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宿命の炎

第二話「平穏」

毒宮

 カランカラン・・・
 ドアに取りつけられているカウベルが店内に鳴り響く。
 それを合図に、活発そうな女の子の声が店の奥から聞こえてくる。
 声の主は、お馴染みさくら亭の看板娘のパティ・ソウルである。
「はーい、今お席にご案内しますね。」
「よう、パティ。」
「あら、アルベルトじゃないの。どうしたの?今は勤務時間内でしょ。」
「そうなんだけどよ。クレアの奴が・・・・いや、何でもない。」
「なに?途中で止めないでよ。クレアがどうしたの?ねえ、気になるじゃないの。」
 こういうやりとりを聞いていると、店員と客、と言うよりも、馴染みどうしの会話といった感じを強く受ける。
 この誰に対しても、気さくに接するところがパティの看板娘としての人気の秘密であり、また、さくら亭そのものの雰囲気を、本当の意味で大衆向けの誰もが入り易いものにしてくれている。
 礼儀がなっていない、と言えば、そう感じるかもしれないが、よほど気難しい人で無い限り、大概はパティの接待に好感をもってくれる。
 ある意味、さくら亭の最終兵器とも言えるだろう。
 そんな彼女は世話好き、というより、お節介焼きな一面も兼ね備えており、現に今も、目の前のアルベルトに向かって、いろいろと小言を連ねている。
「とにかく気にしないでくれ。それよりも、オーダーだ。日替わりを一つ。」
「はは〜ん、さては、クレアとまた喧嘩したんでしょ。」
「う・・・」
「でも、クレアはあれでしっかりしてるから、喧嘩したって、あんたの面倒きっちり見てくれる娘だし・・・・」
「うぐ・・・」
「わかった!あんた、怒った勢いで、せっかくクレアが作ってくれた弁当を持たずに家を飛び出してきちゃったんでしょ。」
「う、うるさいぞ、パティ!」
「図星か・・・情けない。」
「違う!今日はたまたまここの飯が食いたくなっただけだ!」
「ホント〜?」
「本当だ!!お前がそんな態度を取るんなら、俺は別に、他の店で昼飯を食べたっていいんだぜ!」
 仕事上それはまずいと判断したのか、パティはあっけなく食い下がった。
「わかったわよ。え〜っと、日替わりだったわね。今持ってくるから。」
「ったく・・・」
「ん、そこで寝てるのローラじゃねーか・・」
「あ、寝かしといてあげて。その子、近頃毎日お昼時に手伝いに来てくれてるのよ。」
「へー、ローラがねェ。」
「良く働いてくれてるわよ。あんたにも見せてあげたいわ。」
「どういう意味だよ。」
「べっつにー。どういう意味に解釈してくれてもかまわないわよ。」
 カランカラン・・・
 アルベルトとパティの痴話喧嘩をよそに、カウベルはまたも時間はずれの来客を告げる。
 軽いドアを押し開けて入ってきたのは、かすかに薬品の匂いが染み付いた白衣を着た少女であった。
「すいませーん・・・」
「はーい、あ、どうしたのディアーナ?今ごろお昼ご飯なの?」
「いえ、違います。私じゃなくて・・・・」
 少女が言いかけていると、
「え、なになに?もしかしてドクターにお弁当持っていってあげるの?
 だめだよ、手作りじゃないと。」
 アルベルトの斜め前に突っ伏して寝ていたローラが飛び起きてディアーナに詰め寄った。
 今まで寝ていたとは思えない元気さだ。
「お前起きがけなのにテンション高いなー。」
 アルベルトがあきれたように言う。
