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− 轍 ・ 04/08/07 (2) −

永崎海岸海水浴場 塩屋埼燈臺は1985年に訪問済なので、まぁどうでもいいのだが、成り行きで海岸に沿って進むと、永崎海岸も海水浴場になっていてフツーの人々が海水浴に興じておられる。それは勝手にやって頂ければ良いのだが、所構わずに路上駐車して公道上でフラフラするのは止めてくれ。海水浴場の向うには、竜ヶ埼の沖に延びたテトラポットで造られた防波堤の内側に、三本脚の竜ヶ埼鼻灯標が見えてきた。
竜ヶ埼鼻灯標は、らいとはうすさん、みすてぃさん、御両人のサイトで写真を見てはいたが、近づいていくとかなりの巨大さに驚いた。普通の灯標の塔高はせいぜい10m程度であるが、竜ヶ埼鼻灯標は塔高16mもあり、近くにある中之作港東防波堤灯台が小さく見える。『これは獲りたい!』との熱い衝動が胸中にフツフツと沸き上がるが、海上に立てられた電柱を伝って送電線が繋がれているだけで、到達は不可能。と、そのときは思ったのだが、夏なんだから泳げばよかったんじゃないのかぁ? 竜ヶ埼鼻灯標
八大龍王尊 海水浴場の人塵芥を避けるようにしていくと、浜の外れの岩の上に、どこかで見た憶えのある朱い鳥居の小さな社があった。『ふふ〜ん、あの御方はここから撮ったんだな〜』と独りごちる。真夏の強い陽射に晒された誰もいない社には、海水浴場の喧騒から置き去りにされた、静かな空気が漂っていた。
できるだけ海に近い道を走っていく。漁港が続くので防波堤灯台は幾等でもあるが、高さ14mの櫓型であったという江名灯台は廃止されてしまい、その跡は見つからなかった。江名には板張りの洋館があって、入口には『いわき市江名出張所』の看板が掛かっている。壁にポスターが何枚も貼ってあるのを見ても、現役で使われているようだ。程好く色褪せてパステルピンク色なのが可愛い。 いわき市江名出張所
豊間漁港 小さな丘を幾つか乗り越して豊間漁港まで行くと、岬の丘の上に晴れ渡った青空を背にして立つ塩屋埼燈臺が綺麗に見えた。写真を撮って気分良く走り出したら、左のペダルキャップが外れて落ちた。音がして気がついたので探してみたが、見つからなくて諦めた。ちぇっ。



