悠久交差点 [HOME] [悠久ミニストーリー]

記憶のいたずら

AGM

「ルッシードさぁん♪」
どこからともなく聞こえてくる、聞き慣れたほんわかとした声に、ルシード・アトレーはおっくうそうに振り向いた。
「あぁん?何だティセか。どうした?」
声の主はティセ・ディアレック、高校2年生。それに応えているルシードは大学1年生である。
「どうした?って、もうすぐ授業が始まっちゃいますよ〜。
 大学部のルシードさんがここにいてもいいんですかぁ?」
「あぁ?授業ねぇ。かったるいし、いつもみたいに保健室でも行こうかな。」
「保健室に行くですかぁ?もしかしてルシードさん、病気ですか!?」
「・・・ティセ、もういいから教室に行け。授業に遅れるぞ。」
「はぁい。ルシードさんも気をつけてですぅ。」
ルシードは足早に廊下を歩いていくティセの後ろ姿を見送り、大学部ではなく少しはなれた保健室へと足を向けた。
(なお、ティセの曲がった廊下の先でバケツをひっくり返す音がしたのはあまり気にする程のことではないらしく、一瞬足を止めるだけに留まった。)

―翌日午前9時
ルシードにとって、一ヶ月の中で最も嫌う時間が刻一刻と近付いていた。私立聖カトレット学園が今年から正式に採用を決定した、【ミッション授業】と呼ばれる特殊授業がそれである。これは、複数の人間を異次元へと送り込み、そこでなんらかのミッションを与える事によってその人物に潜む先天的な能力を見出そうとするものである。ティセとルシードの2人は、昨年行われたその試験運営の生徒として知り合い、見事に二人仲良く落第したと言うわけだ。
そんなわけで、ルシードは来るミッションをおっくうに思いながら、学校の中央にある広場のベンチに、腰を下ろした。と、
「ルシードさ〜ん。」
まるで昨日の再現かのように、ティセの声が聞こえてくる。
「来たか、、、」
ルシードはその声に覚悟を決めた。
「今日はティセ、これから【ミッションじゅぎょう】に行くんですけど、一緒に行きませんか♪」
ミッションのある時はいつもこうである。2人は学年も違い、普段そこまで話すことはないのだが、同じ落第生の名残も有ってか、ミッション授業の時はいつも2人でミッションルームへと向かうのだった。従って、ルシードにとって、ティセの声はお迎えが来た事の印のようなものなのだ。

ミッションルームは実験段階だった昨年の位置から、新しく設置された、専用の部屋へと移されたばかりだった。2人が入ると、教官のランディ先生と、案内役のテディが、今日のミッションについて話し合っているところだったらしい。2人が入ってきたことを気にもとめず、話を続けていた。まだ他の生徒が一人も来ていない静かな部屋の中には、機械の鳴らす奇妙な信号音だけが、この後起こる一大事を夢の中の出来事だと言わんばかりにこだましていた。

10分ほどして、部屋の全自動扉が静かに開いた。他愛もないおしゃべりを繰り広げながら入ってきたのは、これまた昨年の試験運営に臨んだ、アレフとトリーシャの2人。
(まあ、ある程度予想されていた事ではあるが、どちらも落第組である。)
それに気付いたのか、ランディはいかにも鬼教師といった感じの目をチラリと向けた。
「どうやら全員揃ったようだな。それにしても極端な連中がよくもまぁこれだけ集まったもんだ。こいつは楽しくなりそうだな。」
ランディはにやりと含み笑いを浮かべ、4人をざっと見渡した。ティセ以外の3人は引きつった顔をしている。いくら初めての試みだったとは言え、落第した事を変な風に言われるのは避けて欲しいようだ。
そんなことを知ってかしらずか、ランディは話を続けた。
「今日のミッションを説明する。今回は2対2のチーム戦だな。場所はエンフィールド。」
「エンフィールド?どこだそれ?なぁアレフ、お前知ってるか?」
ルシードは聞き慣れない(というより聞いた事のない)地名に首をかしげた。
「いや、知らないねそんなとこ。トリーシャちゃんは?」
「ボクも知らないよ。ねぇ、ランディ先生、それってどこかの都市の名前なんですか?」
「知らねぇのも無理ないさ。何せ俺がミッションのためにデータを作り出した、ミッションの中だけの世界、いわゆる人工的な空想空間だからな。」
「じんこうてきなくうそうくうかん?ルシードさん、何ですかそれ?ティセ、分かんないんですけどぉ。」
どうもティセには今のランディの言葉は超越した世界の物として受け止められたらしい。そのことに素早く感付いたルシードは、なるべく簡単な言葉を模索した上で、こう答えた。
「ようするにな、ティセ。お前の好きな本の中の世界、ってことだよ。」
「本の中の世界ですかぁ?わぁい!ティセは一度でいいから行ってみたかったんですぅ。楽しみだなぁ。ね、ルシードさん、早く行きましょ♪」
ティセはルシードの言ったことを真に受けてしまったようだ。早速空想を始めてしまった。
「おい、ルシード、その説明は根本的に何かが間違ってる気がするぞ。」
「いいんだよ。こう言っときゃ。ようするにこの世にないものだということが
 わかりゃいいんだから。」
「でもティセちゃん、現実に有るもんだと思ってるみたいだよ?」
トリーシャの指摘はもっともである。何せ、ティセは今度どこにあるのか、地図で調べてみよう等と口走り始めてしまったのだから。

