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ハメット=ヴァロリー

HAMSTAR

 ハメット=ヴァロリー。年齢不詳。十年前、エンフィールドに流れ着き、家の前で倒れていたことが縁で、ショート財団会長モーリス=ショート氏に社員として雇われる。その後、頭角を現し、わずか5年で会長秘書にまで出世。しかし、3年前に『ジョートショップ乗っ取り未遂事件』をおこし、無実の青年に罪を着せようとした。しかし、1年後の再審請求の住民投票会場にて陰謀は露呈。会長秘書の座から追われ、ボランティアを命じられる。
 ハメット=ヴァロリー。いろいろと変な男。流れ着く前のことは誰も知らない。

第一章『唐突な復讐者』

 その朝日に、普段と違う点があったわけでは、決して無い。もし、化粧をすることを禁じられたら、驚く者もいただろう。だが、そんなことは無い。変わらぬ日常を始めることに、なんら制限は課せられなかった。それゆえに、その男の到来をいぶかしむ者もいなかった。
 その男は、エンフィールドに現れた。目的を、悲願を、果たすために。男は、ゆっくりと、しかし確実に、目標を探し始めた。物語はそれから数日たったある日に始まる。

 ぼんやりと、ソレを見つめる。コップの中には透明な水。その向こう側には、各テーブルに備え付けの壺――砂糖や塩、コショウなどが入っている――が見える。そのうちの砂糖壺をとり、コップの中へと注ぐ。たっぷりと。
「・・・・・・ちょっと」
 声。しかし、声に行動を留める力はない。甘い、甘い砂糖水を飲み干す。ひと息に。
「まぁ、あんたの懐が寒いのはわかるけど・・・・・・」
 無視して、もう一杯の水をコップに注ぎ、今度は塩をいれる。砂糖ほどは入れない。
「だからってね・・・・・・」
 声にはっきりとした怒りが現れる。だが、彼はかまわず塩水を飲み干す。
「うちの塩や砂糖を飲み尽くすつもり!?」
 彼女――パティ=ソールの渾身のすりこぎが、彼、ハメットの脳天をえぐった。

「あんたね、いい加減にメニューの注文ぐらいしなさいよ」
「・・・・・・いまの私にとっては、この店のメニューさえも財政を圧迫するのでございます」
 パティのツッコミに、顔面(マスクをしているが)をテーブルに突っ伏して答えるハメット。『さくら亭』は、このエンフィールドの名物ともいえるほど人気のある大衆食堂である。当然、メニューは安くて、しかもうまいものが並んでいる。しかし、
「なにせ、もう2年もボランティア生活でございますから、収入がないのでございます」
 そう、ハメットはボランティアをして、3年前の一件の償いをしている。当然、収入などない。
「そういえば、あんたどうやって食いつないでるんだい?」
 これは、リサ=メッカーノのセリフ。彼女は『さくら亭』に滞在している女戦士である。
「秘書をやってた時にためていた貯金を食いつぶしながら、でございますよ。でも、最近は蓄えも心もとなくなってきてしまったでございます」
「ま、自業自得ってやつね。だいたい、アンタの悪巧みのせいでジョートショップは大変なことになったんだから」
 ハメットのぼやきに即座に応えるパティ。まさにそのとおりである。反論の余地などない。
「はぁ・・・・・・」
 ため息を吐き、ハメットがゆっくりと立ち上がる。その姿は、ゾンビの一歩手前のようだ。
「どこいくの?」
 パティのよびかけに、
「もぉ家に帰って寝るでございます・・・・・・」
 ぐったりとした様子で答えるハメット。
 また、明日もボランティアなのだ。今日のぶんはすでに終わらせた。なら、家で死んだように眠るのが一番だ。そう考え、ハメットは家路についた。
 『さくら亭』では、パティがつぶやいていた。
「まだ、午後三時じゃない。」

