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− 轍 ・ 03/09/19 (2) −

崖に立つ蓋井島灯台 吉見港から蓋井島行きの下関市営渡船に乗り込む。天気は下り坂で海にも波が出てきたようで、なかなか気持ちの良い揺れだ。蓋井島までは約35分。蓋井島漁港が近づいてくると、左手の崖の上に蓋井島灯台が小さく見えてきた。蓋井島で渡船から降りたのは、ほんの10人ほどであった。旅人らしき人間は自分しかいない。
港には島の案内図があったが、山の部分が盛り上がった立体地図になっている。集落から蓋井島灯台までの道は遊歩道と記されていたが、殆ど山道だ。灯台に着くまでに草露でかなり濡れてしまった。薄汚れているようにしか見えない蓋井島灯台であるが、日本で初めて風力発電装置を導入した灯台である。ずいぶん高い崖の上まで登ってきたわりには眺望が得られないのが残念だ。 蓋井島の立体案内図
金毘羅さんの鳥居 風車跡を見るために金毘羅山の山頂まで登る。支柱ぐらい残っているのかと思っていたのだが、コンクリートの基礎しかなかった。山頂に奉られている金毘羅さんの鳥居は、石の柱に木の横木という珍しい構造をしている。
さすがに山頂まで登ると、かなり美しい景色を見ることができる。半島の先にある山が乞月山で、その昔神功皇后が山に登って月を乞われたところ満月になったという神話があるそうだ。生憎と小雨が降ってきたので、港に戻ることにした。帰り道は牧場跡を廻っていくことにしたが、とても牧場だったとは思えない、ただの山である。 山頂からの風景
刈入れ途中の水田 島の裏側の海岸まで行ってみると、穏やかな風景の集落側とは対照的な断崖が続く荒涼とした風景だ。集落まで戻ってくると、刈入れ途中の水田があった。こんな山ばかりの小さな島でも米作が行われていることに、ちょっと感動。蓋井八幡宮に寄ってから、蓋井島を後にしたのだった。
吉見港に戻り、小雨の降る中を本州最西端である毘沙ノ鼻にむかう。磯に立つ石碑のイラストに惹かれて走っていくのだが、道は海岸から離れてどんどん上っていく。かなり高いところにある展望台で行止りになった。肝心の最西端の石碑が立っていた岬は下関市の最終処分場になってしまい、許可を得なければ立ち入ることができなくなっていた。 本州最西端 毘沙ノ鼻
法林寺の蘇鉄 R191から外れて山あいの県道245号線を北上する。途中にある法林寺の境内には、見事な枝振りの蘇鉄の木が本堂の前に並んでいた。胸の高さで七本に分かれた幹は、仏教の聖教にちなむ「七」という数字に合わせて人の手で整えられたもののようだ。
室津からR191に戻って北上を続けると、JR山陰本線の川棚温泉駅。川棚温泉には、地震で死んだ青龍を神に祀ったところ青龍の住んでいた跡から温泉が湧き出したという伝説が残されている。駅前広場にあるオブジェも、この青龍伝説をモチーフにしたものであるらしい。天気が悪くて真面目に走るのもダルいので、川棚温泉に寄って風呂に入ることにした。旅館街の中ほどにある温泉銭湯“元湯ぴーすふる青竜泉”は気持ち良かった。 JR山陰本線 川棚温泉駅
日本海らしい海岸 R191は“長門ブルーライン”という名が付けられているようだが、二見から内陸部に向かう山陰線と別れてしまうと、ただの田舎道だ。人気のない寂れた感じが、日本海らしさを感じさせる海岸である。
道端の刈入れが終わった田圃には積藁が作られていた。なんとなくモネっぽい形をしている。同じ山口県内であっても稲藁の干し方も様々あって、見ていると結構おもしろい。 積藁
特牛灯台 特牛港の外れから石段を登ると、背の低い特牛灯台があった。蓋井島灯台と同じ明治45年の初點灯でコンクリート造のようだ。灯籠の前面には取って付けたような特牛地ノ瀬照射灯がある。角島大橋ができる前は、特牛港から角島への船が出ていた。島に住む人にとっては橋が出来たほうが良いに決まっているのだろうが、旅人としては船でしか渡れない島というものに憧憬を抱かずにはいられない。
日が暮れる頃になって、ついに角島大橋が見えた。橋の途中が高くなっているので、上って下って、島に入ってまた上る。島の裏側に出ると、遥か前方に角島灯台が美しい姿を現した。角島灯台までは意外に遠くて、到着した時には既に灯火が点されていた。風が強いので売店の軒にテントを張っていると、暗くなるにつれて幻のような美しい光景が出現した。頭上には角島灯台のフレネルレンズから放たれた八本の光の矢が、軽やかに回り続けている。メリーゴーランドを思い出させるような、その素晴らしい光景に、時を忘れて魅入られている自分がいた。 角島灯台の灯光


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