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− 轍 ・ 04/12/30 (1) −

流石に寒くて夜中に目が醒めた。PEAK1に点火して暖をとり更に着込んで再び寝るが、明方の冷え込みで起きてしまった。外はまだ暗いが、仕方ないのでお茶を淹れてシュラフに入ったまま朝食。テントの外に出ると植込みは霜が下りて真白だ。ボトルの水も凍りついていた。
夜明けの二見港 漸く明るくなってきたので出発すると、田舎だとばかり思っていた明石海浜公園にはジョガーが何人も走りに来ていて、ちょっと驚き。工事中の橋を渡って海岸沿いの細い道を走り始める。昨夜見えた東播磨港二見南防波堤灯台の緑色の灯火は既に消されてしまっていたが、日の出前の防波堤の上には竿から糸を垂れる釣師の姿が幾つも並んでいた。
県道718に出ると程無くして加古川市に入ったので、別府港を行きすぎたかと思って地図を見たら、もう少し先から分岐していた。港に出ると岸壁にはガントリークレーンが並び、大型の貨物船が3隻ほど接岸してる。周囲は工場ばかりでお世辞にも綺麗な風景ではないが、朝日に照らされた海面からはゆらゆらと湯気が立ち昇り、いと美しき冬の朝哉。 別府港
東播磨港別府防波堤燈台 内湾に突き出た突堤の先端に小さな燈台らしきシルエットが見えた。まだ赤味を帯びた柔らかい朝の光を受けて、かなり良い雰囲気を醸している。近寄ってプレートを見ると、「東播磨港別府防波堤燈台」と書かれている。防波堤には見えないし、沖にはちゃんと赤白セットの防波堤灯台があるのに、なんでやねん? 初点は昭和11年10月と古く、コンクリート製の燈塔も一風変った時代を感じさせるものなのに、防波堤灯台だと「獲物」にならんぞ。実に勿体無い。
灯台表には神戸製鋼東播磨港別府指向灯が記載されていたので別府港に寄ったのだが、肝心の指向灯が見つからない。辺りを見廻しても他にそれらしい塔は見当たらないし、防波堤燈台に併設されているわけでもなかった。もしかして廃止されたのかと思って戻っていくと、港の奥の砂堆積所の道端に突っ立っている白い柱がそのようだ。危うく気付かずに走り去るところだった。
プレートも何も付けられていないので確証はないが、まぁそうだろう。灯籠もなく、柱に2つのテラスが付けられただけの至って簡単な構造をしている。最上段に裸単騎で据えられたサーチライト型の灯器が、まるで沖を睨み付ける大砲のようだ。写真を撮っていたら、シャベルカーの運転手から怪訝そうな視線を浴びせられたが、もうすっかり慣れました。 別府指向灯の灯器
埋立地の横の道は広くて真直ぐだが、ダンプカーが埃をあげていっぱい通っていく。またもや県道718に合流して加古川を渡る。姫路⇒の大きな標識が出ているが、無視して住宅地の中を適当に走っていったら、やがて人家がなくなって広々とした所になった。左は三菱重工の工場で、門を過ぎたら道が尽きた。「やられた」と思ったが仕方ない。ぽつりぽつりとビルや集合住宅が建っている三菱ムラの中をさ迷って、なんとか山陽電鉄の荒井駅へと脱出することができた。線路に沿って姫路方向へと走り、法華山谷川を渡ったところで東播磨港伊保灯台に行くために海岸に向かうと、ちょうど朝の掃除の時間のようで、道路を掃き清めている方々に出逢った。久しぶりの日本の朝の風景に清々しい気分になったが、単に普段は早起きしてないだけか?