 しかし、当のローラは、アルベルトにはかまわずにさらにディアーナに詰め寄る。
「そもそもねー。お手製弁当は好感度アップの基本よ。
 それを買ってきた弁当で簡単に済まそうなんて、はぁ〜。まだまだ甘いわね。」
「あの、そうじゃなくってね。ローラちゃん。
 今日は、違う人のために昼食のおかずを買いにきたんです。」
 説教くさく機関銃よろしくしゃべりつづけるローラに、少々困った顔をしながら、勘違いを指摘する。
 しかし、勘違いが勘違いを呼ぶ、というのは良くあることで、とくに、
 早とちりし易い性格のローラは、今回もその迷惑な性格を全開にしてしまっている。
「違う人ってことは、、もしかして、ディアーナちゃん、二又かけてるの!?」
「また始まった・・・。」
 パティが肩をすくめて、毎度のことのようにあきれたように言った。
「違いますよ。たしかに男の人だけど、そんなんじゃないです!患者さんですよ。」
 慌ててディアーナが訂正する。
「そーなの?」
「そうです。」
「ホントに?」
「本当です。」
「ま、いいけど、でも一応いっとくけど、二又は危険な橋だよ。ばれたら泥沼だからね。
 気を付けたほうがいいよ。あ、そこら辺の対処はアレフ君のほうが詳しいかな。」
「だから違いますって・・・」
 パティはローラにあらぬ疑いをかけられて困惑しているディアーナを気の毒に思ったのか、半ば強引に話しをすすめた。
「ディアーナ、何がほしいの?おかずってことは、お惣菜?」
 パティに割り込まれて、ローラがつまらなそうに再び机に突っ伏す。
「あ、はい。ええーと、おつまみ用のビーフジャーキーありますか?」
 パティから助け舟を出されてほっとしながら、注文を言う。
 しかし、今度はそれを聞いたパティが目を丸くする。
「ビーフジャーキーって、あんた、こんな昼真っから患者さんにお酒飲ませる気?」
「い、いえ、そうじゃなくて、患者さんの好物なんだそうで・・・」
「ふーん、で、どのくらいいるの?」
「とりあえず、1キロお願いします。」
「い、1キロ!?」
「えと、一度に食べさせるわけじゃないですから、心配しないで下さい。」
「う〜ん、ドクターがそう言ったの?」
「言うこと聞いてくれないんで、仕方ないから要求にこたえてやれって・・・」
 パティは怪訝な顔をしながらも、ビーフジャーキーを白い麻の袋に入れてディアーナに渡した。
「どんな人なのかしら。まあ、とにかくコレ、190ゴールドね。」
「あ、はい。ありがとうございます。えーっと、細かいの無いんで、200ゴールドでお願いします。」
「それじゃ、これおつりの10ゴールドね。お使いご苦労様。」
「ありがとうございます。それじゃ。」
 そう言うと、ディアーナは、急ぎ足にさくら亭を出ていった。
 カランカラン・・・・
「なんか疲れちゃったわね。あ、ローラ。そろそろ3時になるわよ。教会に帰る時間じゃないの?」
「あ、パティちゃん、もうそんな時間?・・・それじゃあ帰るね。また時間があれば手伝いに来るから。」
「うん、ありがと。それじゃ、セリーヌたちによろしくね。」
 カランカラン・・・
「やーっと誰もいなくなったわね。少し休んだら夜のために仕込みをしないと。」
「おーい、俺の日替わり、どうなったんだ・・・?」
 忘れ去られたアルベルトがヌっと顔を出す。
「あ、アルベルト、あんたまだいたの?」
「まだいたの、じゃないだろ。日替わりはまだかよ。」
「あ、忘れてた。ごめんごめん。今もって来るね。」
「はぁ。」