灯塔の上から見た海
自転車を置いて、暑さでトロけたクランキーチョコレートを食べながら遊歩道を登っていくと、汗かきまくり。参観料150円を払って、隣の展示室を覗いてから灯台にむかう。灯台までの間は両側に塀が立てられた窮屈な通路になっていて、いとすさまじ。昔はこんなモンなかったのになぁ。灯塔の中に入ると意外に涼しく、螺旋階段を登って灯籠部のテラスに出る。岬の先にあるレーマークビーコンのアンテナの下には、穏やかな海面の下に岩礁が広がっている。
塩屋埼燈臺の灯籠 灯籠を一回りして周囲の景色を眺めると、北側の海岸は海水浴場になっていて、ここでもフツーの人々が沢山、海水浴に興じておられた。灯籠内でフレネルレンズの写真を撮ろうと思っていたら、シートで遮られて良く見えなくて、いとすさまじ。折角150円も払ったのに、なんでこんなことするのかなぁ。仕方ないので、外から見た御姿で妥協しておく。2面フレネルレンズの灯器は昔の参観券裏面に第3等大型と書かれていたが、光度が100万燭光から44万燭光に変更されているので、今でもそのまま使用しているのかは不明。
塩屋埼から海岸沿いに北上すると、人気の途絶えた松林の間に、果てし無くどこまでも続くような一直線の道が延びている。やっとR6に合流。ここらは片側2車線だ。しばらくは海岸沿いを走り、山が海まで迫りトンネルが幾つかあって、やっと平坦になると久ノ浜。塩屋埼から一時間ほどしか走ってないが、懐かしの耐久ランチェックポイントなので休憩にする。コンビニで買った菓子パンとかき氷を駅の待合室で食べて、軽く転寝をかます。
久ノ浜から走り出すと再びトンネルが幾つか続き、日帰り温泉もあった。やがて海岸から離れて次第に内陸に入る。厳しいアップが無いわりには、思ったよりもダルくて距離を稼ぐのが辛い。前方に高い煙突が見えてきたのでシュラウドの損傷隠しで一躍有名になった福島原子力発電所かと思ったら、広野火力発電所だった。つまらん。 広野火力発電所の煙突
陸前浜街道松並木 可能性としては鵜ノ尾埼まで行く余地はあるのだが、既に疲れまくり。久しぶりにロールスDUEのサドルで長距離を走ったので、慣れてないのでケツ痛い。やはりランドナーは皮サドルにかぎるぜ。丘陵地を気合で走り続けていくと、R6と斜めに交叉する旧道らしき道に陸前浜街道の松並木が残されていた。
なんとか夜ノ森の交差点までやってきたので、R6から海に向かって折れて田圃の縁を緩やかに下っていく。川を渡って上り返すと、結構急坂で疲れた脚に堪える。再び下って海が見えたところで野良仕事帰りのおじさんに道を尋ねると、4kmほど来過ぎてしまったらしい。かなり訛っていたおじさんに礼を言って引き返し、教えてもらった酒屋の前の分岐を見つけて、小良ヶ浜灯台に向かう。しばらく行くと住宅地の入口で街灯の工事をしていたので、念の為、作業員に尋ねてみた。灯台は知らないが、この道の先には小さな漁港があり、数年前に廃港になって封鎖されてしまったらしい。小良ヶ浜漁港にも行きたかったので、とりあえずそのまま行ってみる。
すぐに通行止めのゲートがあり、横には小良ヶ浜漁港の蘊蓄板が立っていた。ゲートの横をすり抜けて荒れたダートを行くと、すぐ先にバリケード。今度は自転車でも通れないので、自転車から降りて隙間をくぐる。軽自動車が通れるのかも定かでないようなコンクリート舗装の狭い道路が続いているが、廃港となった今では、人が通るのがやっとな程に両側から藪が迫っている。急カーブを曲がると、前方に海が見えた。 小良ヶ浜漁港への道
小良ヶ浜漁港跡 周囲の海岸は切り立った断崖が続き、なにやら現実味の薄い、山水画のような風景である。道路の終点には海に向かって小さなコンクリートの緩斜面が造られていて、これが日本で最も小さい漁港であった小良ヶ浜漁港の跡なのだろう。小さな湾を挟んだ岬の上には、松の木の間から僅かに頭を覗かせている小良ヶ浜灯台を見つけた。
なにも考えずに歩いていたが、後にTαkeさんのサイトで富岡紀行を読んだところ、コンクリート舗装の下の土は波浪でえぐられていて宙に浮いてる状態だったそうだ。こうして見てみると、確かにザックリと削れてますねぇ。まぁ無事だったからいいや。って、実はこの手のこと、しょっちゅうやってるんだろうなぁ。玉助さんに言わせると私は『恐いもの無し』らしいので、このぐらいはやらないと御期待に副えないでしょ? 崩落寸前の道路
小良ヶ浜灯台 最初のゲートまで戻り、送電線に沿って荒れた未舗装路を進んでいくと、松林の先の狭い草原に小良ヶ浜灯台が立っていた。構造は何だろうと思って外壁を叩いてみると、表面は樹脂の感触だが、良いカンジに錆が出ている。よくよく見たら被覆鋼鈑だった。廃港となって人の気配が途絶えても、変わらずに光を放ち続ける定めの灯台は淋しげに見えて、それが黄昏てきた空と妙にマッチして、侘び寂びに満ちた空間を醸していた。
R6まで戻ってくると、既に16:00を過ぎていた。鵜ノ尾埼灯台に陽のあるうちに着くのは無理っぽいので、サックリと夜ノ森駅に向かう。駅の周囲は東京近郊の住宅街とさほど変わらない様子で、列島改造の効果か、日本中の均質化が進んでいるようだ。でも都市部とは異なりJRの駅は木造駅舎が鄙びていて、田舎の車社会化と表裏にある鉄道離れが感じられるのであった。 JR常磐線 夜ノ森駅
輪行する気でいたのだが、時刻表を見ると次の8分後の列車の後は1時間以上あるので、ここに自転車をデポして空身で戻ることにした。鄙びた駅ではあるが、待合室にはどこかで花火大会でもあるのか、浴衣姿の女性とかいて、それなりに利用者はいるようだが、良く見れば高校生位なので免許が取れる歳になったら自動車に乗るんだろうなぁ。夜ノ森〜大甕の乗車券1890円也を買って改札を通り、本日の走行は終了。
日立灯台の灯火 常磐線の普通列車をいわき駅で乗り継いで大甕駅に着くと、小雨が降っている様子でマジかよと思ったが、それほどの降りでもないのでテクテクと歩いていく。やがて日立灯台のビームが見えてくると、約15分で古地鼻公園に着いた。これで自力到達の大義名分も一応は果たすことができたし、自転車を組むのに要する時間程度で着いたので、まぁ正解だろう。日立灯台の3面フレネルレンズの灯光を一頻り愛でた後に、デポした自転車を回収するためにデポした車を回収して走り始めると、河原子では花火の打上げが始まってR294はやってらんねー渋滞なのだった。


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