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宿命の炎

第四話「繋がり」

毒宮

 『ドク・・・ドク・・・ドク・・・』
・・・ゆっくりと"意識"が薄れていく。それに相対するかのように刻一刻と強まっていく
体が自分のものでは無くなっていくような奇妙な"感覚"。
時が止まっているかのように、一瞬が永遠にも感ずる"瞬間"。
しかし、規則的な鼓動の音が、それが錯覚である事を如実に物語る。
壮絶な炎の中で、身動きが取れずに苦悶する"男"。赤黒い蒸気に蒸され、激しく咳き込み、血を吐き散らす。
地面に広がったその液体は、次の瞬間新たな赤黒い煙を巻き始める。
"彼"には希望など残されてはいない。
それは"彼"が一番よく知っていた。正しくは、本能が理解していたというべきだろう。
確実に迫り来る"それ"の予感が"彼"の脳髄を刺激し、それが"彼"の攻撃性の具現化ともいえる"炎の能力"を、
より激しいものにしていた。
そして、その凄惨な光景を見ている一人の"青年"がいる。
"彼"はその光景を、まばたき一つする事なく見つめている。
"彼"は"男"と同じであった。同じ顔、同じ褐色の肌、そして同じ"能力(ちから)"。
"彼"は、それを凝視する。その右手に鮮やかな炎を宿らせて・・・・。
"彼"の中に流れ込む突然の恐怖と悲しみ。しかしそれも次第に薄れていく。
"彼"は希薄になりゆくそれを忘れまいとさらに目を見開き"男"をしっかりと焼き付けようとするが、
"男"の姿は回りの風景と共に闇の中へ呑まれるかのようにブラックアウトしていき、そして最後には消えてしまった。
"彼"は困惑するが、その次の瞬間、なにを困惑していたのかは覚えていなかった。
一寸の先も見えない完全の闇の中、何者かが"彼"に語りかける。
「名前は?」
戸惑いつつも、その問いに"彼"は答えようとする。
「名前・・・オレの、名前・・・」
"彼"が必死に記憶の糸を手繰る中、"声"は新たな質問を投げかける。
「力を拒むか?」
"声"は次々と不可解な言葉を発する。
「喜べ・・・・」
「・・・選ばれたのだ」
「私の優秀な・・・」
「・・・の中から・・・」
「・・・手足となって・・・」
「そのための力・・・」
次々と"彼"の頭の中に流れ込む意味深な言葉・・・
断片的に聞き取る事のできたそれに、どんな意味があるのか、
"彼"にはそれを理解する事はできなかった。
不意に、"彼"は自分が薄らいでいくのを感じた。"彼"だけでなく、"声"も、"闇"さえも・・・
"彼"の回りに存在する物全てが次第に薄らいでいく。
全てが闇より深い闇に覆われようとしているなか、ひときわ強く"彼"がつぶやいた。
「オレは、オレの名は・・・『K´』・・・!」

