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− 轍 ・ 05/05/01 −

夜半から降り始めた雨は、明方近くになるとかなり強い風を伴った激しい降りになった。朝一番で虎ヶ埼まで往復するつもりで、とりあえず5時に起きたのだが、当然の如く動く気になる訳ない。やんぴしてシュラフの中でウダっていると6時前には待合室が開いたので、撤収して中に入ってTVを見ていると天気予報になった。この雨は低気圧に伴う前線の通過で、今日1日は終日降り続くが明日2日の昼ぐらいには回復する、との予報である。相島と見島のどちらに行こうか決めかねていたが、相島は車道がほとんどないので、自転車を置いて空身で渡ることにした。とにかく今日を耐え抜くことが肝心だ。
定期船「つばき2」 8時発の定期船「つばき2」に乗船する。客室はオール座敷のようなので揺れに備えて寝転がるが、思っていたほど揺れなくて、つまらん。萩商港を出航するときはかなりの風雨だったが、約40分の船旅を終えて相島港に着くと、幸いなことに雨はほとんど止んでいた。船から下りた10人ほどの人々が迎えの車に乗って去っていくと、あっという間にとことん人気がなくなった港に、独り取り残された。
相島は岩の絶壁に周りを囲まれた小さな島だ。港には小さな島には大きすぎると思えるほどバカでかい荷置場があるだけで、商店や観光案内所はおろか、人が暮らしているような家は一軒もない。どうやら集落は坂を登った上にあるようだ。とにかく雨が降ってなくて助かった。背後にはどんよりと曇った暗い空の下に、これまた暗い日本海と小さな港の風景があったが、のんびりと歩き始めるとすぐに見えなくなった。 相島港
相島の集落 木立の中の急勾配の坂を登り切ると、辺りがポンと開ける。道端の掲示板を何気なく見ながら集落の中へ入っていくと、石積の塀に囲まれた家が犇めき合い、なんとも島らしさが漂ってくる。幾つも分岐しながらクネクネと曲がる細いコンクリ道を適当に進み、途中で擦れ違った原チャリのおばさんに燈台への道を尋ねたら、とても丁寧に教えてくれました。
教えられた通りに、とにかく上の方に向かって真直ぐに歩いていく。小さな集落の外れでアスファルト舗装の道に出た。巾5m位の道と言っていたので「これだろう」と、右に折れて坂を登る。振り返ると、雄大な風景が開けていた。対岸に望む青海島には潮場の鼻灯台の白亜の灯塔が米粒よりも小さく見えていた。 相島から見えた潮場の鼻
お地蔵さま 折からの雨に濡れた畑の中を登っていく。相島は萩諸島のうちでは見島に次いで2番目に大きな島であるが、出遭う人も無く、島全体がひっそりと静かな雰囲気に包まれている。坂道の途中には小さな墓地があり、大きな木の枝の下には2体の石の仏像が海に向かって仲良く並んで座っている。
坂を登り切って廃棄物処分場を過ぎると、その先はまた巾の狭いコンクリ道になった。段々畑がそこかしこに広がる島の中を、てくてくと、ひたすら歩き続ける。やがて右の方からは、寄せる波の砕ける音が間近に聞こえてくるようになった。時折、潅木の合間に海岸が見えるが、どこも荒々しい岩の絶壁だ。 相島の小径
萩相島燈台 道のりも半ばを過ぎたようで、小径は幾つかに分岐しながら緩やかに下りはじめた。ずっと送電線に沿っていくと、通ヶ鼻の周辺には植林されたような垣根が並び、岬先端に立つ萩相島燈台の姿が見えた。近づいていくと、四角形だと思った燈塔は、海に向かった面だけが丸くなった蒲鉾を立てたような珍しい形状だ。誰が置き去りにしたのか、原チャリが一台、淋しく雨に濡れていた。
岬に着いたときには北方の海上に見島が見えていたが、いつのまにか見えなくなっている。「こりゃ降ってるな」と思っていたら、相島でも降り出した。合羽は持ってきているが、かなり激しい降りに打たれる気にもなれず、燈台の扉の前の小さな軒下で雨宿りする。どうせ船が出るまで5時間以上はあるので、気が楽だ。
狭い軒下で縮こまっていたが、やっと小降りになってきた。まだまだ時間はあるので、通ヶ鼻の岬周辺をぶらぶらして、崖下の綺麗な海岸を見て回る。どてっ腹に海食洞の開いた、小さな島とでもいったほうがいいような奇岩がライオン岩だろうか? そう言われれば、そうにも見えてくる。 通ヶ鼻のライオン岩
相島に広がる畑 10時半過ぎに岬を出発。1時間以上、燈台に居た。帰り路は分岐した横道に入りこんで、島の様子を窺ってみる。崖に囲まれた相島内部は起伏地ばかりだが、至る処まで耕された段々畑や果樹園が広がっている。島の人々の勤勉さを物語るような、美しい風景だ。
