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サクセス アンド リング(改訂版)

浅桐静人

8/16

「明日って、確かマリアの誕生日だったよな」
 今日の朝、リサに聞かされるまで、パティは忘れていた。
 明日、8月17日は、マリア・ショートの15回目の誕生日だったのだ。
 パティ・ソールは先月、17歳の誕生日を迎えたばかりだった。
 パティは、さくら亭の看板娘なのだが、その勝ち気で活発という性格は、他の街の酒場や宿屋では、あまり見られない。
 それでも、パティ目当てでさくら亭の常連になる人は多い。
 その性格が好きなのか、見た目が好みなのか、どちらにせよ、パティが看板娘に向いていないとは、誰も思っていない。
 そのパティは、さくら亭に来る客や、知り合いの誕生日は、全部把握していると自負していた。それが、よりにもよって、あのマリアのをうっかり忘れていた。
 エンフィールドには、いくつかの富豪(というか、なんというか)がある。シェフィールド家、バクスター家、そしてショート家である。富豪だからと言って、近づき難いものでは決してない。
 パティは、シェフィールド家の一人娘、シーラと仲がよかったし、ショート家のマリアも、どちらかというと、親しい方だった。バクスター家だけは、存在以外はほとんど何も知らないが、エンフィールドに住むほとんどの人間にとって、どうでもいいことだった。
 マリアは、ショート財団の会長モーリスの一人娘として生まれ、良く言えば自由に、悪く言えばわがままに育てられた。
 そんなマリアがいちばん興味を持っていたのは、他でもない、魔法である。
 しかし、マリアは、基本魔法ですらほとんど成功させないうえに、本人がそのことを自覚していないため、エンフィールドを代表するトラブルメーカーの一人として街中に知れ渡っている。
 それでも、マリアが魔法に対する情熱が伝わってくるせいか、友人関係を大切にする性格を知ってか、あるいは、その両方か……
 ともかくマリアは、(エルを除く)ほぼすべての知り合いとの仲は良かった。
「うーん、この前のあたしの誕生日にマリアからプレゼントもらってるしなあ、やっぱり、プレゼントはあげるべきよね」
 そんなことを考えていたパティは、ふと何かを思い出し、引出しからブローチを取り出してつぶやいた。
 蝶の形をしたこの小さなブローチ、これが、マリアからのバースデイプレゼントだ。

「お誕生日おめでとう、はい、マリアからのプレゼント」
 そう言ってマリアはブローチを手渡す。
「蝶のブローチ?ありがと、マリア」
「じ・つ・は、ただのブローチじゃないんだ、それ」
 マリアは遠まわしに言ってるつもりなんだろうけど、パティには、すぐにそれが何を意味しているのか分かった。
「マジックアイテムなの?」
 一応、疑問形で返答する。
「う、うん……」
 いきなり正答を出され、マリアは戸惑ったが、それは一瞬だけのことで、その後に続くマリアの言葉は、明るかった。魔法やマジックアイテムの事となると、マリアは自分の事のように誇らしげに話す。
「で、そのマジックアイテムだけどね、持ち主を一度だけ、危険から守るんだって。どう、すごいでしょう」
「ふうん、そうなんだ。もしかしたら、いつかマリアの魔法の失敗から身を守ってくれるかもね」
 パティが冗談めかして言う。
「それってどう言う意味?」
 マリアの決まり決まった返事。
「あはは、ごめんごめん、ま、とりあえず、ありがとね」

 それから1週間くらいは欠かさずブローチを付けていたが、そのあとは滅多に付けなかった。
 当然ながら、まだ、ブローチはその効果を出してはいない。効果のあらわれるようなことは、無いに越したことはないから、それでいいのだが。
 とにかく、マリアの誕生日は明日だ。
 いつもなら、さくら亭が閉店してからプレゼントを買いに行くような時間はない。しかし、今日は両親の都合で、いつもより2時間早く閉店していたので、今からなら、プレゼントを買う時間ぐらいはあるだろう。
 そうして早速、パティは夜鳴鳥雑貨店に向かうのだった。