「オレの名は、『K´』だ!」
誰にともなく一風変わった己の名を名乗ったその男は、ベッドから上半身を起こした状態で荒い息をする。
「・・・ん?」
「なに・・・言ってんだ?オレは・・。」
時計を見ると、昼の12時を回っている。
「夢・・・、オレは一体、なんの夢を見ていたんだ・・・・?」
K´の心の中から、悪夢の"記憶"は泡のごとく消えていた。
「やんなるぜ、この感覚・・・」
自分のなかにある、生ぬるい感覚。本人の意志の届かぬところでくすぶりつづける「何か」。
「・・・まあ、思いだせねーもんは仕方ねーか。」
K´は持ち前の「どーにかなるさ思考」で、自分の中に起こった不可解な現象をかたづけた。
解決は一向にされていない。だが、今はそれでもいい。
ドクター・トーヤも、この夢の中から記憶を探るのは無理だと言っていた。深く考えるだけ時間を無駄にする。
なにより気が滅入ってしまう。ひとつの事にこだわっていたら、わかることまでわからなくなる。
K´はそう考えている。
しかし、一言でK´の気持ちを代弁するなら、それは明らかに「面倒くさいから」であろう。
こういうと、K´が単にずぼらなだけに見えそうなので、まっとうな理由もある、とだけ補足しておく。
今の彼には「そんなもの」よりずっと大切なものがある。例のリカルドとの約束である。
G−1。このエンフィールドの街では最大級の異種格闘技大会である。
K´はその大会に出る意志を固めている。
実を言うとK´は格闘技大会が嫌いなのである。規模は大小あれど、とにかくK´には、
格闘技大会というものがアマチャン同士の馴れ合いという風にしか見えないようで、
格闘技大会と名のつくものを毛嫌いしている。
そのK´が、格闘技大会に出るというのは、驚くべき事である。
あえて出場の理由を言うと、リカルドと最高の舞台で戦うため・・・である。
K´は今から三日前、自警団の訓練施設の前で自警団団員の一人、アルベルトと乱闘事件を起こしている。
クラウド医院を退院したその日のことだった。
詳しい経緯は省かせてもらうが、その事件が、リカルドとK´との初顔合わせとなったわけである。
そのとき、手負いであるにもかかわらず、アルベルトを負かしたK´に興味をもったリカルドは、
公式の場でK´と戦う機会を設けたいと考え、K´に手紙で一つの案を提示した。
それはこれから大会までの間、一切問題事を起こさず、トーヤからあたえられたリハビリのメニューを
しっかりとこなす事。それができれば、大会で拳を交えようといった内容であった。
しかし、リカルドとて、大会のコミッショナーではない。
大会での対戦のカードの組み合わせをいじることなど出来はしないし、
もし、K´とリカルドがなかなかあたらないような離れた位置に配置された場合、
最悪、決勝戦まで闘う事はできないということもありうる。
しかし、それも、文面には書かれていない、リカルドからのK´に対する試練なのかもしれない。
もし決勝戦まであたらないような組み合わせになってしまったとしても、
リカルドなら、決勝戦の舞台まで勝ちあがる事は難しくないだろう。
後は、K´次第だ。リカルドは、K´が自分と戦うだけの力量があるかどうかを、
K´の気づかないところではかる気なのだろう。
まあ、これは2人が初戦であたってしまえばそれまでなのだが・・・。
恐らくそれは無いだろう。
あらゆる大会で好成績をおさめているリカルドは、今回の大会でもトーナメントのシードに選ばれるだろう。
逆に、今回が初出場でしかも全ての経歴が不明なK´は、トーナメントの真中の辺りに配置されるはずである。
リカルドの提案は、やはりここまでを見越してのものなのであろう。なかなかの策士である。
もっとも、そのことをK´が知ったら憤慨するだろうが・・・。
とにかく、リカルドとのこの約束が、今のK´にとってのなによりの行動源となっていることは明らかだった。
そして今日も、いつもどおりK´の退屈な一日が始まる。

 不意に、K´のいる部屋の一つだけある窓のカーテンの下からひときわ強く外の日が漏れ込む。
正午を過ぎ、日が南中にさしかかったのだろう。K´は閉められたカーテンを開ける。
目を覆いたくなるような日光を体に受けて、K´の落ち込んでいた気が少し晴れてくる。
最も、K´はそのことを自覚していないが・・・。
今日のリハビリは午後から・・・
急げば、なんとか間に合ってドクターの小言を聞かずに済むか・・。
頭の寝癖の度合いを確認するかのように髪をくしゃくしゃと押さえながら
目をなんどかパチパチと開閉してまだ重いまぶたを慣らす。
「っち・・」
K´は、まぶしい日に、舌打ちをした後────『こんなうっとうしい天気の日にでかけたくない』
と思ったのだろう──────まだ目新しい化粧室に入り、顔を洗い、歯を磨く。
洗面台の鏡に映った自分の姿は、
パンツ一丁にTシャツというラフな格好をしている。
さすがにこんな格好ででかけるのは、センス云々以前の問題があるので、
クローゼットから引っ張ってきたお気に入りの黒の上下を手際良く素肌の上に直接着ていく。
「やっぱ、この格好が一番しっくりくるぜ。」
右腕の袖のジッパーを閉めながら、K´は自分の右腕の先、右手の甲に目を移す。
炎のような真紅に彩られたグローブがはまっている。
しかし、K´の右手にはまっているものは、一般にいう「グローブ」とはかなり違い、
エンフィールドでは(正しくはこの世界では)目にする事の出来ない金属を基本に構成されている
やや大げさなデザインのものである。しかし、指を動かしにくいというようなことはまったく無い。
金属のパーツが互いに擦れ合う事を防ぐような構造になっており、それでいて、内部に無理がいかないような
加工も施されている。外装もかなりの強度があるので、上等の手甲といっても通用するだろう。
不意に、その「手甲」を見つめるK´の脳裏をトーヤとの会話がよぎる。

