高齢者虐待に関する立命館大学の報告 2000年十一月十一日(土)  日本でも高齢者虐待に関する調査研究が近年ようやく行われるようになってきた。しかし、高齢者虐待に対する社会的な認識は、虐待への援助、介入等の取り組みが本格的に為されていないことからもわかるように依然低い状態である。。

 今日、介護問題の一側面として顕在化した高齢者虐待は、高齢者の人間としての尊厳を損なう人権の侵害であるだけでなく、生命に関わる問題でもあり、すべての人が問題意識をもち、深刻に受け止めていく必要がある。また、虐待は肉体的虐待のみならず、高齢者の精神、財産をも深く傷つけるものでもあり、本研究では、海外の取り組みも視野に入れた幅広い視座からの考察を行っている。

 実際のケースに対応するためには、援助、介入という緊急の取り組みが必要な課題に加えて、予防、さらには事後対策にも力を入れなくては真に問題の解決にはつながらない。本学は、高齢者虐待防止法の試案を作成することにより、高齢者虐待の全体像の把握とその対応策に迫った。

T 虐待の定義

 アメリカの高齢者虐待の権威、ウルフ博士の研究によれば、高齢者虐待は次に挙げる五つを高齢者(日本では65歳以上)に為すことと定義され、現在通説となっている。

    1 身体的虐待

  2 性的虐待 4 精神的虐待

3 経済的虐待 5 放置などによる虐待

U データに見る高齢者虐待の現状

1 被虐高齢者の性・年齢階級

 在宅介護支援センターが1999年に半年にわたって調査した、虐待または介護の放棄を受けた60歳以上の高齢者は下表のとおり144人であった。

 
  合計  男
合計

 %

144

100.0

41

100.0

103

 100.0

60〜64

65〜69

70〜74

75〜79

80〜

   4.2

   6.3

  12.5

  20.1

  53.4

   7.3

   9.8

  12.2

  17.1

  51.2

   2.9

   4.9

  12.6

  21.4

  54.4

 性別では男性41(28.5%),103(71.5%)となっており、年齢的には高年齢になるほど虐待を受ける割合が高くなっている。

 2、虐待者の年齢階級別       

 
~30歳代 40歳代 50歳代 60歳代 70歳代 不明  計
 9人  25人 21人 11人  8人 71人 145
 6.2 17.2 14.5%  7.6%  5.5% 49.0% 100.0%

大阪高齢者虐待研究会調べ

3、虐待者の主な虐待要因

 
合計 人間関係の不和 金品の搾取 就労関係 介護等に伴う精神的不安定 アルコール依存 若い時の苛め 介護疲れ その他
182  36 20 20   17  9  7 19 42
100.0%  19.8 11.0 11.0   9.3 4.9 2.8 10.4 29.6
100%  15.5 14.1 12.7   11.3  127 2.8 4.2  26.7
100%  22.5  9.0 9.9    8.1  ――  4.5 14.4 31.6

人間関係不和が最も高く、次いで金品の搾取と家族の失業や事業の失敗による就労

 関係、身体的介護疲れ、介護に伴う精神的不安定となっている。その他には、家族員の

 アルコール依存症、高齢者による過去のいじめなどがある。 

4、虐待の種類別

  ・世話の放棄、拒否、怠慢   56,9%

  ・身体的虐待         38,9% 虐待の種類別に見ると、「世話の

  ・心理的虐待         31,9% 放棄、拒否、怠慢」が最も多い。

  ・経済的虐待         15,3% また、虐待者の内訳では、「同居

 ・性的虐待           2,1%  の嫁」、「同居の息子」、「配偶者」

大阪高齢者虐待研究会調べ  (複数回答)    が三大加害者となっている。  

5、高齢者の痴呆の有無 6、虐待者の性別

 
痴呆有 痴呆無 不明  計
 16 86 17 119
13.4% 72.3% 14.3% 100.0%

大阪高齢者虐待研究会調べ

虐待者の性別は、男性69人に対し、女性68人でほぼ同じ割合だった(回答145人)

7、高齢者の虐待に対する行動(複数回答)

 ・あきらめている     50,9% 高齢者が虐待に対してこのよ行動を

  ・相談できない      16,4% とる原因は「加害者に知られるのが

  ・家を飛び出す       13,5% 怖い」、「相談手段がわからない」、

  ・事実を隠そうとする     9,9% 「見放されたら困る」などであった。

   大阪高齢者虐待研究会調べ  

 

