労働者派遣契約中途解約関連記事

派遣解雇、もらえる残り賃金(くらしのあした・読者発)

    1999年10月25日 朝日新聞 朝刊

 さあ、困りました。
 先週まで派遣労働問題を担当してきた武内雄平記者が転勤になりました。
 担当デスクが、近づいてきます。のんびりした口調で「どうするう?」。
 どうもこうもないでしょ。私もサラリーマン。いやとは言えません。
 とはいっても労働問題はまったくの素人。取材時間が足りません。
 読者のお便りの中に、派遣問題に詳しいメールがありました。出版社の編集者からです。週末に喫茶店で会ってくれました。
 近く、派遣問題の本を出版するそうです。意見を聞こうと、お便りの内容について話している時です。
 「契約期間が残っているのに、やめさせられた」とファクスの文面を読み上げると、彼女が「残り期間の賃金はもらえますよ」。
 「ん? やめさせられても、もらえるんですか」
 「はい。契約は継続していますから」
 早速、ファクスの送り主に電話を入れました。月曜日の仕事帰りに会っていただけるそうです。
    □  ■  □
 二十四歳の女性です。大手派遣会社に登録すると、すぐに三カ月の派遣の仕事がみつかりました。
 働き初めて一カ月ほどしたある日、派遣会社の人が派遣先に呼ばれました。なぜ呼び出されたのか、わかりませんでした。
 十日ほどたって突然、上司に呼ばれ、「ちょっと短いけどあさってで最後ね。えっ聞いてない?」。
 派遣会社から連絡があったのは、やめる日の前日、夜の九時ごろでした。
 「明日で最後です」
 記者が「残りの二カ月の賃金、もらえるらしいですよ」と伝えると、まったく知らなかった様子です。
 「何の責任も持ってくれないんですねえ。人間扱いされていないですねえ」。言い方は柔らかですが、笑顔が消えていきます。
 その足で京都へ。出版社の編集者が教えてくれた近く出版される本の筆者で、龍谷大学の脇田滋教授に会うためです。
 彼女のケースに「残り期間の賃金の全額を請求できますよ」と断言します。
 つまり、こういうことです。派遣元と派遣先の契約を「派遣契約」、派遣元と派遣労働者との契約を「雇用契約」としましょう。
 雇用契約の期間いっぱいは仕事を用意するのが派遣会社の義務です。中途解除は、民法でいう債務不履行にあたり、派遣会社に対する損害賠償請求の理由になるというのです。
 労働省は一九九六年の労働者派遣法の改正で、派遣労働者の雇用の安定化を図るため、派遣会社だけでなく、派遣先の会社にも「必要な措置」をとるよう指針を出しました。
 「派遣元事業主及び派遣先が講ずべき措置に関する指針」です。
 指針は、派遣契約を途中で打ち切られる労働者のために、別の派遣先を見つけるなど就業の機会を確保することを求めています。
 さらに、「損害賠償等に係る適切な措置」として、派遣先は、残りの派遣契約期間や派遣料金などを考慮し、派遣元と協議して「適切な善後処理方策を講ずること」とあります。派遣会社は派遣先に損害賠償を請求できるというのです。
 脇田さんは、派遣社員にこうアドバイスします。
 (1)派遣契約の中途解除の場合は、派遣元との雇用契約は続いていると主張する(2)ほかの派遣先を紹介されても、気に入らなかったら拒否して構わない(3)拒否しても、残りの雇用契約期間の賃金は損害賠償として全額請求できる――。
    □  ■  □
 契約を解除された彼女が登録していた、大手派遣会社の支社を訪ねました。アポなしですが、教育事業部のマネジャーが「奥へ」といって応接セットに案内してくれました。
 「こういうケースは、本社に尋ね……」と何度か事務室へ出入りしています。四十分ほどして社会保険労務士の肩書をもつ管査部の部長が現れました。
 契約を途中で打ち切られた彼女の話をすると、一般的な中途解除の場合の措置を話してくれました。
 「まず最優先で次の就業場所をお話しするんですけどね。(派遣労働者への)損害賠償はお支払いしてないんですよね」
 「なぜでしょう?」
 「(派遣先に損害賠償を求めるのは)営業的には難しいですよね。派遣元は弱い立場ですから」。損害賠償するとなると、派遣会社がすべてかぶることになるというのです。
 二十分ほどすると、顧問という肩書の方がやってきました。さらに奥の応接室に移動します。
 「ぶっちゃけた話しますとね、新たな仕事を受けてもらえなければ、残った期間の賃金の六割以上から満額をお支払いしますよ」
 さっきの部長の話と食い違います。損害賠償を払うのか、払わないのか。
 「どちらが本当?」
 「払いますよ、いや、払っておりますよ」。さきほどの部長も、顧問の話が正しいと翻します。
 少なくとも、損害賠償を支払うということを明言してくれました。
 「しかし、ほとんどの人がそれを知らないと思いますよ。(派遣労働者との契約の際に示すべき)就業条件明示書には、記載されているんですか」
 「されてます」と言って持ってきた明示書のひな型には、「派遣元・派遣先はその後の雇用の安定に努める」とあります。損害賠償や休業手当については一切書かれていません。
    □  ■  □
 東京都渋谷区で、派遣労働者の問題に取り組む派遣ネットワークの事務所を訪ねました。
 書記長の関根秀一郎さんは「一年に約五百件ある相談のうち三−四割が中途解除の問題」と言います。そのうち、損害賠償の交渉にあたるのが三十件ほど。ほとんどの派遣元は賠償に応じるというのです。
 なのに、ほとんどの派遣社員は、このことを知らされていないのです。
 (記者・辰濃哲郎)