「おい、エンフィールドの話はもう終わりにしてくれないか?こちらとしても授業が遅れるのは面倒なんでな。」
ランディが呆れたように口を開いた時には、すでに始業時間から15分以上が経過していた。4人は、エンフィールドと、ティセの空想の暴走をどう止めるかについて、10分以上も話し合っていたのである。ランディの声に4人は(いや、ティセを除いてか。)一斉に我に返った。
「あれ?すいません、先生。ボクたち、つい熱中しちゃって。」
「ま、いいさ。それより手っ取り早く今回の役割を説明するぞ。まず、髪の紫色した奴は、そのエンフィールドの何でも屋で働いてる青年。」
「何でも屋ねぇ。それより、誰が髪の紫色した奴だって?」
「うるせぇ。大学部まであるのに、いちいち人の名前なんぞ覚えていられるか。次行くぞ。そこのピンクの小娘は、その青年に仕える、言わば召し使いみたいなもんだな。」
「『めしつかい』ですかぁ。わぁい、ティセは『めしつかい』ですぅ♪うれしいですぅ。」
どうやらティセは召し使いの意味を知らないらしい。本の中の世界と聞いて、出てくるもの全てが憧れの存在と化しているようだ。
「何がそんなに嬉しいんだか。それから、残りの2人は町の住民と、流れ着いた旅人みたいなもんだ。俺からはこんなもんだ。まぁ、精々頑張ってきやがれ。」
「OK!アレフ君、頑張ろうね。こんどこそ落第は免れなくっちゃ。」
「そうだな!よぉし、テディ!早速エンフィールドへ案内してくれよ。」
「わかったっス。ルシードさんとティセさんはまた後から迎えに来るっスね。それじゃアレフさん、トリーシャさん、行くっスよ。しっかり掴まっていて下さいっス。」

「しゅいぃぃぃん、、、、」空間転移の音が静かに響き渡る。そこには2人(と一匹)の姿はもうなかった。
「行ったか。さて、奴らの記憶を操作せねばな。」
そう言い残すと、ランディは機械の奥へと消えていった。ティセはミッションが楽しみで仕方がないのか、うろうろと部屋の中を彷徨っている。
「お待たせっス。ルシードさん、ティセさん、行くっスよ!」
しばらくすると、テディが異空間から帰ってきた。どうやらトリーシャと、アレフは無事届けられたらしい。
「わぁい、テディちゃん、おかえりですぅ。」
ティセは待ってましたとばかりにテディに抱きついた。
「わ、わ、ティセさん、苦しいっス!やめてくださいっス〜!」
「えへへ、ティセは苦しくないですぅ。テディちゃ〜ん!」
「離れるっス!ルシードさん、助けて下さいっス!」
「諦めろテディ。それより、早いとこミッションに連れてくのが得策だと思うぞ。」
「それもそうっスね。それじゃ、2人とも。行くっスよ!」
しゅぃぃぃん、、、、、、、アレフ達の時と同じ音が響く。一つだけ違ったのは、ルシードが、ランディの消えた辺りで奇妙な音がした気がしたこと位だった。(もちろん、ルシードがそんなことを気にするはずはなかったのだが。)

「ご主人様!ご主人様!!」
小さい部屋一杯に、部屋の大きさとは不相応な大声が響き渡る。部屋の隅に置かれたベッドの中からは、ぼさぼさになった紫色の綺麗な髪の毛が見て取れる。
「う〜ん、後5分、、、」
「もう。ほんっとにご主人様は寝起きが悪いんだから!ほら、ご主人様!店が開いちゃいますよ!」
この寝ている青年、名をルシードと言い、ここエンフィールドの何でも屋、『ジョートショップ』の主人、アリサ・アスティアに倒れているところを助けられて以来、住み込みでジョートショップで働いているのだ。ルシードを『ご主人様』と呼んで慕っているのは、数年前まだ青年が旅に出る前の家で働いていた召し使い、、、のはずなのだが、年齢の近いルシードとは親友のように親しくなってしまい、旅に同行しているというわけだ。(親しいのに、ご主人様と呼んでいるのは何故かと言うと、作者がその辺の設定を考えていなかったのと、作者のかってな希望からである。お許しを。) 「分かったよ、ティセ。そろそろ起きよう。アリサさんに迷惑をかけるわけにもいかないしな。先に行って店の方で待っていてくれよ。」
「分かったですぅ。あ、それから、ご主人様宛てに手紙が来てましたよ。机の上においてあるので、読んでおいて下さいね。」
ティセはそう伝えると、とてちてと階段を下りていった。ルシードは服を動きやすいトレーナーに着替え、部屋の隅にある机の方に目をやった。そこには確かにティセの言っていた封筒らしきものが載っている。
「それにしても俺宛に手紙とは珍しいな。俺がここにいる事を知っているのは、この町の奴だけなのに。どれどれ、送り主は、、、あぁん?自警団?何でまた。」
不思議がりながらも、封筒を破り、中を覗いてみる。そこには、一枚の手紙だけが入って
いた。その内容は、次のとおりである。

『DEAR ルシードさん
 こんにちは。今日、ちょっと用事があるので、さくら亭に10時ごろ来てくれませんか?
 なるべく1人か、ティセちゃんとの2人かで来て下さい。それから、このことは誰にも話さないで下さいね。アリサさんにもです。じゃ、よろしくお願いします。
                              FROM トリ−シャ』