 雑貨店で出迎えてくれたのは、店長ではなく、オウムのパロだった。
「タベルモノ、アッチ、ツカウ、ソチ、ケケケケ」
 この店は、アパート風見鶏館の主人が趣味でやっているものだ。
 パロが応対することも珍しいことではないし、店長がいても、たいていは「いらっしゃい」の一言だけだ。
「ありがと、パロ」
 そんなパロに声を掛け、とりあえずマリアへのプレゼントを探しだす。
 この店は、どこに何があるのか分かりづらい、これはひとえに店長が気まぐれで
(本人は整頓しているつもりなのかもしれないが)商品を配置するからだ。
「ねえ、パロ、なんかきれいな物ってない?」
「ケケ、アッチ、ソッチ、ドッチ?」
 オウムに聞いても無駄と思うかもしれないが、分かる人には分かるらしい。このオウムがだいたいどんなことを言っているのか。もちろん、パティもだいたい分かるからこそ聞いたのだった。
「えっと、これと……あ、これね、うーん、どっちもいいなあ」
 パロに教えてもらい、パティが手に取った2つのものは、どちらもマジックアイテムらしかった。パティはマジックアイテムの知識などほとんど持ち合わせていない。
 確かに、マリアにあげるには丁度いいかもしれないけど、と思ったが、マジックアイテムとしての効果はパティには分からない。どちらがいいかは、見た目だけで判断せざるを得ないわけだ。
 その2つのアイテムとは、なにやら丸くて変だけど可愛い生き物の形をしたブローチと、細かく文字の刻まれた金色の輪っかだった。どちらも捨てがたい。
「パロ、このアイテムの効果……って、知ってるわけないか」
「ケケ、ソッチ、ミエル、コッチ、マモル」
「え?」
 守るっていうのは、マリアにもらったブローチと同じ効果なのだろう、とパティは判断した。しかし、見えるっていうのはさっぱり分からない。
「えっと、こっちが、何って?」
 ブローチをパロに近づけて聞くと
「コレ、マモルホウ」
 結局、マリアにもらったものとは違う効果だと思うほうに決めた。特に意味はない。
「じゃ、こっちの輪っかをちょうだい」
「50ゴールド、ドウモ、ケケケ」
 輪っかを買って外に出ると、もう薄暗かった。
「あー、すっかり遅くなっちゃった」
 パティは急いでさくら亭に帰った。