V 高齢者虐待における事例

  次に高齢者虐待のその実態を把握するために、Tの定義に示されていたことを3つの家庭

   内で起きた事件と、1つの施設内で起きた事件とで掴んでいただきたいと思う。また、後述での

   対策とこれらの事例が照合するのかというところも確認していただきたい。

 1.身体的虐待(本文では介護の放置、もしくは怠慢も含まれる)

    デイサービスの入浴時に、職員が利用者Aさん(83歳、女性)の体に数ヶ所の内出血がある

   ことを発見した。本人に確かめたところ「転んだ」との答えであった。しかし、腕の内側など、内

   出血の場所に疑問を感じたのでよく聞いてみたところ「息子に暴力をふるわれている」と話しは

   じめる。本人は、排泄行為で失敗すると息子に怒られ、暴力をふるわれることが多いと話す。

   また、息子自身がアルコールへの依存傾向にあり、お酒を飲むと八つ当たり的に暴力をふるう

   こともあるとのことである。

    Aさんは痴呆症状があり、トイレは自力でうまくできない。また、物忘れがひどく、長男の問い

   かけや指示にすぐ応じれないこともある。

    さらに家庭状況をみていくと、前述のようにアルコールにより長男は働けず、その妻が生計を

   支えている。妻は多忙であり、家事やAさんの介護など家庭のことに全く関わっていない。す

   べて家事や介護は夫の仕事となっている。一方、同居していない長男夫婦の子供たちは、そ

   れぞれの生活もあり、自分たちから積極的に長男やAさんに関わろうとはしない。

    つまりこのケースでは、長男による、母親への身体的暴力(叩く、物を投げつける)と母親の

   食事の用意や排泄の介助などにおける不適切な介護があげられる。また、一方で、長男が母

   親を介護していることへの妻の無関心・無視もあげられる。

 2.性的虐待

   74歳の女性は錯乱や痴呆症状の悪化のため診察を勧められた。身体的検査の結果、膣

    からの悪露と会陰部の出血を認めた。夫が残されている唯一の愛の表現だということで妻に

    対して性交を強いていたことが判明した。

     彼女にはもはや何が起こっているのか、身体を傷つけられることが何なのかを理解できなく

    なっていた。情緒面で負った傷(トラウマ)もまたひどいものであった。

     患者自身は家庭医に対して漠然としたうずきや痛みを頻繁に訴えることで、問題のあること

    を示そうと努める。いつもと違う訴えを無視してはならない。 

 

W 施設虐待の裏には介護保険

 高齢者処遇研究会の調査によれば、全国の特別養護老人ホームにおいて、虐待や不適切な行為と思われる事例があったと答えた施設は32%に及び、中でも施設職員による虐待が55%と半数を超えている。

 1 特養ホームの入所者の実態

 1992年の(老人ホーム基礎調査)によると、入所者の平均年齢は男性78・8歳、女性82・0歳と高齢化が進み、85歳以上のお年寄りが全体の3分の1を超えるまでになっている。痴呆の入居者が全体の7割に達し、重度痴呆症の方も約3割に達している。 現在この数字はさらに増していることも考えられ、高齢・虚弱化の中で施設職員の介護量は極端に増加している。

 2.改善されない職員配置

 介護保険導入によって、職員の配置基準はそれまでの、入居者4・1人に対し職員1人以上から3人に1人以上に代わった。

 しかしこれには抜け道があり、「減額施設」となってほんの少しの収入減を覚悟すれば職員配置は基準以下でも問題とならず、また職員のうち一人が常勤であれば残りはパート換算でもよいとされている。働くものからの実感からすれば、逆に配置基準が悪化したとの印象を受ける。

 3.介護保険で進むリストラ、労働強化

 措置制度で放漫経営の許されていた社会福祉法人の経営者たちは、介護保険になって措置施設から契約施設への転換を迫られ、困惑している感がある。経営が不安定になるとして、人件費の削減に躍起となり、ベテラン職員を解雇、常勤職員のパート化、給料の大幅カットを強行している。

