閃光。全てをなぎ払う、光芒の渦。衝撃波は、それこそ公園の周囲の自警団たちにまで襲い掛かる。
そして、全てが収まって。
いまだ土ぼこりが巻き上がる公園。奥のほうがどうなったかは確認できない。だが、目に見える範囲での被害を見れば、どうなっているのかも、予測はできる。
「・・・・・・みんな・・・・・・」
アリサが、絶望的な口調で呟く。
たとえ、目が見えなくても、全身で感じ取った。恐ろしいまでの、“力”の炸裂を。
一片の容赦もない、完全な、そして速やかな破壊を。
「なんてことを・・・・・・」
リカルドが、静かに、だが、その内側に憤怒を込めて呟く。その両腕は、小刻みに震えていた。
モーリスは、気を失っている。衝撃波だけのせいではなかろう。愛娘を理不尽に奪われたショックのせいもある。
「ぁぁあんの野郎ぉぉ!!ぶっ殺してやる!!」
アルが槍を構えて飛び出そうとする。その刹那。
風が、吹いた。
土ぼこりが、消えていく。その向こう側にあったのは――
『陽のあたる丘公園』の中央。まるで、そこに火山の火口がせりあがったように、巨大なくぼ地が生まれている。
そのくぼ地を前に、パニッシャー、この惨状を引き起こした者は、ただ、驚愕していた。立ち尽くしていた。
そのくぼ地は、確かに、巨大な円を描こうとしていた。だが、くぼ地は、中央、魔法の標的となった地点で、一部が消失していた。まるで、ドーナツのように。
そして、無傷の爆心地には、この魔法――ヴァニシング・ノヴァ――の、標的がいた。左腕を掲げた、その姿勢で。
ハメット=ヴァロリー。彼を中心とする円の中は、人質も含めて、木の葉一枚焦げてはいなかった。ヴァニシング・ノヴァの効果をうけていない。
まるで、彼を中心とした場で、魔法の効果が全てキャンセルされたように。
「“対魔法用絶対領域”・・・・・・?」
パニッシャーはうめく。古文献で見たことはあった。外部からの魔法効果を、なんであろうと消失させる、究極の防御魔法。
だが、これは後世に普及することはなかったという。
圧倒的な精神力消費量のせいだ。発動させるだけで、並の人間であればグッタリとしてしまうほどの消費量では、まともに使おうとする人間も現れることはない。
更には、この特殊魔法は、“領域”の外側には、使われた魔法の効果が現れる、といった欠点があった。
ヴァニシング・ノヴァによるくぼ地がドーナツ状になったのも、このせいだった。
“領域”の内側――人質たちもその内側にいた――では風一つ起こらなかっただろうが、その外側では、ヴァニシング・ノヴァの効果が現れていたのだ。
結局、攻撃魔法の効果全てをキャンセルする事が出来なくても、より広範囲で威力を押さえ込めるような魔法の方がより効率的なのだ。
「ふぅ〜。」
ハメットが、深いため息をつく。
「さすがに・・・・・・“絶対領域”は・・・・・・疲れますね・・・・・・」
見れば、ハメットの上着の、左腕の辺りが焼け落ちている。
おおかた、さっきのルーンバレットのせいだろうが――
ハメットの左肩には、複雑な紋様が、刺青で刻まれていた。
「刺青だと?――まさか、能力封印系の魔法文字か!だが――」
相手に刻み込む、こういったタイプの魔法は、常に魔力を放出している。確かに、訓練されて、魔力という不可視の存在に敏感な者にしか感知できないが。
いま、ハメットの肩の文字からはなんの魔力も感じない。
「どうやら・・・・・さっきのショックで一時的に解けてしまったようですね。まあ、解けることはない、といっても、不完全なものでしたから、なにが原因でとけるかわかった物ではありませんが、ね」
そういったハメットの眼は、笑っていない。押し殺した殺意を放ち、冷たく輝いている。彼は言った。
「覚悟は・・・・・・していただきますよ?」
と。
「覚悟など、とうに済ましている」
パニッシャーは言った。心の内側からにじみ出す“恐怖”を押し殺して。
「だが、どう戦う?お前の後ろには、身動きが取れない人質がいるんだぞ?攻撃と護衛、両方に意識をさいて、果たして俺に勝てるかな?」
それは、彼の強がりでもあった。精神的に追い込まれれば、それだけで終わりだ。強がりでもなんでも、気を強く持つ事は必要だった。だが――
ハメットは軽く人質を見やり、
「ガーデリアン・フェアリーズ!!」
魔法を唱えた。パニッシャーを含む、誰も知らない魔法を。
輝く光球が無数に現れ、マリアたちの周囲を飛び回る。
「な・・・・・・なにこれ?マリア、こんなの見たこと無いよ?!」
マリアが驚嘆の声をあげる。トリーシャたちは、それこそ呆然としている。
「オ・・・・・・オリジナルの魔法?んなバカな?!」
(しかも、一定の領域をガードするタイプか?)
