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− 轍 ・ 03/12/28 −

鳥羽市営定期船のりば 03:30に姉ヶ崎の自宅を出発。高速を乗り継いで鳥羽駅横の駐車帯に車を入れたのは09:40だった。意外にすんなりと来れたので、今日は答志島に行くことにする。次の船までは2時間近くあるので自転車を組んでから暫し休憩して、佐田浜港の鳥羽市営定期船のりばへとむかう。答志島には港が3つあるが、島の西側にある桃取行きの船に乗り込んだ。
年末のせいかキャビンは多くの荷物で溢れていたので、自転車は船尾のデッキに積んでもらった。船は航跡を残して、佐田浜港を後にしていく。佐田浜港からも小さく見えていた答志島西端の島ヶ埼灯台が、だんだんと近づいてくる。島ヶ埼沖を過ぎて答志島の北側に廻り込んだ船は、佐田浜港を出てから10分足らずで桃取港へと入っていく。 佐田浜港を後にする
答志島西端の島ヶ埼 桃取行きの市営定期船は島ヶ埼を廻り込んでいくので、すぐ間近に見ることができる。限りなく蒼い海に黄色い岩肌の断崖が映えて、美しい。桃取小学校の校舎の裏手から山の上に見える水道タンクにむかってコンクリ道の急坂を登っていく。タンクを通りすぎて南側に少し下ったところから灯台への道が分岐していた。足場の悪い林の中を通り抜けて高圧電線の鉄塔の脇を過ぎると、島ヶ埼灯台に到達した。船の上から見た時には判らなかったが、島ヶ埼灯台の灯塔は十字型断面のとても珍しいものだ。これまで200を越える灯台を巡ってきたが、初めてお目にかかった。
いつもの如くプレートを書き写そうと思ったら、砂岩で作られた島ヶ埼灯台のプレートは長年の風雨ですっかり磨り減っていて、全く判読できない。ちなみに懸垂ができると灯塔に登ることができるということは、ここだけの秘密。天気が良いので日向に座り込んで休憩すると、海の向うには坂手島と菅島が見える。黄色い崖はザラザラで滑りやすいのだが、観光地ではないので当然の如く柵は無い。 島ヶ埼灯台のプレート
佐田浜港に戻る この後は桃取に戻り、島の東西を結ぶ答志島スカイラインを走って和具へと向かう。答志港まで行こうと思っていたのだが、ちょうど和具港に船が着いたところだった。次は1時間半後になってしまうので、急いで鳥羽に戻る船に乗る。鳥羽の佐田浜港が近づいてくると、鳥羽導燈の所在が確認できた。手前の防波堤には鳥羽港東防波堤灯台が見える。
鳥羽導燈の前燈は、JR鳥羽駅のすぐ横にある立体駐車場の隣に立っていた。明治45年に点灯された鉄造櫓型の灯塔で、導燈にはお決まりの三角形の頭標は付けられていない。そうと知らなければ火の見櫓かと思ってしまう。90年を経た鉄塔とは思えないほどしっかりした造りだ。基礎はコンクリートを打ち直したようで、残念なことにプレートは見つからなかった。 鳥羽導燈 前燈
日和山遊歩道





船上から木々の間にちらりと見えた後燈を求めて、前燈の横から急勾配の日和山遊歩道を登っていく。小さな山ではあるが鬱蒼とした森は素晴らしく、周囲には落ち葉が散り敷かれている。もう晦日も近いというのに、紅く色づいたモミジの老木が美しかった。
日和山の山頂には見晴台があり、鳥羽湾に浮かぶ島々から遠く伊良湖岬までを一望することができる。展望台にある「幸せの鐘」を鳴らしたみたら、青く晴れた空にカーンと澄んだ音が響き渡った。鳥羽導燈の後燈は、日和山見晴台の奥の森にひっそりと立っていた。周囲は藪に覆われ、訪れる人も無いのであろう。前燈と同様に三角形の頭標も無く、導燈らしくない普通の灯台のような形状だ。 日和山見晴台
赤福 鳥羽支店 JR鳥羽駅のすぐ近くに赤福の鳥羽支店がある。年季のはいった渋い建物だ。私は甘党で赤福は好物なのだが、ツーリング中なので買うのは止めておいた。デポしておいた車に戻り、自転車を積み込む。鳥羽〜磯部は99年の夏に既に走っているので、ここからは車で移動する。どうせ車なので海沿いを周っていくことにした。
パールロードに絡みながら続く道は、84年2月に暴風雨の中を走った道である。自転車で一度走った道は決して忘れないつもりでいたのだが、さっぱり憶えてないや。菅島の裏側は砂利採取場になっていて、ザックリとえぐれている。「こんなことして、いいんかぁ?」と思わず呟いてしまうような、惨憺たる光景だ。 菅島の裏側
国崎の路地 石鏡燈台に寄ってみたら、道路が拡幅されて横に綺麗な旅館が建てられていた。燈台本体は変わっていないようだが、肩身が狭いような印象を受ける。昔日の面影を失っていた石鏡に較べて、鎧埼のある国崎の集落は20年前に訪れた時そのままの姿をとどめている。肩を寄せ合うようにして建てられた民家の間の狭い路地を歩いていく。自分の育った街とは全く違っているのに、妙な懐かしさを感じる空間だった。
鎧埼は砂浜で繋がった小島のようになっている。石段を上がると、伊勢神宮に納める熨斗あわびを作る伊勢神宮調進所の神社のような建物がある。その境内を通り抜けた先が鎧埼の先端だ。鎧埼燈台の下は小さな芝生があり、倭姫御巡幸旧跡の碑が夕日を受けていた。 鎧埼の先端


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