「『今日の正規雇用』は『明日の非正規雇用』 財界・政府のねらう労働法の規制緩和と雇用徹底破壊」民主法律230号(1997年2月)、p.93-100.

  「今日の正規雇用」は「明日の非正規雇用」
 −財界・政府のねらう労働法の規制緩和と雇用徹底破壊−
                      脇田 滋(龍谷大学)



 一 はじめに

 一九九五年に発表された日経連の雇用の三グループ化構想については、新たな雇用のあり方を提案するもので、「現在の正規雇用」そのものを破壊する危険な方向にあることを指摘した(「第三章 雇用の流動化と労働者の権利 第一 規制緩和と不安定雇用」民主法律協会創立四〇周年記念特集号『権利闘争の新たな展開をめざして』(一九九六年七月)、六八頁以下参照)。その後、行革委や労働省は審議会や諮問機関で労働法の規制緩和立法構想を次々に検討、準備している。経営者団体の発言が目立ち、日経連の「規制緩和要望書」(一九九六年六月)は、「労使自治にまかせ、ガイドラインだけを示すだけでよい」として、一日当たりの労働時間規制の撤廃など「ルールなき労働」によって、労働者の人間らしい生活を徹底的に破壊する方向を押し出して、労働基準法などの規制の形骸化を主張している。
 現在、労働法の規制緩和として進められている法改悪の中心は、日本的雇用の全面見直し=破壊につながる根本的(ラディカル)な変革とつながっている。日本の経営者自身が、日本的雇用を全面的に破壊することを二一世紀の経営戦略として位置づけ、その戦略をスムーズに進めるために、労働法の規制緩和を提言し、具体的に実現しつつある。
 次に、日本的雇用の破壊を前提にした「ドライな」労務管理がもたらすものは何かを最近の動きのなかで整理し、この動きとの関連で労働法制改悪の危険な内容と労働組合の課題を検討することにしたい。

 二 政府・財界が進める規制緩和と効率一辺倒のドライな労務管理

 (1)効率一辺倒の非人間的でドライな労務管理

 日本的雇用の特徴は、学卒新規採用から定年まで、少なくとも男性正規従業員について保障されていた「終身雇用」(長期雇用)、家族手当・住宅手当をはじめとする手厚い企業内福利、配転や出向などによる柔軟な雇用調整を可能とする系列内での「内部労働市場」機能、従業員の企業への高い帰属意識に支えられた労使協調による生産性向上の取り組みなど、国際的にも大きな注目を浴びるものであった。少なくとも、日本の経済的パフォーマンスが好調なときは「日本モデル」として世界的にも大きな賞賛を集めた。
 しかし、この「日本モデル」は、大きな弱点を抱えることがアメリカやヨーロッパ諸国の専門家からも指摘され、バブル崩壊のなかで日本経済の構造変革に迫られる中で、ドライ極まりのない人事管理が始まることになった。「日本的雇用」が国際競争のなかで、海外生産に重点をおく多国籍資本化をめざす大企業にとって大きな負担・非効率なマイナスの要因に転化したのである。年功賃金を伴う長期雇用や企業福利の充実は高い人件費コストを生むものに変わった。
 われわれは、日本的雇用のもたらす矛盾や問題点をこれまでも鋭く批判してきた。とくに、企業への高い帰属意識と裏腹に、近代的な契約や権利の感覚が乏しい労働関係の問題点、労働組合への露骨な不当労働行為、過労死や賃金決定の非合理性、女性への露骨な差別管理、正規従業員以外の非正規雇用労働者の差別と無権利、企業規模による労働条件の格差など、日本的雇用管理から生ずる多くの問題点が指摘され、裁判所や労働委員会で争われてきた。
 財界の現在のねらいは、こうした日本的雇用の抱える問題点の克服ではない。むしろ、従来の日本的雇用のなかでは比較的に労働者の権利や生活を保障する側面、とくに「常用雇用」労働者の生活や権利の保護の部分の全面的な破壊と企業外への排除=労働移動の促進である。失業不安を背景に、労働者は絶え間ない競争に追い立てられることになる。「身体」の弱い者、女性を中心に介護を必要とする家族がいる者など「家族的責任」を負担する者、新たな技術や知識に対応できない中高年労働者などは、「効率」一辺倒の視点からは排除の対象とされる。企業にとって少しでも「効率」の悪い者は存在を許さないという「余裕」のない雇用管理のもとで、労働者は人間らしい生活を行うことができなくなってしまう。

