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− 轍 ・ 03/09/15 (2) −

出雲神社 堀からR376で佐波川の右岸を少し防府側に行ったところに出雲神社がある。縁起をちゃんと読まなかったので島根県の出雲大社との関連はよく判らないが、境内の鬱蒼とした森はなかなか見事である。
R376で山口へと向かう。一発目の荷卸峠を越えると、仁歩には大きなパラボラアンテナの群れが見えてきた。野辺山にあるような電波望遠鏡かと思ったら衛星通信局らしい。仁歩から二発目の仁歩地峠を楽勝で越えると、JR山口線の線路を越えてR9に合流する。 山口衛星通信局
山口市は日本で最も人口の少ない県庁所在地である。山口駅の待合室で休憩してアイスを食べていたら、ちょうど山口号の蒸気機関車がやってきた。走っている蒸気機関車をまじかに見るのは始めてだったりするが、なかなか迫力がある。突然だったので写真を撮れなかったのが残念だった。
ザビエル記念聖堂 ザビエル記念聖堂は石造りの昔の建物の写真しか見たことがなかったので渋いのを想像していたのだが、1991年に焼失した後に建てられた新聖堂は銀ピカのとても綺麗な建物で、ちょっと教会らしくないカンジがする。
山口から小郡に出て、R2を防府へと戻っていく。途中の長沢池には水面に半ば沈んだ鳥居があり、対岸にはもうひとつ鳥居と社殿が見えている。この弁天社は安芸の宮島から神霊を迎えて池の守りとして奉ったお宮で、水中の鳥居も安芸の宮島になぞらえたものであるらしい。 長沢池の鳥居
野島行きの船にはまだ少し余裕があったので、中関灯台に寄っていく。自衛隊基地の横を通って工場地帯から西油崎に向かっていくと、道は防府マリーナで行き止まりになる。その手前の家の横から山道に入って海に沿って歩いていくと、小さな神社の社殿の横に中関灯台が立っていた。周囲は木に囲まれていて展望も得られず、写真を撮るのも広角でギリギリの広さしかなかった。
周防野島行きの船着場 工場地帯を通って三田尻港へ着くと、周防野島からの船が着いたところのようで船着場から人が出てきた。野島には走るところはほとんど無いようだが、船が着いてから出るまで2時間足らずしかない。灯台の探索に時間がかかって乗り遅れた時に島でキャンプができるように、自転車ごと乗り込んだ。
野島に着くと、早速、灯台を目指す。案の定、舗装道路は集落の外れで行き止まりになり、自転車を置いて歩き始める。 島のあちらこちらにある畑に行くための道が分岐していて灯台への道がわからないが、山の奥へと行く道を探して歩いていく。「野島小中学校遠足コース」という小さな木の看板があり、その先で畑に出たところで道がわからなくなった。辺りを見廻していると、右手のひとつ向うの山の上に周防野島灯台が立っているのが見えた。地図を確認すると、かなり下のところから東側の道に入り込んでしまったようだ。 周防野島灯台
小石が敷かれた小径 急いで引き返して、今度は灯台への送電線を頼りに再び道を探すと、小石が敷かれた小径が見つかった。この道は畑や果樹林を通りながらほぼ送電線に沿って続いていたのだが、そろそろ灯台が見えてくるかというところで深い藪になってしまった。草刈機でもなくては手に負えない程の深い藪に見切りをつけて、港へと引き返した。とにかく夢中だったので、汗でびっしょり。Tシャツを絞って水が滴るほど汗をかいたのは何年振りだろう?
少し余裕があったので港の周囲をポタリングしてまわり、無念の想いとともに周防野島を後にした。再びこの島を訪れることはできるのだろうか? 三田尻港を出たときに竜ヶ埼灯台が見つからなかったので船員さんに尋ねてみたところ、沖に灯標ができたために廃止になったらしい。 周防野島の港
小さな灯台 三田尻港から防府駅に寄って、R2を西へと走り始める。大道から南に折れて秋穂へと向かい、大道湾に沿って細長く続く集落の間を走っていく。小磯崎が近づいて道が途絶えると、石を積み上げた堤防の先端には小さな灯台が立っていた。灯台にはプレートがなく名称は不明。しばらく座り込んで黄昏ていく海と沖へ出ていく漁船を見ていると、灯台に光が点った。灯火は緑の閃光で、湾口の左の位置を示しているようだ。


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