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リレー小説番外編『或る人形の話』

第一章

宇宙の道化師

 祈りと灯火の門。
「何ですか? この大荷物は?」
 エンフィールドに入る旅人や商人をチェックしていたその自警団員は、首を傾げた。
「ああ、これですか。今取り扱っている商品でしてね。大量に注文があったんですよ」
 それほど人数が多いとは言えないその商人の一団のリーダーは、愛想良くそう言い、人数に不釣合いな多さの箱の一つ開けてみせた。
「人形…?」
 箱の中に折り畳まれるように収まっていたのは、等身大の人形だった。全ての関節が可動で、糸を着ければ操ることができるだろう。
 だが、その顔や身体はのっぺりとして限りなく無個性で、あまり芸術的な価値があるとは思えない。ただ、最低限の人間の特徴を持つ物体。そうとしか表現のしようが無い。
「何と言うか……変わってますね…」
「ええ、よくそう言われるんですよ。まあ、他の人から見たら変に思われるでしょうね」
 あくまで愛想の良い口調と表情を崩さずに商人は言った。
「他の箱の中にも全部これが?」
「はい。別に怪しい物じゃありませんよ?」
「そうですね……」
 確かに、別に危険な物ではなさそうだ。
「では、通過を許可します。何か不都合があったら自警団事務所に言って下さい。―あれ?」
「どうしました?」
 怪訝そうな顔をした自警団員は、一度目をこすり、首を傾げた。
「いえ……気のせいでしょう。はい、次の人」
 一瞬、人形が身じろぎをしたように見えたのだが……
(そんなわけないよな……)
 邪精霊などの気配は無かったのだ。

 さくら亭。
「あのねえ……二人とも、大人げないわよ」
 呆れ果てたパティが声をかけるが、無論その程度でやめるような二人ではない。
「ふっふっふ……やるね、アーウィル」
「そっちもな……リサ」
 戦闘能力ではかなりのレベルにあるこの傭兵二人が何をしているかというと……
「ピザの一枚でどうしてここまで熱くなれるのかしら……」
 ……ピザの奪い合いをしているのである。
 事の発端は、リサとアーウィルが同じピザを注文した事だ。間の悪い事にちょうど昼食の時間が終わり、さくら亭にはピザ一枚分の材料しかなかった。ここでアーウィルが別の料理を改めて注文するか、リサがジョートショップあたりを襲撃に行けば丸く収まっただろうが―
 アーウィルはしばらくピザを食べていないと言い張り、リサはリサでアーウィルが相手だと意地を張らずにはいられず、結果……
 二人のテーブルの上は戦場と化した。
「何だかんだ言って、結構子供っぽいのよね、あの二人は」
 子供っぽい、というより、ガキっぽい、という表現の方が合っていると思うが。
 現在、二人は同じテーブルに向かい合って座り、一枚のピザを挟んで睨み合っている。恐ろしいことに、リサもアーウィルもそのまま戦場に行けそうな気迫を背負い、手に戦闘用ナイフを構えている。
 当然ながら、リサは両手に、アーウィルは左手のみに。
 一見リサが有利に見えるが、単純な腕力勝負ではアーウィルが勝るのでリサは二本のナイフを同時に使わなければ対抗できず、実際は全くの五分だ。
「…!」
 無音の気合と共に、リサのナイフが八等分されたピザの内二切れを狙う。
「ちっ…!」
 だが、それはアーウィルのナイフに阻まれ、弾かれる。間髪容れず、今度はアーウィルが攻撃に転じた。
「む…」
 しかし、それもまたリサの交差させた二本の刃に防がれ、停止した。
「………」
「………」
 しばし、完全に動きを止めた二人は、次の瞬間、目にも止まらぬ高速のナイフ捌きを互いに繰り出し合い、周囲に鋭い金属音を響かせた。
「はあ……」
 これが他の客がいる時なら、アーウィルの後頭部にフライパンでも投げつけて静かにさせるのだが、今はかなり暇だ。ああ見えても、店内を傷つけないようにやっているので、もうしばらく見物していようとパティは決め、自分用にお茶を淹れた。
 ―と、カウベルが店内の熾烈な戦いを無視するようなのどかな音を奏で、来客を告げた。
「はーい、いらっしゃーい。―あ、シーラ」
「……こ、こんにちは」
 シーラは、リサとアーウィルの様子にかなり面食らってしまったようで、少し腰が引けている。
 どうやら、『他の客がいる時』になったようだ。
 そう判断したパティは―シーラがいることを考えて、フライパンではなく―おたまを構えた。
「はい。他のお客さんがいるんだから、静かにしなさい!!」
「あ、パティちゃん、私は別にかまわな―」
 シーラの言葉は少々遅かった。その時にはすでにおたまはパティの手から離れ、宙を飛んでいる。
 すっかり慣れたパティの投擲したおたまは、そのまま狙い違わずアーウィルの後頭部に着弾した。
 一瞬、アーウィルの動きが止まる。
 その隙をリサが見逃す筈はなく、ナイフの石突きの部分がアーウィルの眉間に叩き込まれた。

「あの……大丈夫ですか?」
 心配そうにシーラが、額をさすっているアーウィルの顔を覗き込む。
「まあね。もっときついのを喰らったこともあるから、この程度は大したことはない」
 ピザをリサに奪われたアーウィルは代わりにポルポタを注文し、食事を済ませていた。
「この前なんか、頭にリサのナイフが刺さってたものね」
 皿を片付け終わり、厨房から顔を出したパティが話に加わる。
「あれは痛かった」
 痛い以前に、普通は死ぬと思うが。
「あの……本当に大丈夫なんですか?」
 かなり本気でアーウィルの生命が心配になったらしく、シーラがもう一度尋ねる。
 大丈夫大丈夫、とひらひらとパティは手を振り、シーラの前に紅茶を出した。
「自分は死ねないからな……絶対に」
「え?」
 いつになく真面目な口調でアーウィルが呟いたのに驚き、パティとシーラは振り向いた。
「ん? いや、自分は殺しても死なないってことさ」
 曖昧に笑い、アーウィルは誤魔化した。
「まったくそのとおりだね」
 面白くもなさそうに三人のやりとりを見るとはなしに見ていたリサがぼそりと呟き、先程の戦いに使ったナイフの刃を調べ始めた。かなり派手にやりあったので、刃毀れがないか心配だ。
 ―と、今度は店内の静かな雰囲気を否定するようにカウベルがやかましく鳴り、アルベルトが飛びこんできた。
 呆気に取られている一同を無視し、アルベルトはまず、
「水!!」
 と怒鳴り、驚いたパティが大急ぎで出したそれを一息に飲み干すと、ようやく落ち着いてカウンターに腰掛けた。
「……騒々しいね、アルベルト。何かあったのかい?」
「何かあったなんてもんじゃねえ……。さっき、リオの家が変な連中に襲われて、いなくなってみたらリオの姿が消えてたんだ。たぶん、さらわれた」
 ぜいぜいと、まだ荒い息を無理矢理押さえ込み、アルベルトは早口でまくし立てた。
「ええ!?」
「さらわれたって……」
「白昼堂々、派手に仕掛けるとは……フザケた連中だね」
「……トゥーリアが大騒ぎしそうだな」
 若干ズレた感想を漏らし、アーウィルはリサの肘鉄を脇腹に喰らった。

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