「民主法律」233号(1998年2月発行)p.137-p.144 掲載論文
民主法律協会の権利討論集会での報告を集めた文集に掲載した論文です。



非常勤講師問題と大学教員任期制法
 --大学をめぐる最近の状況と雇用形態の多様化に触れて--

                      脇田 滋(龍谷大学)

 一 はじめに

 大学教員の雇用が、規制緩和のなかで、一般に考えられている以上に不安定で劣悪なものに変化してきている。現在、労働基準法や職業安定法の改悪によって、労働者全体の雇用の流動化や多様化が進んでいるが、大学教員の地位や雇用の変化は、「もっとも抵抗が少ない部門から」という意味で、労働者全体の雇用保障後退の「呼び水」となっている。
 私立大学では非常勤講師だけでなく、3年から5年程度の多様な「期限付き雇用」も導入されており、職員では約10年前から「雇用の多様化」の名目で、1年限りのアルバイトや3年の契約職員が急増している。組合のチェックが十分ではないこともあって、派遣労働や業務委託(構内下請)も急速に広がっている。
 1997年に成立・施行された大学教員任期制法は、私立大学というよりも、むしろ国公立大学の教員の身分不安定化をもたらすものである。本稿では、同法制定をめぐる政府・財界のねらいを明らかにするとともに、同法成立に有効に反撃できなかった理由の一つと考えられる「私立大学における雇用の多様化」について、率直に現状と問題点を指摘することにしたい。

 二 1年の任期付き教員(=非常勤講師)の雇用問題

 1 専業的非常勤講師の問題提起

 (1)悲惨な非常勤講師の労働条件

 大学の非常勤講師は、専任教員が留学で不在であるときや、特殊な専門科目で代わりが見つけられない専門家を特別に招く場合などが、例外的なものであるはずであった。したがって、非常勤といっても「本務校」で専任の職をもつ教員が他の大学で教えることが典型と考えられた。
 しかし、私立大学では、これら以外に、とくに語学科目では、きわめて少数の専任教員を雇い、教育の主力はむしろ非常勤に依存するのが実情である。その結果、専任としてのポストが限られることになり、他方、大学院出身者が増加するなかで、いわゆるOD(オーバー・ドクター)として一時的に非常勤講師で生活を支える人が増えてきた。現在では、そのまま長年にわたって非常勤だけで過す、いわゆる「専業的非常勤」と呼ばれる人が急増している。
 非常勤講師の身分や待遇は、本務校をもち一定の研究条件や待遇を保障された専任教員を前提にしたものである。専任教員は、有力私立大の助教授(35歳)、担当ノルマは4コマから5コマが平均で年収は8〜900万円、40歳台では千万円を超えるのが普通で、現在のところ定年(65歳前後)まで長期の雇用が保障されている。
 非常勤講師は1年毎の契約で翌年の雇用保障はない。多くは契約書も渡されず、渡されても「社会保険について大学は責任を負わない」(京都のRMK大)などと明記され、私学共済(または健康保険・厚生年金保険)への加入もできず、雇用保険もない。各大学独自の福利厚生もない。給与は、担当授業コマ数で決まり、1コマ(1週90分間)で月わずか2万数千円程度と抑えられている。ボーナスはもちろん、家族手当、住宅手当もない。週5コマでも年収で130万円から150万円前後に過ぎない。
 非常勤だけの専業者の場合、3〜4大学で週に10数コマの授業をかけもちして、ようやく年収300万円から400万円程度になる。教育費のかかる年齢の子どもを抱えた40歳台では、週に25コマも担当している人さえいる。これでは本来の研究は困難であり、生活にもゆとりがなくなる。健康診断も受けられず、健康に不安をかかえている人が多い。毎年の保育所申請に必要な就労証明を集めるのに苦労したり、不安定な身分のためローンを組めなかった人もある。
 こうした非常勤講師の待遇は、高度な専門的能力や大学教育で果す重要な役割を考えると非常識ともいえる低額であり、専任教員との極端な格差はとうてい合理的なものとは言えない。
 教育面では、一般教育科目や社会科学系では500人以上のマスプロ授業も多いが、授業に使う資料づくりのために図書館の利用も制限され、専任教員なら与えられるコピーカードも使えない。給料が保障されていれば、じっくりと対応できるのだが、学生の質問に答えるのもそこそこに掛け持ちしている次の大学に急がなければならない。教育のあり方について、専任教員と話合う機会も少なく、意見をいう権利も場も保障されていない。研究面では、研究費も研究室もなく、論文を大学の紀要に掲載してもらう権利もない。
 「ない、ない、ない」の酷い条件でも、精一杯、学生に向かって誠実に教え、自分のテーマで研究を続けているのが、多くの専業的非常勤の実態である。低い待遇であっても、世話になった恩師や知人の紹介であることも多く、契約更新を期待して我慢せざるを得ないのである。
 こうした専業的非常勤講師は、推定で全国に2万人近くいると推測され、首都圏では数千人、京滋地区では少なくとも約35校で300人以上の専業者がいる。大阪のある私立大学では、全教員の6割が非常勤講師(その4割は本務校のない専業的非常勤)で、全授業の3割から4割を非常勤に依存していたという(朝日新聞京都版1996年5月31日)が、私立大学では授業(とくに語学系)の4〜5割を非常勤講師に頼る例が多く、いまや大学教育にとって欠かせない存在となっている。