 道を歩けば、多くの人に出会う。だが、誰も救いの手を差し伸べる者はいない。これが、悪事を働いた者への、もう一つの罰なのか。
 ハメットは、そんな事を考えながら家路を歩いた。足がふらつくが、気にしていられる余裕はない。
「あれ?ハメットさんじゃないっすか?」
 その声に振り返ろうとする。だが、実際には立ち止まり、首を回すだけで数秒を要した。視線の先にいたのは――
「おや、アリサさんに、――お犬さまでございますか」
「僕は犬じゃないっす!魔法生物っす!ハメットさんこそ、グダ〜としたカッコでなにしてるっすか!」
 犬改め魔法生物、テディと、その飼い主にして『ジョートショップ』の女主人、アリサ=アスティアだった。
「こんにちは、ハメットさん。これから、またボランティアですか?」
 アリサが問い掛ける。ちなみに彼女は盲目だが、それ以上に人をいたわる優しい心の持ち主だ。だが、ハメットにとっては、騙そうとしたという負い目がある。
「いえ。今日はもう家に帰って、明日に備えて寝るでございます。ところで、買い物帰りでございますか?やけに大荷物ですが・・・・・・」
 確かにアリサは両手に、大量の食材の入った買い物袋をさげていた。彼女の作るピザはとても美味いという評判だが、こんなに大量の食材を買い込む理由にはならない。
「実は、このあいだ、シーラちゃんがローレンシュタインから帰ってきて。それで、みんなでパーティでも開こうということになったんです。
「ジョートショップでやるっすよ。みんなで集まってワイワイ楽しむっす!」
 シーラ=シェフィールド。音楽の都『ローレンシュタイン』に留学したピアノの天才少女である。
「そうでございますか」
 ハメットは無感動に答えた。みんなで楽しむ――それはハメットには縁遠いことだ。自分のような、悪党には。
「ハメットさんも参加しますか?あさっての夕方から始める予定なんですけど」
「ご主人?!ハメットさんは土地を騙し取ろうとした人っすよ?!」
 アリサの提案は、テディとっては驚くことだった。2年たったとはいえ、まだわだかまりは捨てきれてはいない。そして、ハメットにとっても。
「よろしいので?・・・・・・しかし、あさっての予定を調べてみないことには・・・・・・」
 やんわりと、しかししっかりと、断る理由をつくっておく。もし予定がはいってなくても、嘘をつけばいいことだ。
「そうですか・・・・・・もし予定が空いてたら教えてください。さ、いくわよ。テディ」
「あっ、はいっす!」
 去り行くアリサとテディ。その場に立ち尽くしながら、ハメットはぼんやりとつぶやく。自分に聞こえる程度の小声で。
「私がいっても・・・・・・場がしらけるだけでございますよ・・・・・・」
 これもまた、「償い」なのか。記憶から消えることのない、逃げられない償い。
(ニゲラレナイ・・・・・・?)
 ハメットの心に、「もう一つの生き方」が浮かぶ。これ以上ないほどに、簡単な生き方が。それは、かつて選んだことのある生き方でもあった。