「・・・トリーシャちゃんから?それにしても何で他の人たちには内緒なんだ?」
いくら考えても分からないが、とにかく行ってみるしかないようだ。しかし店はどうするのか。依頼があってはそちらを優先するしかあるまいし、、、そんなことよりアリサさんに内緒でどうやってジョートショップを抜け出すかだ。心配をかけるわけにはいかないし、騙すのは気が引けるし、、、そんなことを考えながらルシードは階段を下りていった。
「あら、おはよう。ルシード君。」
「あ、おはようございます、アリサさん。ってそこにいるのは、アレフか?」
部屋の中を見渡すと、ソファに座っているラフな格好の青年が目に付いた。
「ええ、さっきいらしたのよ。ティセちゃんにあなたを起こす間、待っていて頂いたの。」
「やぁ、ルシード。朝早くから悪いんだが、ちょっとした仕事の依頼があるんでな。アリサさん、今日こいつを借りてってもいいですか?」
「ええ、今日は他に依頼もないですし。そのかわり、夕方までには帰ってきていただけるかしら。今日は皆でラ・ルナへお食事に行くのよ。」
「分かりました。ルシード、ティセちゃんも連れてっていいけど、どうする?」
ティセは台所で、洗い物をしていたらしい。(パリ−ンという皿の割れる音がしていたのだから。)台所から出てきた。
「ティセ、俺は今からアレフと一緒に出かけるんだが、お前もついてくるか?」
『出かける』という言葉に反応して、ティセの顔がパッと明るくなる。
「お出かけですかぁ。もちろんティセも行くですぅ♪えへへ、楽しみですぅ。」
「すみませんアリサさん。それじゃ、行ってきます。」
「ええ。行ってらっしゃい。ティセちゃん、気をつけてね。」
「はぁい。行ってきまぁす♪」

「やれやれ、どうやら上手く行ったようだな。」
ジョートショップを出てから、おしゃべりをしながら5分ほど北へ歩いたところで、アレフが突然口にした。
「あぁん、何が上手くいったってんだよ、アレフ。それにさっきからどこに向って歩いてるんだ?」
「さくら亭だよ。トリーシャちゃんからの手紙はもう読んだんだろ?」
「それって、今日ご主人様宛てに来てた手紙のことですか?そういえばご主人様、何て書いてあったんですかぁ?」
「確か、10時にさくら亭に来いってやつだったよな。それにしても何でアレフがその手紙の事を知ってんだよ!?」
「あぁ、それはさくら亭に着いたら分かるさ。とにかく、約束の10時まであと15分ってとこか。十分間に合うな。」
ルシードとティセの2人は、アレフについてさくら亭へと向かった。というより、正式な依頼として報酬ももらえる以上、そこへ向かうしかなかったのだが。この時点でティセは、後から自分がとんでもない事件に巻き込まれることになろうとは、夢にも思っていなかった。

