updated Aug. 24 1998
派遣110番によく寄せられる質問と回答例(FAQ)


質 問 と 回 答 例 (F A Q)

3074. 派遣社員の36協定(残業協定)について教えて下さい。  私の派遣元会社には労働組合があり、会社と組合で36協定(残業協定・時間外労働協定)を結んでいます。しかし、その協定の範囲を超えた場合は個々の労働者から個別に36協定の申請をさせています。「なぜ36協定を個々で終結するのか」といった問いに対し、「36協定には取り決めるべき事柄について何も規定していないから、組合と「個々で終結出来る」といった取り決めをしているのでそれで良い。」といった回答でした。
 これでは団体交渉の意味が全くなくなると思います。会社の言う事には妥当性はあるのでしょうか? また、派遣労働者の36協定はどういった形で誰と終結すべきものなのでしょうか?
 また、「派遣会社が法律を遵守しようとすれば業務が立ち行かなくなるので、ある程度のことは致し方が無い.また、会社側に法律的な解釈を求めたところ人手がいないので、いちいちそんなことには答えられない」との返事でした。

   【結論】派遣元の労働組合が派遣労働者全体の過半数を組織しているときには労働基準法第36条に基づく協定(いわゆる「36協定」)を締結することができます。
 しかし、「その協定の範囲を超えた場合は個々の労働者から個別に36協定の申請をさせている」というのは、明らかに第36条に反するものです。
 組合と「個々で終結〔締結?〕出来る」といった取り決めをすることはできません。36協定自体に明確に定めるべきものです。このような36協定は、労働基準法第36条違反と考えられます。

 【理由】

 〔1〕現行制度自体の問題点

 派遣元会社で「36協定」を締結する現行の法制度は、理解し難いものです。

 労働者派遣法が制定された段階で、すでに、派遣労働者の時間外労働については、派遣元で締結する「36協定 」は、形骸的なものになることが予測されていました。

 ご相談にある疑問は、会社のとっている方法の問題点だけではなく、労働者派遣制度における36協定の締結の仕方自体に問題点があると考えられます。

 つまり、労働者派遣法は派遣労働者の場合の時間外労働協定(36協定)は、派遣元で締結することを求めてきました。

 労働基準法第36条(時間外及び休日の労働)

  使用者は、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者との書面による協定をし、これを行政官庁に届け出た場合においては、第三十二条から第三十二条の五まで若しくは第四十条の労働時間(以下この条において「労働時間」という。)又は前条の休日(以下この条において「休日」という。)に関する規定にかかわらず、その協定で定めるところによつて労働時間を延長し、又は休日に労働させることができる。ただし、坑内労働その他命令で定める健康上特に有害な業務の労働時間の延長は、一日について二時間を超えてはならない。


 また、労働基準法施行規則第16条は、この36協定について、次のように定めています。

 労働基準法施行規則第16条

  1 使用者は、法第36条の協定をする場合には、時間外又は休日の労働をさせる必要のある具体的事由、業務の種類、労働者の数並びに1日及び1日を超える一定の期間についての延長することができる時間又は労働させることができる休日について、協定しなければならない。
 2 前項の協定(労働協約による場合を除く。)には、有効期間の定をするものとする。



 労働者派遣法第44条は、労働基準法の責任を負う使用者を、派遣元と派遣先に分けていますが、労働基準法第36条については、「使用者」を派遣元であるとしているのです。

 問題点としては次のような点が挙げられると思います。

 (1)派遣労働者が、実際に時間外労働をするのは派遣先事業場です。
 ところが、36協定は、派遣先事業場から離れた派遣元で締結することになっています。事業場毎の事情に応じた時間外労働があり、それを規制するのが、36協定ですのに、何十、何百に散らばった派遣先事業場を一つの派遣元事業場だけで、まとめて36協定を締結するということ自体、考えにくいことです。制度そのものが、「虚構」(きょこう)と言えます。
 残業の必要のある具体的事由、業務の種類、労働者の数並びに1日及び1日を超える一定の期間についての延長することができる時間などを、多くの派遣先ごとに定めることは不可能と考えられます。
 まさに、この制度はインチキということになります。

 (2)派遣元事業場の過半数の労働者代表(過半数労働組合があれば、その労働組合)が代表して、36協定を締結します。
 しかし、あちこちに散らばった派遣労働者がどのようにして、代表者を選出するのでしょうか。少なくとも毎年1回は、36協定を更新するとして派遣労働者が一堂に会する機会が設けられている、という話は聞いたこともありません。労働者の「代表」選出が法に基づいて行われていないのが、実情だと思います。
 ご相談の事例は、派遣元に労働組合がある、という点ではきわめて珍しい例です。登録型を主とする派遣会社では、労働組合がほとんど結成されていません。労働組合があれば、労働者の「代表」であると言えますが、そうではない、ほとんどの派遣会社では、会社の少数の正社員(常用労働者)だけで労働者代表を選出しているのだと考えられます。
 こんな便宜的な方法では、では本来の代表選出とは言えません。