派遣労働者問題 対談・脇田氏、岸本氏(くらしのあした・読者発)

  朝日新聞1999年11月22日 くらしのあした欄

派遣労働者問題 対談・脇田氏、岸本氏
 「読者発」は読者の投書をもとに記者が取材に走ります。年金や
  生命・医療保険など、具体的な疑問や怒りをお寄せください。

派遣労働者問題の最終回は対談です。派遣労働者の相談にも応じている労働法の専門家で、龍谷大学の脇田滋教授と、今年成立した改正派遣法の実務を担っている労働省民間需給調整事業室の岸本武史室長補佐をお招きしました。3時間近い対談で、録音を全部文字に起こしたら5000行を超えました。スペースに限りがあり、その一部を掲載します。

脇田滋氏  龍谷大教授(労働法)
岸本武史氏 労働省民間需給調整事業室長補佐

◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆

3年ルール 脇田「直接雇用が筋」 岸本「法的根拠ない」

脇田 まず、「3年ルール」と国会で成立したばかりの「1年ルール」について話を進めます。
 《注》3年ルールとは、労働者派遣法ができた1986年、派遣期間は3年までと、労働省の通達に盛り込まれたことを指す。現在26業務がこれに該当する。今年の改正派遣法は、新たに派遣を認める業務の派遣期間は1年までとした。1年を超えるなら正社員として雇い入れることを求める趣旨だ。1年ルールには、会社名公表などの制裁がある。これらのルール規定がかえって、派遣社員を3年で、あるいは1年で切る口実を派遣先に与えると指摘されている。
脇田 今度の法改正で、逆にいつ派遣先から切られるかびくびくしている派遣労働者が本当に多い。
 岸本 26業務以外の派遣について言えば、同じ派遣先の同一の業務で1年を超えたこと自体が違法なわけです。そのことを派遣元、派遣先と派遣労働者は十分理解してほしいと思います。従来の26業務についての3年ルールは、実は、法律に根拠条項はない。解釈として、3年までと指導してきました。3年を超えるようであれば、直用(直接雇用)が望ましいということです。

