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お兄様のために、、、

AGM

<初めに>

この小説の中では、エンフィールドにおける通貨の単位を「シェル」として表しています。
別に円と比べてどうこうというようなことはありませんので、まぁ、気軽に読んでください。

>>プロローグ

1月4日(土)新年のセレモニーも全て無事終ったというのに、エンフィールドは新年の喜びの渦の中にあった。街の人々は各々の家を飛び出し、ある人は商店街で、ある家族はローズレイクで休日の午後を賑やかに過ごしている。街中が1年に1度の明るさに包まれるなか、(無論、普段も活気のある街ではあるが)ある少女だけが、憂鬱そうに何か考え事をしていた。少女の名はクレア=コーレイン。街の自警団で働くアルベルトの妹である。
「やはり何度数えても70シェル足りないのですわね。ふぅ。」
そう言うとクレアは、今日4回目程になる大きなため息をついた。目前の机には『500シェル』と印刷されたお札が4枚と、硬貨で430シェルがきちんと整理されているかのように並べられている。彼女にとって、この2430シェルを貯めるだけでも大変な事で、1ヵ月前から兄には内緒でこつこつと節約を続け、ついに手にしたという大切なお金なのである。ところが・・・
「もうお兄様の誕生日は明後日だと言うのに。これでは、お兄様に最高のお誕生日をプレゼントすることが出来ませんわ。困りましたわね。」
すでにラ・ルナにディナーの予約を入れ、リカルドに話をつけて当日はアルベルトを早く帰らすようにお願いもした。(事情を話すと快く受け入れてくれた。)さらには豪華な花束も買い、(これだけでもアルベルトは十分満足するとは思うが)後は前からこれと決めていた魔法力のあるペンダントを買えば完璧というところまできているというのに、後70シェル足りないと言うのである。もちろん、プレゼントにするには、もっと安価な物が多々あるのだが、どうにも完璧主義のクレアにとっては、『2500円の』ペンダントでなければ駄目らしいのである。
「とにかく、ここにいても解決にはなりませんわね。さくら亭のパティ様にでも相談に行きましょう。」
そういうと、クレアは机の上のお金を財布にしっかりと入れた上で秘密の場所(といってもタンスの奥なのだが)にしまいこむと、コートを羽織り、ミニバッグを持ってさくら亭へと足を向けた。

>>><<<

「ふぅ!やっとお客さんも減ってきたみたいね。あぁ、疲れた。全く、みんな新年になって嬉しいのは分かるけど、昼間っからお酒はやめてほしいわよね。」
さくら亭の看板娘、パティ=ソールは、昼時の店が最も混む時間帯に終止符が打たれつつあるのを感じて、疲れたようにカウンターの椅子に腰をおろした。午後4時、店には「少しお茶を」とやって来た客が数人いるだけである。と、
「カランカラン♪」
さくら亭のドアに取付けられたカウベルが、澄み切った音を店内に響かせる。
「やっほー、パティ!ちょっと遅くなっちゃったけど、あけましておめでとう!」
元気よく跳びこんできたのは、街の人気者にして「流行の水先案内人」ことトリーシャ=フォスターともう1人。後ろからひょいと顔を出したのは、
「こんにちは、パティ様。新年、明けましておめでとうございます。」
そう、70シェルに悩む少女、クレアである。
「あら、トリーシャにクレア。あけましておめでと。それにしてもここに来るには珍しい組み合わせじゃない。どうしたのよ?」
「エヘヘ、さっき散歩の途中でバッタリ出会ってさ、クレアがさくら亭に行くって言うから、ついてきちゃったんだよ。どうせボク暇だったし。何か面白い事があるかもってね。」
「なる程ね。さ、こんな所に突っ立ってるのもなんだから、こっちに座んなさいよ。」
そう言うと、パティは2人をカウンターへと招き入れ、「たまには奢ってあげるわよ。」と思わぬ来客に上機嫌でココアをいれに行ったのだった。15分後、3人はお他愛のないおしゃべり(マリアが、またエンフィールド学園の校庭に大きな穴を開けたこと等だ)を楽しんでいた。ところが、
「そういえばクレア。」
「はい、なんでしょう?パティ様。」
「アルベルトの誕生日って、明後日じゃなかったけ?」
パティのこの一言が、クレアの表情を一変させてしまう。それまで、いつもと何ら変わらぬ明るい笑顔で話に参加していたのだが、急に困ったような顔をし、さらには目に涙を浮かばせ始めてしまったのだ。それを見てあせったパティは、
「ご、ごめん。もしかして私、間違えてた?」
と、急ぎ謝った。だが、アルベルトの誕生日は1月6日。確かに明後日で、実はパティはちゃんと合っているのである。
「いえ、違うんです。パティ様は合っていますわ。明後日は兄の誕生日です。あの、その事について、少しパティ様にご相談したいことがあるのですが・・・」
そう言うと、クレアは申し訳なさそうに事の次第を話し始めた。元々、クレアはパティにこのことについて相談しようとやって来たのだが、トリーシャ達があまりに楽しそうに話をしているのを見て、話を出しそびれていたのだ。パティとトリーシャは、5分余り真剣に話に耳を傾け、クレアが全てを話し終えるまでは、一言も口を挟まなかった。そして、クレアが話し終えると、いち早く
「偉い!」
とトリーシャが感心のあまり叫んでしまった程、クレアの話は2人の胸を打った。
「クレアってやっぱり凄いなぁ。きっと、アルベルトさんもすっごく喜ぶと思うよ。ね、よかったらボクにその70シェル、貸させてもらえないかな。もちろん、返してくれるのはいつでもいいからさ。」
トリーシャは是非とも、クレアの力になりたいと考えたのだ。しかし、その願いはクレア本人によって丁寧に願い下げられた。友達でも迷惑は掛けたくないし、 兄へのプレゼントは自分自身の力で手に入れたいというのである。
「そっか、それじゃあ仕方ないね。ねぇ、パティ、私達クレアのためになにかしてあげられないかな?」
「うーん、私もさっきから考えてたんだけどさ、こんなのどうかな、クレア?」
「何か良い案があるのですか?」
クレアはカウンターに体ごと乗り出して、パティに期待の眼差しを向ける。
「明日、1日ここで働いてみない?」
「さくら亭で、ですか!?」
クレアは予想外の提案に大いに驚いたようだ。そんな様子を見て、パティはゆっくりとその内容をこう告げた。
「そ、自分で働いてもらった給料なら、納得いくでしょう?アルベルトには内緒にして、明日1日アルバイトしてくれればいいのよ。」
「わぁ、それ名案!どうかな?クレア。」
トリーシャもパティの案には賛成のようだ。
「でも、ご迷惑なんじゃ・・・」
それに反してクレアはまだ慎重気味。とにかく真面目な性格が、こういうところにも出てしまっている。
「全然。明日、日曜日じゃない。すっごく混んじゃって、きっと私一人じゃ対応しきれないのよ。そうだ、何ならトリーシャも一緒にどう?」
「え、本当?やったやった!ネ、クレアも一緒にやろうよ。」
1枚上手はパティの方だったようだ。「トリーシャもOK」このことがよほど嬉しかったのか、トリーシャは目を輝かせてクレアに迫る。こうなってはさすがのクレア(あのアルベルトを丸く収めてしまうのだから、さすがというべきだろう。)もお手上げ状態。パティの親切さと、トリーシャの情熱(?)に負けたのか、コクリと大きく頷いて
「2人とも、私のために色々と考えてくださって、本当にありがとうございました。あの、パティ様。それでは明日、お手伝いさせていただく事にしますね。」
と提案を受け入れたのだった。その顔には、事情を話していた時の暗さはなくなっている。パティも、クレアが承諾した事にホッとしたのか、顔を和らげた。
「うん!じゃあ、明日9時にここで。それからトリーシャ、絶対にこのことを他人に話しちゃ駄目よ。」
念を押す顔にも思わず笑みがこぼれる。
「もちろんだよ!エヘへ、ボク、今からワクワクしてきちゃった。」
トリーシャも満面の笑みでそれに応えた。その後、3人は土曜日の夕方を興奮に胸躍らせながら、尽きる事を知らない新年の話題を楽しんだのだった。

