俺はただ一人、ローズレイクを歩いていた。ここは落ちついた雰囲気がして、悪い場所じゃないが、今日は来たくて来たわけじゃない。タロットで占ったら、海や湖が吉と出たから来たというわけだ。
ついでに、トランプが示したのは「今日最初に出会う人の意志に従え」だ。不本意だが、ここにいればほとんど人には会わないだろう。
カッセルじいさんには会うかもしれないが、少なくとも無理難題を押しつけられることはないはずだ。タロットはそれを見越してここに導いたのかもしれないな。
「あっ、ルーさん」
前言撤回……よりによってローラに出会うとはな。まあ、会っちまったものは仕方ない、もしかすると、今日はこいつが俺にとっての青い鳥なのかもしれないしな。
「ねえねえ、こんなところで何してるの」
「ここが吉と出たからここにいるだけだ。お前たちこそ何をしに来たんだ?」
ローラの遥か後方に、セリーヌの姿があった。セリーヌらしく、ゆっくりと歩いてこっちへ向かってきていた。
「えへへ、まだ秘密だよーっ。それより、カッセルおじいさん見なかった?」
「いいや、今日は見ていない」
カッセルじいさんは、この近くにある小屋に住んでいる。エンフィールドの生き字引的存在だ。メロディやローラが、昔話を聞きに小屋へ訪れることもよくあるらしい。
「ふうん、それじゃあ小屋にいるのかな。ルーさんも一緒に来ない?」
「ああ」
カッセルじいさんに会いに来たのなら、突拍子もないことに巻きこまれることはないな。ひとまずは安心か。
ローラに視線を落とすと、不思議そうな顔で俺を見ていた。
「どうかしたか?」
「うん、いつもあたしが誘ったら『いやだ』とか『興味ないな』とか言うのに……」
確かにそうだ。ローラと一緒にいるとろくなことがない。俺はローラみたいな騒々しいタイプはあまり好きじゃない。
「トランプがついて行ったほうがいいと言っているからな」
とりあえず本当のことを言っておいた。突き放すようだが、言わなければずっと聞いてくるだろうからな。そっちのほうがうっとおしい。
「なーんだ」
ローラはがっかりしたような声だった。そう思った次の瞬間、ローラは興味津々な顔をしていた。嫌な予感が俺の頭をよぎる。
「ねえねえ、あたしの今日の運勢を占ってよ」
やはりそう来たか。ローラは占いに興味を持っていた。その証拠に、週に1回は水晶の館へ足を運んでいるらしい。
しかし、トランプ占いではローラに従えと出た。仕方がない。俺は愛用のタロットカードをよく切って無作為に3枚抜き取った。
「好きなのを1枚選んでくれ」
さっきの3枚をローラに向けた。台に並べるのが普通だが、そんなものはここにはない。だから手に持っている。
ローラは「うーん」と言いながら、真ん中のカードを指差した。俺が「このカードでいいのか?」と聞く前に、
「やっぱりこっち」
そう言って、俺から見て左、ローラから見て右のカードに触れた。
「本当にこれでいいんだな?」
「うんっ」
元気のいい返事が返ってきた。俺はローラが触れたカードを表に返した。
「恋人たち、ラヴァーズの正位置だ」
なんて取って付けたような出目なんだ。ローラにラヴァーズってのは……
「で、意味は?」
ローラが次の発言を急かす。まったく、待つってことを知らないやつだ。
「そのままだな。恋愛、出逢い……」
「えへへー、嬉しいなあ」
俺の説明を遮ってローラがしゃべりだした。顔には満天の笑みを浮かべている。
「言っておくが、熱烈な恋愛ってのは意味に含まれないからな」
「もーっ、ルーさんったら女心が分かんないんだからー」
「悪かったな、女心を知らなくて。そんなことより、カッセルじいさんのところへいくんだろう?」
「え、あ、うん。そうだね、行こう」
俺とローラは小屋に向かって歩き出した。
「おふたりとも〜、待ってくださいよ〜」
後方から間の抜けた声がした。セリーヌだ。
「あっ、セリーヌさん、ごめーん、忘れてたーっ」
なにやらローラがカッセルじいさんに耳打ちしている。どうやら、これから何をするか、俺には最後まで内緒らしい。
「わしは遠慮しておくよ」
「ええっ、なんで?」
話は終わったようだが、ローラは不満そうだ。
「この歳にもなると、み……」
「あーっ、向こうで話そう、ね?」
カッセルじいさんが俺にまだ聞かれたくないようなことを言おうとしたんだろう、ローラがカッセルじいさんを引っ張って外に出ていってしまった。
「なあセリーヌ、ローラがこれから何をしようとしているんだ?」
「さあ、なんなのでしょうね」