カランカラン♪
さくら亭の扉に取付けられたカウベルが乾いた音を鳴らす。
「いらっしゃーい!」
この店の看板娘、パティが反射的な言葉を発する。10時5分前。朝のラッシュも過ぎ、丁度昼との境目に当たるこの時間帯は、あまり店が混んでいない。店を見渡しても、ちらほらと客が入っているだけのようだ。
「あら、アレフ。どうしたのこんな時間に。珍しいじゃない。」
「あぁ、ちょっと待ち合わせでね。おっ、パティ。そのイヤリング、よく似合ってるね。」
アレフお決まりの女の子のアクセサリーを褒める癖がここでも出てしまっている。(勿論、アレフとしては『女の子に対する当然の礼儀』なのだろうが。)
「はいはい、それはどうも。あれ、今日はルシードにティセも一緒なのね。」
「こんにちは、パティさん♪」
「まさかあんた、今度はティセちゃんを口説くつもりじゃないでしょうね。」
「違う、違うって!そんなことしないよ。」
厳しい指摘とルシードの殺気めいた視線を気にしてか、アレフはあわてて否定した。
「それより、トリーシャちゃん、もう来てるかい?」
「トリーシャなら10分ぐらい前からそこのテーブルに座ってるけど。」
「そっか、ありがとうパティ。あっと、それからコーヒー2つとティセちゃんは、、、ココアでいいかい?」
「ティセはココアだぁいすきですぅ♪」
「そっか。じゃ、ココア1つ、お願いな。」
「はいよ。」
それだけ威勢良く言い残すと、パティはカウンターの奥のほうへと入っていった。
「さてと、おぉい、トリーシャちゃ−ん。連れて来たぜ!」
アレフはトリーシャの後姿に向かって呼びかけた。
「あ、アレフ君。こっちこっち。やぁ、2人とも。」
「こんにちは、トリーシャさん♪」
「こんにちはティセちゃん。まぁ、座ってよ。」
言われた通りに、2人はトリーシャと向かい合う形で座った。
「実はさ、今日特別に来てもらったのは、他でもないんだ。よぉく聞いてね。昨日のことなんだけど、、、」
トリーシャは、昨日エンフィールドで起こったことを慎重な面持ちで話し始めた。それによると、昨日の昼、2時ごろに自警団に1人の若者が飛び込んできた。そして、彼が言うには、彼はティセの知り合いらしいのだ。何故ティセがこの町にいることを知っているかは謎だが、その男はティセの本名、さらには髪の色、目の色まで言い当てたのだから、男の言う事に間違いはないそうだ。ティセはルシードの家で働く前の記憶がなくなってしまっている。
ルシードや、アリサは何度か記憶を戻そうと試みたのだが、どうにもならないのである。しかし、この若者によって、ティセの記憶が元に戻るかもしれないと言うのだ。
「ほえ〜。ティセのお知り合いの方ですかぁ。えへへ、楽しみですぅ♪」
本人はあまり事態の深刻さを、分かっていないらしい。もちろん自分が記憶喪失である事は知っているのだが、それを意識した事はほとんどないのだ。
「成る程な。とにかく自警団に行ってみるか。」
さすがにルシードは事の大きさに気付いているらしい。ティセは自分の召し使いでもあるし、何より親しい間柄としては、放っておけないようだ。飲みかけのコーヒーをグイッと喉を通らせた。
「あ、そうだ。ありがとう、アレフ君、上手く2人を連れて来てくれて。」
「いいよ、そんなこと。それより、俺自身興味あるからな。ついてってもいいかい?」
「うん。ボクはかまわないけど。ティセちゃんは?」
「アレフ君も一緒がいいですぅ。」
少しは躊躇するだろうと思っていたトリーシャの心とは裏腹に、ティセは即座に答えた。
(事態を把握していないのだから、おそらく大勢の方が楽しいとでも考えたのだろう。)
「・・・そっか。じゃ、自警団でその人と、お父さんが待ってると思うから。」
「あぁ、それじゃ、行こうか。」
4人は、さくら亭へと出て、自警団事務所のある町の南西部へと足を向けた。
「なぁ、ティセちゃん。」
「ほえ?なんですかぁ、アレフくん。」
「ティセちゃんって、ルシードと会うまでの記憶が無いんだろ?でもなんで、自分の名前は分かるんだい?」
「えぇっと〜、ティセの名前は、ご主人様に付けてもらったんですぅ。ね、ご主人様♪」
「あぁ、そうだったな。慣れちゃって忘れてたけど。」
「だったら何で、その知り合いはティセちゃんの新しい名前を知ってるんだ?」
「あ、そのことなら、ティセちゃんの昔の写真を持っていたそうだから、街の誰かが教えたんじゃないかなぁ。」
「ふぅん、成る程。写真を持っているとなると、やっぱりティセと何かしら繋がりがあるんだろうな。」
そんなことを話しながら歩いていくと、ついに自警団事務書の前へとやってきた。中に入ると、ちょうど隊長のリカルドが応接室から出てくるところを見付けることができた。
「あ、お父さーん!」
「あぁ、トリーシャ。ちゃんと2人を連れて来てくれたようだな。やぁ、2人ともよく来てくれた。急に連れ出したりしてすまんかった。」
「いえ、それより、例のティセの知り合いっていうのは?」
「うむ。先程まで色々と話しを聞いていたのだが、今は医務室で傷の手当てを。またしばらくしたら話しを直接聞くといい。それまで、今までのいきさつを話しておこう。」
「はい、お願いします。(リカルドさん、疲れてるみたいだな。目にクマが出来てる。)」
かくして、トリーシャとアレフを含む4人はリカルドから話を聞くこととなった。.
「さて、知ってのとおり、昨日ティセ君の知り合いと名乗るものが現れた。名前はスタン=
 マグナスというらしいんだが。ティセくん、何か知っているかね?」
「スタンさんですかぁ。ティセはそんな人知らないですぅ。」
「そうか。で、スタンさんはいろいろな街を回って、ティセちゃんを探しているそうなんだが、エンフィールドの西にある森の中でモンスターに傷を負わされたらしくて、倒れている所を街の人に見つけられたそうだ。」
「そうだったんですか。では俺たちは医務室に行ってきます。」
「うむ。直接話をした方が何かとよいだろうからな。トリーシャ、案内してやってくれ。」
「うん、さ、みんな。こっちこっち。」
医務室は入ってきたドアのすぐの所にあった。
「ティセはアレフと一緒にここで待っていてくれないか。先に話しを聞いてくるから。」
「ほえ?どうしてですかぁ。」
「初対面だからな、ティセを見ていきなり襲ってくるかも知れん。」
「いいじゃないか、一緒に行かせてやれよルシード。せっかくの機会なんだぞ。」
「でもなぁ、」
ルシードは少し困った様子でトリーシャに教えを乞うように目をそらした。
「ボクは大丈夫だと思うよ。優しそうな人だったし。」