パニッシャーも驚愕する。オリジナルで魔法を作り出すなど、天才クラスの魔法使いでないと、おいそれとは出来ない。
「これで、少なくとも人質には気を使わなくてすみますね」
そう呟くハメット。そして、彼は、跳躍しようとしてか、身を沈み込ませる。
(ちぃ・・・・・・)
パニッシャーも次手を編む。マントのなかに腕を引き込み、大型ナイフを取り出す。
彼のマントの下には、いくつか武器がしこんである。他には、投げナイフやナックルなどがある。
魔法だけに頼るのはバカだ。それが、彼の持論だった。確かに魔法は彼の戦闘法の要だが、それだけでは不安があると感じている。最後に頼れるのは、原始的だが、格闘術だと考えてもいた。
そして、ハメットが動いた。
「シルフィード・フェザー!」
スピード増加の魔法を唱え、跳躍する。
彼は、あっという間に、パニッシャーの前方数メートルの距離に降り立っていた。
「ちぃ!」
パニッシャーは後ろへ飛んで、間合いをとった。その中で、彼は、自分と相手の力量差を考える。
(魔法力では、あいつの方が上・・・・・・体力では、おそらく俺が上だな。なにせ、俺はまだ二十歳だ。場数は・・・・・・わからんが、ほぼ互角といったとこか)
挑むべきは接近戦、持久戦。まずは、魔力と体力をそぐことが肝要。
ハメットとパニッシャーの距離は、数メートル。ならば、
『ルーンバレット!』
ふたりは、同時に魔法を放っていた。
ハメットもおそらくこちらと同じ事を考えたのだろう。そして結論は――中距離を保ち、魔法での短期決着。パニッシャーはそう読んだ。
「おおおぉぉお!」
彼は、左手に持っていたダガーを投げつけると、一気に駆け出す。間合いを詰めれば、魔法の有効性はそがれる。
ハメットは、身をよじってダガーをかわす。
そこへ、大型ナイフが突き出された。パニッシャーのコンビネ―ションだ。しかし、
「ニードル・スクリーム!・・・・・・ルーンバレット!」
至近距離で連発された魔法が、彼を押し返す。
早い。
魔法を発動させるには、多少の集中が必要だ。個人差はあるが、一瞬のタイムラグがあるのは防げない。接近戦は、そうした魔法の弱点をついた戦法だが。
封印が解けたハメットは、その隙すらもなくしていた。
「ならばっ!」
パニッシャーは、大型ナイフを投げつけると、再び間合いを取った。そして、
「ルーンバレット!ルーンバレット!!ルーンバレットォ!!!」
小規模だが、連発可能な魔法を連続発動させる。だが、狙いはハメットの足元。小規模とはいえ、爆発の衝撃におされて、ハメットは大幅に後退した。多少、とまどったようでもあった。
「・・・・・・っ?!アイシクル・スピア!」
ハメットが解き放つ魔法は、狙いたがわずパニッシャーに向かったが、
「デフェンシブ・フェンスァァ!」
「んなっ?」
彼もまた、古代書物から独学で習得した、防御魔法で防ぐ。さらに、
「エーテル・バースト!!!」
全能力強化の精霊魔法。魔法力の強化は出来ないかもしれないが、魔力を編み上げ、解き放つ際の体力の消費は、抑えられる。
「ぃぃぃいいくぞおぉぉ!ヴォ―テックス!」
放たれた魔法に、余裕はない。全力で対象破壊を遂行する。
「ルーンバレット!ニードル・スクリーム!アイシクル・スピア!ヴォ―テックス!ヴォ―テックス!!ヴォ―テックス!!!」
本来、全力で魔法を放つのは、危険なことだ。攻撃の余波が自分に襲い掛かっては、意味が無い。だが、自分への被害を無視するならば、最終手段としては有効でもあった。
