| PREV | | BACK | | NEXT |

− 轍 ・ 03/09/14 −

JR山陽本線 大畠駅 今年は諸々の事情で夏休みが9月半ばになってしまった。当初は青森から三陸海岸に行くつもりだったのだが、今年の夏はまるで暑くないので、既に寒くなっていそうで止めにした。そこで本州で未走破の海岸線としては最長区間の徳山〜益田を潰しに行くことにしたのだった。旅の基点を大畠にしたのは、5月と同じく灯台巡りの都合だったりする。
さっそく大島大橋を通って周防大島へと渡る。この橋は昭和51年に開通した全長約1kmのトラス橋で、以前は有料道路だったが現在は無料開放されている。なんでも映画「ときめきメモリアル」のロケ地に使われたことがあるらしい。 大島大橋
大畠瀬戸の朝 橋の上から瀬戸内海を眺める。朝日が輝く海面には、潮がとうとうと流れているのが見えている。普段は東京湾ぐらいしか見ることのない私にとっては、なかなかすごい眺めだ。周防大島は屋代島とも呼ばれ、瀬戸内海では3番目に大きい。かつては多くの島民がハワイ移民として太平洋を渡ったらしくて、資料館などもあるようだ。
R497で周防大島の北側に沿って瀬戸内海を眺めながら走っていく。幾つかの岬を廻り久賀港を過ぎたところで、最近造られたであろう橋を渡ったところに久賀港大崎鼻灯台があった。周囲が廃車置場になっているのが、ちょっと残念。海が入った写真を撮ろうと思ったのだが、木が邪魔なので諦めた。
大畠まで戻ってからR188を走ると、ほどなくして柳井に到着。朝は薄曇りのような天気だったが、晴れてきたのでさっそく暑くなってきた。駅によって水を補給して走り始めると、山陽線の線路脇の駐車場に得体の知れない赤レンガの塔を見つけた。 赤レンガの塔
県道72号線 黒崎付近 新明和の工場の横を通り自動車通行止めになっている古い橋を渡って、県道72号線に出る。上関にむかって海岸沿いを南下していくと、すぐに人家が途絶えて綺麗な海が広がった。瀬戸内海はあまり綺麗なイメージを持っていなかったのだが、ナメていたことを思い知らされた。わりと長いトンネルを抜けて上関町に入ると、道幅が狭くなって上り始める。結構マジな上りで、予想していなかっただけにちょっと疲れた。
上り切って下り始めると、上関の港と上関大橋が見えてきた。上関大橋を渡って長島へ。海峡の向こう側には室津燈臺が見える。上関港からは八島への船が出ているのだが、10:05の便に間に合わなかった。次の16:35だと八島に泊まることになってしまうので、諦めることにした。 上関大橋
港から見上げた上関導燈 地形図では上関にも灯台の印があるので港の防波堤からその辺りを探してみると、三角形の頭標が付いた導燈が見つかった。港から民家の間の細い道を登っていくと、熊毛南高校上関分校の校庭に出た。上関導燈は校舎の横のほうから山道を登っていくのだが、踏み跡程度でクモの巣が多くてなかなか大変だった。