 (2)「時価主義」人事と人材のジャスト・イン・タイム(JIT)方式

 日経ビジネスの特集「始まる時価主義人事 あなたはHOW MUCH?」(一九九六年九月一六日号二二頁以下)は、人事管理の新たな衝撃的な動きを伝えている。「団塊の世代を待ち受ける五年後」の厳しい将来図が描かれ、「年功重視の賃金体系が破綻する日は、秒読み段階に入って」おり、「ここで抜本的な対応をするかどうかが、五年先、企業の優勝劣敗を左右する」という共通した考え方が企業に生まれているという。
 年功序列・年次別一律管理を墨守してきた業界でも、昇進が副支店長止まりの地域限定採用や総合職では年齢給廃止など(さくら銀行)、新たな抜本的対応を導入している。「既存の制度を全否定するぐらいの気持ち」が人事管理の基本とされ、「超エリート」育成を目指すコース別人事制度(ノーリツなど。三〇歳を過ぎた社員に,将来の社長候補の名乗りを上げさせる)や従業員全員が人材スカウト会社の専門家と面接し、その市場における評価に基づいて「年俸」を決める賃金決定方式(ミスミ)、長期に雇用を継続するのは意欲がない社員とする雰囲気(リクルート)などが紹介されている。
 いま、アメリカでは、レイオフ、アウトソーシング(外注化)、人材派遣、短期契約などの手段による人材管理が進められている。日本の自動車産業で始まった「ジャスト・イン・タイム(JIT)方式」は、必要な部品を必要なときに必要な量だけ確保するという点で生産の効率を極限にまで追求するものであるが、アメリカではこれを人材管理の一つの方式として採用されているという。
 アメリカは、元来、労働法の規制が弱い国であったが、レーガン・ブッシュの新保守主義の時代が長く続く中で、労働組合の規制力が大きく後退した。日本的雇用の影響もあって、先任権制度など労働協約による雇用保障が崩壊しており、人員削減解雇(レイオフ)の嵐が吹き荒れている。レーガン政権時代以来、IBMが従業員を五〇万人から二二万人にまでに減らすなど、アウトソーシング(外注化)化が進んだ。全米各地で行われている解雇(レイオフ)の情報を伝えるインターネットのホームページが開設されている。涙を流す人形の画像の下にあるカレンダーをクリックすると、その日に行われた各地の工場や事業所で行われている解雇情報が記録されている。
 日本の専売特許とされていた家族と離れた「単身赴任」も一般化しつつあり、金帰月来のアメリカ版が急速に普及している。パートタイマー的な仕事が増加し、いくつもの仕事を兼ねて行わなければ、生活費を稼ぐことができないために、いくつもの仕事を掛け持ちする「マルティプル・ジョブホルダー」が増加しているという。これは、賃金水準は、大きく切り下げられ、二〇年前に逆戻りした結果である。
 日本の経営者が目指す雇用モデルは、まさに、現在のアメリカのそれである。かつてアメリカがモデルとした日本的雇用は、その「非効率」な部分を否定する形でアメリカに導入され労働組合が弱体化され、労働者は権利を失い、賃金は大幅に低下した。このアメリカそれを日本が一周遅れで追跡しようとしているのである。

 (3)非正規雇用化から非直用化(派遣労働者化)へ

 現実には、リストラの嵐が吹き荒れるなかで、日経連等の提言する雇用の三グループ化が拡大している。
 最近の特徴は、女性労働者の非正規雇用化と中高年労働者の企業からの排除である。すでにOLの時代は終わったとされ、一九九六年、三菱商事に続いて内田洋行が女性は契約社員か派遣労働者としてしか雇用しないことを公表した。大阪歯科大学で女性臨時職員を派遣化する動きがあったが、直用の契約社員など短期契約を反覆更新してきた直用労働者を子会社に出向させたり、別の派遣会社を導入して、そのまま派遣労働者化する動きが目立っている。
 長期に雇用を継続してきた労働者を会社の都合だけで、間接雇用(派遣労働者)化することは、脱法的な整理解雇と考えられるし、派遣目的の子会社をつくって転籍させ、そこから派遣労働者として同じ労働者を受入れるという方式は、二重派遣であり職業安定法に反するとともに、労働者派遣法の「常用雇用を破壊しない」という前提や対象業務以外の派遣の禁止にも反している。大阪歯科大学では職業安定法違反の改善指導があり、派遣化をストップさせることができ、労働組合の結成もあって権利擁護に大きな成果があった。しかし、正規従業員の労働組合が派遣化への歯止めのために、何らの取り組みもしないなかで、女性労働者の多くは派遣労働者化を迫られ、直用の地位を保持することさえ困難になっている。

