悠久交差点 [HOME] [悠久ミニストーリー]

Good Night 第弐章

ダカヲ

 次の日、アティスの病室は面会謝絶になっていた。
 次の日も、次の日も。
 そして、ある日、病室のネームプレートから、『アティス・アーシィラ』の名前は無くなった。

「…アルベルトさん?珍しい……」
 王立図書館に入って早々、カウンターからそう言われた。
「俺だって本くらい読むんだぞ、イヴ」
「でもまだ朝よ?自警団のお仕事は?」
「仕事の前に寄ってるんだよ」
「……」
 彼女は怪訝な表情のまま、沈黙の最後に「そう…」と付け足した。
 何だか少し腹立たしかったが、ここで時間を費やして仕事に遅れる訳にもいかず、すぐに奥へと進む。
 少し奥に行くと、腕一杯に本を抱えながらも、今だ本棚と睨み合っている少女がいた。
「シェリル、お前こんな朝早くから図書館に来てるのか?」
「あ、アルベルトさん。おはようございます」
 少女はこっちに気付くと、笑顔で挨拶をくれた。
 しかし、すぐに怪訝な表情に変わる。
「でも何でアルベルトさんが……」
「……シェリル、お前まで……」
 少し肩を落とす。
 同じ事を二度も言われると、自分の中でも否定し辛くなってくる。
 しかし、こっちは少し違って、付け足しに笑って「アルベルトさんも本くらい読みますよね」と言ってくれた。
 考え方によれば、笑って誤魔化してると取れるが、あえてそうは取らないでおく。
 それ以前に、誉められてるのか貶されてるのか判らない付け足しだ、と言う事もこの際置いておこう。
「で、アルベルトさんはどんな本を探しに来たんですか?」
「え?あ、ああ……」
 シェリルらしからぬ積極的な行動に、少しタジろってしまった。
 どうやら、俺がどんな本を読むのか興味津々のようだ。
 それがさっきの付け足しの負の意味を裏付けている事は、この際伏せておく。
「Good Nightって言う……」
 本の題名を聞いて、更にシェリルの目が輝き出す。
「アルベルトさんもあの本読んだんですか!?」
「いや、まだ読んでないんだけど……」
 …いつもは積極性に欠く彼女なのだが、ここまでになると逆に怖い気もする。
「あの本はやっぱり主人公が……」
「……」
 こんな感じで、シェリルの本好きを、一時間、みっちりと思い知らされる事になった。
 帰る時、イヴに「慣れない事はするものじゃないという事を教えてもらったわ」と言われてしまった。
 これから隊長に謝りに行かなければならないと思うと、気が重くなる。
 俺は片手にイヴに「慣れない事」と称された本を持って、自警団へと向かった。
 空を見上げれば、雲一つ無い蒼い空が広がっている。
 雲が無い分、いつもより深く、神秘的な蒼だ。
 その蒼を遮るものは何も無い。
 手を伸ばせば届くかもしれない。
 空の向こうにある何かに届くかもしれない。
 風はいつまでも、穏やかに吹き続けていた。

悠久交差点 [HOME] [悠久ミニストーリー]