『K´・・・お前のそのグローブだが、この世界の人間には、かなり奇特な目で見られるだろうな。』

『ふん、メカニックなデザインがわからねえのか?
まあ、確かに、あんたらが不器用な手先で修理したせいで、かなり不恰好になっちまってるけどな。』

『その痛々しい修復の跡は自警団の愛嬌とでも受け取っておけ。
とにかくだ。俺が気にしているのはデザインがどうのといったことではなく
そのグローブを構成している金属だ。以前も言ったが、その金属はこの世界には存在していない。
ただの珍しいもの好きがそのグローブに興味を持つのはかまわないだろうが、
科学者などの人種にそのことを知られたらイロイロと厄介だ。彼らにとっては、それは格好の研究材料だからな。
今のところはお前の事情を知っているのは俺とトリーシャ、あと自警団と魔術師ギルドの上層部だけだ。
お前に関する情報は、一切を隠蔽しなければいけない。それがギルドの指示だ。
お前自身が記憶を失っているから、身柄を拘束されるのだけは免れたが、やはり世の中には勘の言い奴がいる。
それを付けての外出は極力控えてほしい。
確かに・・・デザインという観点からみても、それは斬新なものかもしれん。
だからと言って見せびらかすようなことはもっての他だ。わかっているとは思うが、念のため言っておくぞ。』

「・・・誰がするかよ、そんなこと。
それより、トリーシャに知られた時点で、オレがこそこそするのはムダじゃねえのか?」
K´は、自分を発見してくれた優しい少女の悪態をつきつつ、
右手にはめられたグローブに左手を添える。
だが、その左手は、グローブをはずすために添えられたものではない。
グローブに手を添えた瞬間、K´の中に断片的な映像が流れ込む。
自分を追いかけてくる男たち・・・・・
それから必死に逃げる自分・・・・・
そして、その手にともる灼熱の炎・・・
K´の鼓動が早くなる。
目に浮かぶ涙・・・打ち放たれた無情の弾丸・・・そして『自分』の最期・・・
目をそらす事は出来ない。目をつぶって拒絶しても、頭のなかに流れ込み、K´の苛み続ける過酷な『夢』。
直後、K´の意識から今の映像は徐々に薄まっていく。
K´がグローブに添えられていた左手を離したからである。
「やっぱり、このグローブか・・・・」
K´は、何度かこのグローブから流れ込む映像を見ている。
それはとても鮮明で、時として痛覚さえ伴う事もあった。
K´は、トーヤの言っていた、フラッシュバックから、記憶を引き出すのは不可能だという言葉は信じている。
だが、ただ一つだけ、このグローブから得られる映像だけは、他より鮮明で、現実味をとても帯びていた。
自分の記憶の糸口になるのは、このグローブだけだと、確信していた。
トリーシャには、恐らくは死ぬ運命にあったであろう自分の命を救われた。
トーヤには、こうやって不自由無く動けるまでに治療を施してもらった。
残るものは、足りないものは、ここに来るまでの記憶・・・。
それを成すのは、自分自信であることを、K´は、覚悟のもとに悟っていた。
このグローブは、絶対に手放しては行けない、
過去の自分と、現在の自分を、完全に切り離すことになる・・・。
過去との、ただ一つの繋がり・・それを失ってはいけない・・・・。

『思い出さなければ、記憶を、そして"能力"を・・・』

それはグローブの残留思念が語り掛けた言葉であろう。そして、K´の深層心理の言葉でもあろう。
そしてなにより、K´の中でくすぶり続ける、開放を求める"ちから"が発したものなのであろう。
いつの間にか目をつぶっていたK´が目をあける。
そこには、覚悟と決意の両方を宿す双眸が在った。
「センセーには悪いが、これは譲れねぇな。」
重苦しく、一言呟くようにそう言うと、K´は化粧室を出る。
窓を見ると、先ほどよりさらに大量の日光が差しこんでいた。
K´はもう一度だけグローブに目をやり、一言聞き取れないぐらいの声呟いて、自警団団員寮の一室を後にした。

「どんなやつにも、詮索はさせねえ・・・問題ねえよ・・・」


【はみだし・小説製作日記】

第3話投稿直後・・・受験前でもやる気万端モード。
悠久シリーズ完結発覚直後・・・意気消沈。
少し前にラジオCDを購入してから・・・やる気浮上。
構想を新たに練り直し完了・・・いろいろと修正しつつ再出発。

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