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ハメット=ヴァロリー

HAMSTAR

 全てが終わって。
 彼は、自分の敗北をかみ締めていた。
 今にして思えば、伝説とまでなっていた男に挑みかかる事が無謀だったのかもしれない。いくら10年のブランクがあったとしても、踏んだ場数と経験はそうそう消えるものでもない。
 けた違いという言葉はこいつのためにあるのだろう。
 地面に倒れ伏して、パニッシャーはぼんやりと考えていた。側には、彼を一蹴した男。
 ハメット=ヴァロリー。『ヴァロル・ザ・デスウインド』と呼ばれた男。最強の暗殺者。
「ひとつ、聞きたい」
 パニッシャーは呟いた。静かに、しかし、はっきりと。
「なぜ・・・・・・逃げた?俺の父親は、暗黒街の元締めだったそうだ。そんなやつを殺したのだから、ほめられることこそ無くとも、街に居場所があったはずだ。
 ・・・・・・なぜ、裏社会最強の名を捨てて、姿を消した?」
 男は、無言だった。その眼は、仮面の下にある眼は、さっきまでの悪魔のような気配を無くし、まるで、遠い場所を見ているようだった。ここではない、どこかを。
「・・・・・・いやに、なったんですよ」
 ハメットは、しぼりだすように返事をする。
「血につきまとわれる生活も。わたくしを見る、恐れを隠したような眼を見るのも。そして・・・・・・あの街での生活そのものが。だから、逃げたんでございます・・・・・・」
「そんな・・・・・・ことか・・・・・・」
「理由に、なりませんか?」
 パニッシャーは、とたんに笑いの衝動に駆られた。笑うべき事態ではない。それでも、衝動を押さえ込むことはできなかった。
「ふっ・・・・・・ははは・・・・・・ははははっはははっは・・・・・・」
 笑った。たいして大きな声ではないが、笑った。
 ひとしきり、笑って。
「・・・・・・いや、十分な、理由なのだろうな。お前にすれば」
「ええ・・・・・・」
「安心しろ。もう、お前を付け狙ったりはしない」
「?」
「なんかもー、復讐なんぞどうでもよく思えてきたし、格の違いも思い知ったし」
「・・・・・・ありがとうございます」
 それが、人の世の闇を歩いてきた二人の交わした、最後の言葉だった。

第四章『“優しさ”は絶えることなく』

 それは、ずっと昔の物語。
――彼には、守りたいものがあった。無くせないものがあった。
 その街は、偽善に満ちていた。
 〈シャングリラ〉、楽園とよばれたその街は、確かに楽園だった。――金さえあれば、なんでも買える。権力があれば、全てを意のままに操れる。そういう者達からすれば、そこは楽園だった。
 逆に、それらを持たない者たちからすれば、そこは、悪夢の街だ。
 金持ちには、貧乏人は逆らえない。権力をもつ者には、力なきものは抗えない。
 彼の家は、貧しかった。数代前に騎士だったとしても、そんなものは意味が無い。だから、義務である中等教育までしか受けられなかった。
 彼は、学校でよく金持ちの子にいじめられた。それでも、彼が学校にいったのは、将来の収入のため。――彼は知らなかった。中等教育程度の子供を雇うところなど無いと言う事を。
 彼は、途方にくれた。そして、彼は裏の世界へと足を踏み入れた。
 母親には、秘密だった。
 彼は、あっという間に殺し屋として名をはせた。
 彼には、天性の才能があった。魔法と、剣術を含める格闘術。それは、まるで彼が裏の人生を歩むことを知っていたように、目を覚ました力だった。
 依頼主は、この街で悪名たかいマフィアから、クリーンなイメージが売り物の政治家まで。ターゲットも様々だった。
 彼は、『死を招く風』とまで呼ばれた。彼の標的は全て、恐怖する間も無く殺された。
 ある日、彼の母が病に倒れた。
 彼は、街じゅうを駆け回り医者を探した。だが、誰も取り合ってくれなかった。ある無免許医師が教えてくれた。彼の母が危険だと知った暗黒街の顔役が、街中の医者全てに命令したと。
 彼の頼みを聞くな、と。
 そして、母は死んだ。
 守りたい者を無くして、彼は絶望し、そして、顔役と、その護衛全てを殺した。
 そして、仮面と、能力封印の刺青を施して、彼は、街から姿を消した。
 それは、遠い昔の、出来事。―― 