「失礼します。」
ぎいぃぃ。
中で寝ている人がいるかも知れないので、静かにドアを開けたつもりだったのだが、それでも大きくきしむ音がしてしまった。相当古くなっているらしぃ。医務室の中に入ると、奥の机のところで、白衣を着た医者らしき人と見知らぬ男とが向き合っている。どうやらこの男が例の知り合いらしい。男はドアのきしむ音に顔を上げた。
「おや、君たちは?っと、ティセさん!あっ!」
「ほえ!?」
男はティセの姿を見るなり驚いたように椅子から立とうとしたが、傷が痛むらしくあまり動けないらしい。筋肉質という訳ではなく、旅を続けているとは思えないほどの優男だ。年は40を過ぎたくらいだろうか。
「いや、すまない。驚かせてしまったようですね。初めまして、スタン=マグナスです。リカルドさんから話は聞いていると思いますが、ティセさんを探して旅をしていたところ、この町に辿り着きました。」
「初めまして。ティセの、えぇっと雇い主っていうのかな?ルシードです。こっちが友達のアレフとトリ−シャです。あの、ぶしつけで失礼ですが、ティセとはどういう関係で?」
「うん、そのことははっきり伝えておかなくてはね。私はティセさんの甥に当たる者です。
ルシード君のお父さんにティセを預けたのもこの私です。」
「えぇ!?」
皆は思いもよらない返事に大いに驚いた。
「スタンさんはティセのおいさんなんですかぁ!?でもぉ、ティセはスタンさんのことを全然知らないですよぉ?」
「知らないのも無理は無い。何せ君を預ける時に魔法で記憶をなくしてしまったからね。」
「魔法で、ですかぁ?」
「うん、人の記憶中枢神経を一時的に麻痺させておいて、そこから記憶を抜き取る高度な魔法があってね。魔法ギルドの人に頼んでやってもらったのさ。」
「ほえ〜。ティセには分かんないですぅ。」
「あぁ、ごめんごめん。難しすぎたかな。とにかく無事で何よりだよ。」
その後、旅のことや、ティセの故郷のことなど、様々な事を話していたが、そろそろかえろ卯かという頃になって、4人はスタンからティセの記憶に関する重大な話を聞かされることとなった。何と、ティセにかかっている魔法−超強力な記憶抽出魔法−の反対呪文らしき魔法書が、雷鳴山の山頂付近にある洞窟に安置されているかもしれない、と言うのだ。(雷鳴山というのは、街の北東にある休火山のことである。休火山とは言え、その山頂付近はかなりの高温で、常に摂氏35度以上はあり。観光目的ですらほとんど人が近寄らない場所となっている。)この呪文を持ってすれば、失われたティセの記憶を甦らせることなど容易だというのだ。しかし、スタンの話はあくまで推測と噂の域を出ず、確信は持てないということだった。さらに、もし記憶が戻ったとすると、今の記憶は無くなってしまうことになるかもしれないという。
「探すかどうかは自由です。よく考えて決めてください。」
「これは俺たちが決めてよいことではないな。ティセ本人の気持ちを優先させるべきだ。皆もそれでいいかい?」
とのルシードの提案に、アレフ,トリーシャの2人はうなずいて応えた。
「さて、どうする?ティセ。」
・・・・・・・・・・・・
「・・・・・・・・・ティセはぁ、ご主人様やみんなのことも忘れたくはないですぅ。でも、ティセはティセのむかしのことや、ティセ自身のことも思い出したいですぅ。ご主人様や、アレフ君達のことは、もう一度、覚え直すですぅ。」
ティセは(いつもの彼女に比べれば、)信じられないくらい、真剣に、時間をかけて考えて答えを出した。
「そうか、じゃあ、明日までに用意を整えてここにもう一度集合しよう。時間は朝の8時。」
ルシードもそれを感じ取ったのか、意思の確認などをしたりはせず、静かに応えた。
「OK!それじゃ、ボクもう行くね。バイバイ、ティセちゃん!」
トリーシャは、ティセを元気付けるかのように一際大きな声を残して帰っていった。
「俺たちも行こうか。ティセ。」
「・・・はいですぅ。」
ティセは自分のした選択が正しかったのかどうか、まだ迷っている様子だった。

―出発の朝
ルシード・ティセ・アレフ・トリーシャの4人は、集合予定の8時より、30分以上も早く自警団事務所に集まっていた。
「おはよう、皆。よく集まってくれた。自分から提案しといてなんなんだが、傷が意外にも深いらしくてな、これからクラウド医院で本格的に治療しなければならないらしい。すまないんだが、君たちだけで行ってきてくれるかな。」
スタンはティセたちの顔をざっと見回してから話した。
「トーヤさんなら腕は確かだから安心だね!(ディアーナさんが何もしなければ、だけど。)」
「俺たちは大丈夫です。雷鳴山の地図を自警団から借りてきたから、大体の位置は把握出来てますし。」
「それに、魔物がいても、こいつがあるしな。」
アレフは任せなさいと言う表情で言った。その手にはどこから持って来たのか、聖水がたっぷりと入った瓶がしっかりと持たれている。
「こいつをかければ魔物が寄り付かないらしぃんだ。」
(ちなみにアレフは、早朝にエンフィールド学園を訪ね、クリスの協力を得て聖水を無償で貸してもらって来たのである。)
「ふむ、それだけあれば十分だろう。念のため、万一の事態に備えて君たちに非常灯を渡しておこう。もし何かあったら打ち上げてくれ。自警団の人が助けに行くから。」
「ありがとうございます。」
ルシードはスタンから筒状の小さな非常灯を受け取ってポケットへ入れ、ティセ達の方に振り返って号令をかけた。
「さぁみんな、雷鳴山に向けて出発だ!!」