 (2)非常勤の切り捨てから始まる大学のリストラ

 以上のように、多くの私立大学は専任教員枠を増やさずに多数の非常勤講師に依存して授業を維持してきた。ところが、ここ数年、18歳人口の減少や、文部省による大学のカリキュラムについての規制緩和に応える「改革」という名目で、全国の私立大学で、とくに語学を中心とする一般教育科目の縮小が進められている。その流れのなかで、最も身分が不安定な非常勤講師が突然切り捨てられる、大規模なリストラ=「整理解雇」が進められている。
 従来、大学の教育内容(カリキュラム)は、文部省の「大学設置基準」によって厳しく規制されていたが、1991年になって「大綱化」という名目で大幅に弾力化された。なかでも外国語科目2科目開設を義務づける項目が削除されたため、語学教育が大きく変化することになり、ドイツ語、フランス語、ロシア語、スペイン語などのいわゆる「第2語学科目」の授業が大幅に減少させられることになった。その結果、ドイツ語、フランス語を中心に非常勤講師の解雇が増えることになったのである。東京都内のある大学は、1996年度からの新カリキュラム導入の結果、ドイツ語のクラスが86から58に激減し、非常勤講師の担当が週4コマから5コマであったものが1コマになった。
 京滋地区最大手のRMK大学は、1998年4月からの学部移転に伴う語学改革という名目で、非常勤全体の持ちコマ総数を97年度比で250コマも激減させようとしている。語学非常勤240名につき平均一コマ減であるが、担当コマがゼロになる講師が60人から70人に及ぶと推定されている。このままいけば、長年にわたって教育を支えてきた60人から70人が、突然、「整理解雇」されるのである。平和と民主主義と人権を理念としてきたRMK大学だけに、その大量整理解雇が、京滋地区だけでなく全国の他の大学へ波及することは必至である。実に重大な雇用問題である。【注】
【注】その後、非常勤講師組合の粘り強い交渉の結果、1998年2月の段階では、コマゼロとなる非常勤講師が一桁にまで減った。それでも全く担当コマを失う講師が残ること、その他、問題点はまだまだ多く、ごく一部しか解決していない。それでも、非常勤講師自身が組合を結成して交渉すれば大きな力になることが明らかになったことを特筆しておきたい。

 2 非常勤講師の労働組合結成

 「低収入と無権利状態に長年にわたって苦しんできたのに、大学の一方的な都合で簡単に切り捨てられるようとしている。もう泣き寝入りできない」として、この専業的非常勤講師たちが、厳しい状況のなかで立ち上がり、労働組合を結成することになった。1995年、全国で初めて京滋地区私立大学非常勤講師組合が結成され、1996年、首都圏非常勤講師組合(都区関連一般労働組合大学非常勤講師分会)が結成された。
 平均で週10数コマの授業をこなす非常勤講師にとって、多忙ななかの組合活動はしんどいうえに、同じ大学単位に結成された教職員組合と違って、活動の条件も限られている。大学を超えた地域の職種別組織として、各大学を相手に団体交渉を申込み、待遇の改善と雇用保障を求める活動が開始された。
 首都圏では多くの専任教員から支援を得るとともに、東京都関連の労働組合の分会として専従活動家の指導や援助を受け、個別大学との団体交渉や解雇問題の解決に取り組んでいる。京滋地区では、非常勤講師だけの単組として出発したが、1996年に専任教職員で組織されている各大学の教職組の連合体(京滋私大教連)へ加盟申請を行った。私大教連での1年の論議を経て1997年4月に正式加盟が実現し、7月から同志社、立命、龍谷、京都産業大との団体交渉を行い、現在、前述の大量整理解雇問題に取り組んでいる。