ハメットがいた辺りは、丸ごと爆裂の渦に消えていった。広範囲攻撃と、一点集中攻撃の乱舞。
後方まで射程にいれた魔法が、そして魔法の爆砕で生み出された、がれきやらなにやらが、ハメットの逃げ道を塞ぐ。そして。
「いぃぃぃっけえぇぇぇぇ!ヴァァニシングゥ・ノヴァァァ!」
さきほどよりもさらに強烈な爆砕の渦が、閃光を伴い、衝撃波をまとって、公園を満たす。“ガーディアン・フェアリーズ”が、人質を守り、しかし、耐え切れない物は弾け飛ぶ。
『ひあぁぁぁぁ!?!』
マリアたちの絶叫やら悲鳴は、しかし、轟音でかき消される。
公園の外は、成り行きもわからぬままに、再びパニックとなった。
「なんなんだよぉいったいぃぃぃ?!」
「わたしはモーリス氏を守る!アルはアリサさんを!」
「わかってますよ、隊長ぉぉぉ!」
『うひゃあぁぁぁあぁあぁ??!』
自警団員たちのうち、数人は吹っ飛ばされ、また別の者は、倒れてきたブロックの下でもがいている。
そして、さっきよりも長い時が過ぎ、閃光は収まった。
「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・ふぅ〜」
パニッシャーは、その破壊の跡をみて、ゆっくりと息を整えた。今度は、爆心には異常がない。
「やったか・・・・・・」
彼は、安堵の吐息をもらした。今度こそ、『ヴァロル=ザ=デスウインド』、“死を運ぶ風”とうたわれた、最強の暗殺技能者を倒した。
「・・・・・・終わったな・・・・・・」
呼吸を落ち着け、背筋をのばす。
土煙が、いまだ濃密ではあるが、大体の様子はわかるくらいに、視界も回復している。
辺りは、メチャクチャに破壊されている。修復には、時間がかかるだろう。
公園の外側を見やる。周囲を取り囲んでいたやつらも、大半は目を回している。これで、しばらくは追撃の余裕もない。
そして、人質をさがす。
少女たちは、最初から変わらぬ位置にいる。ハメットの守護魔法が効いたのか、ケガ一つ負ってはいない。全員、恐怖やら混乱やらで、ぼんやりとしているようだが。
そして、人質の周囲には――
「?なに・・・・・・?」
まだ、“フェアリーズ”が舞っていた。数はもう片手で数えられるほどに減っていたが、まだ健在だ。
「まさか!?」
このタイプの魔法は、常に術者からの魔力供給が必要だ。術者が死ぬか、魔力が尽きれば、“フェアリーズ”も消えているはず。すなわち――
パニッシャーは、意識を集中させる。気配は、頼りにはならないが、ある程度、あてには出来る。
そして、感じた。強大な魔力の収束を。
「――カーマイン・スプレッド!」
声は、爆心の、更に向こう側から響いた。即座に、対処法を編み上げる。
「ディフェンシブ・フェンス!」
編み上げた防御障壁。しかし、地面を溶かし、液化させながら突き進んでくる紅蓮の閃光は、その障壁もろとも、彼を後方へ吹っ飛ばした。
「ぬあああぁぁぁ!?」
吹き飛ばされた衝撃に意識を失いそうになりながら、それでも、痛みにすがりつき、爆心方向を見る。
爆砕のクレーターの、更に向こう側。ぼんやりと、男が立っているのが見えた。
スーツ姿の男。間違いない。ハメットだ。
(どうやって・・・・・・!?)
逃げられないはずだ。あれだけの広範囲を魔法で爆砕した。標的の後方にも、いくらかぶち込んだ。
逃げられないはずだ。地面に足をつけて移動する以上。
(まさか・・・・・・?)