8/17

 今日はマリアの誕生日、そんなこととは関係なしに、さくら亭は朝から忙しい。
 パティは、いつものように注文の応対する。
「Aセット3つ。あ、こっちもね、追加2つ! あとBセット2つ!ふう、朝はメニューが少ないのが、まだ救いよね」
「忙しそうだね、パティ」
 2階からリサの声がする。
 リサ・メッカーノ、何ヶ月か前からさくら亭に住み着いてる……と言っては失礼か、宿代はちゃんと払っているのだから。
 何か目的があってエンフィールドに来たらしいのだが、それが何なのかは話してくれない。
「追加ーっ、Aセット3つ!」
 とりあえず、パティは厨房に向かって叫んだ。別にリサに連れがいるわけではない、一人で3つ食べるのだ。
「おいおい、私が言う前に……」
「え、AセットじゃなくてBセットだった?」
 リサの言葉に対し、パティは不思議そうな顔もせず、そう言う。
 もちろん、リサの言わんとすることが分からないわけではない。
「いや、間違ってはいないよ……なんだかなあ」
 そう言ってリサはカウンター席の中央に座る。
「そういえばマリア、来ないわね。朝から来ると思ったのに」
 パティがひととおり仕事を終えて、そう言った。
「朝から来るのかい? あの娘」
「去年もおととしも朝から来たわよ」
 そんなことを言っていると、そこに突然マリアが現れた。瞬間移動? パティもリサも声が出ない。
 さくら亭の客はというと、ちょっとマリアの方を向いただけで、朝食を食べ始める。雑談が止んで静まりかえる。
「えへへ☆おはよう、パティ、リサ」
 沈黙を破ったのは、当のマリアだ。
「マリア……なんだい、さっきの?」
 しばし遅れてリサ。パティはまだ声が出ない。リサのほうが立ち直りが速いのは、ひとえにマリアのことをあまり知らないからだろう。
「瞬間移動だよ☆」
 マリアは心の中で「ここにつくはずじゃなかったんだけど」と付け足したが、表情は「すごいでしょう?」といった感じ。
「すごいじゃないか、マリア。ちょっと前まで基礎魔法を失敗してたってのに」
 リサは、手放しで賞賛した。魔法が短期間に上達したと本気で思っているらしい。が、どうしてもそうは思えないパティはまだ立ち直れない。
「ねえパティ、パティってば!」
「え?あ、ああ、マリア、いつの間にそんな魔法……」
 マリアの声に、心底驚いた様子でパティがつぶやく。
「マリアが瞬間移動の魔法を使うのがそんなに不思議?」
 マリアは、さも心外という感じだったが、
「ああ」
「うん」
 と、リサとパティは即答した。
 マリアが辺りを見回すと、さくら亭の客は、そろって「うんうん」とうなずいていた。
 それらの客のほとんどが、1度はマリアの魔法の被害に遭っているのだった。
「ぶ〜☆ マリアが本気になれば、これくらい簡単なんだから!」
 そう言ってマリアは宙に単調な図形を描き始めた。
「魔法……いけない、早く止めないと!」
 パティがまず始めに気付く。さくら亭の中で魔法を暴発されてはたまらない。なんとか止める方法はないか。
「あ、マリア、そういえば、今日、誕生日だったわよね」
「え?」
 マリアの図形を描く手が止まり、魔法の構成が霧散した、と思う。
「はい、あたしからのプレゼント」
 パティはそう言って、図形を描いていたほうの手に、例の金色の輪っかを掛けた。
 マリアは、じっとそれを眺めたあと、
「なに、これ?」
 どうやら、マリアの注意は魔法から完全に逸れたようだった。
 パティは、ふう、とため息をついてから
「マジックアイテムらしいんだけど、効果は知らない。パロは『見える』って言ってたけど」
 再度、パティは何なんだろう、と思ったが結論は出るはずもない。
「パロって、あのオウムのことだよね」
「うん、そうだよ」
「あのオウムってなんのことだい?」
 リサはパロのことを知らないらしい。
「夜鳴鳥雑貨店の主人が飼ってるオウムだよ」
 パティが答えるより先に、マリアが言った。
「雑貨店? ああ、私は行ったことないな」
 雑貨店に行ったことがないのなら、知らなくて当然だ。
「ねえねえ、今から雑貨店の店長に、このアイテムのこと聞きに行かない?」
 パロが知っているらしいのなら、店長が知っている可能性は充分にある。
「確かに、店長なら知ってるかも。あたしも気になるし、行こっか」
「なんだかおもしろそうだな、私も行くよ、いいだろう?」
「うん、いいよ」
 結局、3人で夜鳴鳥雑貨店に行くことになった。
「とりあえず、お客さんがみんな帰ってから……」
 ……出発しよう、と言いかけたのだが
「もう誰もいないよ」
 マリアの言う通り、客は1人としていなかった。
「ふふ、じゃあ、今から行くか」
 マリアとリサはそう言ってさくら亭を出発した。
 パティは、少しの間、客のいないテーブル席を見ていたが、あわててその後を追った。

 夜鳴鳥雑貨店は、さくら亭のすぐ近くだ。マリアとリサは、すでに到着していた。
「あんたたち、あたしを置いてかないでよ」
 マリアとリサが、「ついてきてると思った」という表情でパティを見る。
「で、何しに来たんだ、おまえたち」
 店長の声に、3人は振り向く。
「えっとぉ、これの効果を知りたいんだけど」
 少し緊張した声でマリアが切り出す。腕につけた金色の輪っかを見せながら。
「知らないな」
 店長は迷わず、ためらわず、あっさりと、きっぱりとそう言う。
「で、でも、パロは知ってるみたいだったよ、ねえ、パロ」
 パティはパロに輪っかを見せた。
「ワッカ、アイテム、ミエル、ミエル、ケケケっ」
 昨日と同じく、返答は「見える」だ。
「パロ、何が見えるの?」
「ケケ、ミエル、ミエル、ナニガ? シラナイ」
 結局、パロが知っているのは「見える」というキーワードだけらしい。
「なあ、店長、ほんとうに何も知らないのか?」
 リサが、もう一度、店長に聞く。だが
「パロが知っていようといなかろうと、知らないものは知らない」
 という返答が返ってくるだけだった。あとは、言わずと知れたお決まりのセリフ。
「何も買う気はないんなら、帰ってくれ」