 (3)派遣先は、派遣労働者に時間外労働を命ずるときに、派遣元で36協定が締結されていないと、労働基準法違反になってしまいます。しかし、派遣労働者は、派遣元で36協定が締結されていない、という理由で残業を拒否しにくい、という事情があり、「違法な残業」が行われています。

 私たちは、このような問題点を指摘し、派遣労働者にとっての派遣元での36協定は、インチキであると考えてきました。

 ご相談の派遣元では、どのような36協定の文言になっているのでしょうか?
 おそらく、労働基準法・同施行規則の規定通りに協定を結ぶことは実際にはかなり難しいと思います。そこで、苦し紛れに「個々で締結する」といった方法にしているのだと思います。

 私を含めて労働法学界のなかには、派遣労働者の場合、36協定は、派遣元だけではなく、派遣先でも、締結(ていけつ)するべきであると主張する立場があります。本来は、派遣先で、派遣労働者をも含めて過半数代表者を選出して、36協定を締結するべきだと考えられるからです。
 〔西谷敏・脇田滋編『派遣労働の法律と実務』労働旬報社、参照〕


 〔2〕労働省の「通達」

 これに対して、労働省は、次のような「通達」を出しています。

 

 派遣元の使用者は、当該派遣元の事業場に労働者の過半数で組織する労働組合がある場合にはその労働組合と協定し、過半数で組織する労働組合がない場合には、労働者の過半数を代表する者と協定をすることになる。この場合の労働者とは、当該派遣元の事業場のすべての労働者であり、派遣中の労働者とそれ以外の労働者との両者を含むものであること。  なお、派遣中の労働者が異なる派遣先に派遣されているための投票に併せて時間外労働・休日労働の事由、限度等についての意見・希望等を提出させ、これを代表者が集約するなどにより派遣労働者の意思が反映されることが望ましいこと。
 (昭和61年6月6日 基発333号)


 労働省は、派遣元での36協定といったインチキな制度を作り出した張本人です。
 しかし、あまりにも「インチキ」さが批判されたので、こんな通達を出すことで責任逃れをしているのだと思います。

 しかし、この通達の後半では、あちこちに派遣されている派遣労働者が、36協定締結にあたって投票をすること、また、「労働者の代表者」に意見や希望を提出すること、それを代表者が集約することが望ましいとしています。

 また、問題点(3)の派遣先が時間外労働を命ずるという点については、
「派遣元事業主及び派遣先が講ずべき措置に関する指針(平成8年労働省告示
第102号)」で、次のように、派遣先が講ずるべき措置としています。

  6 派遣元事業主との連絡体制の確立
 派遣先は、派遣元事業主の事業場で締結される労働基準法第36条の時間外及び休日の労働に関する協定の内容等派遣労働者の労働時間の枠組みについて派遣元事業主に情報提供を求める等により、派遣元事業主との連絡調整を的確に行うこと。


 簡単に言えば、派遣元と連絡をとって、違法残業を命ずることがないように派遣先
は気をつけなさい、ということです。

 〔3〕ご相談の事例の問題点

 ご相談の事例で、派遣元に労働組合があり、それが過半数の派遣労働者を組織しているときには、その代表として、36協定を締結しているのだと思います。  労働組合の場合には、労働協約として、これを締結することができますが、この点が明らかではありません。

 36協定の趣旨は、時間外労働というのは、労働基準法が定める最低の労働時間の基準を下回る労働です。これを個人にまかせてしまうと、際限のない長時間の残業になってしまうので、「集団的な」合意によって、制限をしようとすることです。「個々で締結出来る」とするのは、明らかに労働基準法第36条に違反します。

 労働協約であっても、そうした個人への委任はできません。

 「団体交渉」というのは、労働組合が36協定を労働協約として締結する等
団体交渉事項として位置づけている場合ですが、まさにご指摘の通りです。
 会社の言うことは、労働基準法違反だと考えられます。

 派遣労働者の36協定は、上述のようにインチキな制度です。

 労働基準法通りの方法を追及すれば、厳密には次のようになると思います。

 (1)労働組合があるときでも、その労働組合が派遣労働者全体の過半数を組織している必要があります。労働組合が過半数でないときには、特別な、過半数代表の選出手続が必要です。
 労働組合は、毎年、定期大会を1回以上開催して、民主的な選挙で執行部を選出することが義務付けられています。できれば、36協定締結の条件についても方針論議をして、組合員の賛成を求めることが組合内部手続として必要であると考えられます。

 (2)労働組合がないときには、特別な過半数代表選出手続が必要です。あちこちに分散して派遣就労している派遣労働者の意見や事情を反映するための選出方法(できれば投票)が採用される必要があります。

 これでは、まさに、労働基準法違反を自分で認めたという開き直りの態度です。

 たしかに、制度自体に問題がありますので、派遣元としても、どのような36協定を結べばよいのか、迷うところだと思いますが・・・。

 労働基準監督署は労働省の出先機関ですので、〔2〕の労働省の通達に従った立場だと思いますが、行政指導や是正勧告などの権限がありますので、最寄りの労働基準監督署に問い合わせをして見てください。

 なお、労働基準監督署がいい加減な対応をしたら、その旨も知らせていただけば、派遣110番(民主法律協会派遣労働研究会)でも対応を検討したいと思います。


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