3時間後、ルシードたちは雷鳴山の頂上付近、地図に記された目的の洞窟なでわずか50メートルという所まで来ていた。標高こそ低いものの、火口が近いせいか、非常に蒸し暑くなっている。
「う〜ん、この辺のはずなんだけど、、、」
「う〜、あついですぅ。」
ティセはたまらず不平をもらした。
「確かに暑いな、こりゃ。おっ。なぁみんな、あれじゃないか?例の洞窟とやらは。」
アレフの指差す先には、地図に記された通りの場所に、(幅5メートルはある)大きな空洞が開けている。
「ホントだ、いかにもって感じの洞窟だね。とにかく行ってみようよ!」
トリーシャが先陣を切って走り出す。それに続いて、ティセ、アレフ、ルシードの3人も洞窟へと走った。洞窟の中は通路のようになっており、所々ランプが置かれていて、ごつごつとした足元を、ほんのりと照らしている。(使用されているのは魔法を封じ込めてある、半永久電気だ)自警団の調査が及んでいる証拠だ。洞窟内はトンネルのようになっていて、一本の長い通路がず−っと続いている形となっている。
「なぁ、ルシ−ド。」
「ん、なんだ。アレフ?デートの時間か?」
「ふざけんなよ。にしても、なんでこうも一本道が続くんだ?それに自警団の手も入ってるみたいだし。ホントにここで合ってんのかよ。」
「確かにそうだよな。何か合ったら自警団が見つけてるはずだし、、、」
疲労のせいか、顔に疑惑の相が浮かび上がっている。
「でもぉ、何か惹かれるものがあるですぅ。」
アレフ達の会話を脇で聞いていたティセが口を挟んだ。それを聞きつけて、トリーシャも
「惹かれるって、どういうこと?」
と問いかける。
「う〜ん、ティセには良く分からないですけどぉ、何だか、こぉ、引っ張られるって言うかぁ、、、」
ティセは、自分の感じている事を、上手く言い表せないでいる様子だった。それを見て、すかさずトリーシャがフォローを入れる。
「ふぅん。でも、何か感じるんだね。」
「はい♪あ、ちょうど、アレフ君の右辺りからですよぉ。」
「へ?お、俺!?」
右から何か感じると聞いて一行ははたと立ち止まった。アレフは、列の一番右側を歩いている。そのすぐ右には、ごつごつとした壁がずーっと続いているだけである。勿論、そこには誰も存在しては居ない。
「っても、何もねぇぞ?ある物といったらこの壁ぐらい、、、」
そう言ってアレフは壁に手を当て、少し(体を立てかける程度に)力を入れた。すると、、、
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ。。。
大きな音とともに、アレフ押した所から約3メートル幅の壁が、あたかも自動ドアのようにスライドを始めたのだ。恐らく魔法が掛けてあったのだろう。ガコンっという、大きな音を最後に壁(いまやドアというべきか。)完全に動きを止めた。4人の目の前には今までの情景からは考えられないほどの、別の空間が広がっていた。壁はレンガが整然と並べられ、2、3メートル毎に蝋燭が立てられている。(無論、魔法の光を発しているのだが。)ほんのりと明るく照らされた通路は、さらに奥へと続いている。
アレフ達は、壁に触れた当の本人を含め、ただただ呆然とするしかなかった。
「ほえ〜、す、すごいですぅ。」
ティセが感嘆の声を挙げる。
「こりゃぁ、自警団の奴らがいくら捜索しても見つからんわけだ。それにしてもこんな建物、一体誰が?」
ルシ−ドも、目の前に広がる光景にしばし見入っている。
「多分、お父さんがこの前話してくれた、古代文明の物じゃないかな。お父さんは唯の噂だって言ってたけど。」
「とにかく、ここでこうしていても仕方がないな。行こう、みんな!」
ルシ−ドの号令の成果か、それまであっけにとられていたメンバーも我に帰る。ルシ−ドを先頭に、長く続く廊下を歩き出した。この先に、ティセの記憶を元に戻す魔法書があるのかと思うと、自然と緊張が高まってくる。5分ほど歩いた頃には、一行の中に言葉を交わすものは無くなっていた。さらに5分ほど無言のままに歩くと、目の前に大きな扉が姿をした。通路一杯に広がり、幅、高さともに日常の中で見る物のそれとはかけ離れた大きさである。幾数年たったとも分からぬ扉は、なおも不気味な光沢を放ち、荘厳な雰囲気をかもし出している。その表面は見た事もない奇妙な魔方陣が描かれ、その周りを8個の宝石が彩っている。10分ほど前に、動く扉に呆然とした一行は、今一度我を忘れる事となった。
「すごぉい。」
沈黙を破るかのようにトリーシャが感嘆の声を上げる。
「すごい、すごぉい!ボク、こんなの見たの初めてだよ!」
「ほえぇ〜。きれいですぅ。」
「こんなもんがエンフィールドの近くにあったとはな。」
ティセ、アレフも感動を隠し切れないようだ。
「それにしても、こんな扉、本当に開くのか?かなり重そうだぞ。」
「ねぇねぇ!ここに何か書いてあるよ!」
辺りの壁を探っていたトリーシャが、何かを見つけて声を張り上げた。扉の右側の壁に何か書かれているらしい。そこには、この世に存在するとは思えない、いわゆる古代文字が彫られていた。

『扉は待つ、開かれたらん時を。
 扉は待つ、選ばれし者を。
 選ばれし者は時を越え、扉の前に姿を現し、
 我らが言語を用いて呪文を唱え、
 その力を取り戻したらん。』