「ぶ〜☆絶対あやしいよ、あの店長」
 さくら亭に帰ってきた後のマリアの第一声だ。
「けど、パロが話し出したときに慌ててた様子はなかったし、本当に知らないんじゃない?」
 あの店長は、隠し事(品物のことが多い)についてパロがしゃべりだすと、露骨に慌てる癖がある。
 しかし、さっきは全く動じる素振りは見せなかった。
「けど、パロが知ってたんだよ、店長が知らないなんておかしいじゃない」
 パロの言葉は、ほぼ店長の真似だった。もちろん、口調は変わってしまうのだが。
 マリアの言い分も、頭から否定することはできない。
「店長が知らなくて、パロが知ってることのひとつやふたつくらいあるわよ」
 パティの出した結論はこうだ。しかし、マリアはこれでは引き下がらない。魔法に関わっているときのマリアは、誰にも止められやしない。
「マリア、もう一度聞いてくる!」
 そう言って、マリアは1人で雑貨店へ向かった。
「魔法の事となると、あの娘は人が変わるな」
「まったくね」
 パティとリサはあとを追わなかった。
 そして、マリアはさくら亭には戻ってこなかった。直接家に帰ったのだろう。

8/18

「なにかあったのかな」
 いつものように注文を取りながら、パティは話し掛ける。
「なんのことだい?」
 昨日のことなど忘れているのか、リサが聞き返す。
「何って、マリアよ」
「ああ、あの娘のことか、そういえば昨日は帰ってこなかったな」
 いかにも「今、思い出した」といった感じで言う。
「すぐに追い返されると思ってたんだけど」
「案外、あの輪っかのこと知ってたのかもしれないよ、あの店長」
 リサがそう言うのは、店長のことをよく知らないからだろう。
「まさか。あの様子じゃ、ホントに知らないはずよ」
「ま、私はあの店長の性格なんて知らないしね」
 リサも、輪っかのことを知っていると本当に思ってはいないらしい。
「追い返したとしたら、余計にマリアは帰ってこないんじゃないか?」
 パティにはリサの言おうとしていることが、すぐには分からなかった。
「あのお嬢ちゃんのことだから、帰ってきて笑われるのが嫌だったんじゃないか?」
 疑問符を浮かべているパティにリサが付け加える。
「ああ、なるほどね」
 パティも、そういう結論に達した。その結論が正しかったのか、間違っていたのかは定かではないが、ひとまず2人の意見は合致した。
 パティはとりあえず話をそこで終わらせ、仕事に戻った。今は、マリアのことよりさくら亭の仕事のほうが大事だ。