 三 雇用の破壊・流動化をねらう労働法制改悪

 日本的雇用は、一方では、労働者から過労死するまでの帰属意識と高い労働密度を引出してきた。しかし、今となって敢えてその全面的な破壊を企図するのは経営者にとっても大きな「危険」をともなうことである。企業からドライに排除された労働者が、企業への幻想や愛着を失い企業から自立して相互に連帯することは、企業を超えた「外部労働組合」という対抗勢力を生み出し、そこへの結集を促進する危険な要因を生むからである。
 こうした要因を最大限に小さく抑え込むために、労働組合の組織化を困難にして労働者を徹底して個別化・個人化させること、いいかえれば労働者の「連帯」の可能性を意識的に排除することが重視され、そのために法的には国際的にもきわめて規制が弱い日本の労働法制のなかで労働者の権利を定める部分を削除したり緩和することが追求されるのである。

 (1)労働者派遣事業と有料職業紹介事業の自由化

 経営者団体からの規制緩和の要望書に共通し、しかも、第一の項目にあげられているのが、「労働者派遣事業と有料職業紹介事業の自由化」である。労働者派遣事業については、一九九六年六月の国会で法改正が実現し、同年一二月の政令によって、従来の一六業務に加えて、新たに一一業務が付け加えられることになった。

【表】労働者派遣法対象業務の拡大

 現行16業務     追加11業務
■ソフトウエア開発   ■図書の製作及び編集
■機械設計       ■OAインストラクシヨン
■放送機器等操作    ■インテリアコーディネーター
■放送番組等演出    ■広告デザイン
■事務用機器操作    ■アナウンサー
■通訳・翻訳・速記   ■研究開発
■秘書         ■事業の実施体制に関する企画立案
■ファイリング     ■テレマーケティングの営業
■調査         ■セールスエンジニアの営業
■財務処理       ■放送番組などに係わる大道具・小道具
■取引文書作成     ■手配旅行に係わる添乗
■デモンストレーション
■添乗
■建築物清掃
■建築設備運転・点検・整備
■案内・受付・駐車場等管理


 有料職業紹介については、中央職業安定審議会が一九九六年一二月二四日、現行二九職種の限定を廃止する方向で、ホワイトカラーについては全面的に自由化することを骨子にした最終報告をまとめ、岡野労相に手渡した。「労働省はこれをもとに職業安定法施行規則を改定し、一九九七年年四月から施行する方針」という。報告は、「不適切な職種(建設現場作業、港湾荷役、製造業の生産労働、風俗業など)以外は原則自由化方式への転換を求めており、ホワイトカラーの場合、学卒後一年未満の事務・販売従事者以外は自由化する。その結果、対象雇用者数は一五%から六〇%程度に拡大する。紹介手数料の上限は現行通り「賃金の一〇・一%の六カ月分」であるが、コンサルタント料などの名目の手数料を認め、求人企業だけでなく、リストラ(事業の再構築)で人員削減を図る企業からも受け取れるようにな」るという(朝日新聞一九九六年一二月二四日)。

 (2)五年以下の有期(短期)契約の合法化

 一九九三年の労働基準法研究会労働契約部会報告は、契約期間について、労働基準法で認められている一年以内の「有期雇用契約」を三年から五年に延ばすことを提言している。正規雇用については期間の定めのない契約を原則とするとされてきたが、三年から五年の有期契約が導入されると契約期間満了によって雇用を失うのであるから、これは事実上の「解雇」である。二二歳で大学を卒業すると、五年毎に契約を締結することができたとしても、二七歳、三二歳、三七歳、四二歳、四七歳、五二歳・・・という節目が予想される。
 有期契約の導入は、日本の現実では、労働条件が向上する転職ではなく、より不利な労働条件の仕事や雇用形態への転職を意味している。この現実をそのままにしての有期契約の導入の提言という点に注目しなければならない。
 若い女性については、日本の現実では、すでに「若年定年制」が判例で違法とされたが、この五年契約では、二七歳や三二歳あたりで契約を締結することが困難となることが簡単に予想できる。男性についても、事情は大きくは変わらないと言える。つまり、四〇歳を超えると同様な困難が予想され、五二歳での契約締結は実際には不可能と考えられる。
 すでに、派遣や臨時職員など非正規雇用の多様な形態が用意されている。労働者派遣自由化の論議のなかで、すでに六〇歳以上については就職困難を理由に対象業務の制限がないが、これを五〇歳以上に拡大することが提言されている。有期契約の導入は、女性労働者だけの問題ではない。中高年男性労働者のリストラ化がねらいである。男性常用労働者をターゲットにして、四〇歳台以上の労働者が契約期間満了ごとにリストラの対象となることを意味しているのである。
 労働者派遣事業にしろ有料職業紹介事業にしろ、従来の常識からみればきわめて縁辺的でマイナーな問題である。労働組合や男性正規従業員のなかには、有期契約や労働者派遣や有料職業紹介を他人事と思っているものが少なくない。前述のように、二一世紀に向けて人事管理の全面的見直しを進める経営者団体が規制緩和の第一項目として重視していることに目を向ける必要がある。
 なぜ経営者団体が、これらの自由化を規制緩和のトップに掲げるのであろうか。それは、明らかにリストラ(常用雇用の破壊)を前提にしているからである。企業に帰属し、企業のなかに定年まで安住できると幻想を持っている男性常用労働者を企業から排除することが規制緩和の目的である。「企業内余剰人員」は数百万人にのぼると経営者団体幹部を放言している。こうした「余剰人員」が企業から放逐されると、その転職が問題になる。就職斡旋が、公共職業安定所から営利的な有料職業紹介業者や労働者派遣業者のビジネス・チャンスとして開放される。労働者の雇用不安を営利企業のターゲットとする、ドライな考え方が経営者団体幹部から異口同音に語られているのである。(なお、「人材派遣の自由化で『サラリーマン』がいなくなる!?」週刊ビーイング一九九七年一月二日・九日号参照)

