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− 轍 ・ 03/12/30 (2) −

菅島小学校 菅島で船を下りると、港の真ん前にある灯台を模った菅島小学校の校舎が出迎えてくれる。灯台が地元の人々に大切にされている様子を見ると、なんだか嬉しくなってくる。
菅島の集落には灯台への看板が見当たらない。佐田浜港でもらった案内図を見ながら、適当に山に向かって歩いていく。妙に山道だなぁと思っていたら、本来の道から一本右の道を登ってしまったようだ。尾根に出て海を見ながら歩いていくと、本来の遊歩道が合流した。 伊勢湾フェリー
菅島監的哨 遊歩道には石がひかれていて歩きやすくなった。菅島にも監的哨の案内看板があったので山を登っていくと、やはりコンクリートの廃墟があった。菅島監的哨は1階建てであるが、小高い山の頂きに建てられているので、周囲の展望はすこぶるよろしい。菅島監的哨からは、山の中腹にある白亜の菅島灯台を見下ろすことができる。
菅島灯台の反対側には、菅島港と海の向うの鳥羽の街が見える。鳥羽湾の海面には筏が並んでいるのが認められる。鳥羽は御木本幸吉による真珠養殖の発祥地であるが、タイ、ハマチ、カキ、ノリ、ワカメ等の養殖も盛んであるそうだ。 菅島港
菅島灯台 明治6年に点灯された菅島灯台は、日本の灯台の父といわれるヘンリー・ブラントンの設計によるもので、現役の煉瓦造灯台としては日本最古のものである。日本の灯台は細長い灯塔が一般的であるが、重量感のある太い灯塔は、海外の灯台のような趣がある。菅島灯台の手前の付属官舎が建っていたと思われる場所は、今では菅島小中学校の生徒が植えた水仙の花壇になっていて、可憐な花が咲いていた。なお菅島灯台の付属官舎は、文化財として明治村に移設保存されている。
市営定期船で鳥羽に戻り、速攻で自転車を組んで神前埼灯台を獲りにいく。地形図にはJR松下駅前から破線の道が記されているが、途中からは廃道になったようで、分岐点さえ定かでなくなっている。開き直って池ノ浦側の海岸まで出てから海沿いを探索するが、やはりルートは見つからない。 池ノ浦側のどんづまり
神社の参道 池ノ浦側を諦めて二見側に走っていくと、海岸の手前で灯台の方向に山を越えていく送電線が見つかった。マイナー灯台攻略の定石とも言える送電線保安ルートを求めて広い駐車場の横にある砂利道を送電線に沿って入っていくと、森の中には石段のある立派な小径が山の上に向かって続いている。
山を登り切ったところに神明神社がある。神前埼灯台を獲れることを願って手を合わせてから、右手に見える送電線を頼りに突入を開始する。ほとんど踏み跡さえない状況にビビッたが、良く見ると木に赤いテープが結ばれているのに気がついた。赤テープは数mおきに付けられていて、これをトレースしていけば神前埼灯台まで到達できるようだ。 山上の神明神社
神前埼灯台 赤テープは確かに神前埼灯台まで続いていたのだが、普通の人間が歩ける道ではなかった。急斜面を木にしがみつきながら踏破し、谷を2つ越え、もうダメかと思ったが、神前埼灯台に辿りつくことができた。下草の枯れた時期だからなんとかなったが、これを読んでいる良い子の皆さんは、決して真似をしてはいけません。苦労の末に辿りついた灯台からは、傾いた柔らかな陽射の下に鳥羽湾に浮かぶ飛島や浮島が綺麗に見えて、なんとも格別の眺望であった。
あれほど気をつけていたのに、道に迷った。赤テープのルートは途中で二手に分かれていたようだ。電柱まで戻り送電線を確認して下り始めるが、今度は赤テープが見つからない。森の中は既に薄暗く、このままでは赤テープの発見はさらに困難になる。再び電柱まで戻り、半ばヤケクソで海岸に向かうらしきルートを下りていくと、最後の崖をロープで下って海岸に降り立った。 飛島と桃取水道大村島灯標
ライトアップされた安乗埼灯台 海岸に出てもドン詰まりというのを恐れていたのだが、右手には白木の鳥居が見えたので一安心する。陽の暮れかかった海岸を歩いて、自転車を回収にむかう。神明神社にも忘れずにお礼参りに行っておいた。鳥羽にデポした車に戻ったときは、もう暗くなりかけていた。もう一泊するついでに安乗岬まで行ってみると、ライトアップされている安乗埼灯台を見ることができた。でも実物を見たときはスゲーと思ったが、写真だとノッペリしててあんまり格好良くないなぁ。


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