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on a rainy day

YS / 浅桐静人

 エンフィールドにしては珍しく、三日連続の雨が降っていた。風はない。大粒の雨が殴りつけるように降っている。
 公安維持局、通称「公安」の役員ヴァネッサ・ウォーレンは湿った髪を掻き上げながら、拳銃を固く握った。
 いつも身につけている物ではなく、特別な時に支給される、ほぼ最新式の物だ。正確には、最新式が出てきたために値下がりしたもの。公的な機関は経済面にうるさい。平和なエンフィールドではなおさらだ。
 いつもの護身用の拳銃は懐に入れている。やはり、こちらも持っていないと落ち着かないのだ。
「なんで、こんなことになっちゃったのかしらね」
 主のいない水晶の館の前で、実戦経験の乏しいヴァネッサは、早くも不安に駆られていた。その隣では不愛想で、無職のルー・シモンズが無言で弾を込めている。さも当然のように、何の断りもなくそこにいる。
「ひとつ聞くけど、なんであなたがここにいるわけ? それに銃なんて使えるの?」
 自分だって銃の扱いは不安材料でしかないのだが、ここは役員と一般市民の差というものがある。戦って強いのはどちらかと聞かれれば、ヴァネッサは口を噤むしかないだろうが。
「ひとつと言わなかったか? まあ、それくらい些細なことだが。
 ここにいるのは占いに来たからで、まだここにいるのは帰る前に巻き込まれたからだ。銃なんて狙いを定めて引き金を引くだけだろう、その位なら子供でもできる。それに以前、模擬戦に凝っていたこともある」
 瞬時に冷静に言いくるめられ、ヴァネッサは口を噤んだ。口論でルー、イヴ、リカルド、トーヤの四名に勝てないことも追求しない理由の一つだが、一般市民に銃の携帯が禁止されているわけではないので、これ以上追求しても無駄だ。それに、模擬戦であろうと発砲した経験があるの
ならヴァネッサ自身よりも、ましかも知れない。悔しいが。
「それに、今日はこの戦いに参加するのが吉と出た」
 銃の予備弾が入っているはずの紙箱から、なぜかタロットカードが出てきた。
 あんたは手品師か、と言いたいところを堪えて、
「どーせ、そんなことだろうとは思ってたんだけどね」
 ヴァネッサはため息まじりで言った。
 激しく降り注ぐ雨音に掻き消されて、返事代わりのタロットを切る音は、誰の耳にも届かなかった。
「緊張感の……ないヤツねえ」
 激しい雨音の中でもルーに聞こえる声量で独り言うヴァネッサは、その台詞とは裏腹に緊張でガチガチに固まっている。
 この状況、いきなり攻撃されればどちらも対処できずにあっけなくやられるのは目に見えている。
 幸運にも、今のところ敵は動く様子はなさそうだ。それを分かっているから、ルーも落ち着いてカードなど切っているのだろう。
「どうしてこんなことやってるんだろう」
 一言喋るたびに舌を噛みそうになる。雨の寒さが、平常心をいっそう狂わせる。
「それは敵を侮ったからだろう」
 独り言のつもりで小声で言ったのだが、答えが返ってきた。聞いていないようで聞いているところが、この男のすごいところだろう……あまり、認めたくはなかったが。
 敵を侮った、確かにその通りだ。
 任務そのものは一匹の魔物退治に過ぎない。以前読んだ資料によれば堅く、衝撃には強いが、魔法や銃にはとことん弱いと書いてあった。本来なら、ひとりでも十分対処可能だと断言できる。でなければ、こんな仕事引き受けるものか。
 しかし現実は、魔法攻撃を一切受け付けない上、人間に乗り移るという反則的な強者に変貌してしまっていた。すでにパメラ、ギャラン、ボルの公安3人組が仕掛けてやられている。ルーの持っている銃は、彼らの持っていたものだ。
 いま乗り移られているのはシェリル・クリスティアである。彼女が積み上げていた本から、何らかの原因で飛び出した時、他の本にかけられていた魔法が次々と連鎖的に発動したと推測される。最も近くで見ていたはずのシェリルは、現在その魔物に乗り移られているため推測でしかないのだが……。
 ともかく、魔法が効かないので、銃以外に効果的な方法はない。念のため銃を持ってきたのは幸いだが、シェリルの身が最優先だ。そういうわけで、現状では撃つこともできない。
「シェリルさんを傷つけないようにやっつけるのは、ちょっと無理よね」
「方法はあるかもしれない」
 いつのまにかタロットをおさめ、いつでも引き金を引けるように銃を構えたルーが立ち上がった。
「魔物が封印されていたという本を調べれば、何か分かるだろう。二十分以内に戻るから、とりあえずこの場は任せた」
 呆気に取られるヴァネッサを残し、ルーは器用に足音を消して水晶の館を去っていった。迅速な行動だった。
「えっ!? ちょ、ちょっと」
 状況を把握し、狼狽した頃には、ルーの後ろ姿はもう見えなくなっていた。もっとも、行き先はすぐ近くの旧王立図書館だと分かっているのだが、持ち場を離れるわけにはいかない。
 有効な手段がないので、ルーの帰りを待つしかない。また、シェリルには動きがないので、結果的にただ何もせずに帰りを待つだけだった。
 ふと、辺りを見るとルーのタロットが一枚落ちていた。なんとなくそのカードを拾ってみると、Death――死神のカードだった。
「不吉なカードを置いていかないでよね」
 なんとなく嫌な感じはしたが、一枚でも欠けると占いができなくなることくらいは知っていたので、そのカードを懐にしまっておいた。
 カードは偶然に落としたのだろうか。そんな疑問がふっとヴァネッサの脳裏をよぎった。22枚のタロットから1枚だけ抜け落ちて、しかもルーがそれに気づかないなんて、どうも解せない。
 たぶん、ルーの占いの結果がこれなのだろう。Death、死、死神……不吉だった。
 その後は何事もなく、ただ時間だけが過ぎていった。うっとうしいほどの雨は、まだやむ気配を見せない。