 (3)労働法制改悪と労働行政の公共性の後退

 「建前として憲法やILO条約を守る必要もあるから、労働省は、まさか、経営者団体のようにそこまでドライには考えていないのではないか?」
 こんな「幻想」があるかもしれない。しかし、「連合」が唯一の労働組合代表となっている三者構成の労働省の審議会のなかで、労働行政の公共性を主張する正論はどこからも出ていない。職業安定行政の現実をみても、企業の進める雇用調整や非正規雇用の拡大を追認し、それを補完するという企業追随的な消極的な傾向が強まっている。
 ILO条約にしても、その扱いはきわめて欺瞞的である。ILOは、一九九七年の総会で有料職業紹介所条約の見直しを進めようとしている。その目的は、狭義の有料職業紹介所以外の雇用に関連する民間サービスの拡大のなかで、労働者派遣事業や就職情報提供や職業訓練サービス業者について適切な規制を加えること、それによって、弊害を生み出さないように国際的な原則を確立することを新条約の課題としているのである。さらに、名目的な自営業者や事業場内下請労働者の保護を目的とした「契約労働」(contract labor)条約(または勧告)の採択を目指す論議も提言しているのである。ところが、労働省は、こうした動向を熟知しているはずであるのに、日本国内では、ILOも有料職業紹介所の規制を緩和する方向にあると一面的に宣伝している。労働省にとって都合の悪い、労働者保護の新たな拡大や規制の強化については口をつぐんでいる。ILOの新たな基準が明らかになってから労働者派遣法の改正をするべきであるのに、前年の一九九六年に緩和の方向で改正を急いだ。さらに、有料職業紹介の自由化も一九九七年の四月から実施しようとしているが、六月のILO総会で有料職業紹介所条約の見直しがあるのだから、それを待って新条約に適合的な内容での法改正をするのが当然であろう。ところが、新条約の内容が確定してからでは都合が悪いので、その前に、規制緩和の方向での施行規則改正を欺瞞的に進めてしまおうというのである。(一九九四年六月、ILOパートタイム条約が採択される直前の一九九三年一二月にパート労働法を制定したのと同じ手法である。条約の定める同等待遇やフルタイムへの転換権などの原則は、パート労働法では完全に無視されている。)
 憲法やILO条約の理念から掛け離れ、それを覆い隠そうとまでする、歪んだ労働行政が進められている。労働者保護という労働行政の本来の公共性は軽視ないし放棄される傾向が強い。正論をはく自主的労働組合の代表や学識経験者は労働行政からは敬遠される。一方で、関連民間業界をもたなかった労働省は、営利的な派遣業者や有料職業紹介業者の関連民間業者団体を育成し、官民癒着の現実のなかで特権官僚らの天下り先を開拓しようとしている(労働省の経済官庁化。官民癒着による厚生省官僚の腐敗を見よ!)。こうした労働行政の後退にしっかりと目を向け、憲法やILO条約の理念や原則の具体化を求めることは、労働組合にとって大きな課題である。

