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リレー小説番外編『或る人形の話』

第二章

宇宙の道化師

「凄まじいな」
 謎の集団に襲撃されたリオの屋敷を調べ、リカルドは一言コメントした。
 現場検証をしていた自警団員がそれに応じる。
「まったくです……。一体、何を考えているのやら……」
 障害物はおろか、通路や扉も無視し、ただ一直線にリオの部屋を目指して進んだ破壊跡が生々しく残っている。
 門や扉はこじ開けようとした気配さえなく、単に粉々に破壊されてその存在意味を失っていた。
「これだけ見ると、ある種の魔物が集団でパニックに陥り、暴走したように見えますが……」
「無論、そんなはずはないな。……目撃者から証言は取れたか?」
「は……。なにしろ、とんでもない上に突然だったもので……全員がクラウド医院で鎮静剤をもらって寝ています。一時的に記憶喪失になったり、ヒステリー状態になってしまった者がほとんどです」
「よほど恐ろしい目に遭ったのか、それとも精神攻撃系の魔法か……。とちらにしろ、話を聞くのは落ち着くのを待ってからだな」
「はい」
 当面の指示を出すと、リカルドは腕を組んで外壁に大穴を開けられた屋敷を見つめた。ご丁寧にも、入るときとは別のルートで出て行ったらしく、少なくとも二箇所に巨大な破壊孔がある。
「お父さん!」
 声に振り向くと、トリーシャが数人の友人とともに手を振っていた。
「トリーシャ……。危ないから家に帰っていなさい。まだその辺りに潜んでいるかもしれん」
「まだどこかに隠れているんなら、ここの方が安全でしょ? 家に帰って、そこで襲われたら大変じゃない」
 本音は単なる好奇心だろうが、一理ある。それは、彼女がリカルドの実力を信頼している証でもあった。
 パタパタとトリーシャはリカルドの傍に走りより、改めて惨状を見回した。
「うわ……凄い……。でも、怪我人はなかったんでしょ?」
「大した怪我人は出なかったが……リオの姿がない。襲撃時は、確かに自分の部屋に居たはずなんだが……」
「え!? それって……」
 顔色を変える娘を見、リカルドは表情を暗くした。
「……最悪の事態を覚悟しなくてはならないかもしれない」
「…………」
 重苦しい沈黙が周囲を支配した。
 何かこの雰囲気を崩せるものはないかと、トリーシャは周りを見回し、さくら亭の方角から近づいてくる一団の人影を発見した。
「隊長! 今戻りました!!」
 かなり特徴のある人影が二つ。あとは遠くてよく解らないが、大体予想はつく。
 一つは長い槍を持ち、逆立った髪型のせいで高い身長がよけいに高く見える。
 もう一つはさらに特徴的だった。細身のシルエットに不釣合いな、巨大で武骨な異形の右腕。今はそれに加え、冗談のように長大な片刃の剣をその右腕に引っ下げている。
(前から気になってたんだけど、あの剣、いつもはどこに仕舞ってるのかな?)
 などと、トリーシャが場違いな事を考えているうちに、その一団はリカルドの元へ到着した。
「凄まじいなんてもんじゃないね……」
 リサが惨状を眺めて腕を組み、唸った。
「ずいぶん派手にやったな……」
 同じく腕組みしたそうな様子でアーウィルが呟く。彼の右腕は巨大な義腕に換装されている上に、今は大剣を持っているので、腕組みは不可能だが。
「リオ……大丈夫かしら…」
 暇だったらしく、同行したパティが呆然とした様子でリオの身を案じている。
「白昼堂々派手に拉致事件起こしやがって……自警団のメンツにかけても牢屋に放り込んでやる」
「犯人が人間とは決まってないだろう?」
 かなり頭に来ている様子のアルベルトに、アーウィルが水を差す。
「いや……実はちらっと見たんだが……全身黒づくめのやつらが逃げてくのに出くわしたんだ。追いかけたんだが……逃げられちまった」
「アルベルト……なぜそれを先に言わない」
 少し呆れた様子でリカルドが溜息をつく。まあ、アルベルトも動転していたということだろう。
「うーん……」
 一同の横を、担架に載せられた由羅が運ばれていった。どうやら、リオがさらわれたと聞いて気絶してしまったらしい。
「ドクターとディアーナの苦労が思いやられるな……」
 恐らく凄まじい大騒ぎをやらかすであろう由羅をなだめる羽目になる二人に、全員が同情した。
「さらったのが人間とすると……何が目的なんだろうね?」
 とりあえず、相手の戦闘能力が未知数ということで駆り出されたリサが状況を分析し始める。
「しかし、この破壊力は人間業とは思えん。……使い魔の一種か?」
「ある程度統率の取れた動きをしていたことは確実らしいな……」
 モソモソとさくら亭から持ってきたパンを頬張り、アーウィルが呟く。
 ―と、ふいにアーウィルの頭上の空間がゆらりと揺らぐ。
「アーウィル! リオは!?」
 活発そうな少女の声とともに、アーウィルは顔面に蹴りを喰らった。
「……トゥーリア。転移するときは、もっと座標を正確に設定しろと言ったろう」
 要するに、知らせを聞いて急いで空間転移したトゥーリアが、ちょうどアーウィルの眼前の空間に飛び出したというわけだ。
「それどころじゃないでしょう!? さらわれたの!?」
「……ああ。現在行方不明だ。たぶん、生きてるとは思うが」
 頭の上にトゥーリアをのせたまま、アーウィル。
「アーウィルさん。首、痛くないの?」
 若干、妙な角度で首が傾いているアーウィルに、少し心配そうにトリーシャが尋ねる。
「平気平気。……とにかく、トゥーリア。自分で探すなんて無茶なことは考えず、自警団に任せるんだ。家で大人しくしてるんだぞ」
 どうやら図星だったらしく、トゥーリアは頬を膨らませてそっぽを向いてしまった。
「そうだな。……得体の知れない相手だ。アルベルト、用心してかかれ」
「了解しました、隊長。とりあえず、魔術師組合に協力を要請しましょう」
「うむ。……それから、リサ、アーウィル。協力してくれるか?」
 リサは頷いた。
「ああ。当然だね。……だけど、こいつも使うのかい?」
「ひどいな、リサ。治安組織に協力するのは、一般市民の義務だろう」
 何故か胸を張って力説するアーウィル。
「……アーウィルって、一般市民だったっけ?」
 パティが突っ込む。
「……どっちかって言うと……異常市民なんじゃ……」
 トリーシャの呟きに、その場にいたほぼ全員が思わず頷いた。

≪ふむ。よくよく運の無い連中が居たものだな≫
『ほんとほんと。<コードΩ>に喧嘩売るなんてねー』
≪あいつは私の下僕の中でも最強の制圧能力を持つ、戦略級/全方位完全殲滅タイプだからな……。とりあえず、やりすぎるなとだけ伝えておけ≫
『はい。ま、今回は何も干渉する必要はないわね。息抜きのつもりで見物させてもらうわ』
≪あいつも、最近は国を潰させてばかりだったからな。少しは楽しませてやらないと飽きるだろう≫

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