「へ!?」
トリーシャは背中から聞えてきた声に驚いて、慌てて振り返った。そこにはティセが立っていた。しかし、その表情にいつもの明るさはなく、まるで何かに取り付かれたかのようにただならぬオーラを発している。それはまるで大国を治める王の様な、落ち着きと、知略に満ちた感であった。
「ティ、ティセちゃん?」
恐る恐るトリーシャが呼びかける。その瞬間に、ティセから放たれていたオーラは消え、いつもの、ちょっと抜けた、ティセの顔へと戻っていた。ルシ−ドとアレフは2人でも扉はびくともしないことを確認していた為、その、わずか1分足らずの出来事に気付くことはなかった。そして、遂に諦めた2人は、ティセに対してある提案を持ちかける。
「なぁ、ティセ。やっぱりこの扉、開かねぇぞ。いったん街に戻らないか?動く壁の所には印を付けておけばいいし。」
「う〜、あかないですかぁ。そうですね、ご主人様のおっしゃる通り、一度帰りましょう。ティセ、もう疲れちゃったですぅ。」
「賛成。こいつはいくらやっても開きそうにないよ。」
アレフも疲れきった顔でうなずく。
「そういうこと。とにかく一度戻って、スタンさんに報告しよう。」
結局、4人は元来た道を戻ってエンフィールドへと帰ることとなった。もちろん、動く壁には持って来たナイフで大きな傷をつけ、そこに至るまでにも数個の矢印を書き入れる事を忘れなかった。(この扉は封印されてしまい、二度と開く事はないのだが)エンフィールドに戻った4人は、薄暗くなった街をクラウド病院まで歩き、スタンに洞窟の中に隠し扉が有った事。その奥には古代文明のものらしき扉が有ったこと。そして、その扉はびくともしなかったことを、事細かに告げた。それを静かに聞いていたスタンは、最後におもむろに口を開いた。
「そうか、開かなかったか。なに、気にすることはない。話からすると確かにそれは古代文明のものらしい。何故そんなものがここにあるのか、そしてティセさんの記憶と関係が有るのか、それは分からない。恐らくもう2度とそこへ入る者はなくなるだろう。永久に封印されてしまうだろうからな。しかし、これでよかったのかも知れんな。」
「2度とって、ティセの記憶は永久に戻らないんですか!?」
ルシ−ドは興奮気味に声を荒げた。
「あぁ、その通りだ。恐らくは、な。」
「そ、そんな。ティセの記憶が一生戻らないなんて、、、」
ルシ−ドはあまりの虚しさにがっくりと肩を落とした。アレフ、トリーシャ永久にと聞いて、ティセの力になれなかったことを悔しがるかのようにうつむいている。
「あぅ、ご主人様、それにアレフ君、トリーシャさん。」
それを見て耐え切れなくなったのか、おもむろにティセが話し始めた。
「えぇっとぉ、今日はぁ、どうもありがとうございましたですぅ。ティセの記憶が戻らなかったのはほんの少しだけ残念ですぅ。でも、ティセには、ご主人様たちとの記憶がいいっぱいあるですぅ。実は、記憶がもどらなくて、うれしいんです♪だって、もし記憶がもどっていたら、今日のことも、みんなで冒険した事も忘れてしまうですぅ。それに、ティセの為にみんなが一生懸命に頑張ってくれて、ほんとに今日は嬉しかったですぅ♪」
話し終わったティセの顔に、悲しみの表情などなかった。純粋に喜んでいる、そういった表情だった。ティセの力強い言葉に一同は顔に笑みが自然と浮かび、前の、スタンが来る前の表情へと戻っていった。
「ティセは、知らぬ間にとても強くなっていたのだな。みんな、今日、そして今まで、ティセを支えてくれてありがとう。私からも礼を言うよ。それから、ティセが元気である事が分かった以上、もう私に旅をする理由はなくなった。これからはこの街で暮らさせてもらう事にするよ。」
「スタンさん、エンフィールドで暮らすですか?わぁい!ティセ、嬉しいですぅ♪」
「俺たちも歓迎しますよ、スタンさん。よかったな、ティセ。そうだ、これからはスタンさんと一緒に暮らしたらどうだ?」
「へ?いいんですか、ご主人様。」
「あぁ、スタンさんの住む場所とかがわかったら、一緒に住むといい。」
「はい♪ありがとうございま、すで、、、、ZZZ」
ティセは話している途中で、疲れからか瞼を閉じてしまった。
「あ、あれ?ティセ?」
「あはは、ティセちゃん、寝ちゃったみたいだね。」
トリーシャが微笑ましそうに、すやすやと眠るティセの寝顔を見て言った。
「それじゃ、ボクはもう帰るから。じゃあね、ルシ−ドさん、アレフ君♪」
「俺も帰るよ。じゃぁな、ルシ−ド。さようなら、スタンさん。ん、ぅぅ。疲れたぜェ。」
「さようなら、2人とも。」
トリーシャ、アレフはそれぞれの家路へと、意気揚揚と帰っていき、ついに病室にはスタンと、ルシ−ド、そして夢を見ているティセだけとなった。外は病院に着いたときよりもさらに少し薄暗くなり、まもなくエンフィールドに眠りの時間が近付いてきている事を知らせている。
「どうやら、『一件落着』のようだな。では、住む場所が決まったら、知らせに行くよ。すまんが、もうしばらく、ティセをお願いしても良いかな。」
「もちろんです。それじゃ、俺たちもこれで。」
「うむ、外は寒くなっている事だろう。気をつけてな。」
ルシ−ドは、幸せそうに眠るティセの寝顔にふっと微笑みかけ、起こさないようにそっと背負い、静かにクラウド医院を後にした。家(といってもジョートショップだが)に着くと、予想外に遅くなって心配していたアリサに理由と結果を告げ、やはり起こさないように、ティセをベッドへと寝かせた。そして、自分も疲れきった体を近くにあったソファへとなんとか持っていき、そのまま深い眠りへと就いたのであった。