 四 労働組合の根本的な発想の転換と組織的な脱皮の必要性

 (1)労働側の鈍い対応

 経営者団体や労働行政のテンポの速い動きに対して、労働側の対応はいかにも鈍い。
 労働組合は、非正規雇用を中心とする未組織労働者を代表する憲法上の義務がある。憲法やILO条約の定める原則は、不安定雇用を含めて労働者全体を代表する労働組合の役割を重視している。憲法第二八条は、正規従業員や正規公務員の比較的に恵まれた労働条件や身分を守るだけの「特権的な地位」を保障しているのではない。自らの「特権」を守るためには、差別された「非正規雇用」労働者の低い労働条件や不安定な雇用を問題にすることをしないという、「利己的」な労働者やその労働組合の権利を憲法が人権として保障しているとは考えられない。労働法基本権は、最も差別され抑圧された労働者のためにこそ保障されているのである。
 雇用の流動化は、すでに労働組合の弱体化という具体的な結果を生み出しているが、一層の規制緩和のなかで、現状のままでは、この傾向はますます強まると予想される。最近の動きは、労働組合が形骸化・弱体化しつつあることを示している。とくに、一九九六年末に発表された労働組合の組織率は、二三・二%と前年よりさらに〇・六%低下したが、これは二一年連続の低下でこの間に実に一〇%を超える大幅な低下を記録し続けてきた。

        【表】労働組合員や労組組織率の推移

    年  90   91   92   93   94   95   96
 雇用労働者 4875  5062  5139  5233  5279  5309  5367
 労働組合員 1226.4 1239.7 1254.1  1266.3 1269.9  1261.4 1245.1
   連 合 716.3 761.5  764.2  781.9  782.3  772.5  765.8
   全労連 83.5  84.0  85.8   85.5  85.6   86.0  85.9
 組 織 率 25.2  24.5  24.4   24.2  24.1   23.8  23.2
   〈注〉単位・万人、組織率は%。労働省調べ
   (朝日新聞1997年1月10日より)

 雇用の流動化が進むなかで、労働組合がすべての労働者を代表してその雇用や権利の擁護に働くならば、むしろ労働者の結集を進める可能性は広がっているのであるから、組織率を高めるはずである。現実に、地域的な一般組合のなかには急速に組織を拡大している労働組合もある。労働組合の意識的積極的な対応がいまほど求められているときはない。

 (2)労働組合の緊急の課題

 戦後直後の産別主導の労働者権の歴史的伸長と一九五〇年代の「ニワトリからアヒルへ」の転換による総評労働組合運動による資本への抵抗によって、形成された労働法体系とそれに基づく、労働者の権利や労働組合の権利が、いま規制緩和の動きのなかで、根こそぎ奪いさられようとしているのである。この点の認識と危機意識が余りにも労働組合に弱い。紙数の制約があるので、労働組合の当面する課題について二つを指摘したい。
 一つは、労働法の規制緩和に明確に反対することである。戦後の労働法が希薄な内容ではあるが、確立してきた労働者の権利をより具体化することが必要である。日本では、労働法の規制強化こそが求められることである。長時間労働、過労死や単身赴任など日本的雇用のもたらす大きな問題は解決していない。むしろ、企業間、性別(男女)、雇用形態による差別の存在、就業規則による企業主の強大な人事権を法律によって規制するという立法的課題を積極的に提起することが必要である(例:最近の解雇規制法や労働契約法など)。さらに、これを労働協約でも追求することである。
 次に、いま最も重要な課題は「雇用」のあり方にこだわり、無権利に放置される非正規雇用の拡大に反対することである。労働組合を弱体化するために、各国の資本家が共通して採用してきたのは、雇用形態の多様化、すなわち、標準的な雇用(直接雇用・常用雇用)に代えて、標準的でない非正規雇用(間接雇用・不安定雇用)を拡大することである。この非正規雇用の拡大は、その当事者の無権利を生み出すだけではなく、労働組合への加入を困難にするという点で、労働組合への攻撃、団結破壊でもあることに注目するべきである。
 とくに、パートタイマーや派遣労働者の労働条件が正規従業員のそれの数分の一でしかないという同等待遇の原則が確立していない日本では、非正規雇用の拡大は常用雇用の破壊をもたらすことは明らかであり、その影響はヨーロッパ諸国とは比較できないほどに大きい。ところが、インターネットを通じての一一〇番活動でも派遣労働者の権利擁護に最も有効なことは、労働組合が派遣労働者を組織化し企業と団体交渉することであるが、現実に派遣労働者を受入れて闘おうとする労働組合が少なく困難に直面する。
 未組織労働者のために闘わない労働組合は、いずれ社会的支持や道徳的権威を失い、団結権という「特権」の見直しが、近い将来、経営者団体から提起されることは目に見えている。いまこそ、労働法制改悪の究極の意図が、この団結権否認にあることを自覚し、急いで論議を深め未組織労働者の組織化を展望した新たな行動を始めなければならない。


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