 3 大学の労働組合が真価を問われる重大な岐路

 組合が「強い」とされ、経営にも大きな影響力をもっていると考えられてきた京都の私学労働組合運動は、この非常勤講師問題によって、いまその真価と存在意義を問われている。
 なぜなら、こうした無権利な雇用形態は、1年契約を更新する非常勤教員だけではないからである。私学労働運動の元の中心メンバーがいまでは理事者となって、経営の維持・発展のためには雇用形態を多様化して人件費を抑制することが必要だと公言しているからである。
 実際、職員の非正規雇用の状況も実にひどい。RK大学では、女性アルバイトを単純業務・短時間就労の1年契約で毎年4月に大量に採用し3月には解雇(期間満了)を繰返している。RMK大学では、1992年から「雇用の多様化」方針に基づき、3年雇用の契約職員(1年契約を2回のみ更新)を大量に導入して一般事務を担当させている。給料は月額16万円で退職金はない。事務系契約職員約200名全員が女性である。専任職員約380名のうち女性は約100名で契約職員の半数である。他の大学にも嘱託職員などの名目で同様の雇用形態が波及している。
 契約職員や嘱託職員は3年に限って安上がりに女性を雇用するもので、形を変えた「差別退職制」であり、「若年定年制」である。しかも、3年間雇用したら、3回目の契約更新は絶対にしない。その理由は次のように推測される。三洋パート事件のように短期契約でも反復更新をすれば、裁判では「連鎖契約」として「解雇」となり、契約打ち切りに「合理的な理由」が必要となる。ところが、契約更新を反復すれば、仕事を覚えて戦力となった優秀な女性契約職員を解雇する理由はなくなるし、職場に定着してしまう。そうしないためには、2回の更新が限度である。労働法の実務を熟知した「奸知(かんち)」そのものである。
 最近では、臨時職員が派遣労働者化されようとした大阪歯科大学のように、直用のアルバイトや契約職員とならんで、派遣労働者や業務委託(違法派遣の疑いが強いものもある)の導入が目立ってきている。
 これまで組合としては、これらの非専任教職員の問題に真正面から取り組んでこなかった。というよりは、数年前に非専任職員についてはアンケートをしたが、その実態の深刻さに手が付けられなかったというのが正直なところであろう。しかし、もはや非専任教職員の問題から目をそらすことができなくなっている。そのきっかけの一つは、前述した非常勤講師組合からの鋭い問題提起であるが、もう一つの重大な問題は、政府・財界からの「大学教員任期制」導入の攻撃である。

 三 大学教員任期制法とその危険なねらい

 1997年6月、国公立や私立を問わず、また、教授から助手まですべての大学教員に「任期制」を導入することができる「大学教員任期制法」が成立し、同年8月から施行されている。

 1 大学教員任期制法の内容

 (1)選択的任期制 今回の法律は、任期制を導入するかどうか、その対象となる教員、任期の長さなどについては、大学の判断にゆだねる「選択的任期制」を採用している。導入するかどうか各大学が判断する限りでは「大学の自治」を尊重している。しかし、文部省の権力は強大なもので、その意向に逆らえば報復や不利益が予想されるので、各大学が自主的な意思を貫けるか大いに疑問である。文部官僚は、「10年から20年かけて任期制を浸透させたい」と非公式に表明している。現時点で、国立大学では、東京外国語大学(一部講座)、北陸先端科学技術大学院大学(全体)、群馬大学(医学部助手)に任期制導入の動きがあり、私立大学では、三重県の鈴鹿医療短大で現職のすべての教員と職員(?)に任期制を導入することを理事長が一方的に決定した。
 (2)任期付きの採用や昇任は、つぎの三つの場合にできるとされている。すなわち、〔1〕先端的・学際的研究など多様な人材が特に必要な教育研究組織の教員とする場合、〔2〕研究を主とする助手に採用する場合、〔3〕特定プロジェクトで期間を定めて研究する場合の三つの場合である。〔1〕の先端的・学際的というのは、きわめてあいまいな概念であり、自然科学以外でも、語学であれ、法学であれ、多様な人材を必要とするなら任期制が導入できることになる。
 (3)任期制を導入するときには、各大学の学長(私立大学の場合は学校法人)が、ポストの種類や任期の長さなどの「任期に関する規則」を公表する。
 (4)任期付き任用については、教員本人の同意が必要である。「同意しなかったらどうなるか」という質問に文部省は「その場合には採用や昇任されないだけです」と答えている。