ガチャ、バタン。
「はい。K’さん、ビーフジャーキー買ってきましたよ。」
「ああ。」
 軽く会釈して、早速K’はディアーナの持ってきた麻の袋に手を伸ばす。
「あと、これは、1日一本ですからね。本当なら、先生の許可が下りてなかったら、患者さんに食べさせたらいけないものなんですよ。」
 そう言いながら、ディアーナはK’から麻袋を遠ざけて、中から一本だけビーフジャーキーを取り出すと、それをK’に差し出した。
「ケチケチすんなよ。」
「だめです。」
「どうしてもだめか?」
「だめです。」
「・・・・・」
 K'はトーヤの言いつけを絶対と信じ、頑として譲ろうとしないディアーナに対し、不いくら頼んでも無駄だと思ったのか、ディアーナが持っている一本を、不機嫌そうに取ると、それを口に放り込んで、ベッドに横になった。
 数分間の気まずい沈黙の後、再びディアーナが口を開いた。
「・・・・・一週間ですね。」
「うん?」
 唐突に話し出したディアーナを、K’は口を動かすのをやめて、首だけを動かして見やる。
「いえ、あなたがこの世界に来てからです。」
「そういえば、そうだな。すまねーな、世話焼かせちまって。」
「あ、そんな、患者さんのお世話をするのは医者としての勤めですから!」
 ディアーナは、目がさめたように力強く言い切る。
 彼女自信は、正確には医者の卵なのだが・・・。
 その目には、夢を追うもの独特の人をひきつけるはっとするような魅力がある。
「年はオレとたいして変わんねーのくせにたいそうなことを言うじゃねーか。」
「昔、難病にかかって、苦しんでいた私を救ってくれた先生が言っていた言葉です。
 今ではそれが、私の信念になってます。」
「で、それが、ドクターなのか?」
「はい。」
 K’は、静かにひとりごちた後、しばらく黙ってディアーナのドクターの自慢話を聞いていたが、急にディアーナに対する一つの疑問を切り出した。
「わかんねーな。」
「へ?」
「今の話しを聞いてると、お前は、ドクターにあこがれていたんだろ?」
「はい。今でもあこがれてます。」
「なのにお前は医者になると?」
「・・・?ちょっと、言っていることが、わからないんですけど・・・。」
「お前は、ドクターに命を救われて、恩を返すためにここにいるんだろ。」
「・・・はい。」
「じゃあお前は、ドクターへの恩返しうんぬんをぬきにして、お前自信の考えで、医者になろうと思っているのか?」
「へ?」
「なんのために医者になろうとしているのかと、聞いているんだ。」
「そ、それは・・・」
「お前は、あこがれていたドクターのそばで仕事をしたいだけなんじゃないのか?」
「私は・・・ただ、自分に力があれば・・・・」
「うん?」
「もし私のところに、以前の私のような病気にかかって、苦しんでいる人が来たとき、私はきっと何もしてあげれません。
 だけど・・・だけど、私に力があれば、先生と同じ位の医学に精通した力があれば、きっとその人を救ってあげられる!
 先生が私にしてくれたように!
 ・・・私は、今の自分の道を自分だけで見つけたとは思っていません。
 半分は、いえ、ほとんど全部、先生に示してもらった道だと思います。
 だけど、私は、先生と同じだけの道を歩いて行けるほど力が無いから、今、一生懸命頑張って、先生と同じ位の医学力を身につけたいんです。
 そして、そこから、自分なりの道を自分のその力で探していきたい。
 今はただ、先生の元で、お手伝いをさせてもらって、先生から見て、聞いて、学べることを、精一杯吸収したいと思っているんです。」
 そう言いきると、ディアーナは力が抜けたように、部屋に一つづつ置いてある机の椅子を引いてそれに座った。
「えへへ。なんだか一人で熱くなっちゃって、なんだか私、カッコ悪いですね。」
「いや、カッコいいぜ。」
「へ?」
「オレは今まで、お前のことをただの鈍くさい奴だとばかり思っていたが、どうやらちがったようだな。今のお前みたいに、夢を真っ向から見つめられる、そんな奴は、そうそういねぇ。たとえ、夢を持っていても、その前にある現実の壁にさえぎられて、夢を放って逃げちまう。
 お前は、人より何倍もでっかい壁が目の前にあるのに、全然臆してねえ。オレは、そういうのすげえと思うぜ。」
「そ・・そんなこと・・。」
 ディアーナは、少し照れたふうにうつむく。
「だからと言って、鈍くさいってところは、否めねえけどな。」
「うう・・。」
「ま、あんた達には感謝してるぜ。
 それと、感謝ついでに、一つ質問してもいいか?」
「何ですか?」
「オレは何でかはしらねーが、記憶が無いんだ。
 深く考えたことねえが、本当に何も覚えていねえ。親の顔もだ。
 ドクターの言うには、外部からのショックが原因らしい、一向になにも思い出せねえ。」
「はい。私も先生から聞いています。
 でも、何かの薬品中毒とか、病気とかで、記憶が消えたわけじゃないですから、そのうち、不意に思い出せるかもしれませんよ。希望を持ってください。」
「実は・・・・あんまり思い出したくねーんだ。」
「どうしてですか?」
「トリーシャが言ってたぜ。オレの記憶が戻ったら、オレは、オレのもといた世界のことについて、いろいろと吐かれるんだってな。
 その内容によっては、その情報が外部に漏れないように、どっかに監禁されることになるかもしれないってよ。」
「ええっ?そうなんですか?」
「ああ。あいつは自分が自警団っていう、この街の治安組織の隊長の娘だって言ってたからな。
 それが本当ならまずまちがいないだろ。
 オレ一人を監禁しただけで、街に混乱が巻き起こるのを未然に防げるのなら、平気でそうするだろうよ。」
「そんな、ひどいこと、リカルドさん達はしませんよ。」
「そうか、そう言ってくれると、少しはマシな気分になる。
 どうもオレは、人をすぐに悪くイメージしちまう。
 記憶があった頃のオレは、もしかしたら、とんでもないゲスなやつだったのかもな。」
「そんな風に考えちゃだめですよ。もっと良いほうに考えなくちゃ。」
 そこまで言うと、ディアーナは、イキナリ立ちあがって、あわただしく言った。
「あーー!!そういえば、先生が往診から帰ってくるまでに、カルテの整理を任されてたんだ!早くやんないと、また先生に怒られちゃうぅ!」
 ドタドタドタ・・・ガチャ、バタン!
 ディアーナは、ビーフジャーキーを部屋の中に置きっぱなしにしたまま、風のように部屋を出ていってしまった。
「ディアーナか、言い奴だな。ちょっと抜けてるところがあるようだが・・。」
 K’は誰に言うでもなく、一人でそう呟いた。
 その後部屋に残されたK’が、鬼の居ぬ間に、
 麻袋の中に入っているビーフジャーキーを半分近く食べてしまったこは、言うまでも無いだろう。

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