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地図を広げて

浅桐静人

 フォスター家の食事、洗濯、掃除などの家事一般は、トリーシャの仕事だ。ここ数年、それが揺らいだことはない。
 トリーシャは、少なくともそのうちの1つくらいはリカルドにやてほしいと思い、何度も抗議しているのだが、その成果は今のところ全くない。
 たとえ、大掃除をしようとトリーシャが意気込んだところで、現状はそのままだ。
 今日もトリーシャは、横になっているリカルドを尻目に、家の中のほこりと格闘していた。
「もう、お父さんもちょっとくらい手伝ってくれたらいいのに」
 そうぼやきながら、てきぱきと掃除をこなしていく。さすがに何年も家事を一人でやっているだけあって、手際がいい。
「誰か手伝ってくれないかなあ」
 トリーシャの手と口は別行動をとり続ける。
 何度も、手伝えと怒鳴ったのだがいっこうに動く気配を見せないので、このぼやき作戦に切り替えたのだ。
 その効果があったかどうかは言うまでもない。そのうち、トリーシャのほうが虚しくなって口を閉ざすのがオチだ。
 そういうわけで、しぶしぶぞうきんがけしていた。しかし、いくら慣れているからとはいえ、トリーシャ単独で家全体を掃除するのは大変だ。
 始めは張りきっていたが、だんだん疲れてきて、ついにはあきらめ、今日は片付けだけにすることにした。とはいえ、仕事量はけっこう多い。
 ただし、原因のほとんどは自分だった。流行の最先端を追って、次から次へと小物を買い集めるうえに、すぐに飽きてしまうのだ。だから、小物がそこらじゅうに散らかっている。
 これらの小物を片付けるのは時間がかかりそうだと思い、他の場所から手をつけることにした。まずは、リカルドの部屋からだ。
「なんでボクがお父さんのものをかたづけなきゃいけないんだろ」
 そうは言うものの、片付けをしなくても文句は言ってこないだろう。家事の全てをトリーシャに任せきっている都合上、家のことについてリカルドが持っている権限は皆無に等しい。
 トリーシャの身勝手で食事がダイエットメニューにされようが、缶詰めばかりになろうが、リカルドは人知れずため息をつくだけだ。
 そんなリカルドの部屋は、せいぜい本が出しっぱなしにしてある程度。それでも、トリーシャは几帳面に元の位置に直していくのだった。
「えっと、この本は、と」
 ひとたび動き始めると、リカルドへの不満の声はぴたりと止む。
 もともとそんなに散らかっているわけではないので、片付けはものの数分で終わった。
 次は自分の部屋だと意気込んで、ふとトリーシャは足元を見やった。
「なんだろ、これ」
 1枚の紙切れを手に取って首をかしげるトリーシャ。さっきの本のどれかにはさまっていたのだろうか。
 トリーシャは紙を裏返してみた。
「地図? この街のかな。でも、ちょっと違うなあ」
 その紙に描かれていたのは、エンフィールドの街の構造によく似た地図だった。
 池、川、山などはどう見てもエンフィールドのそれだった。しかし、建築物の並び方も違えば、その名前も違う。
「なんだろう、気になるなあ」
 トリーシャの興味は自分の部屋の片付けから、この地図へと大きく傾いた。
 さらに、トリーシャは地図の中にいろいろなものを発見していった。ひとつは、「St.ウィンザー」という教会の名前。次に、欄外の「Enfield」という記載。そして、雷鳴山らしき山の中腹辺りに、ここぞというように書かれてある「×」の記号だ。
 興味の天秤は、完全に振り切れた。もはや掃除をしようと意気込んだトリーシャはここにはなく、熱心に地図を調べるトリーシャだけがいた。

続きが読みたい方は、酒井瑞穂さんのHP「悠久幻想局 + FIN 2nd Album」へどうぞ。

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