 大衆食堂である以上、さくら亭は朝も昼も夜も、食事時はいつだって忙しい。そしてさくら亭の看板娘である以上、パティの仕事も多い。特に、昼のさくら亭は常に満員だ。当然、パティの仕事も昼が一番多い。
「あいかわらず忙しそうだねえ」
 カウンター席から、リサの声がする。
「うれしいような、うれしくないような……」
 一応の反応だけして、パティは店内を駆けまわっている。店の繁盛はうれしいが、仕事が多いのは大変、そういうことだ。
「しかしまあ、よくこの人数でやっていけるもんだな」
 さくら亭の従業員(と言っていいのか)は、パティと父親だけと言ってもいい。
 対する客の方は、数十人はいる。
 客の相手をしたり、注文を取ったりするパティもすごいし、これだけの人数分の料理をほとんど待たせずに作るパティの父親もすごい。いつもリサはそう思うのだった。
 客がまばらになってきた頃、店の中央に見慣れた顔があった。言わずと知れた魔法少女、マリアである。
「え?」
 パティ、リサ、そして客の一部が驚きの表情でマリアを見つめる。
 誰もが、昨日の瞬間移動は偶然の産物だと思っていた、そして、今ここにいる客の半数は、昨日の朝、マリアの魔法を見た者たちだ。
 昨日と同じように、さくら亭が沈黙に包まれる。
 昨日よりも、少しだけ多く間をおいて、周りを見まわした後、マリアが話し出す。
「なにみんな黙ってんのよ」
 昨日とは違い、その場に居合わせた客は食事をする手を止め、ざわつきはじめる。皆、異口同音に「何かの元凶だ」と言う。
 そんなことはいざ知らず、マリアは、
「ねえねえ、今日のマリア、すっごく調子いいんだよ」
 自分でも驚いたような感じでパティやリサに向かって話しだす。
「どうやら、そのようだね」
 リサも、もちろん驚いている。
 調子がいいのは認める。現に、マリアは瞬間移動を2日連続で成功させている。瞬間移動、この魔法を使える存在はエンフィールドにはほとんどいない。
 自分以外を転移させられる者は数多くいるが、自分自身を転移させるような魔法は、魔術師ギルドにだって使えるものはほとんどいないはずだ。
 それを、あのマリアが平然と使っている。
「マリア、なにかあったの?」
 パティの率直な意見だ。
「へ?」
 しかしマリアは、意味することを理解できなかったらしく、聞き返す。
「瞬間移動の魔法は超難度だったはずだ、それをマリアが使えるなんて、なにかあったとしか思えないんだが」
 パティと同意見らしく、リサが説明する。
「ぶ〜☆ マリア『だから』使えるの!」
 マリアらしいといえばマリアらしいのだが、今は説明になっていない。いつもは説明になっているかというと、なっていないのだが。
「なあ、マリア、ここで他の魔法見せてくれないか?」
 突然、リサがそんなことを言いだした。
「ちょっと、リサ、なに言いだすのよ」
「なんでマリアが急に魔法を上手く使えるようになったのか知りたいからな。それなら、実際に魔法を見るのが一番の手がかりになるだろ?」
 パティが聞いたのは「なぜここで」するのかだ。
「それはそうだけど、いつもみたいに失敗したらどうすんのよ」
「失敗したら、単なる偶然で片付けられるじゃないか」
「あ、そうか……って、そうじゃなくて……さくら亭に被害が出るようなことしないでって言ってるの!」
 ついリサのペースにつられたパティが訂正する。
「あんた、この店のことになると人が変わるね」
「とにかく、やるならさくら亭の外でやってちょうだい!」
「わ、分かったよ」
 パティの剣幕にはリサでも勝てないのだ。
 そして、やっと話が見えてきたらしいマリアは、早速、呪文を唱えた。

 次の瞬間、パティ、リサ、マリアの3人は、陽のあたる丘公園にいた。
「ここならさくら亭に被害は出ないでしょ?」
 マリアがパティに話し掛ける。
「まあ、そうだろうけど」
 パティはいまいち状況がつかめず、曖昧な返事をする。
「細かいことは気にしないで、早速、魔法を見せなよ、マリア」
「……ま、いいわ、とりあえず魔法見せてよ」
 3人とも、細かいことは気にしない、そういう性格だった。
「えっと、じゃあ」
 マリアが宙に複雑な図形を描き始める。
 パティとリサが無言で見つめる。そして、マリアがいつもと違うところはないか探る。いつもと違うのは、右腕に光る金色の輪っかだけだ。
「★□♪%▼&※………たあっ!」
 聞いたこともない呪文の後、マリアが両手を前に伸ばす。
 手の向いている方向の空間が歪み、また元に戻る。
「ふう」
 マリアは、偉業を達成したかのように、満足な表情で息をつく。
 空間が歪んだのはわかるが、また元に戻ってしまったので、パティは、マリアが「失敗しちゃった☆」とでも言うと思っていたのだが、そんな様子はない。
「マリア、今のは、何?」
 パティの質問にマリアが答えるよりも速く、リサが話し掛ける。
「パティ、よく見てごらん」
「えっ?」
 リサの手は、さっきマリアが手を伸ばした方向を指している。
 それを見て、パティは息を呑む。
 その方向には、1本の木があった。この公園には多くの木が植えられているので、木があること自体は、当然だ。それは問題ではない。その木だけが違う雰囲気なのた。
 時間とともに、その木は紅葉し、葉が落ち、やがて枯れてしまった。木が倒れてしまうかとも思ったが、その様子はなさそうだ。
「ど、どうなってるの、これ?」
「明らかに魔法の力だな、しかし……」
 リサも、その後の言葉が続かない。
 2人に分かったのは、マリアの魔法の成功は、偶然ではないことだけだった。
「マリア、疲れちゃったから帰って休む」
 当の本人であるマリアは、そう言って、帰ってしまった。
 パティもリサも、マリアに声を掛けることなく、その場に立ちすくんでいた。