 2 大学教員任期制導入の背景とねらい

 大学教員任期制は、突然、導入されたものではなく、繰り返し導入の動きがあった。70年代はじめから、政府や財界は大学への支配介入の意図を示してきた。大学教員任期制法は、まさに、戦後の日本国憲法が保障した「民主的で非軍事的な学問と大学と研究と教育のあり方および質を、また、終身的雇用・労働制度を『総決算』しようとしている日本支配層の″仕掛け″」(金子勝・立正大学教授)という指摘は、正鵠を射たものである。

 3 任期制法の問題点

 衆参両院の文教委員会の審議では、政府・文部省に対して、任期制導入を大学に強制しないこと、任期付き教員の給与を改善することなどを求める付帯決議も可決された。ここでは、同法が、従来の大学教員の身分保障を定める教育関連の法規だけでなく、労働基準法や公務員法を否定する内容を含んでいる点を指摘しておきたい。
 憲法第23条は学問の自由を保障しているが、その一つの内容として、教育基本法と教育公務員特例法は、大学教員の身分保障を保障している。とくに、公務員は定年までの長期雇用が保障されているので、国公立大学の教員は、いったんその職に任用された以上は、不当な権力的介入によって、その地位を失うことなく、学問・研究、さらに教育を自由に行うことが保障されるのである。私立大学教員も、裁判例では、その人事が理事者によって不当に行われることがないように、教授会などの自治的組織の決定によることが確認されている。
 つまり、一般の労働者も「常用雇用の原則」に基づいて、不当な解雇から保護されるべきであるが、大学教員は学問の自由という憲法的要請によって特別に手厚い身分保障が定められている。ところが、大学教員任期制法は、憲法第23条、教育関連法規、公務員法との関連についてはほとんど何も規定していない。法体系の根本的な見直しがあってもしかるべきである。今回の任期制法は、きわめて短い法律条文によって国公私立大学すべての大学教員に任期をつけることができる、と規定する。こんな法律形式で基本的法原則の修正ができるなら、職種の特殊性を根拠に国家公務員法、地方公務員法は、次々に例外の穴だらけになり、結局、全体として形骸化されることになってしまう。

 四 期限付き教職員の拡大・一般化阻止の課題

 大学教員任期制法に対して猛反対すると思われた大学教職員の動きは、予想外に鈍いものであった。一部の教職員組合や研究者団体の強い反対の声はあったが、全体として権力や財界の狙いへの警戒感は弱かったと言わざるをえない。国公立大学の教員は、自分には直接に関係しないという受け止め方が多かったと思われる。自然科学系では、ボス支配を打ち破れるのではないかと若手のなかに流動化を期待する声があったと聞く。
 私立大学では、非常勤講師(1年任期)、立教大学の語学嘱託講師(5年任期)、RK大学の特定任用教員(3年契約+1回限りの更新)や特別任用教員(3年任期)等々と任期制が現実に広がっている。そのために「任期制の法制化」には反対するが、「任期制」そのものには反対しないという、何とも迫力のない議論でしか反対論がまとまらない状況もあった。
 非常勤講師の問題をはじめ、期限付き雇用問題に真正面から取り組んでこなかった大学教職員組合のもっとも弱い点が、攻撃のねらい目とされたのである。期限付き雇用は、一定期間がくれば「解雇」される雇用形態である。「解雇」ではなく「多様な雇用形態」と少しヒネリを加えられただけで、その本質をみ過ごしてきた。そのために、大学教員全体に任期(期限がくれば解雇)を導入する危険性をもつ、とんでもない法律が簡単に施行されてしまったのである。
 私立大学教職員の労働組合は、もっとも恵まれた専任教職員を中心に組織されているが、非専任教職員の課題に取り組むことをしてこなかった。しかし現在となっては、雇用形態を問わず大学で働くすべての労働者と連帯し、ともに闘わなければ、労働組合としての社会的支持と道徳的権威を失う状況に置かれている。非常勤講師の雇用問題に真剣に取り組み、契約職員の雇用継続を自らの課題とするのでなければ、労働組合としての発展はない。というより、その存在意義を失うであろう。国公立大学の労働組合も公務員という身分に安住していては、大学民営化の巨大な動きのなかで、私立大学の組合と同様な問題にいずれ直面することになるであろう。
 さらにこの問題は労働者全体への広がりをもっている。大学教員任期制法をめぐる状況を大学の問題とだけ捉えず、そこから多くの教訓と課題を引き出さなければならない。


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