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恐怖の闇鍋パーティー

YS

 紅蓮の炎が闇を赤く染めていた。その炎は、理解しがたい異形の魔物を映し出していた。
 普通の生物とは異なる姿の魔物は、グリフレンツ。グリフレンツは闇鍋パーティーをなんの前触れもなく開始した。夜空の星は、いつもより輝いて見えていた。

 風に揺れるコンロの火、グリフレンツはその明かりに映る具材を見つめていた。俗にいう闇鍋を行ってみたかったという彼の性分を責められる者などいない。魔物という押し付けられたレッテルは、グリフレンツをもはや、縛ることができなくなっていた。
 ついに、彼は長年の野望、夢を叶える時を魔物で在りながらにして得たのだ。
 物心ついた時から、憧れていた闇鍋、その出来るかどうか分からない夢を前にし、彼は興奮していた。
 激化する彼の心は、おもわずエアバーストやゲイルを唱え、コンロを破壊した。

 買物に出かけ、コンロを手にした彼は急な腹痛に襲われ、その夜は終わった。

 ほとんど、なにも出来なかった昨日の事を、叙事文として記した彼は、まったく、諦めずに闇鍋パーティーの準備を始めた。
 傷を負った彼の心に、さらなる闇鍋への傷害が待ちうけていた。
 とはいえ、準備が終わったのが、まだ昼というだけのことだったが…。しかし、たったそれだけのことにも、彼は耐えれなかった。
 まだ明るい昼間から、彼は闇鍋を開始した。放り入れられた具は、彼にも解らない程の量を飲み込み結果的に、闇色の鍋となった。
 使いなれない箸を一本しかない爪で扱うという事が彼に出来るはずもない。しかたなく、今度は回復魔法を使いながら食事という手で、なんとかしようとしたが、その闇鍋は熱すぎ、すぐに、彼は気絶した。

 特に時間もかけずに、彼は目を覚ますことに成功した。闇鍋は、その名に恥じぬ、ムラサキ色になり、彼は自分が溶けたのかと思い、ポーカーフェイスを崩しそうになった。ーーが、しかし、彼は表情を変えることなどということはできはしなかった。
 脳をフル回転させて、彼は溶けていたら魔力を使えないはずと考え、ブルーリングを手にかけて確かめた。彼の魔法と、魔物特有の秀でた回復能力のお蔭で火傷は完治した。すでに、覚悟を決めた彼は、再び闇鍋に挑戦した。
 魔物でなければ、二度も挑んだりはしない物だが、幸い彼は魔物であった。彼は、勇んでその腕を鍋に突っ込んだのだが、またも、あっけなく失敗した。彼の目から涙が流れ出るのが見えた。

 高温では、食事をするどころか、鍋に手を入れることすらできなかった彼は弱火にして、耐えられる温度まで下げることにした。
 久しくありつけなかった食事は、彼の風属性とは無縁の唐辛子であった。その辛さは死をも感じさせるほどのものであった。彼は、燃え上がるような、その辛さにのたうち回り、地面を転がり、そして、気絶した。

 またも、復活した彼の頭上には、星がまたたいていた。

 それからは、真の闇鍋パーティーとなった。のどかな感じの昼間とは違い、薄暗い闇は、長い夜がまだ続くことを予感させ、彼を、奮い立たせた。
 腕を鍋に突っ込み、すぐさま何かをつかみ、噛まずにそれを飲み込んだ。唐辛子などを自らが警戒したためであろう。しかし、腕から放出されている香りがあまりによかったため、ただひたすら、彼は後悔した。それゆえ、これから先は、とりあえず、味わうことに決めるのであった。
 後悔しつつも、そう決めた彼は、次の手で激辛の物を掴まないよう祈りつつ、鍋に今度はよく味わおうと思いながら、手を入れた。

 確実に唐辛子や普通食べない物を引き当て、実らない思いに彼は落ち込んでいた。甘い物に出会えば飲み込んでしまうことを繰り返し、敵意さえ鍋に向けるようになっていた。彼との鍋の関係は、属性で言えば風と地といえる。体格からは想像できない動きのできる彼の魔力の源は風、それに対し鍋は堅く動けない地をしめすはずである。
 奪う者と奪われる物、両者の激しい戦はたった一つのことで解決した。彼にとって、とても簡単なことであった。鍋は、生物ではないのだ。こうしてグリフレンツは無駄な事で、苦労したが落ち着くことができた。

 まだ、夜は長く続くようである。月や星が、たいへんきれいだった。

 半分以上残っている鍋を見つめ、なぜか、段々と闇鍋を恐れるように彼はなっていた。力だけでは、どうしようもないことを、彼も、知ることとなったようだ。
 高いのか高くないのかわからない、プライドが彼の夢、闇鍋へと向けられた時、その恐怖はすぐに消えた。
 だいぶ時間をかけて彼は鍋に腕を入れたが、冷めていたので熱を加えることにした。

