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− 轍 ・ 03/09/20 (1) −

角島灯台 角島灯台の周辺は公園として整備されている。手前にある旧吏員退息所は、豊北町により建設当時の姿に修復されて灯台記念館として公開されている。右側の信号所のような建物は、灯台参観の券売所として使われていた。
角島灯台は、日本の灯台の父といわれるリチャード・ヘンリー・ブラントンの設計による灯台だ。ブラントンは日本に30余基の灯台を残したが、そのなかでも最後期の作品である。日本海側初の洋式灯台であり、地上高29.6mの灯塔は当時の日本で1番高い灯台であった。歴史的に重要なだけでなく、荒磨きの御影石を積上げた灯塔上部には切込み装飾が入れられ、とても美麗な灯台である。
まだ灯火が点されている灯籠部。角島灯台の灯器には、1874年にイギリスのエジンバラで造られた第1等8面フレネルレンズが使われていて、大きさは直径が1.84m、高さが2.59mある。第1等の日本の灯台は6基あるが、輸入された8面フレネルレンズで現在まで使用されている唯一のものである。灯籠前面にはクヅ瀬照射灯の灯器が取り付けられている。いくらなんでもそれはないだろ、と言いたくなる外観だが、機能性重視であれば致し方がないことなのか・・・。しかし夜の灯光は美しかったので、まぁ良しとしておこう。 角島灯台灯籠部
夢ヶ崎 角島灯台がある夢ヶ崎。台風の影響で強烈な風が吹いていて、浜辺には激しい波が打ち寄せていた。しばらく前までは沖に北朝鮮の座礁船があり、漁場が荒れて大問題になったらしいのだが、撤去されたようだ。海岸には浜木綿(ハマユウ)の群落があり、豊北町の天然記念物に指定されている。浜木綿はヒガンバナ科の多年草で、既に見頃は終わっていたようだが、それでも白く可憐な花が幾つか咲いていた。
駐車場にある売店では、おじさんがイカを干していた。さざえつぼ焼は500円だ。角島灯台は参観ができる数少ない灯台の一つであるが、本日の行程は厳しそうであり9時まで待つのがタルいので、出発することにした。 イカを干すおじさん
角島大橋 角島大橋の上は強烈な横風でとても怖かったが、向こうから来たママチャリのオヤジは何事もないような顔で走り去っていく。地元民にとっては、いつものことなのでしょう。角島大橋からは長門伊瀬灯台が見えた。日本全国には3000基以上の沿岸灯台があるが、こうした孤島にある灯台は指を咥えて見ていることしかできない。それでも見えるだけマシなほうだ。
阿川の少し先の集落で見かけた御地蔵様の横には、棒に刺さったマネキンの頭部が立てられていた。案山子代わりとは思うのだが、なんともシュールな光景だ。大江でR191から左に折れて油谷大橋を渡ると、妙見山の上には風力発電の風車がぐるぐる回っている。油谷湾を廻り込んでいく道は内湾沿いのくせにアップ&ダウンが激しくて、やんなっちゃう。 大浦の御地蔵様
久津二尊院 久津の二尊院には楊貴妃の墓があった。境内の五輪塔には唐から漂着した後に病没した楊貴妃が葬られていると伝えられており、この墓に参ると美しい子が授かるといわれている。純白の楊貴妃像は、中国陝西省興平県馬嵬坡の楊貴妃墓にあるものと全く同じものを中国で製作したらしい。
久津港の近くにあった名もない神社。この素朴さに惹かれてしまう。港に向かって建てられているところをみると、海での安全を祈願した神社なのだろう。 久津の神社
俵島 大浦から砂州を渡って油谷島の細道を走っていくと、俵島とその山頂に立つ小さな燈台が見えた。田圃の中の坂道を下って海岸まで出て、小石と海藻で歩きにくい浜を俵島へと歩く。油谷島から俵島にむかってコンクリートの飛び石が並んでいるのだが、途中で崩れていて渡りきることはできない。仕方がないので靴を脱いで海に入り、なんとか俵島に渡ることができた。このときは干潮近かったので、膝下ですんだからラッキーでした。
山道の取り付きが崩れていたが、ここまできて諦めることはできない。強引に登って油谷港俵島燈台に到達した。油谷島を一周していくと、砂洲の両側に日本海と油谷湾を同時に見ることができる。やはり日本海は綺麗だ。油谷の大浦地区は古くから海女で知られ、現在でも漁に出ているという話だ。 油谷島の日本海


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