セリーヌがやけに楽しそうにそう言った。こいつの場合、常にこういう口調だから本意は分からない。いや、何も考えてないんだろうな。
扉の向こうからは、ローラの必死に説得している声が聞こえていた。
しばらくして、ローラとカッセルじいさんが小屋に入ってきた。
ローラは、とりあえず納得した様子だった。
「それじゃ、由羅さんのところへ行こう、セリーヌさん」
「ええ、行きましょう」
俺は、ローラも苦手だが、由羅はもっと苦手だ。だからと言ってここで行動を変えるのは俺の主義じゃない。もう、今日はどうにでもなれだ。
「ルーさん、どうかなさいましたか?」
「いや、なんでもない」
「それじゃあ、行こうよ。セリーヌさん、ルーさん」
「珍しいわね、ルーさんとローラさんが一緒にいるなんて」
俺たちは旧王立図書館の前でイヴに呼びとめられた。イヴにそう言えば、呼びとめたのではなく、偶然会ったと訂正するだろうが。
「一緒じゃ悪いか?」
「いいえ。私はただ真実を述べたまでよ。あなたはいつでもローラさんを避けて行動しているのではなくて?」
無感情な声でイヴが痛いところをついてくる。
長話になると見越したらしく、ローラが口を挟んだ。
「あたしとセリーヌさんは由羅さんを呼んでくるね」
そう言って、由羅の家の方へ駆け出そうとしたが、ジョートショップの方角へ歩こうとしていたセリーヌに気付き、
「セリーヌさん、こっちこっち」
「ええと、由羅さんの家ですよね……」
「もー、こっちだってば」
ローラはセリーヌの手を引いて歩いていった。
「とにかく、トランプが今日はローラに従えと言っているから、一緒に行動しているだけだ」
理論派のイヴに言ったところで、理解されることはないだろう。
「非現実的な占いなんかに行動を縛られるなんて、無意味だわ」
「占いを馬鹿にするな。占いは伝統的な統計学の一種だ、非現実的じゃない」
「占いを統計学に分類するのは間違っているわ。そもそも占いというのは、大昔の有力者が人々を抑圧するために……」
「文献の知識だけで判断するんじゃない。今の占いは物事の因果関係から……」
イヴの論争は激化していた。
「けんかはやめてくださーい」
妙なアクセントのある声が聞こえ、俺とイヴは振り返った。
「ふみい」
そこにはメロディが立っていた。向こうのほうには、ローラ、セリーヌ、由羅、さらにはリオの姿もあった。
「とにかく、俺は占いを信用しているんだ。誰に何と言われようとな」
論戦を、俺はその一言で終結させた。
「はあーい、イヴ、それにルーくんも」
能天気な由羅の声。どっと疲れがこみ上げてくるようだ。
「あっ、イヴさんも一緒に行こうよ」
「行く? どこへ?」
「ローズレイク」
ローラがイヴを誘う。
「ローズレイクへ、何をしに行くのかしら」
「それはひみ……」
「タイムカプセルよ〜ん。物じゃなくて、手紙を入れるんだけど」
秘密と言いかけたローラを遮って、由羅が言った。
タイムカプセルか、ローラにしてはなかなかなアイデアだな。
「由羅さん、せっかくルーさんにも秘密にしてたのに」
「いいじゃない、どーせいつかは教えるんだし」
どうやら、ローラは直前まで秘密にしているらしかった。由羅が知っていると言うことは、由羅がなんとかして聞き出したか、由羅が発案したか……どちらでもなさそうだな。おおかた、ローラが勝手にしゃべったんだろう。
「それで〜、イヴちゃんもくるの〜?」
「そうね。今日は図書館も他のひとが受付しているから時間もあるし、これといってすることもないから、私もご一緒させていただくわ」
「それでは、ローズレイクにしゅっぱつ、なのだあーっ」
なぜかメロディを筆頭に、俺、ローラ、由羅、イヴの5人は一路、ローズレイクへ……
「リオくんはなにを書くの〜?」
「えと、あの、その……」
由羅にまとわりつかれ、リオが困った顔をしている。
リオを足して6人のメンバーは、ローズレイクへ向かった。
そう言えば、誰もタイムカプセルらしきものは持っていない。まあ、ローラが教会にでも置いてあるのだろう。
ローラは最後まで秘密にしておくつもりだったのだから、カプセルを持ち歩いていないのは当然か。
とりあえず、俺は未来へのメッセージとでも言うべき、タイムカプセルに入れておく手紙の内容を考えていた。
「みなさーん、まってくださあい」
後方から、セリーヌがのろのろと走って追いかけてきた。メンバーは6人ではなく7人だった。しかし、妙な取り合わせだな。
「それじゃあ、カプセル取ってくるね」
ローラが教会へ走っていった。
