らないバロック音楽ですので、ちょっとお薦めです。
 バーゼルに行かれた際には、古楽器博物館に寄ってみてはいかがでしょうか。