「鳥が取り憑いた」
そんなこと真顔で言われても、と近くにいた誰しもが無言で語る。たった一言で皆を黙らせたゼファー当人は、うんうんと一人勝手に頷いていた。
とある日の、私立悠久学園の保健室。校医であるトーヤをはじめ、ディアーナ、更紗、ゼファー、メロディの5人が集まっていた。
「帰れ」
「は、しかし……」
トーヤの冷たい言葉に、ゼファーが冷静かつ穏やかに抗議する。
「いいから帰れ」
しかし、トーヤの意思は変わらない。こういう状態のトーヤを説得できるのは、食堂のおばちゃんことアリサと、カッセルじいさんくらいのものだろう。
いかに博識のゼファー教師といえど、この場をあっさり解決する策は用意していない。少なくとも、他人から見れば……明らかに。
「ヒラメが閃いた」
「とっとと帰れ」
扉を半分開けながらの必死の抵抗も空しく、単にトーヤを刺激してしまっただけだった。
とある日の午前中、悠久学園の保健室。トーヤ校医をはじめ、ディアーナ、更紗、メロディの4人が集まっていた。
「ふみぃ、どーしてゼファーちゃんはどっかいっちゃったの?」
一部始終を見ておきながら、状況をよく理解できていなかったメロディが、とりあえず一番近くにいたディアーナをつつく。
「病は気から、という言葉がある。精神的なものが健康に悪影響を及ぼすのは、俺も十分に知っているところだ」
ディアーナではなく、トーヤが答える。
で、「病を治すには気を晴らすのが一番だ」と、後のことも考えずダジャレを言ったのは他ならぬゼファーだった。
「ふみぃ? それで?」
「病状が悪化したらどうする」
トーヤは真剣な表情で医師らしからぬことを口走った。
「あのー、先生。それで更紗ちゃんの具合は……」
「単なる風邪だ。安静にしていれば問題ない」
当の更紗はというと、ベッドの中ですやすやと寝息をたてていた。
「あの、これ作ったんだけど、食べない?」
休み時間、お料理研究会所属の更紗が自作のようかんを持って校内をあちこち巡っていた。知り合いのいるところだけにしか顔を出していないのが、なんとも更紗らしかった。
ようかんは昨日の放課後に作って、一晩ゆっくり冷やしていたらしい。
「おう、なかなかいけるじゃねえか」
「うむ。かなりいい出来だ」
ルシードとルーに賞賛され、更紗は心からの笑顔で喜んだ。
「ついでに、これ、交換」
更紗が差し出したのは、あまり二人のセンスに合ったものではなかったが、
「ああ、いいぜ」
「それに見合うアイテムは、こんなものか」
快く承諾してくれた。おいしいものは場を和ませるのだった。そのこと自体は嬉しいことなのだが。
「……。ありがとう」
更紗は小さく呟く。もともと感情をあまり出さないせいか、声には現れないが、渡されたアイテムはお気に召さなかったようだ。
自信作のようかんもだんだんと底を突きはじめた。
「あの、これ作ったんだけど、食べない?」
最後の2つを、何やら談義していたゼファーとメロディに渡す。
「む、これは……」
ゆっくりと丁寧にようかんを口に運んだゼファーが、そのひとかけをじっくり味わい、しかめっ面をする。何か変なものでも混じっていたかと更紗は不安になる。
「絶品だ。非の打ちようもない」
「うみゃあ、すっごくおいしいのだーっ。さらさちゃん、もうひとつちょーだい」
ここでも絶賛され、更紗は笑った。喜ぶのは何度もあったが、ほっとしたのは今日初めてだった。
「ごめん。もうないの」
「ふみぃ、ざんねんなのー」
残念がるメロディの前で、更紗は「ふう」と息を吐いた。
「それはそうと更紗、どこか調子でも悪いのか?」
「え? あ……うん、ちょっとだけ」
ゼファーに指摘され、更紗は驚いた。単に風邪ぎみなだけで、気づかれるとは思っていなかった。
「無理は禁物だ。休んだほうがいい」
そういうわけで、保健室へ向かうことになった。
更紗は目を覚ました。
声が聞こえていた。
『あ、そろそろミッション授業始まりますよ』
『みゃあ、メロディもなのだー』