 作られてから、二度も熱を加えられたからか、鍋からはすでにこの世の物とはいわれない物となっていた。しかし、魔物としては普通なのか、彼はそのまま動かず、時間だけが過ぎていった。
 もう冷めたであろう時間になっても動かないところからすると鍋に手をつけたくないのだろうか。だが、彼は動いた。たいそう時間はかかったが、ゆっくりと、そのうち動いているか怪しく思えてくる速さで彼は鍋に向かっていった。
 外から洩れてくる光に照らされた鍋の一部からは気泡が見えていた。それを見つけかたまりつつも、彼は動き続けて、それから長い時間をかけて、鍋に触れるかどうかのところでようやく止まった。自分の中の常識が止めるようにささやく。彼の心は、法廷にあった。そこで彼の夢と、命を賭け、不可能な決着をつけようとしていた。だが、即座に決着はついた。なぜなら、彼は死亡の可能性は低いと判断したためである。
 ためらいつつ、腕を鍋へ入れた彼は、ためらわずに、それを口にした。

 しばらく意識を失ってから、彼は鍋をそばのゴミ捨て場に捨てた。彼はすぐ、それらに蓋をして、また材料を買いに出かけた。
 苦痛を味わったあの夜から一日が過ぎた。晴れた空に、星が浮かぶころ、彼は前日を教訓を忘れて、しつこく鍋を用意した。
 幾らなんでも懲りてもよさそうだが、彼を後悔させる者はいなかった。彼は闇鍋を施行した。
 すでに、グリフレンツは闇鍋を行う事を必然とまで考えるようになっていた。彼は用のない時は闇鍋をすることしか考える事ができなくなっており、闇鍋のない世界はあるはずがないと、皆にはっきりと断言するほどになっていたのだ。

 基本的に、彼は闇鍋を世界中の誰よりも本当に好きになっていた。
 適当に楽しむつもりだったはずの、闇鍋に彼は虜にされた。

 単純に彼は闇鍋の炎に慣れていった。
 基本は風属性の彼だが、火よりも水の、戦場に適応する彼が、炎に慣れたのは闇鍋が原因であろう。
 特殊な訓練をしなければできないはずの異属性に対する慣れだが、彼は三日ほどで、なにげなくこなしていた。
 魔物である彼が、材料を買うために、買物に出かける姿は、まさに紫の茸だ。彼が出かけるたびに周囲の人々は恐怖した。

 敏捷な彼は、五日目には五分で闇鍋との勝負を始められるようになっていた。それを可能としたのは、彼がアージで敏捷度を上げることができたからだろう。闇鍋に捧げる彼の熱意は、野菜や肉に至るまで、全ての食材を試すことに成功した。
 かくして、彼は闇鍋を極めたが、それからも、闇鍋を続けた。彼は闇鍋をいくつかの種類を用意して食べ比べてみたり、時に連続で同じ鍋を何度も食べてみたりもした。
 続けて食べることに苦痛を感じつつも、後悔せずに、彼は食べ続けた。様々な、刺激を味わうことは、彼に世界で一番の幸福を与えた。
 特に、七日目の夜のキラニア入り闇鍋は、意外なほどにうまかったらしい。
 とても言い表せない絶妙なハーモニーはすさまじい量の香辛料とキラニアは類稀なる組み合わせだった。

 グリフレンツの闇鍋は、毎日続けられ、利用できるものはすべて、闇鍋に注がれ、普通の食材は十日目には、一割すらも使われなくなっていた。そして、十一日目のそんな闇鍋には、唐辛子ばかりが山盛り、かつお湯の代わりにラー油という物だった。
 ついには、彼は闇鍋を三十分で食べた。作る時もだが、彼は闇鍋を食べる時もやはり、手を抜かなかった彼は闇鍋を早く食す方法を見つけ出した。その闇鍋の食べかたは、一心不乱に食べることだった。

「……」
 パタン。
 ルシードは無言でその本を閉じた。
「…なんつーか、すごいな。本当にこれはホラーなのか?」
 誰に言うでもなくそうつぶやくと、ルシードはフローネから借りた本を、机の上に置いた。
(しかし、これだけ尋常じゃない発想だと最後まで読んでみたくもなるな)
 そう思いながらルシードは眠りについた。

叙事文(じょじぶん):事実をありのままに書いた文


後書き

月水木金とレポートだらけの一週間で書き上げたもので、初のSSだったりします。
別の文(原文)を入れたため、修正しても、なんか日本語が変。
ピースクラフト氏級のとんでもない発想をしようとして失敗したかも(汗)


History

26日 ネタ浮かぶ、原文を書く
27日 Lに邪魔され反撃、なおかつ書く
28日 レポートに追われつつ、書き続ける
29日 完成後、死亡(笑)
29日 復活後少し修正
(2000年6月)

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