8/19

「マリアが、話があるから1人で来てくれ、だとさ」
 そうリサに伝えられ、パティはショート邸に向かっていた。
 パティの父親の都合で、ひさびさに休暇が取れたのだが、昨日のことが気になって、その呼び出しに応じたのだ。
「あたし1人を呼び出すってことは、やっぱりあの輪っかのことかなあ」
 魔法のお披露目なら、みんなを呼び出すだろうし、昨日のことならリサも呼ぶはずだ。そういえば、一昨日から、ずっと輪っかを右手に付けているような気がする。そんなことを考えていると、ショート邸の方から声が聞こえてきた。
「パティ」
「あ、マリア」
 いつもと違う感じがするのは気のせいだろうか、とパティは自問した。
「領域の輪かよ?……外れねえ……」
「マリア?」
 領域の輪とは、あの輪っかのことだろうか。なんにせよ、その一言で決して気のせいではなかったとパティは確信した。マリアの声には、全く感情がなかった。
「くそっ、眠りが解ける……」
「マリア、どうしたの?」
 パティには何がなんだかわからなかった。
 マリアの手が、性格には手にはめた輪が薄く光を帯びる。
「うう、何かがマリアを……」
 ふと、口調がいつものマリアに戻る。
「体が、勝手に……」
「マリア、だいじょうぶ?」
 苦しそうな声をしているのにも関わらず、マリアの体は魔法の準備体勢に入っている。魔法の知識は少ないパティが見てもすぐに分かる。かなり強力なものだ。
「カーマイン・スプレッド!」
 マリアの手から、閃光がパティめがけて一直線に走る。
「ちょっとーっ、これのどこがカーマイン・スプレッドなのーっ!?」
 パティは、とっさに防御の姿勢をとった。
 普通は、カーマイン・スプレッド程度の魔法なら、十分に耐え切れる。しかし、どう見たって普通のカーマイン・スプレッドの雰囲気ではない。
 光がパティを包み込む。

 痛みは感じない。それどころか、衝撃すらほとんどない。その代わり、何かが割れるような音がする。そしてパティが目を開ける。
「何が、どうなってるの?」
 パティはそう呟きつつ、足元を見る。そこにはブローチの破片が散らばっていた。
「そっか、これが守ってくれたんだ」
 パティが破片の1つをつかんでそう言う。
 あの日言った冗談が現実に……そんなことはどうでもよかった。ブローチがなかったら、今ごろはどうなっていたことか。
「どうしてマリアを操ってたの?」
 突然聞こえたいつものマリアの声に、パティは目を向ける。
 マリアは、黒いマントをつけた小悪魔のような生き物の首根っこを掴んでいる。
 マリアが、やっとパティに気付く。
「あ、パティ、だいじょうぶ?」
「うん、ブローチは壊れちゃったけど。それより……」
 パティは、ブローチの破片を見せてそう言った。
 マリアは、パティの視線が手に持っている小悪魔に向けられているのを見て、
「こいつがマリアの体を乗っ取ってたの」
「なるほどね」
 強力な魔法が成功していたのはこの小悪魔のせいだったのだ。
 どうして小悪魔が、マリアの体から出てきたのだろう。
「そういえば、何で出てきたわけ?」
 パティは、率直に尋ねる。
「さあ……もしかして、さっきの魔法のショックかな」
 マリアも、答えが分かっているわけではないらしい。
「けっ、なんて魔法のヘタクソなやつなんだ」
 それまで黙っていた小悪魔がしゃべりだした。
「何よ、どう言う意味よ、それ!」
 マリアが小悪魔を怒鳴りつける。
「そんなことより、どういうことか説明してよね」
 小悪魔は2人に睨まれ、しぶしぶ説明する。
「俺がそいつの精神を眠らせてるときに、そいつが目を覚ました。んで、魔力が暴走して、そのショックで追い出された」
「何で憑依してたのよ」
 これはパティの質問。
「それはそいつが一番よく知ってんじゃねえの?」
 小悪魔は、首根っこを掴んでいるマリアのほうを向いてそう言う。
「マリアは知らないよ、そんなの」
「けっ、できもしない召喚魔法の呪文を唱えて、俺を呼び出したのはおまえだろうが」
 小悪魔のセリフに、マリアは慌てる。
「結局、そういうわけだったのね」
 ことの真相を知り、パティがため息をつく。
「んでもって、お前の精神が目覚めたもんだから抜け出せなくなったんだよ。話はこれぐらいでいいだろ、じゃあな」
 ぽんっ、という効果音とともに、小悪魔がマリアの手から消えた。
「消えちゃった」
 マリアは呆然と、右手を見つめる。その手には、あいかわらず金色の輪っかがはめられている。
「あっ、その輪っかのこと聞くの忘れてた」
「そうだ、この輪っかの効果が分かったんだよ。だから呼んだんだけど。とりあえずマリアの家まで来てよ」
 さっきの小悪魔のことなど一瞬にして忘れて、2人は目の前のマリアの家――ショート邸に入っていった。

