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流れ星の主題歌テーマソング

浅桐静人

 いつもならもう眠っている時間。日付もとっくに変わり、エンフィールドに住む人々の大半が眠っている。
 予定の時間まで特にすることもないシーラは、いつもはあまり飲まないコーヒーをのんびりと楽しんでいた。ミルクと砂糖をたっぷり入れて、かなり甘くしているのだが、十分眠気覚ましにはなっていた。
 今頃トリーシャはブラックで飲んでいるんだろう。というのも、昼間、眠気覚ましにはやっぱりブラックじゃなきゃ、とトリーシャにしつこく勧められたからだ。さっき一口試しに飲んでみたが、シーラの口には合わなかった。ミルクと砂糖を少し多すぎと言われそうなほどに入れて、やっとおいしく飲める。
 おかげで眠くはならないが、ひとりで夜遅くまで起きているのは暇だった。あと一時間。ピアノを弾いていればすぐに過ぎ去ってしまうのに、する事がなければとても長く感じる。とは言え、まさか今からピアノを弾くわけにもいかない。
 劇場などと違って、この屋敷は防音があまり徹底されていない。昼間は近くを通りかかった人がピアノの旋律に耳を傾けるが、夜中はどんな綺麗なメロディも、安眠を妨害する騒音になってしまう。
 トリーシャが言っていた時刻にはまだ早いが、窓を開けて空を眺めてみた。澄んだ空にたくさんの星が見える。
 あと一時間もすれば、この星空に動きが現れる。流星群、それがトリーシャの聞きつけてきたビッグニュースだった。雲もなく、流れ星観賞には絶好の天気。わくわくするなというほうが無理な話だ。
 夜空をずっと眺めて、流れ星をひとつでも見つけたら運のいいほうだ。それが前もって知らされているなんて、ちょっと変な気分だった。しかもたくさん降ってくるというのだから。
 トリーシャは、街中を駆け回っていろんな人にそのことを話していたらしい。流行の水先案内人は、手にした情報を広めるのも得意だ。誰かとすれ違うたびに「ねえねえ、知ってる?」と話しかける姿がありありと浮かんでくる。
 空っぽになったコーヒーカップを掴んだまま、ぼんやりとそんなことを考えていると、水が流れるかのごとく時間は通り過ぎた。
 気がつけば、トリーシャが予告した時刻を数分過ぎていた。
 誰もが眠っている時間に、自然界のショーは始まる。劇場の開館と違って、知らされた時刻は目安でしかない。数分、数十分、数時間のずれもありうるとわかっているが、シーラは空の見える部屋へと急いだ。
 星の光が世界を包んでいた。夜風がゆるやかに髪を揺らす。少しだけ冷えた風はシーラを安心させた。
 今日はどれだけの人が同じように空を眺めて、ショーの始まりを待ちわびているのだろうか。
 そして流星群が到来するときは訪れた。窓の向こう、ずっと遠くに流れていった最初の流れ星をシーラは見逃さなかった。いや、もしかするとそれは最初じゃなかったかもしれない。だが、数秒ごとに空に軌跡が描かれ、ときには複数の光の糸がもつれあうのを見ていると、そんなことはちっぽけなこと、どうでもいいことだった。
 数え切れないほど、それこそ星の数ほどの流れ星が次から次へと押し寄せてくる。気がつけば、窓を開け放ち、身を乗り出している自分がいた。
 今までに見たどんな絵にも劣らない、黒と黄色、たった二色の世界。画家ならば衝動的にキャンパスを真っ黒に塗りつぶしただろう。限りなく黒に近い青の中で光り輝く星たちは、白と黄色の絵の具だけでは描ききれない、でも描きたい。そんな気持ちが交錯して、いったい最後にどんな思いをするのだろう。
 その疑問に対する回答は、明瞭だった。目の前に広がる世界を表したいと、シーラ自身がそう感じるから。もちろん絵ではなくて音という媒体を使って。
 シーラの頭の中を、無数の旋律が駆け抜けて消えていく。自分に与えられた能力をフルに生かして、そこから選りすぐり、書き留めて、また消して、それをずっとずっと繰り返す。
 にわか雨が上がるように星がやみ、雲が消えていくように闇が薄れてくる。現実と夢の境界に気づかぬまま、シーラはひとつのメロディを作ろうとしていた。

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