 昼下がり。少女は町を、特にあてもなく歩いていた。一応魔術師組合にいくつもりだが、ふらふらと寄り道しているのだ。短めの金髪をなでる風を感じながら。
「あれ?マリア?なにやってるの?」
 声をかけられ振り返る。彼女――マリアの視線の先には見知った顔があった。
「トリーシャ。ちょっと散歩。トリーシャこそなにやってるの?」
「うん?なにか面白いことないかなぁ〜って探してたのよ。」
 マリア=ショート。モーリス=ショート氏の娘である。魔法が大好きではあるが、使うと失敗が多いという弱点がある。
 一方、トリーシャ=フォスターは、自警団の団長、リカルドの娘だ。エンフィールドの「流行水先案内人」でもある。
「で、どう?面白いことは見つかった?」
「全〜然。これから帰ろうかなって思ってたとこよ。マリアも帰るの?」
「ううん。これから魔術師組合に寄ろうと思ってるの。そうだ!トリーシャもついてくる?」
「いいの?じゃあそうしようかな」
「・・・・・・マリア=ショート。トリーシャ=フォスター」
 唐突なその声に聞き覚えはない。あわてて振り向くと、黒いマントで全身を包んだ男がすぐそばにいた。
「・・・・・・僕たちに、なにか用?」
 トリーシャが、用心深く答える。マリアは魔法の発動準備をしようとする。だが、
「ぐっ?」
「か・・・・・・っあ・・・・・・?」
 一瞬で、二人はみぞおちに拳を打ち込まれていた。意識を失う一瞬前、トリーシャはその男のつぶやきを聞いた。
「切れる札は多い方がいい。・・・・・・楽しくなってきたな」
(なんなの・・・・・・?)
 トリーシャの意識は、そこで途切れた。

 夜。日が地平線に沈むころ。自警団事務所は喧騒に包まれていた。マリア、トリーシャに続き、アルベルトの妹、クレア=コーレインまでもが行方不明になったのだ。
 目撃者はかなり多い。だが、だれも犯人の凶行を止められなかった。ある証言者はいう。「金縛りにあったように、動けなかった」と。犯人の目的もわからず、捜査は難航するように思われた。
「ああ、マリア。無事でいておくれぇ」
「モーリスさん、落ち着いてください。あせっても何も始まりません」
「くっそ。どこの誰だか知らんが、人の家族に手ぇだしてただですむと思うんじゃねえぞ」
 モーリス、リカルド、アルベルトは本部で待機していた。そこへ、
「アルベルトさん!?」
 駆け込んできたのは、アリサとパティだ。
「ア、アリサさん?ど、どうかなさいましたか?!」
 アルベルト――アルが驚いた声をあげる。彼はアリサに好意を抱いているのだ。
「どうかしたんですか?我々はいま連続誘拐事件で手一杯――」
 リカルドの言葉の終わらぬうちに、アリサが、息を弾ませながら言う。
「テディが、テディがいないんです!」
「アリサおばさんが夕食の準備をしてる間にいきなりいなくなったらしくて、私も探したんだけどみつからないのよ!」
 その言葉に、アルとリカルドが絶句する。――こっちでもか!
 瞬間、まるでそのときを待っていたかのように、自警団事務所に矢文がうちこまれた!机の上につきたったそれは、かなりの勢いで放たれたことを示すように、ビ〜ンと揺れていた。
「脅迫状か!」
 リカルドは直感的に叫ぶ。モーリスが駆け寄り、アリサとパティが不安そうに立ち尽くす。
「読み上げます。」
 アルが矢にくくりつけられた手紙を読み上げる。それは、そこにいた全員を驚愕させた。

『 脅迫状
 当方、マリア=ショート、トリーシャ=フォスター、クレア=コーレイン、テディの3人と一匹の命を握るものなり。前述の者たちの命惜しくば、明日の午後1:00に「陽のあたる公園」に身代金百万ゴールドを持ってこられたし。なお、受け渡し人には、「ハメット=ヴァロリー」を指名する。前述の条件が一つでも満たされざる場合、人質の命は無いものと思われたし。
       パニッシャー』

次回予告

 真昼。陽のあたる公園。身代金受け渡しの場にはそぐわないその場所で、ハメットは『パニッシャー』と遭遇する。「罰する者」の昔語り。それは、ハメットの記憶のかなたにある、償えない罪を引きずり出す。まるで、過去から呼びかける悪魔のように。
  次回『仮面の下のディアブロ』――過去は、ときに人を縛る。


あとがきNO1

 というわけの、HAMSTARの小説第一章です。ハメットがカッコよすぎるかもしれませんが、許してください。第二章もいつか書きます。感想は、掲示板のほうにお願いします。

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