 マリアの部屋には、膨大な量の魔道書があった。整頓はされていない、ただ積み重ねられているだけ。
「えっと……どれだったかな」
 マリアが、その魔道書を手当たり次第にめくっていく。
「このどれかに載ってたはずなんだけど……」
 ここにある魔道書を全部調べていたら、数ヶ月はかかりそうだ。マリアも、何冊か調べたところで気が滅入ったようだ。
「ええい、こうなったらマリアの魔法でっ!」
 マリアが指を交差させ、短い呪文を唱える。
「たあーーっ」
 マリアの魔法が発動する。
 どっかーーん、という爆音とともに、マリアの姿が消える。
「魔法が下手だってこと、すっかり忘れてたわ」
 爆音の響くなか、やけに冷静にパティが独りごちる。
「?」
 煙のやっと薄れ、かつてマリアのいた場所に、1冊の魔道書が、ぽつんと部屋の真ん中に落ちているのをパティが見つける。ふと気になって、ページをめくる。
「これって……」
 2、3ページめくったあたりに、あの輪っかの絵があった。

<領域の輪>――自分に憑依している魔物や神などの存在を見ることができるマジックアイテム。金色のリングに、古代文字で呪文が刻まれている。何かが憑依している状態のときに外すことはできない。
「領域の輪」という名前の由来は定かではない。――

 そんなことは知るよしもなく、マリアはさくら亭のカウンター席に、さも当然のように座っていた。それに気付いたリサが、手入れをしていたナイフを落とす。
 ズン、という鈍い音だけがさくら亭に響き渡った。


あとがき

 僕にとって、記念すべき第1作です。

 尾身さんのHPでSSコンテストをやると聞き、「参加したいけど、SS書いたことがない(笑)」とICQでメッセージを送ったところ、いつの間にやら参加するということになって、とりあえずSSを書いてみました。
 そのときの案は、さくら亭に落ちていた剣の謎を解くといったような内容でした。
 しかし、途中で行き詰まったため、僕はあっさりとその作品を切り捨てました。
 そして第2案が、マリアの誕生日にパティがマジックアイテムを渡すというもの。それが、どういうわけかこういう話になったわけです。
 タイトルに関しても二転三転しました(笑)
 はじめは「魔法のリング」「リングの領域」だったんですが、どうも内容に合ってないような気がして魔法や領域ではなく、成功という単語を入れることに。
 そういうわけで、最終的に「サクセス アンド リング」「Success and a ring」に決定。アルファベットかカタカナかは、尾身さんに決めてもらいました(笑)

 この作品は、SSコンテスト用に送ったのを一部(?)改訂したものです。出来に関しては、まあ、一作目だし、こんなもんかなと、僕は思ってるんですが……そういうわけで、感想、お待ちしています(笑)


History

1999/01/28 「白い魔剣」を書き始める。
1999/03/07 「白い魔剣」を破棄(笑) このSSを書き始める。
1999/03/26 書き終える。
1999/04/08 尾身さんのHPでのSSコンテストにて初公開。
1999/04/12 改訂版を書き終える。
1999/05/04 HPにて改訂版を公開。

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