しゅぃぃぃぃぃん、、、、、、、、、、、、 
舞台は現実の世界へと戻る。(ミッションが長かったので作者自身忘れていたが。)
「はぁぁ、終わった終わった。さすがに疲れたぜぇ。ったく、あれだけやって実際は2時間位しか経ってないんだからまいるよな。」
「お2人とも、ミッション成功、おめでとうございますっす!お疲れさまっす!
はい、お飲みくださいっす。」
テディの手にはジュースの入ったコップが2つ、しっかりと握られている。
「わぁい、ジュースですぅ。ティセ、うれしいですぅ♪ね、ご主人様♪」
「ああ、そうだな、ティセ。――――って、おい、今、俺のこと『ご主人様』って呼んだよな。な、何でミッションの記憶が残ってるんだ!?ミッションの記憶はなくなるはずだろ!?おい、ランディ!こりゃどういうことだ、説明してくれるよな。」
「ちっ、気付きやがったか。馬鹿だから気付かんと思っていたんだがな。」
「誰がばかだ!誰が!で、なんでこんな状況になったんだよ?」
「実はな、ミッションの記憶を制御、操作するシステムがお前らのミッションの
 途中で異常を起こしてな。アレフとトリーシャはどうにかなったんだが、、、
 お前らの記憶の中に、ミッションの中での記憶の1部が残ってしまったんだ。
システムが直るまでの1週間はそのまんまだな。」
「ほえ〜?ティセにはよく分かんないですぅ。ご主人様、どいうことなんですかぁ?」
「ようするにな、1週間俺らの中には、本当の俺たちと、さっきのミッションの中での俺たち。2人の記憶が入ってることになるんだよ。」
「ほえ〜。2人の記憶ですかぁ。何だかおもしろそうですぅ♪」
(・・・・・・どこまで楽天的なんだ、こいつは?)

――――翌日

「・・・と言うわけなんだと。全く、ふざけてるよなぁ?」
ルシードは、昨日ミッションを共にしたアレフ、トリーシャの2人と大学部の入り口で話していた。ランディの言った通り、この2人からはミッションの記憶がなくなっており、ルシ−ド達とミッションをしたことと、それが成功であった事しか知らなようだ。
「いいじゃねえか、別に。たいした被害もないんだろ?」
「それがさ、あるんだよこれが。」
「どうして?ボクには、特にこれといって困ってるようには見えないんだけどなぁ?」
トリーシャが大袈裟に首をかしげると、ルシードの後ろから誰かが走ってくるのが見える。ピンクの長髪を風になびかせて、とてちて走ってくる姿を、トリーシャが間違えるはずはない。
「ねぇ。あれ、ティセじゃない?おおい!ティセー!」 
『ティセ』の名を聞いた途端、ルシードの顔は蒼白になっていった。
「げ!まじか。じゃ、じゃあな。2人とも。」
『流行の水先案内人』とまで呼ばれるトリーシャが、ルシードの明らかに変わった態度を見逃すわけがない。ぐいっと、ルシードの制服の襟を引っ張ると、
「はぁい、ちょっとタンマ!ルシードさん、何か訳が有りそうだね♪」
「お前、何でそんな笑顔なんだよ。アレフ!こいつをどうにかしてくれ。」
助けを求めるが、その顔を見るなり諦めモードに入ってしまった。アレフまでがトリーシャと同じような、好奇心に満ちた目をしているのだ。そこに、ティセがついに追いついてきた。そして、第一声が辺りに響き渡る。
「ごっしゅじんさまーーー!!」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・沈黙。
「ぷっ。あっははははは!ご主人様だって。おい、ルシード。おまえ、いつからティセのご・しゅ・じ・ん・さ・まになったんだ?」
アレフがまるで爆発したかのように笑い出す。それにつられてか、辺りからもクスクスと笑い声が聞え始めた。
「てめぇ、アレフ。殺すぞ!」
「わぁい、なんかよく分かんないけど、みんな楽しそうですぅ♪ティセも楽しいですぅ。ご主人様はどうですかぁ?」
「殺せるもんならやってみやがれ。はぁ、胸苦しい。」
アレフは笑いすぎて呼吸困難に陥ったようだ。苦しそうに胸を押さえつつ、なおも笑っている。
「あはは♪ぼ、ぼく、高校の友達に広めて来ようっと♪それじゃ、またね、アレフ君。」
「やめろぉ!」

その後、、、ルシードの、友達からのあだ名が『ご主人様』に変わったことは言うまでもない。さらに、トリーシャの活躍(?)により、噂は高校どころか、瞬く間に学園全体、さらには隣町まで広がった。ルシードにとって、1週間どころか3ヶ月以上に渡って続く、学園生活最悪の日々がここに幕を開けたのであった。

『記憶のいたずら』 完


後書き

まずはここまで飽きずに読んで下さって、本当にありがとうございます!
初めてのSSということでかな慎重に(?)書いてみました。(おそらく間違いだらけでしょうが)当初は、これの半分ぐらいの長さだったのですが、ミッションの中身を
大幅に変えたために、想像以上に長くなってしまいました。
さらに、ミッションの中ならということでかなりキャラの性格に乱れが生じてしまったりしたところも、、、(あとから読み直してかなり後悔しました。)
とにかく、これからもたまに書いていくつもりなので宜しくお願いします。

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