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リレー小説番外編『或る人形の話』

序章

宇宙の道化師

 特に派手というわけではなく、上品で落ち着いた雰囲気の応接間。二人の男女が向かい合って座っている。
 女性の方は黒髪を長く伸ばし、この部屋以上に落ち着いた雰囲気を持っている。若いが、その年齢以上に大人びた女性だ。見る者によっては、冷たい印象を受けるかもしれない。
 男性の方は、この部屋に相応しいかどうか判断に迷うような外見だった。灰色の髪は適当に散髪しているが、不思議と無精な印象は与えない。服装も、少々野暮ったいが地味でまともなものだ。だが、その服には右の袖がない。外してあるのだ。
「トゥーリアの様子はどうかな? イヴ」
 出された紅茶を左手で持ち上げて口に持っていきながら、男が尋ねた。
「元気なものよ。毎日外で遊びまわって……」
「振り回されるリオはたまったものじゃないだろうな……。外で遊ぶ、と言うより、リオで遊ぶ、と言った方が正しいかも」
 穏やかな笑みを浮かべた男の隣のソファーが、微かに軋んだ。
 そこに、巨大な金属製の構造物が載せられている。
 攻撃的な外観の義腕。それで、男は一人で二つのソファーを占領している。
「……一つ、訊いても良いかしら? アーウィルさん」
「何か?」
 迷いの色を僅かにその表情に浮かべ、イヴは尋ねた。
「あの事件に関わった人たちから聞いたわ。何故、あなたは私の父の人形にそこまでこだわるのかしら? あなたがあの事件に関係した理由は、全く解らないわ。……何を考えているの?」
「うーん……」
 アーウィルはわざとらしく考え込んで見せ、
「究極の平和と愛の実現を目指す博愛主義者だから、という説明は?」
「少しも納得できないわね」
 身も蓋もなくイヴは即答した。
「う……酷いな。そんな即答しなくても…」
「………」
 そもそも、イヴにそんな下らない冗談がウケると考えることが根本的に間違っている。
 ―と、扉が勢い良く開き、また勢い良く閉まる音が、元気良く屋敷中に響いた。
「ただいま!」
「お、お邪魔します……」
 見事なまでに好対照な幼い声が二人分。
「相変わらず元気ね……」
 好ましそうな微苦笑を浮かべ、イヴは席を立った。
「まったくそうだな……」
 心の底から嬉しそうに、アーウィルは微笑んだ。
 彼もまた席を立ち、二人を出迎えに歩き出す。
「………」
 その顔から、唐突に表情が消失した。
『視覚素子・精密視界情報照合/確認』
「転送してくれ」
『了解。……あの娘のことになると熱いわねー』
 一瞬。色も認識できないほどの極小の時間で光が閃き、アーウィルの姿は部屋からかき消えた。
「! 貴様は…!!」
 窓の外。木の梢の上でイヴの屋敷の様子を窺っていた黒服の男は、突如現れたアーウィルの姿に驚愕した。
「この裏切り者…!」
「裏切り? 違うな。元より貴様らなどの仲間になった覚えはない。警告はした。それでも逆らうなら、排除する」
「ちっ…!」
 男は舌打ちし、魔法の狙いを定めるべく、アーウィルを見据えた。
 ―できなかった。
「な…?」
 視界が目まぐるしく回転している。身体の感覚が無い。何か紅い飛沫が飛び散っているのが見えるが、はっきりしない。
 唐突に青い光が視界を塗り潰し、硝子の砕けるような音とともに男の意識は途切れた。
「雑魚め」
 義腕の爪の一薙ぎで男の首を刎ね、返す拳に纏った青い光で跡形も無く死体を消滅させたアーウィルは、無表情に呟いた。
『どうやら、平穏な日々はおしまいね。さて、怪しまれない内に戻して上げるから、早く人間のフリしなさい。一発であなたの正体がバレるわよ』
「解ってる」
 数秒後、アーウィルは何食わぬ顔をしてリオとトゥーリアを出迎えていた。
「あ、アーウィル。来てたの?」
「ああ」
「こ、こんにちは…」
 ひょい、と身軽にトゥーリアは義腕の掌に飛び乗り、慣れた様子で腰掛けた。
 普段通り。表面上は、全てが穏やかな時間の中で流れているように見えた。
 ……ここまでは。

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