『そういえば俺も呼ばれていたな。更紗は……まあ、安静にしているのが第一だ。それに、更紗はもうほとんど単位が取れてるようなものだからな。一度くらい休んだって問題ないだろう』
『あたし、今日こそは勝たなくちゃ……』
起きあがって周りを見渡すと誰もいなかった。ディアーナも、メロディも、トーヤも、みんなミッションに行ったのだろう。
「あたしも急がなきゃ」
「更紗さん、遅いっスよー。来ないんじゃないかと思ったっス」
ミッションルームではナビゲーター役のテディが慌てた様子で手招きする。
「ごめん」
謝る。保健室での一件を説明する暇はない。
「今回、更紗さんに用意されたミッションはこれっス。早く好きなのを選ぶっス」
「うん。えっと……」
相変わらず謎な設定がいくつか用意されている。今までもずっとそんな感じだったが、実際にどんなことをしたのかは全く覚えがない。つまりは何を選んでも、勝つか負けるかだけで、それ以外は何も変わらないのだ。
「ちょっと待ったー!」
「わあっ。ヘキサさん、いきなり出てこないでくださいっス。今日はボクの番なんスから。順番は守らなきゃいけないっス」
テディが抗議するが、ヘキサは聞いていない。
「うるせーな、犬」
「犬じゃないっス。れっきとした魔法生物っス」
もちろんヘキサは聞いていない。
「ランディのおっさんからの伝言だ。更紗はこのミッションをやれだとさ。ここ最近ずっと勝ってるから、ちょっときつめの条件って言ってたぞ」
ヘキサの言うとおり、更紗はミッション授業で3連勝していた。その分、他の生徒は負けが込んでいるわけだ。
今回も更紗の実力を試すというよりは、他の生徒の救済措置だろう。ミッション授業の単位を落とせば、他の教科と同じように、進級できなくなる。
「分かった」
「それじゃあ早く行くっスよ」
「うん」
テディに連れられて、更紗はミッション授業の舞台へと移動する。
「あー、暇だ」
結局取り残されてしまったヘキサが不平を鳴らすが、周りにはもう誰もいなかった。
『希少種を捕まえろ』
稀少種族であるライシアンは、稀少なだけでなく外見もいいとのことで、ハンターに狙われることもしばしば。
希少種を専門とするハンターグループ「カウンターフィット」は、ライシアン種である更紗を見つけた。
中でも一番博識なゼファーの提案に従い、更紗が山道に入ろうとしたところで一斉攻撃を仕掛けることとなった。
「3、2、1で行くぞ」
声を潜めて、ゼファー。
「よし」
トーヤも小声で了解する。
「じゃあ、さん、にー」
これはディアーナ。
「ハンター……」
……。
ディアーナの元気な秒読みで、あっさり気付かれてしまったハンターたち。仕方なく真っ向から挑むことになった。
「こうなっては仕方ない、行くぞ!」
「みぃ? どうしたの?」
気勢を削ぐように、猫耳、猫しっぽの少女がひょっこり顔を出した。
「あれは、見たことない種族ですっ!」
「うむ。俺も見たことがない」
「ちょうどいい。あいつも捕まえるぞ」
「うみぃー」
こうして自分から勝手に巻き込まれてしまったメロディも加わって、ハンターと希少種の闘いの火蓋が切って落とされた。
ミッションクリア条件。
更紗:ハンターを12回倒せ/ハンターに倒されるな
メロディ:ハンターに倒されるな
ディアーナ:希少種を倒して捕まえろ
ゼファー:希少種を倒して捕まえろ
トーヤ:希少種を倒して捕まえろ
「……ものすごく不利な気がする」
更紗はとりあえずゆっくりと高台に逃げる。なぜ追われる身でありながら、ハンターを倒さなければいけないのだろう。そして、逃げたら倒せないことに、逃げてから気付く。でもやられたら終わり。
「どうしよう」
そんなことをしている間に、ハンターの一人が接近してきた。
「行きますよっ。先制攻撃!」
ハンターA(ディアーナ)の掛け声に反応して、更紗は手持ちのアイテムを身構える。事前にバラしてしまっては先制攻撃も何もない。そういえば、奇襲をダメにしたのも彼女だった。
ディアーナの麻酔に対して、更紗は薙刀による鋭い斬撃で迎え撃つ。やや更紗が有利、しかしどちらの攻撃も外れた……ように見えた。だが、更紗の攻撃はディアーナをかすめていた。