 夢から覚めて。彼は天井をぼんやりと見つめた。
 夢の内容は、覚えてはいない。良くある事だ。しかし、頬をつたう涙が、その夢が悲しいものだったと告げている。
 全身に疲れが残っている。昨日の事件のあと、徹夜で公園の復旧を手伝い、部屋に帰ったのは午前3時ごろだった。いまの時刻は――陽射しから考えて昼過ぎ、2時ごろか。
 自分の姿を見下ろす。上半身は裸だった。汗だくの服は気持ち悪いが、着替える気力も無かったのだろう。左肩の封印の刺青は、活性化している。昨日解けた理由はわからないが、大方ショックで解けたのだろう。魔法など、そんなものだ。
 ふと、空腹を感じる。昨夜からなにも食べていない。食料を調達せねば。
 出かけるために、上着をきて、仮面を探す。すぐに見つかった。――もらいものだが、感情にあわせて表情が変わるのはなぜだろうか――表情をしめすのは、仮面の眼と口の黒い穴だけ。
 おもわず苦笑する。この仮面、つけたのは失敗だったろうか。
 仮面をつけて、慣れた町へと歩き出す。太陽は、西に傾き始めたころだった。 

 住民の、自分を見る眼が違う。そんなことは家を一歩出たとたんにわかった。単なる自意識過剰かもしれないが。
 だが、先日の誘拐事件とその顛末くらい、噂として皆の興味の的になるだろうし、一度尾ひれの付いた噂は、あっと言う間に広がるものだ。まして、昔から『女3人寄れば、かしましい』というではないか。町中の人間が、内容の些細な違いこそあれ、真実に近い情報を入手するだろう。ならばー―
(焼き討ち覚悟はしておきますか)
 意外なほど冷静に、ハメットは思った。人は、自分たちと違うもの――怪物、異常者、異端者――を排除することには躊躇しないものだ。まして、自分のような裏の世界の人間に寛容かと問われれば、NOだろう。もっとも、この町の人間は、〈シャングリラ〉とは違い、いいひとばかりだが。
「ハメットさん?」
 唐突な声。声をかけてきたのは、この町で間違いなく、三本の指に入る優しい人。
「おや、アリサさん。また買い物でございますか?」
「ええ、この前話したパーティー、延期になってしまって。ハメットさんは、どちらへ?」
「ローズレイクに食料調達に。あそこの山菜や魚はおいしゅうございますからね」
 普段と変わらぬ態度で話す。意味があるかどうかはともかく、まだ自分はこの町での『ハメット=ヴァロリー』を捨てきる気はしなかった。なぜか。
「それじゃあ、うちで何か食べていきませんか?先日の一件のお礼もしたいですし」
 正気か?自分は一人で沈思黙考したい気分なのに。まして、自分は、殺人者だというのに。
「せっかくの招待っす。ぜひくるっす。僕も、その・・・・・・お礼を言っておきたいっすから」
 魔法生物のテディも言って来る。最初から視界に入ってはいたが、あまり眼をあわせたくなかった。なにせ、あの誘拐事件に巻き込まれ、自分の正体を完璧に知っているのだから。
「・・・・・・まぁ、お犬様にまでそう誘われては、断るわけにもいかないでございますね・・・・・・」
 バカバカわたしのバカ。いくら空腹だからって、んなあっさりと。
「僕は犬じゃないっす!何度いえば気が済むっすか!」
 ・・・・・・まあ、いいか。空腹だし。そんなことを思うハメットだった。
 数十分後。
「いやぁ〜おいしゅうございました。久々に胃に食べ物がたまったって感じでございます」
「・・・・・・よく食べたっすねぇ〜。そんなにひもじい生活なんすか?」
「ボランティアで収入が限りなくゼロに近くなれば、こんなものでございますよ」
 アリサの出してくれた料理――といっても、すでに昼食どきではないので、サンドイッチなどだが――は、ハメットにとっては久しぶりのまともな食事だった。とくに何事もなく時はながれ、アリサがお茶を持ってきた。
「・・・・・・このジョートショップは、亡くなった夫が建てたんです。困っている人たちの助けになりたいからって」
 ハメットは、お茶を飲もうとして、動きを止めた。いつかは怒られるだろうと思っていた事だ。
(このために呼んだんですかね)