脇田 3年ルールの趣旨を徹底するのに、どう対処しているんですか。

岸本 民事上の契約自由原則があるので、雇いなさいとか派遣を打ち切りなさいとか強権的な言い方はできないですね。

脇田 引いた対応ですね。外国の考え方では、期間を超えたら直用です。行政指導からしてもそれが筋だと思うんですけど。

岸本 現行法ではそこまで求める法的根拠はないと言わざるを得ないです。

脇田 直用を求める指導もできないと。

岸本 本来、3年たったから派遣労働者をやめさせるというルールじゃないんです。ですから、今回の通達で、3年たったらむしろ、直接雇ってもらうことが望ましいといったような一文入れるかどうか、検討していきます。

脇田 ここで問題なのは、1年ルールに制裁規定ができても、派遣社員が公共職業安定所に訴え出なければならない。仕事をもらっている立場上それは難しいと思うんですが。

岸本 会社名を公表されて、社会的な信用を傷つけることになるわけですし、承知の上で派遣期間1年制限に違反するということは……。一定の歯止めになると思います。

脇田 96年の派遣法改正では、対象業務外の派遣を受け入れる派遣先の企業名公表という制度がありますね。でもこの制度、1回も活用されていません。今回、どう実効性をもたせるのですか。

岸本 今回は、1年ルールの制裁については、事案を把握してから1カ月以内に勧告する。で、改善されなければ、1カ月以内に公表するという形で通達に書きます。

脇田 それから、相談で多いのは年齢の問題。長期派遣されてる方を、3年ルールを口実に若い人に入れ替えようというやり方なんです。明確な形で年齢差別禁止を出してもらえればと思うんです。

岸本 派遣労働者の年齢を書いた候補リストみたいのがある。若い人がいいというようなことが就業チャンスを狭めている。そこで、事前面接的な行為をしない努力義務が今回の改正で入りました。事前面接や、あらかじめ年齢を若年者に限ることがないよう、派遣先に求めます。

◆   ◇   ◆

中途解除 脇田「法令知らぬ労働者」 岸本「周知を指針に明記」

脇田 契約途中でやめさせられる「中途解除」についてですが、契約期間が残っている中途解除は契約違反の責任が生じます。派遣元は、残り期間についての契約上の雇用責任とか、それに代わる金銭的な保障をすべきだと考えてきたんですけど。九六年の改正では、派遣元から派遣先に損害賠償を求めることを前提とした指針とか出されました。けど実態としては徹底していない。労働者はほとんど知らないんです。

岸本 中途解除の場合、まず、派遣元はそれに代わる就業先を探すことが第一の措置。その後、休業手当の問題が出てくる。解雇の要件を満たすかどうかという問題は別途あるわけですけど。後は、そういう仕組みをいかに知っていただくかだと思うんです。今回、派遣元に関係法令の周知業務をやっていただくよう指針に明記しました。

脇田 でも、派遣元の負担になるようなことをわざわざ周知するでしょうか。契約内容を示している就業条件明示書のモデルには書いておくべきだと思うんですがね。

岸本 そういった声が最近寄せられて、検討したのですが、就業条件明示書の記載例に労働基準法上の休業手当について明記するよう通達に盛り込むことを決めたばかりです。

◆   ◇   ◆

脇田 社会保険の問題ですが、本来、加入すべきなのに加入していない例があるんです。保険料負担が重いので、派遣会社がそれを逃れるという脱法的なものも多い。2カ月以内の契約なら社会保険に加入できないので、2カ月契約にして更新するとか。

岸本 改正派遣法の中で、社保への加入状況を派遣元から派遣先に通知する制度が創設されました。派遣会社は社保に加入しているかどうかを派遣先に通知し、未加入の場合は理由も知らせる。派遣先には、適当な手続きがなされていない労働者をできるだけ受け入れないでいただくと。

 (記者・辰濃哲郎)

次週から介護保険を取り上げます。要介護認定などで苦労されたお話や、悩み、疑問などをお寄せください。

http://www.asahi.com/paper/ashita/No30/reader.html


Webmaster  last update: Sept. 14, 2002
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