龍谷大学法学部の教授団(教員有志42名)は、1997年4月2日、下記の任期制導入に対する反対声明を発表し、文部大臣など関係機関へ送ることになりました。



声 明


 大学教員任期制の性急な法制化に強く反対する

          龍谷大学法学部教授団          
                 代表 上田 勝美         
                    小畑雄治郎         
                    脇田 滋          


 昨年一〇月二九日の大学審議会答申(「大学教員の任期制について―大学における教育研究の活性化のために―」)を受けて、政府・文部省は「大学教員任期制法案」を国会に上程する準備をしていると伝えられている。右の答申の基調は、教育・研究を活性化するために、すべての大学教員に任期を設けることを梃子にして「大学改革」を進めようとするものである。しかし、大学教員への任期制導入を、現在の大学の状況をそのままにして強行すれば、「改革」が進むどころか、まったく逆に教育・研究を著しく歪めてしまう恐れがあると思われる。

 私たちは、大学の教育・研究を現実に担っている立場から大学審議会の大学教員任期制導入論に右のような疑念を抱いてきた。現段階で任期制の法制化について、私たちは次の点から反対の意思を表明する。
 まず第一に、任期制の法制化は、現行法における大学教員に対する身分保障の意義を無視している。戦前の私立大学教員には雇用継続をはじめ十分な身分保障がなかったし、大学教員は「学問の自由・思想の自由」への権力的介入に脅かされていた。この点の反省に基づいて、日本国憲法第二三条(学問の自由)、教育基本法、教育公務員特例法等は、大学教員に必要な身分保障を法的に確立してきた。任期制導入で大学教員の身分を不安定にすることは、憲法等の基本理念に反して、教育・研究の自由に反する事態を生むと考えられるが、大学審議会では憲法等の右の理念については何らの議論もされなかったと伝えられている。

 第二に、任期制導入のきっかけとなった「教育研究の活性化」についても、現状ではたして活性化していないかは問題である。龍谷大学に関していえば、この間、相次ぐカリキュラム改革により教育面での充実がはかられてきたし、その成果はNHKの番組で取り上げられたほどである。また研究面においても、学術年報や法学部については毎年「龍谷法学」一号で各スタッフの前年度の業績を公表し、学内外の相互点検・評価に努めている。各大学や学部でもそれなりにこのような問題に積極的に取り組んでいるのである。このことからすれば、われわれは答申の前提となっている認識そのものが一面的ではないかと考える。
 さらに、教員の審査や評価は教授会を中心に自主的に運用されるべきものであるが、私立大学では教授会の人事権が確立している大学はきわめて少数であり、理事者が専権的に教員人事行なう大学もまだ少なくない。こうした状況のなかで任期制を導入すれば、恣意的な人事を拡大し不公正な再任拒否や採用が助長され、その結果として学問の自由・思想の自由の否定につながりかねない。とくに、五年以内の短期間に成果をあげることが困難な独創的研究や基礎研究は評価の対象から排除されることになりかねない。

 第三に、大学の現状を前提にしたまま任期制を導入しても教育・研究は活性化するとは思われない。教育改革は、長い時間をかけた教員相互の自主的な協力によって初めて進むものであり、数年で教員メンバーが入れ替わる任期制の導入は継続的な教育努力を困難にする。教育・研究を真に活性化するためには、公費援助など日本の大学、とりわけ私立大学の貧困な環境を改めることが緊急な課題である。教職員あたりの学生数が多く、その教育負担等のために研究時間確保が難しいのが私大教員の共通した悩みとなっている。高い授業料に頼らなければ経営が維持できない現状を改めることが教育・研究活性化にとって最低限必要な条件である。すでに私立大学では、厳しい状況のなかで優秀な若手教員が定着しないで流動化が進みつつあることが大きな悩みになっている。大学間の教育・研究条件での大きな格差が解消されないままに任期制が導入されれば人材の面でも大学間格差は一層拡大し、私立大学の多くは教育・研究を継続して発展させることが困難になりかねない。

 第四に、私立大学では一八歳人口減少にともない臨時定員が解消されるなかで大学生き残りの目的での組織再編が進められているが、任期制は格好の人員削減の手段として活用される恐れが強い。なぜなら、すでに私立大学には「任期付き」で研究・労働条件が劣悪な雇用形態の教員が生み出されつつあり、今回の大学審議会の答申でも、国公立大学とは異なり私立大学では現職教員についても任期を付けることが大学の選択として可能とされているからである。定年までの雇用を約束されていた教員に対して一方的に五年などの雇用期間の定めを付ける提案をする大学理事者がでてくる可能性が強くなる。

 第五に、今回の教員任期制導入は大学の自主的な選択による「選択的任期制」とされているが、実際には、任期制の導入が強制される危険性がある。文部省はこれまでも、財政的誘導や新学部・新学科設置等の認可を通じて行政指導を強めてきた。今後は「任期制の導入」が「教育・研究の活性化」を進めているか否かの判断基準とされ、この行政指導を通じて自主的な任期制選択が「強制」される恐れが十分にある。任期制は、このように大学の自治に対する重大な侵害につながると考えられる。

 第六に、ユネスコ(国際連合教育科学文化機関)はすでに中等・初等教育に従事する教員について、教育の自由と中立性を維持するために身分保障を手厚くすることを勧告しているが(一九六六年)、さらに、大学については「高等教育教職員の地位に関する勧告」の採択に向けて討議をしており、今年の秋のユネスコ総会で右勧告が採択される見込みである。今回の任期制法案は大学教員の身分に大きな変更を加えるものであるから、国際基準となる新勧告を踏まえて提案されるべきものである。現段階の同勧告案では学問の自由にとって教職員の「終身在職権」など長期の雇用継続が重要であると記述されている。こうした国際的論議の内容を国内に十分に知らせることなく、採択前に任期制導入を法制化することは立法手続き上も不公正であり、議論の成熟の点から考えても明らかに時期尚早である。

 現在上程されようとしている大学教員任期制法案には右のような重大な問題点があるので、私たち龍谷大学法学部教員有志は、性急な任期制導入に対して強く反対の意思を表明する。

   一九九七年四月二日


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