「だから、3年前の時も困っているあの青年のためなら、あの人もこの店を手放すことに同意してくれる。そう、思ったんです」
 ちなみに、例の青年は、一週間ほど前から遠出している。
 怒っていたり、謝罪を求めているわけではないようだ。だが、謝るということは――
「申し訳ない・・・・・・でございます。わたくしのつまらない考えでそこまで・・・・・・」
 自分から切り出さねば、意味が無い。遅すぎる謝罪だと、ハメットは自覚した。
「あ。いえ・・・・・・謝って欲しいわけじゃないんです。ただ・・・・・・ちょっと話したくなっただけですから。それに、ハメットさんもこうやってちゃんと償っているじゃないですか」
 この言葉に、嘘など無い。この人は、そんな遠まわしに人を非難したり出来るひとではない。ハメットはそう感じていた。
「・・・・・・どうすればいいんでございましょうか」
「え?!」
「ああ、独り言でございますよ。・・・・・・『償い』ってどうすればいいのかな、と思いまして」
「ハメットさん?・・・・・・それは、いま、ボランティアで頑張って――」
 首をかしげて尋ねてくるアリサに、ハメットは横に首をふった。
「この町に来る前に、ちょっととんでもないことをやってしまいまして。若かったから、と言い訳するんじゃございませんが、後先考えずに逃げてきたんでございますよ」
 なぜ、こんな事を話すのだろう。まるで、操られるようにハメットはしゃべりつづける。ため息をついて、
「正直、もうなにやっても償えないんだろうなって気もするでございますよ。もう、何もかもが手遅れで。ついでに、『自分』っていうのも、そのときに死んだような気がするでございますよ。その時に死んで、今は、生きていた頃の勢いに引きずられてるんじゃないかって」
 ふと、天井を見上げる。そこになにがあるわけでもないが、なんとなく、見上げる。
「きっと、それを確認したくなくて、なにもかも放り出して逃げ出したんでございますね・・・・・・」
「ハメットさん」
 アリサが話し掛けてくる。どこか、強い芯をこめた口調で。励ますように。
「大丈夫ですよ、きっと。ハメットさんが、誠心誠意こめて努力をすればきっと。――あの人もよく言ってましたよ。『死ぬ気で努力すれば、どんな過去があっても人は受け入れてくれる』って」
「・・・・・・いい、言葉でございますね・・・・・・わたくしも、努力してみるでございます」
「そうですか。頑張ってください」
 にっこりと微笑んで、アリサがこたえる。彼女の笑みは、どこまでも優しかった。
「では、わたくしはこのへんで。夕食の調達をせねばなりませんから。――お犬様もお
元気で」
「だ〜か〜ら〜!僕は犬じゃないっすよ〜!」
「あ。そうだ。ハメットさん、例のパーティー、あしたの夜ですから」
「・・・・・・場がしらけるだけだと思いますが・・・・・・ま、それでもよろしければ伺いましょう。暇なら、ですけど」
「ええ」
 空は少しづつ朱色に染まり、二人と一匹は別れた。

 ジョートショップでは、アリサとテディが夕食の支度を始めていた。
「ご主人、ほんとにアレでよかったっすか?ハメットさん、どうも町の皆が知っていること、解ってるみたいっす。ひょっとしたらこのまま町から――」
 テディが不安そうに聞く。テディの言う通り、町の人間は、ハメットの過去を知っていた。ただし、噂によってではない。自警団から情報が流れたのだ。正確に。
「大丈夫・・・・・・だと、思うわ。どんな尾ひれがつくかも知れない噂が流れて、ハメットさんが町から追放、になるよりは、少しはマシでしょう?」
 アリサも、不安げに答える。
「あとは・・・・・・ハメットさん自身がどうするか、だわ。――でも、この町のみんなで支える事ができたら、ハメットさんもこの町にいてくれると思うの。3年前だって、みんなが力をあわせたからこの店もあの青年も救われたのだし」
「そうっすよね。みんなでかかれば、何とかならない事なんて無いっすからね!」
 テディがうなずく。どうやら納得できたようだ。それを見て、アリサも微笑を浮かべる。
(みんなで力を合わせれば、出来ない事なんて無い。そうよね、あなた・・・・・・)