「血が……うぅ……」
自分の傷跡を見たディアーナは、手早く消毒……しようとする前に気絶していた。一瞬、とどめをさそうかとも思ったが、十分伸びていた。追撃の必要はなさそうだ。
「一応、あたしの勝ち」
まずは1勝。
「ていっ!」
更紗が巨大なハンマーをめいっぱい振りかぶって攻撃する。
「どこからそんなものを……。しかも巨大ハンマーはかなり稀少アイテムのはず。ライシアンの少女、どこでそれを手に入れた? なんならこの将棋盤と交換で……」
コレクターの気のあるハンターB(ゼファー)と、破壊力抜群の稀少種族ライシアン(更紗)の対決の結果は、言うまでもなかった。
「さあ……」
これはどこで手に入れたというハンターの質問への回答だろうか。実際のところ、ハンマーを入手した経緯は覚えていなかった。
「だけど」
更紗は手持ちのアイテムを再確認した。
「いっぱいある」
「ふみぃ〜、メロディはにげるのだーっ!」
ハンターたちはライシアンの少女を執拗に狙う。更紗はそこにとどまって迎えうつ。とりあえず捕まらなければいいメロディは、ひたすら奥のほうに逃げていくのだった。
「俺はあいつらとは違う」
医師でもあるハンターC(トーヤ)は、なぜか異様に強い獲物と対峙して腕を鳴らした。そしておもむろに救急箱を開く。
消毒薬、ばんそうこう、包帯で攻撃するなどちょっと考えられない。だが、トーヤは包帯を切るためのはさみや、数十種類に及ぶメスを構えた。どこの世界にメス一式の入った救急箱があるというのか。だが、あるのだから仕方ない。
……ミッションでは、何でもありなのだ。危険物だろうが、常識を逸していようが、勝った者が正しいのがルール。
「関係ない」
更紗は小口径エアライフル(競技用)を構える。いかに競技用とはいえ、人体に当たれば非常に危険な代物だ。しかも遠隔攻撃。さっきまでの自信もどこへやら、トーヤはうろたえた。
「なぜライシアンがライフル系の武器を……」
無言で更紗はトリガーを引く。相手の位置を合わせ、狙いを定めて撃つ。勝負にならないので競技での使用を禁止されたSBライフルの命中精度の前には、変な救急箱など無力だった。
「ルシードにたくさん本渡したらくれた。それと、ルーにシューズ渡してももらえた」
つまり、まだ大量に残っているということだ。後は運良く補給されるかどうか。来る確率は高い。
「今度こそ負けませんよっ」
ディアーナが意気込んで、解剖用のメスで更紗に挑む。更紗はその小柄な姿に似合わない槍で迎えうつ。いくら切れ味の鋭い小刀でも、近付かなければ意味がない。ディアーナは懸命に間合いを探る。
「やあっ」
思い切ってディアーナが踏み込む。言うまでもなく間合いの有利な更紗は、槍でちょこっとつつくだけ。つーっとディアーナの腕を血が伝う。
「ううぅ……」
ディアーナはばったりとその場に倒れた。ハンターには向いてないなと、標的であるはずの更紗にまで冷静に分析されていた。
「まぐれは二度ない」
ディアーナの失態の一部始終を見ながら、ゼファーが自信ありげに言った。そして将棋盤を構える。作りはいいが、どう見たって戦闘用ではない。が、ゼファーの手にかかれば危険物顔負けの武器に変わってしまうから不思議だ。
更紗はやはり超特大ハンマーで対抗する。
「む、それは……」
だが、稀少アイテムを目にして隙の生まれたゼファーに勝ち目はない。まぐれなんかじゃない、と更紗は思った。
「もっともっと逃げるのだーっ」
遠くのほうからメロディの声。何が楽しいのか、まだまだ遠くへ進んでいく。
「仕方ない、俺の真の実力を……」
トーヤは魔導書を掲げて呪文を唱えはじめた。
「させない」
更紗はエアーライフルでトーヤを狙い撃った。呪文の詠唱に気を取られて動かないトーヤに照準を合わせるのはあまりに簡単すぎる。唱え終わらないうちに、トーヤの体が傾いた。
「やっと半分」
更紗はため息をつきながら倒れている3人がとりあえず復活するのを待っていた。もはや、どちらが追われる立場か分からない。