てれてれと歩いてきたが、それでも1時間かからずに集落まで戻ってきた。すでに昼近い時間だというのに、あいかわらずひっそり閑と静まりかえっている。それにしても相島には、コンビニはもちろん商店を見かけることはなく、さらに日本中どこにでもあると思っていた自動販売機も港に一つあるだけだった。でも、ゴミ置場には空缶がいっぱい捨ててあったぞ。
雨に濡れた若葉の緑が鮮やかな森の中を、港に向かって坂道を下りていく。途中で向こうから来た軽トラックの荷台には、何やら人が乗っているのが見えた。すれ違って振り返ってみると、後ろには神輿が積まれている。これからお祭りでもあるのだろうか? 神輿を積んだ軽トラ
餅撒き 港まで来ると、先程には誰もいなかった荷置場には多くの人々のざわめきが溢れている。定期船の狭い待合室に荷物を置いて一息入れると、大きな荷置場から大きな歓声があがった。何事かと思って急いで見に行くと、壇上に数人が立って餅や菓子を撒き、みんなで大騒ぎしながら拾い集めている。もう少し前に気付いていたらお零れを貰えたかもしれないのに、失敗した。
船の時間まで2時間以上あるのでヒマだ。餅撒きが終わった荷置場では大宴会が始まり、政治家か役人かは知らんが、偉そうなヤツが偉そうに講釈を垂れ流している。荷置場の反対側ではオバチャン達が焼き鳥を焼いていて、手に串を持った人がたまに待合室の前までやってくる。腹はへったが店もないので「あれもらえないかな〜」と思うのだが、所詮はよそ者。止めておこう。
することもなく待合室の壁に貼ってある島の案内図を見ていたら、相島は西瓜の特産地であることが書かれている。荷置場だと思った巨大な屋根は、実は西瓜の選果場であることが判明した。やがて船の時間が近づいてくると、小さくて平たい西瓜運搬用のトラックが荷物を積み込みにやってきた。 西瓜運搬車
萩市街の堀 14時の船に乗って萩に戻ると、やっぱり雨が降っている。とにかく見島に渡る前に食購しなければならないので、萩市街でポプラをみつけて弁当×2を買う。中国地方に来たからには、やっぱりポプラの弁当だ。旧い街並の堀を見て、あとは港でウダウダするしかないと思ったが、雨も小降りになってきたし、まだ3時間近くある。なんとか虎ヶ埼燈台だけは獲ってしまうことにする。
昨日のR191を更に越ヶ浜まで走って左に折れる。ちょっとした旅館街があり、その先には柵に囲まれた明神池があった。小さな池の向こう側には木立がこんもりと茂り、岸近くに越ヶ浜明神社の鳥居が見える。明神池は砂洲に取り残された鹹水湖で、タイやヒラメも住んでいるらしい。折りしも道路に沿って並んだ土産物屋の店頭からは、サザエかなんかを焼くような芳ばしい香が辺りに漂ってきた。 明神池
虎ヶ埼燈台 急坂を乗り越えて海沿いに出ると雨脚が強くなった。時化てきた海を横目に急いで走っていくと、ドン詰まりには土産物屋を兼ねた食堂が一軒あり、左手の疎らな松林の間に虎ヶ埼燈台が見えた。焦ることはないので駐車場横の東屋で様子見して、10分位たって雨が弱まった隙に歩いていくと、点されていた燈光が消されてしまって残念。岬周辺に広がる椿群生地の森は美しいが、花が終わってたから、まぁいいや。
再び降り始めた雨の中を萩港へと帰る。笠山は上まで行こうと思っていたが、やんぴして直帰。途中の地ビール工場も見学したら試飲できるかなと思ったが、既にズブ濡れなので止めておいた。萩港まで戻ると、さらに激しく降ってきてむかつき。それでも行くに決まってるし、行けばなんとかなるもんなので、17時半発の見島行「おにようず」に乗る。自転車は後部のゲートから転がして積んでくれた。船に乗って客室に入ると、最前部には冷蔵庫が備え付けられていて乗客の方々が利用されているのにちょっと驚いた。
道中、汚れた窓硝子越しにぼんやりと外を眺める。どうもに視界が宜しくないが、目を凝らして海面を見ると、それでも雨はなんとか止んでくれたようだ。本村港に着いて船を下りると、見島は深い霧に包まれていた。さらに宇津港までいく定期船「おにようず」が霧の海へと消えていったときには、港には既に人影はなかった。 定期船「おにようず」
5月といえども少し肌寒く、立派な待合室に入って案内地図などを見ていたが、しばらくすると鍵を閉めに係の人がやってきた。それではテントでも張るかと外に出たが、ターミナル周辺の芝生や公園は雨でびっしょりに濡れているし、また雨が降ってきたら嫌なので、軒を求めて隣接した漁港の方に行ってみる。すぐに使われていない建物の入口に大きな軒先が見つかった。山の上には見島灯台の光が霧に滲んでいた。


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