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覚めない記憶

YS

 そこは知らない場所だった。
 初めて聞く言葉だけが耳に届く。知るはずもない場所なのだが、なぜか懐かしい。そんな場所だった。
「ここはどこなんだろう……」
 一人の子供がそう呟いた。ここはエンフィールド。その子の故郷からはかなりの距離がある街だ。
「旅費も尽きてきてるし……まさか言葉が通じないなんて思ってなかったからなあ……」
 言葉が通じないので仕事を貰って旅費の足しにすることもできないのだ。
「誰か言葉が通じる人がいればいいのに……」
 偶然にそう言った人との出逢いを信じるが、世の中そんなにうまくはいかない。
 結局、街の南方にある湖で野宿することに決めた。

「……また迷った……」
 暖を取るために湖の近くの森に入ったのだが、不慣れな土地なので迷ったようだ。
「これで魔物に襲われたら最悪だなあ」
 こういう場合に限っては、願いは叶うものだ。
 望んではいない望みの通り、魔物が現れた。
 そして、子供は不意を突かれた為、その魔物――オーガー――に捕まってしまった。
「くそっ!」
 咄嗟に持ち歩いていた釣り針を衝きたてて、その手から逃れる。
 釣り針は通常、なかなか抜けないようにできている。釣り針は刺さったまま抜けないようだった。
 結局、オーガーはまったく意に介さず、子供の方に向き直った。
「んじゃ、またいくべ」
 オーガは、子供にもわかる言葉でそういうと、また襲いかかってきた。
 言葉が通じるのが魔物だけというのは皮肉なものだ。というか、なぜ話せるのだろうか?
 そして、今度は捕まらなかったものの、きつい一撃を食らってしまった。
 それが幸か不幸か、その反動でオーガーとの距離がひらいた。最後の力ともいえる力で、子供はオーガーから必死で逃げ出した。

 そして、子供はオーガーをかろうじて振り切って、水溜りを見つけた。
「やっぱりまだ近くにいるんだろうな……」
 傷の手当てを行いながら、そういった。水溜りには痛みを耐えている自分の姿が映っていた。
「なんだか残酷だよな。夢だったらいいのに……」
 しかし、傷の痛みはこれが現実だということを、はっきりと伝えていた。
 そして、水溜りの向こうに映った影は、休む間のないことと、絶望を伝えていた。

「ううう、休む暇もないなんて……」
 愚痴を言う余裕があるところを見ると、傷はそれほど酷いものではなかったようだ。
 釣り針が刺さっているのが見えたので、先程と同じオーガーだろう。
 ひたすら逃げていると、前方に影か見えた。
 助けを求める為に声を出そうとしたが、その影の正体を知ってやめた。その影もオーガーだったからだ。

 結局、救われるすべは何もなかった。
「こうなったらやるしかないか」
 頼れるのは自分のみ。勇気を振り絞り、普段は料理くらいにしか使わないナイフを構える。最も普段も料理はしているとはいいがたいのだが……。
「んじゃ、いくべ」
 他に喋れないのだろうか。オーガーはそういうとその拳を振りかぶり……いきなり倒れた。
 子供が驚いていると、倒れた方のオーガーの後ろから一人の男が現れた。一見するとかなりの年齢のようだが、オーガーを一撃でしとめたところからすると、その身体はかなり鍛えられているようだ。
『大丈夫か!?』
 そういわれているのだが、あいにく言葉は通じていない。
 だが、助けられたことだけははっきりとわかる。
「ありがとうございます」
 言葉は通じなくても、気持ちだけは伝えようと思い、頭を下げて言う。
「旅をしていたのか?」
 意外なことに、その男は故郷の言葉で話しかけてきた。
「はい、街についたのはよかったんですが、言葉が通じなくて……」
 ちなみに、オーガーはまだ一匹のこっているのだが、無視されている。
「んじゃ、いくべ」
 ……本当にそれしか話せないのだろうか。
 オーガーは拳を振り上げ……って、これしか能がないのだろうか。その拳を反射的にナイフで受ける。痛みを感じてないのかそれとも鈍いだけか、オーガーはそのまま力任せに押してくる。
「そのまま抑えていろ!」
 抑え込まれているのは子供の方だが、言うとおりにする。
 男の長剣が一閃し、釣り針の刺さったままのオーガーは永遠の眠りについた。

「……夢……か……」
 ゆっくりと起き上がり、どこにも痛みがないことを感じる。
「あれはいつのことだったかな……」
 間違いなくこの街に来たときの記憶だ。そして、自分がノイマン隊長と出会ったときの記憶でもある。あの後ノイマン隊長に憧れ、そのまま自警団に入隊したのだ。
「さて、今日も仕事頑張るか」
 そして、また日々は過ぎていく。偶然の出逢いと別れを繰り返して……。


後書き

 かなり久々に書いた気がする


時記

5月8日 16:50 書き始め
同日 17:59 一時中断
同日 19:30 最下位…再開、食事もついでに摂る
同日 20:10 仕上げを残し中断
6月1日 9:03 再開、ついでに一部修正
同日 9:38 完成、しかしタイトルがまだない
6月9日 2:37 タムタムさんの協力によりタイトル完成
7月25日 やっと思い出し送信

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