 時はさかのぼって、昨夜の自警団事務所。アリサの提案は、その場の全員を驚かせた。
「つまり・・・・・・今回の事件の全容を、正確にまとめて住民に公開する。そういうことですかな?アリサさん?」
「でも、なんで?そんなことしたらそれこそパニックくらい起こっちゃうわ?むしろ秘密にしてた方が――」       
 リカルドとトリーシャに聞き返されて、それでもアリサは毅然と返す。
「確かに、この場の人たちだけで秘密にするのが一番です。でも、今回の事件はもう町中の人が知っています。噂が流れるのは防げないでしょう」
 多少、うつむき加減になって続ける。
「そして、中途半端は噂に尾ひれがついて流れれば、ハメットさんは確実に町から追放されます。――3年前の盗難事件でもあれだけのことになったんですよ?それじゃあ、必死で戦って誰一人死者を出さなかったハメットさんが可哀想です。だったら、正確な報告書をつくって誤解が起きないようにする方がマシです」
「まあ、そうか・・・・・・犯人は人質を町から遠く離れたところで解放するが、その後食われてもしらない、といってたそうだからな」
 アルも同意する。
「ふむ・・・・・・では、マリアさん、トリーシャ、クレアさんにテディ。君たちはどうする?」
「・・・・・・マリアは、アリサさんの意見に賛成。――今回、ちょっとだけアイツのこと凄いな、って思った」
「あたしもいいわ」
「わたくしも、その意見が一番いいと思いますわ」
「僕はご主人がいいと思う意見ならいいっす」
 3人に一匹が同意する。
「では、アリサさん。その意見を採用させていただきます」
 リカルドが決定した。アリサは深く頭をさげた。

 時は戻り、ここはローズレイク。ハメットは食料になりそうなものを採っていた。山菜、果実は取れ、いまは魚を釣るために糸をたらしていた。
 じっと、湖面と空の境目を見ている。
 自然は、なにも変わらないようにたたずんでいる。人の悩みなど知らず気に。この自然に比べれば、人のなんと小さなことか。
 ハメットは、決意を固めていた。もう少し、あがいてみようと。
 この町は居心地がいい。なにより、人の心が温かい。そんな町を、出て行きたくは無い。たとえ、何があろうと。
 ハメットは変わろうと決めた。かつて、彼は殺したあの暗黒街の男になっていた。自分では動かず、計略で人を不幸にしていたあの男と同じになっていた。人は、なりたくない大人になるのだろうか。だが、気づいた以上は変わっていける。少しずつでも、あがいていけば。
(・・・・・・やれるだけやってみますか)
 また明日から『日常』がおとずれる。昨日とは違うだろう。だが、変わろうと努力すれば、なんとかなる。きっと。
「ま、明日もがんばりますか」
 彼の呟きに答えるように、魚が糸をひいた。  (END)


あとがき

 あとがき。
 と、いうわけで、HAMSTAR初の小説、終了です。最終章がやたら長くなりましたが。皆さん、いかがだったでしょうか?感想あったらここの掲示板やEメールに送ってください。
 これからも小説を時々書こうかと思いますが、こんどはギャグでいきたいですね。オリジナルの小説もかいてみますか。
 あと、ハメットとアリサさんがなんか仲良くなっちゃいました。(汗)

 おまけ
 (「フードファイト」見てて考え付きました)
司会「勝者、ピート=ロス!ピザ61枚!」
リサ「くっ・・・・・・このわたしに勝つなんて・・・・・・ね」(机につっぷす)
ピート(フッと笑って)「おいらの胃袋は、宇宙だ」
                              チャンチャン

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