「セリーヌ、タイムカプセルってローラが考えたのか?」
俺は、言わなかった質問――言ったらローラ本人に聞いたら怒り出すだろうからな――をセリーヌに投げかけた。
「さあ、私は知りませんけど」
「ローラちゃんの発案よ」
セリーヌに代わり、由羅が俺の質問に答えた。
今日の俺の青い鳥は、ローラなんだろうな。トランプの言うとおり。
そんなことを考えているうち、俺たちは教会に着いていた。カプセルを取りに行ったローラはまだ出てこない。
「カプセル、確かここに置いたはずだったんだけど。もしかしてこっちだったかなあ」
ローラは、カプセルを探していた。
「ま、気長に待ってましょ」
ローラの進言で、俺たちは教会で一息入れることになった。
カプセルがどんな大きさなのかは知らないが、おそらく小さいものではないはずだ。それを失くすなんていうのは不思議だが。
「ルーくん、暇つぶしに、占いでもしなーい? タロットもってるでしょ?」
「わーい、うらないうらない」
教会には特に暇をつぶせるようなものはない。タロット占いをするのを断る理由はなにひとつなかった。
「ローラは一番基本的な方法で占ったが、暇つぶしなら時間のかかる方法のほうがいいだろう」
そう言うと、ローラとイヴ以外の視線が俺の手に集まった。いや、ローラはちらちらとこちらを見ている。
俺は、タロットをよく切って2つの山に分け、それぞれから一枚ずつ抜き取り、山はそれぞれをルーン文字の形に並べた。ルーンの形は、運命の意味を持つものだ。
「好きなカードの上に手を置いてくれ」
真っ先に、由羅がルーンの先の部分を指した。その次に、メロディとリオが同時に、全く同じカード――ルーンの円形部分――の上に手を置いた。リオが身を縮めて、さっと手を引いた。
「あっ、メロディったらずるーい。ならあたしもこれにする」
何がずるいのかは知らないが、由羅が訂正した。
「それなら、私もそのカードにします」
送れて、セリーヌが言った。
「まあいいか、全員このカードでいいんだな?」
「はーい、なのだーっ」
「うん」
「いいわよ」
「なんか、どきどきしますね」
順番を決めていたかのように、1人ずつ返事をした。
「死神、デスの正位置。こっちの山から抜いたカードは……デスの逆位置か、死と新生、過去から未来へ」
「過去から未来……それって、たぶんタイムカプセルのことだよね」
リオが俺に問いかけた。
「だろうな」
「リオくんって冴えてるーっ」
由羅がリオに抱きついた。
「ゆ、由羅さん、やめてくださいよ」
抱きつかれたリオがうめき声をあげた。
「で、もう一枚が……月、ムーン」
「お月様、ですか」
「冷静、沈着。リオはともかく、由羅は違うしな」
「それってどういう意味、ルーくん」
リオを手放して、由羅が俺のほうを向いて言った。
「そのままの意味だ。となると、月、そのままの意味で取るしかないか」
不本意ながら、いい解釈は思い浮かばなかった。まあ、こんなこともたまにはあるさ。
ふと気付くと、ローラがこちらを見つめていた。
「あ……えっと……」
ローラは少しためらって、
「カプセル、カッセルおじいさんの小屋に置いてあるんだった」
俺たちは盛大にずっこけ……るようなメンバーじゃなかった。由羅とリオだけが床に倒れていた。リオは由羅の下敷きになっていたようだ。
「ずいぶんと遅かったな」
「えへへ」
遅くなった原因であるローラが苦笑いを浮かべて俺たちを見まわした。セリーヌ以外はそんなローラに冷めた視線を投げかけた。
「それより、おじいさん、カプセル出して」
「おお、そうじゃったな。ちょっと待ってておくれ」
カッセルじいさんが重そうな木箱の中から、サッカーボール大のカプセルを取り出してローラに手渡した。
「それでは、行くとしようか」
「行くって、どこへですか?」
もっともな疑問をセリーヌが訊ねた。
「そのままローズレイクに流したら、湖の底に沈んでしまうじゃろ。一年中ずっと流れのない場所へ案内しようと思ってな」
埋めるとばかり思っていたのだが、ローズレイクに流すのか。
「それに、あの場所へは一年に一度しか行くことができないのじゃ。タイプカプセルには恰好の場所じゃろう」
なるほど、それでローラは納得していたわけか。
「それでは、行くとするか」
カッセルじいさんに連れていかれた場所は、小屋とは反対側だった。着いたころには、もうずいぶんと暗くなっていた。
「みてみてーっ、まんげつだよーっ」
メロディが空を見上げてはしゃいでいる。
「ほんとだ、満月」
「きれいですねえ」