方法が、一つだけ浮かんだ。地面を移動せずに移動する方法。
「おのれぇ・・・・・・!?」
立ち上がる。ナイフを構えて立ち上がる。全力の魔法攻撃が失敗したなら、格闘戦しかない。
間合いをつめるために、“シルフィード・フェザー”を唱えようとして――
「?・・・・・・」
消えた。ハメットが、視界から、残像一つ残さず、消えた。
パニッシャーは振り向こうとした。現われるとしたら、背後だとよんで。
そして――
ハメットは出現した。彼の、正面に。
パニッシャーは慌てた。背後にむこうとして、正面はすきだらけだ。すでに、ハメットはほんの数十センチ手前にいる。拳をかためて。
「空間・・・・・・転移!?!」
パニッシャーとマリアたちが呟くと同時。
ハメットの右ストレートが、パニッシャーのわき腹を深ぶかとえぐっていた。
事件は終結した。
すでに、『連続誘拐犯』は逮捕されている。
もっとも、全身に怪我をしているので、今はクラウド医院に見張りつきで隔離入院しているが。
そして、ハメット。彼は、公園の修復作業を手伝っている。多少は破壊に携わった以上、責任をもって修復してもらうことになる。
ここは、自警団事務所。
いま、ここには、ハメットと犯人を除く、この事件の関係者、すなわち、
人質となっていたマリア、クレア、トリーシャ、テディ。
人質の関係者、リカルド、アル、モーリス、アリサ。
そして、自警団の数名が話し合っていた。
要は、人質と家族の、感動のご対面――となる予定ではあったが、今回は少し様子が違っていた。
「そうか・・・・・・そういうことだったのか・・・・・・」
重苦しい沈黙が続いた部屋に、リカルドの呟きが響く。
彼らは、ちょうどいま今回の事件の詳細を人質となった面々から聞き終えたところだ。
人質の話だと、監禁場所は、ムーンリバーにかかる橋の下。そこで、麻痺の魔法を書き込まれ、――もう効果は消えている――身動きが取れなかったと言う。特に乱暴されたわけでもない。
だが、そんなことはどうでもよいことだった。
この事件の動機であり発端、つまり、ハメットの過去に比べれば。
「ま、詳しいことは犯人――パニッシャーだかなんだか――から聞き出しゃいいか」
アルの、すこしおどけた口ぶりも、ここでは沈黙を破りきれるほどのものではない。
皆、困惑しているのだ。自分たちの隣に、過去に重罪を犯した者がいる。その事実に。
「・・・・・・わたしは、ハメットは今回の事件の解決にも尽力したのだし、特に問い詰めることはないと思いますが・・・・・・」
「確かにそうです。しかし・・・・・・」
モーリスの意見に、首をふるリカルド。
はたして、ハメットをどうすべきか。
確かに、今回の事件を(大被害をだしたが)解決したのはハメットだ。しかし、ハメットがいなければ、今回の事件は起こらなかった。いわば、ハメットが事件をおこしたようなものだ。
人質となっていたマリアたちも、じっと下を見つめたまま、口を開こうとしない。
皆、迷っているのだ。ハメットにどう接すればよいのか。
「あの・・・・・・」
再び落ち始めた沈黙に、アリサが口を開いた。
「わたしの考えを聞いていただけませんか?・・・・・・」
全ては終わり、再び「日常」は動き出す。
だが、その日常に違和感を感じて、男は迷う。どうすべきか。
居場所がなくなったとき。12年前に味わった苦痛。それは、消える事なく男を苦しめるのか。
次回 エピローグ『“居場所”を見つけて(タイトル仮称)』――人の苦痛など、自然のまえではつまらない物。
というわけで、ひとまず事件は解決。物語の終結は次回ということに相成りました。
今回は、バトルシーンがあったので、少しは派手になったような気がしますが、いかがでしょうか?
ここで、お詫び。今回出てきたいくつかの魔法のうち、ゲームででていないのは、作者が勝手に考えた物です。あと、ハメットがやたらと無茶な魔法を使ってますが、全て『作品上の都合』ってやつです。
「こんな魔法ね〜よ」「なんでハメットがこんなの使えるんだよ!」とか言われると、もう「ごめんなさい」としかいえません。ちょっと、ハメットびいきしすぎましたか・・・・・・
もし、次回を作るとしたら、もうちょっとゲームに忠実な世界観で描いた方がよいでしょうか・・・・・・
ともかく、HAMSTARの第一作『ハメット=ヴァロリー』。最終章を見てやってください。では。