「いつまで調べてるのかしら」
 思わず声に出して言う。すでに三十分は過ぎている。いくら何でも遅すぎる。魔物が封印されていた本は、それほど解読の難しい物ではなかったはずだ。少なくとも、ルーがこれほど時間を掛けるほどの物ではない。
 20分以内。ルーは無愛想だが、約束を破るような人間ではない。
 何かあったのかと思い心配を始めた頃、待っていた声とは違う声を聞いた。
「あ、ヴァネッサさん。探したんだよ」
「トリーシャちゃん!? どうしてこんなところに」
 トリーシャ・フォスター、彼女の父親リカルド・フォスターは自警団の第一部隊の隊長だ。だからといって、彼女がここにいていいわけではない。トリーシャ自身は一般市民なのだ。
「それについては俺から説明しよう」
 そう言ったのは、時間を守らなかった男、ルーである。
「あなたねえ、一体どれだけ時間をかけてるのよ」
「文句ならこいつに言ってやってくれ。探すのに苦労したんだ」
 そう言って、トリーシャの方を示す。
「そんなこと言ったってさあ、ボクにもいろいろあるんだから。夕食の買い出しとか……」
「俺が見つけた時はアクセサリーを見てたようだが?」
 即座にルーに言い返され、黙るトリーシャ。
「それより何で、彼女が一緒なの? ここは今、一般市民は立入禁止なのよ」
 ルーも一般市民なのだが、それはこの際関係ないことにしておこう。
「それはこいつがこの事件を解決する鍵だからだ」
 唐突なルーの言葉に、ヴァネッサの思考がしばし中断される。
「どういうことなの、トリーシャちゃん?」
「ボクにもよくわからないんだけど……」
 トリーシャにわからない以上、ルーに聞くしかない。もとより、ルーはこの場で二人に事情を説明する気だろう。二人は必然的にルーのほうを向いた。
「まず、シェリルに取り付いた魔物が、本来は大した奴じゃないってことは知っているな」
「ええ、知ってるわ」
 ヴァネッサが頷く。トリーシャは相変わらず首を傾げている。
「だが、それが魔法を無効化するほどの力を手に入れた」
「その通りよ」
 ここまではヴァネッサ自身もよく分かっている。
「おかしいとは思わないか? 人に取り憑くのは比較的簡単だが、魔法を無効化するような力を偶然に手に入れられるわけがない」
「それは、他の魔法が連鎖的に反応して……」
 今のところ、公式な見解もそういうことになっている。
「そこなんだが、俺が調べてみたところ他に反応した本はほんの1、2冊程度だった。そもそもシェリルの読む本はほとんどが小説、しかも恋愛小説が中心だ。その中に魔法のかかった本があったこと自体、不思議なぐらいだ」
「それじゃあ、その本が実は異様なまでに強い魔法の掛かった……」
「違う」
 冷たい声でルーがヴァネッサの推論を止める。相変わらず冷たい雨が降り続けている。
「あの力には別の原因がある、ということだ」
「ねえ、ボクにはぜんっぜん話が見えないんだけど……」
 細かいことはまだ聞いてないトリーシャが聞いてきた。細かいことどころか、かなり大きなことでさえも承知しているわけではない。
「まあ、続きを聞け。イヴに聞いたんだが、シェリルはファランクスを動かせるほどの魔力を持っていたそうだな。潜在的に、ではあるが」
「うん、そうだよ」
「そして、シェリルは本の世界に入ると周りのことが見えない状態になる」
「うん、ボクがよく直してるよ」
 お得意、右斜め45度のトリーシャチョップで現実に戻ってくる。普通のチョップとどこが違うのかは不明だったが。
「ひょっとして、それが原因なの?」
「ああ、多分な。そこで、トリーシャがシェリルを元に戻せたら魔物はすぐに出ていくだろう。体から抜け出してしまえば、魔法だろうが銃だろうがなんでも可だ」
 本来の魔物は強くはない。中程度の魔法や、旧式の銃でも、当たりさえすれば一撃で倒せるはずだった。
「でも、どうやって近づくの? トリーシャちゃんに危ない目に遭わせるわけにはいかないし……」
「そこで、これを使っておとりを用意する必要がある」
 そういってルーが取り出したのは機関車のかぶり物だった。
「……なによ、それ」
「機関車おじさんだ。シェリルが読んでいた本はこのシリーズのようだったからな」
「誰がおとりになるのよ」
「俺は一般市民だからな。やはり、公安の人間がやるべきだろう」
 一般市民という言葉を出されては返す言葉がない。体よく押しつけられた気はするが、どうこう言っている場合ではない。それに、少しは自分にも責任はある。
 ……が、やはりヴァネッサには抵抗があった。
「い、嫌よ。おじさんっていう位だから、あなたがやった方がいいじゃない」
「実はこれは“機関車おばさん”なんだ」
 そんなものはいない。しかし、口論でこの男に勝てないことは……
「……わかったわよ。やればいいんでしょう」
 ……嫌になるほど、知っていた。