「月夜の湖、ロマンチックねえ、そういえば、あたしのラヴァーズはどうなったの? ねえ、ルーさん」
「ラヴァーズ? なんのこと? ローラさん」
「ああ、タロットだよ。ローラは先に一番基本的な方法で占ったと言っただろう」
「分かったわ。ローラさん、ラヴァーズ、恋人たちのカードが暗示するのは、ロマンチックというのもあるのよ。恋愛だけじゃないわ」
「ええーっ!?」
ローラが抗議の声をあげた。燃えるような恋に憧れるローラでは無理もないか。
「それにしても、占いに批判的なわりにはよく知っているじゃいか、イヴ」
「図書館の本にある知識くらいはあるわ」
「そういうことか」
ここまで来て論争しても仕方ないので、追究はしない。
そんななか、カッセルじいさんが湖を眺めて口を開いた。
「一年に一度、ローズレイクのちょうど真ん中に月影が映し出される夜、湖のほとりに一筋の道が現れ、今は無き古城への道が開かれる。いわゆる伝説の場所じゃよ。もう古城は跡形も無いが、道の一番奥は流れの無い場所になっておるのじゃ」
その伝説のとおり、子供が1人、やっと通れるくらいの細い道があった。
「急ぐことは無い、夜が空けるまで道は開いておる」
「それじゃ、この紙に手紙を書こうよ」
ローラから、全員に一枚ずつ紙が渡された。それぞれ、いろいろと悩んで、それぞれ別々の人や未来の自分に向けての手紙の内容を考えた。
イヴとメロディは悩まずに、ペンを走らせていた。
「ねえねえ、由羅さんはどんなこと書くの?」
「それはねえ、秘密」
「えーっ、じゃあリオくんは?」
「やっぱり、秘密かな」
ローラが手紙の内容を尋ねまわっていた。
「……ルーさんは?」
「秘密だ」
「あー、気になる気になるーっ」
「カプセルを開けたときのお楽しみですよ、ローラさん」
セリーヌが自分の書いた手紙を折りたたみながら言った。
「それはそうだけど」
やはり内容は気になるようだが、内容を問うことはやめたらしい。
「きょう、メロディはおねーちゃんと……」
メロディが自分の書いた手紙、というよりは日記を朗読しはじめた。
「メロディ、こういうのは秘密にしておくものよ」
「ひみつ?」
「そう、ひ・み・つ」
何も分かっていないようなメロディに、由羅が優しくレクチャーする。俺がそんな由羅を見るのは、初めてのような気がした。
それぞれが手紙を書き終わり、カプセルに入れた。
「ちょっと待った、このカードも入れておく」
俺は手持ちのタロットから、一枚抜き出してカプセルに入れた。
「いいの? 入れちゃって」
「予備のタロットの1組や2組、持っているさ」
「でも……」
「時を越えての占いだ。滅多に出来るものじゃないからな。タロット1組捨てるだけの価値はある」
1枚でもカードの無くなったタロットは意味を成さない。残りのカードは、持っていたら何が抜けたか分かってしまうから、すぐに全部捨ててしまおう。
「そうかもしれないね」
ローラも納得した。
あとは誰かがこの道の最深部にカプセルを置くだけだ。
道は細い。入れるのはローラとリオだけだ。
「最後は、おねえちゃんに譲るよ。みんな、いいでしょ?」
リオの言葉には、誰も反対しなかった。沈黙のうちに、最も重大な役目はローラに任された。
「それじゃあ、行ってくるね」
ローラが細い道をたどって歩いて行く。俺たちは全員、それを見守っていた。ローラの姿が見えなくなった。
少しだけ時間が流れ、またローラが姿を現した。
夜が空けると同時に、道は消えたらしい。またあの道を誰かがたどってカプセルを取り出すのはいつだろうか……
古城の伝説と共に眠ったタロットは、ホイール・オブ・フォーチューン、運命の歯車。
カードが暗示する運命は、誰にも分からない。
3作目。今回は11日で書き上げました。今までは1か月近くかかってたんで、格段の進歩ですね(笑) 短いと言えば短いんですけど。
ストーリーも、今回は納得いくものが書けました。こういう内容、好きなんですよ。最初の雰囲気と最後の雰囲気がかなり違ったりしますが。
形式は見てのとおり、ルーの一人称です。日記以外での一人称は初挑戦。
ちなみに、タロットの意味とか占い方とかは適当です。雑学としてのごくわずかな知識から勝手に生み出されたものです。だから、深く追求しないでくださいね(笑)
しかし、総勢8キャラも使ってしまった。予定ではもっと少なかったのに、ローラの性格上、4人や5人じゃ納得しないだろうということで増えたんです。
ちなみに、予定外に増えたキャラは、由羅・メロディ・リオです。