熊毛南高校上関分校
山間の村落には小学校の分校を良く見かけるが、高校の分校はあまりお目にかかった記憶がない。校庭の隅には立派な木が植えられていた。それにしても日曜日で良かった。平日で生徒に見つかったりしたら、ちょっと恥ずかしいよね。
上関番所跡 上関番所跡の案内看板があったので、寄ってみた。こんな時期に訪れる人はあまりいないだろうと思うのだが、戸は開け放たれて綺麗に掃除が行き届いている。こうした小さな町で地元の文化財を大切に守り続けている人々には、敬意を払わずにはいられない。
上関大橋を渡って本州側に戻ると、橋脚のたもとに室津燈臺がある。初點燈は昭和11年。コンクリート製の灯塔は20m位ある立派なもので、プレートの文字も右書きで、歴史を感じさせる。
光へと走り始めるとかなりの逆風。駅まで行って昼食にしようと思っていたのだが、あまりの暑さに耐え切れず、途中に見えた学校の昇降口にある水道で喉の渇きを癒す。地図を見ると光まではまだかなりあるので、買っておいたパンを食べて15分ほど昼寝をした。 梶取岬付近の海岸
光からは下松、徳山、新南陽と工業地帯が続き、あまり楽しくないのでサクサク走ろうと思うのだが、あいかわらずの向かい風で距離が伸びない。徳山には会社の知り合いが何人もいるので、まさか会うことはないと思うのだが、ついコソコソとした気分になってしまう。
峠から見下ろした四郎谷 JR山陽本線の戸田〜富海は入り組んだ海岸沿いを幾つかのトンネルを通って走り抜けていく。ここには使われなくなった線路跡があるとのことなので、R2の徳山西IC付近から四郎谷へと向かうことにする。山陽自動車道路をくぐって小さな峠を越えると、海へ向かって落ちていくような急斜面には見事な棚田が連なっていた。
写真を撮っていたら、スクーターに乗ったおばさんが私の横に停まって「どうですか、棚田は?」とニコニコしながら尋ねてきた。私もニコニコしながら「いや〜見事ですねぇ」と答えると、おばさんは一層ニコニコして、ここの棚田は雑誌等でも紹介されていることや棚田と海が見えるポイントなどを教えてくれました。 山の上まで続く棚田
四郎谷川に残る煉瓦の橋台 谷間の狭い平地にある小さな集落を抜けて海へと向かう。山陽本線は海岸沿いを走っているが、昭和39年に電化されたときに四郎谷の前後に新トンネルが掘られたらしい。廃線跡はトンネルだけかと思ったら、その間の路線は全て新線に付け替えたようで、現在の線路の海側には古い煉瓦の橋台が残されていた。
四郎谷の戸田側の廃トンネルに行こうと思ったら、道が無い。山陽本線は流石に幹線だけあって数分おきに列車がやってくる。線路脇を歩いていくのはとても危険なだけでなく、もしも列車が止まってくれたりすると目の玉が飛び出るほどの請求書が届くので、止めておきましょう。
四郎谷川の橋梁跡から富海方には、廃線跡が道路になって続いている。しばらく行くと、現在使われているトンネルのすぐ横に旧トンネルが見えてきた。比べると明らかに高さが低く、架線を取り付ける余裕が無かったのであろうことが分かる。 新旧のトンネルが並ぶ
真名ヶ尻トンネル





二つ目の真名ヶ尻トンネルの富海側出口。歴史を感じさせる、煉瓦造りのトンネルだ。廃線跡は人道らしいのだが、軽自動車ぐらいなら通行できるようだ。真名ヶ尻トンネルを出てしばらくは砂利道になった廃線跡が続いているが、やがて小さな畑があるだけの小さな入江で行き止まりになっていた。
四郎谷まで戻って富海へと越える道を登っていく。かなり山深いところまで棚田が連なっている。棚田のどん詰まりまで行くといきなり藪が深くなってきて、幾等もいかないうちに廃道になっていた。途中で道を尋ねたときには富海まで抜けられると言われたので、地元の人も通れなくなっているのを知らないようだ。近頃は車社会になったおかげで、こうした集落と集落を結んでいた昔からの道がどんどん荒れてしまっている。 完全に廃道化した道
来た道でR2まで引き返して、椿峠を越える。富海駅の先で防府市街へ。江泊山の南端の竜ヶ崎にも灯台があるようなので獲りにいこうと思っていたのだが、どうみても陽が落ちそうなので、今日は諦めてまっすぐ防府へとむかう。防府駅に着いたときには、辺りはすっかり暗くなっていた。


| PREV | | BACK | | NEXT |