いや、明らかに逆転していると言い切ってもいいかもしれない。
「今度の今度こそっ!」
と威勢のいいことを言いながら、刀でつけられた小さな切り傷でダウンするディアーナ。
「二度あることは三度ある」
またしてもハンマーで叩きのめされるゼファー。
「みぃ、ちょっとつまらなくなってきたのー」
ほとんど声の聞こえないほど遠くまで行ってしまったメロディ。
「いくぞ、秘技……」
セリフを言い終わらないうちに拳銃で撃たれるトーヤ。
更紗の戦績は9戦9勝。ハンターはそれぞれ3戦3敗。メロディは無戦無勝無敗。
「何なんですかぁ、あのライシアンはぁ」
ディアーナはやっと更紗との実力差を認めたらしい。
「うむ、強いな。だが、仏の顔も三度までと言う」
相変わらずポーカーフェイスのゼファーも、勝てそうにないことは分かってきたようだ。
「みぃ」
メロディは暇そうに更紗のほうを見ているだけ。
「ならば、3人同時に飛びかかればいい」
トーヤを含め、ハンター全員が更紗を倒すべく集まった。
「だったら……」
更紗はメロディのほうに向かって走り出した。
「あ、待ってくださいーっ! 違った。待ちなさいーっ!」
「待たないか!」
「待て!」
3人同時に走り出す。そして……
更紗の仕掛けた、威力がありすぎて危険な爆弾が炸裂した。
「お前たちは……。何をやっている?」
通りすがりのリカルドが地面に突っ伏しているディアーナたちを偶然発見した。
「ライシアンにやられました」
「ライシアンを取り逃がした」
「あのライシアンは何者なんだ」
供述する3人にリカルドは目を細めて、手錠をかける。
「とにかく、来てもらおうか」
指名手配されていたハンターグループ「カウンターフィット」はあえなく捕まったのである。留置期間が経過してからも、その名を再び聞く者はいなかった。
「勝ちやがった……」
ミッションから抜け出た更紗を迎えたのは、表情を曇らせているヘキサの一言だった。
「ヘキサさん、ボクの出番を取らないでほしいっス」
「いいじゃねえか、減るもんじゃねーし。まったくうるさい犬だな」
「犬じゃないっス……」
「安静にしていろと言っただろう」
ミッション終了後の保健室で、トーヤが厳しく言った。
「……そうだっけ?」
だが更紗は首を傾げる。
「眠っていたのだろう。それにもう具合もよくなったようだしな」
ゼファーの指摘。更紗の顔色を窺い、トーヤもとりあえず頷いた。
「確かにな。まあ、それならいいだろう。念のため、今日は激しい運動は避けること、分かったな」
「うん、ありがとう」
保健室を後にしようとしたが、ふと部屋の隅に目を移す。
「……」
「ディアーナちゃん、大丈夫?」
メロディが心配そうにディアーナの顔を覗き込んでいた。
「どうしたの?」
更紗の問いかけにも答えず、ディアーナは黙りこくっていた。
「落ち込むのは健康にもよくないぞ。気晴らしでもしてくるといい。何なら俺が……。む……」
ゼファーが声を掛けると、ディアーナは立ち上がって保健室の扉をくぐった。そこに更紗とトーヤが続く。
「ふ……」
ゼファーは微笑を浮かべながら、メロディの肩に手を置いた。
「折角とっておきのダジャレを思いついたというのに」
今回は組曲ネタでいってみました。
でもって、細かく段落を区切ってみたり、いろいろやってみました。
組曲ネタ、キャラが大量にいる上に、(ミッション時は)性格が激変してても設定違反にならないという異例の事態でした。まあ、あんまり変えすぎるのは性に合わないんで、なるべく元の性格重視で書きはしましたが。
ちなみに、登場キャラの大半はリクエストによるものです。リクエスト以外で出したのはメロディとトーヤの2名だけ。
キャラのバランスも、意外とよかったんじゃないかなあと思ってたりします。話のほうはうまくいってるのか、いってないのか……。まあ、そのあたりの判断は読み手に任せることにします。
2000/09/01 書き始める。
2000/09/20 書き終える。