伊保港燈台 関西電力と電源開発の火力発電所の間を通ろうとしたら、道路がバリケードで封鎖されている。台風の被害でアスファルトが陥没したために通行止めだと書かれているが、トラ柵なんてチョロいもんなので隙間を拡げて入り込む。が、今度は土嚢が土手状に積んであり、その先は確かに路面バリバリ。自転車を置いて歩いていって伊保港燈台が立つ防潮堤に登ると、穏やかな瀬戸内海の沖合いに男鹿島の島影が浮かんでいた。
男鹿島に行くためには10:15家島行きの船に乗っておきたいのだが、もう09:00だ。少し急いで走り始める。跨線橋越えるのヤダから住宅地の中を近道しようとしたら、曲がりくねった道で迷って、余計に時間がかかった。歩行者専用の細い踏切を渡り山陽曽根駅から線路沿いに行くと、ナイスな歩行者用コンクリート橋で川を渡って県道817に合流。と思ったらR250になっていた。ちょっとした丘陵地を一発越えると、だだっ広くなって、やっと飾磨だ。港の方に行くと店が無くなってしまったので、R250まで戻ってコンビニを探して食購する。
飾磨港の旅客船ターミナルに着くと、すぐ前の飾万津臨海公園には旧飾万津灯台がある。昭和41年に廃止されて港の片隅に放置されていたが、由緒ある姫路港の歴史的遺産として、平成5年3月に復元されたものだ。傍の石板には、『この灯台は昭和12年飾磨港西防波堤に播州地方で最初に設置されたもので、アセチレンガスを光源として、光は暗い海を約20キロメートル先まで照らし、機帆船や漁船に港の位置を知らせる重要な役割を果たしてきました。』と蘊蓄が記されているが、朝一で訪れた東播磨港別府防波堤燈台は昭和11年の初点だったぞ。そもそも「播州地方で最初」っていうのが胡散臭い。日本人は初モノ好きだから、なんとか「最初」にするために、誰も気にかけないマイナー燈台は無かったことにされたんだろう。
船の時間が迫っていたので、ターミナルの自動販売機で切符を買って、家島汽船の乗場で自転車は積めるのか尋ねたらダメなので、フロントバッグだけ外して食料突っ込んで大急ぎで乗り込む。飾磨港から家島までは約30分。動き始めた船の窓越しに外を眺めていると、飾磨西防波堤東灯台が見えた。家島諸島は飾磨港から結構遠いのかと思っていたら、防波堤の向うに見えていた。 飾磨西防波堤東灯台
家島 家島の真浦港で船から降りて、灯台のある尾埼鼻へと歩き始める。港の周辺には島民の足であろう多数の原チャリが停められているが、追い越していくのを見ると、ノーヘル、2人乗りは当たり前、3人乗りまでいる。まぁ、島だからねぇ。家島は小さな島だが、港には意外にも多くの船舶が停泊していて、小さいながらもドッグもあるようだった。港に沿った道路が山に向かって登り始めて眺めが良くなってくると、灯台への分岐が容易に見つかった。
山道には倒木が幾つかあったが、そこそこ踏まれている道で、所要21分で尾埼鼻灯台に到着。家島港の入る手前で船から灯台が見えたが、灯台からは周囲の木が邪魔で海は全く見えず。まぁ、こんなもんでしょう。天気も良いのでのんびりと過ごすことにした。いつも無謀なプランのために、あまり長居をすることはないのだが、男鹿島に行く船が出るまでまだ2時間以上あるのでは仕方がない。灯台にもたれて座り、船に乗る前に買っておいた昼食を食べて、ヒマだから鬚を剃る。灯台の写真を撮るときに、ステンレスの扉に映った自分の顔が随分と汚れているのに気付いた。まったく、工業地帯はこれだからキライだ。 尾埼鼻灯台石柱
どんがめっさん 真浦港まで戻ってきたら、男鹿島に行く船の時間まで、ちょっと余裕があった。家島汽船の待合所の近くをブラブラすると裏手には「どんがめっさん」という亀の形をした大きな石がある。昔々に主人の帰りを待っているうちに石になってしまったという、忠犬ハチ公をもっと偉くしたような亀だったらしい。現在は水天宮として祀られていて、頭を100回撫でると願いごとが叶うといわれている。
城山公園への遊歩道があったので、ついでに登ってみた。山上には展望台があり、姫路の海岸に立つ工場の煙突が煙を吐いているのが見える。家島は歴史の古い島で、神倭磐彦命(神武天皇)が東征の際に嵐を避けるために家島に寄港すると、外の嵐がウソのように穏やかで「波静かにして家の内にいるようだ」と言ったことが、「家島」の名の由来であると伝えられている。 城山公園


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