―――翌日
さくら亭は、昼食を取りに来た客でごったがえしている。最も混みあう時間帯、中には1つの椅子を取り合ったあげく、2人で尻を半分ずつ乗っけている者までいる始末。そんな店内をあちこち駆けずり回り、注文取りに配膳にと大忙しなのは、看板娘パティと、そう、トリーシャとクレアである。住み込みのリサや、客の協力によって2人が働いている事は秘密の内に守られている。
「ハイ、おじさん!ビールね。」
パティもいつもに増して動きにキレがあるように思える。まるで店内という舞台で踊っているかのような、それ程に機敏な動きを見せているのだ。
「やぁ、パティちゃん。どうしたんだい、あの女の子たち。トリーシャちゃんとクレアちゃんだっけ?」
常連の客は新鮮さを感じながら、2人が忙しそうにしているのを面白そうに見ている。
「ふふ、おじさんお目が高い。でも、店の中だけの秘密よ。ちょっと訳ありなんだから。」
「おうよ、任せときな!」
おじさんは手を握って親指を出し、「グッド」のサインを送った。

「どう、2人とも。疲れてない?」
キッチンへと戻ってきたパティは、偶然にも同時に戻ってきたトリーシャとクレアに声をかけた。返ってきた答えはどちらも同じ、
「全然。」
そしてまた、ドアのカウベルが、「カラン」と来客を告げる。
「いらっしゃいませ!!!」
3人の少女の声が、1つの音となって、新たな客を明るい笑いの渦へと招き入れた。

―――その後
仕事を終えたトリーシャとクレアは、パティから笑顔で給料を受け取り、それぞれの向かう先へと足を向けた。クレアは夜鳴鳥雑貨店に寄り、予定通りペンダントを買って、余ったお金(給料はクレアが70シェルでも多い位と言ったのだが、パティが予想外に良く働いてくれたからと100シェルもらってしまったのだ)で綺麗に包装までしてもらうことが出来た。翌日、何も知らなかったアルベルトは、リカルドの命で早退。クレアとの最高の誕生日を過ごすこととなった。しかし、アルベルトは知らない。誕生日の前日に、クレアにとっても大きな思い出となる出来事が起こった事を。   <FIN>


後書き

ここまで読んで頂いて、ありがとうございます。
この小説は「悠久交差点」さんの5周年を記念して、投稿させていただきました。5周年だという事を知ってから急いで書いたので、前作「記憶のいたずら」に比べてかなり短い物となってしまいましたので、読みきりのような形で読んでいただけた事とおもいます。

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