 そして……
「たあ〜、今日はちょっと角度を変えてみようかなってふと思ったけど失敗したらちょっと危ないなあって思ったりして……」
 ちらっと横目で周りを確認。
「なんかにらまれてるような気がするから例によってきっちり右斜め45度からのトリーシャチョーップ!」
 このやたらと長い一言、威力がなさそうでない一撃であっさりと事件は片付いた。魔法の効くようになった魔物は、近くに隠れていたルーの魔法であっさりと退治された。
 やや新式の銃は最後まで日の目を見なかった。
 元に戻ったシェリルはヴァネッサの姿を見て驚いていた。どことなく嬉しそうな表情もちらりと見せたが、助けられたという立場上、あまりそのことには触れなかった。
 もちろん、復活した公安3人組は盛大に笑っていたのだが。
「そういえば、これ。落ちてたわよ」
 かぶり物をすぐに外して、そう言いながらカードをルーに渡す。
「ああ、ここに落としていたのか」
「そんな不吉なカードを忘れないでほしいわ」
 ルーはDeath、死神のカードを受け取って、21枚のカードに加えてよく切った。そこからさっと1枚取り出す。
「そうでもないぞ、確かに不吉な意味もあるが、生まれ変わってやり直すという意味もある。逆位置なら誕生なんてのもある」
 ルーの手では、やはりDeathのカードがくるくると回っていた。
「そうなの?」
 心底意外に思いながら、聞き返す。
「さらには、古い考えを捨てろという意味もある。だから原因が別にあるかも知れないと思って、調べてみた」
「そうしたら、見事に当たっていたってわけね」
「ま、そういうことだ」
 こうして、シェリルとヴァネッサの静かな戦いは始まらずして……終わった。
 雨は止み、空には虹が出ていた。


あとがき

YS
 話が浮かんでから書き終わるまで、無駄に時間をかけました。
 それにしても、ルーの台詞が多いな・・
 ヴァネッサシェリルがメインだったはずなのに、結果として、シェリルはまったく出番がありませんでしたし(笑)
 いいのか、これで(汗)

浅桐静人
 「Persistent Letters」に続き、Rejected Itemsからの作品です。もともとは「raindrop(仮)」って仮タイトルでしたが、変えてみました。
 今回もまた、送られてきたものにちょこちょこと手を加えました。どのあたりが僕の修正か探ってみるのもまた一興かもしれません。


History

2000/03/-- 「raindrop(仮)」を書き始める。(浅桐)
2000/03/-- 行き詰まってRejected Items行き。(浅桐)
2000/07/下旬 書こうと思う・・が、その直後忘れる(YS)
2000/09/11 23:45 書き始め(YS)
2000/09/12 1:08 中断、その後しばらく忘れ去る(YS)
2000/09/21 21:47 思いだし、書き始める(YS)
同日 23:14 また中断、また忘れそう(YS)
2000/09/23 0:52 やはり忘れていた・・が、何とか思い出し書き始める(YS)
同日 1:38 あっさりと書き終わる(YS)
2000/09/24 23:52 送るのを忘れていたことに気がつき送る(YS)
2000/09/26 加筆修正開始+タイトル決定。(浅桐)
2000/09/27 書き終わり。(浅桐)

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