 施設内での虐待が日常化していく理由には、低賃金で重労働を強いられる職場環境に大きな問題があるといえるだろう。

 4.高齢者施設における権利擁護 

 特別養護老人ホームなどでは、入浴介護等の面で、異性介護がいまだに行われているなど高齢者の人権を侵害しているとも取れる状況が往々にして発生している。高齢者施設では、高齢者はその日常生活のほとんどを施設職員にゆだねなければ生きて行けないという状況があり、それがプライバシーの侵害、ひいては虐待へとつながっているとも言えるだろう。

 そこで注目されるのが、施設オンブズマン制度である。施設外からの第三者の目を入れることにより密室化しやすい施設をオープンにするだけでなく、入所者のよき相談相手となり、自らの権利を守ることが困難な高齢者の人権侵害を阻止する役割を持っている。

X 電話相談に見る対策の現状(日本高齢者虐待防止センター調べ)

相談者の性別 
 
   男    女    計
  27人   118人   145人
  18.6%   81.%   100%

 

相談者の年齢階級別
 
30~40 50歳代  60歳代 70歳代 80~90   不明    計
  16   16人   29   23    5   56人   145人
 11.0%  11.0%  20.0%  15.9%   3.4%  38.6%  100.0%

3 相談内容の虐待該当状況別
 
該当 非該当  計
112人  33人 145人
77.2% 22.% 100.0%

4 虐待の相談内容の考察

 被虐高齢者が受けた虐待の種類では、半数を経済的虐待が占めていた。これは、その他の多くのアンケート調査の結果とは大きく異なるものであり、高齢者にとっての最大の関心事についてはまだ調べる余地があることを示している。。経済的虐待にかかわる相談が多い背景には、高齢者の年金収入は、世話をしている家族のものであるという生活慣行の存在や、不動産の名義が祖父母のものであっても、それを「家産」とみなし世話をしている長子が相続するのが当然であるとする意識があるからだといえるだろう。

5 電話相談以降の対応

 ほとんどの被相談者は相談センターに対して問題解決介入は望んでいなかったものの、時に介入を希望した場合には、地元に存在する各種の相談機関を紹介した。ここで言う相談機関とは、警察や福祉機関であるが、長年民事不介入の姿勢をとっていた警察の対応は冷たく、福祉機関の職員についても認識不足のためか消極的な取り組みが見受けられたとの声もあった。 

 

Y、高齢者虐待に対する主な諸外国の対応

<刑法からのアプローチ>

   イタリアの刑法では家庭内の高齢者に対する義務を明記した条項が含まれている。

 この条項に違反すると、懲役6ヶ月(家庭を見捨てた場合)から懲役5年(介護が必要な

 高齢者を見捨てた場合)の判決が下される。

  キプロスの刑法には、子供の義務として注目すべき条項がある。その内容とは

  「十分な生活手段を持つ17歳以上の者が、身体的、精神的衰弱のために食料、衣類

  住居を必要としている両親に対して必要なものを与えることを意図的に放棄した、あ

  るいは拒否した場合には軽罪で罰せられる。本条項に基づいて有罪となったものに対

して裁判所はそのものが保有する資産で被害者である両親から受け取った物は、両親

に戻すとの命令が下せる。」というものである。 

   デンマークの刑法にも介護の必要な高齢の親族やその他の人に関する条項がある。

<強制報告制度>

   ノルウェーで制作された市の保健サービスに関する医師向けの小冊子には、暴力の

  事実を報告するにあたって考えられる問題として医者は患者の秘密を守る義務があると指摘されている。また社会保護法で、深刻な被害を与える暴力が見られる場合には、警察に届けるよう求めており、また保健サービスの専門家にも報告する権利(義務ではない)があると明記している。

   欧州では唯一オーストリアだけが医師には報告義務があると法律で定めている。そ

の内容は、犯罪が行われ被害者が死亡や重傷を負ったケースや未成年や無力な立場にいる人が暴力や介護の世話の不行き届きから傷を負ったりしたケースが見られた場合には、医師は速やかに警察に届けなくてはいけない、というものである。

  しかし報告制度が確立されている国は少ない。その理由として次のことが挙げられる。

   ・高齢者に対する暴力を無視する専門家が少なくない。

 ・専門家の職務遂行上、秘密保持が要求される。

・専門家と被害者、あるいは専門化と加害者の間の信頼関係が損なわれる危険性。

・報告を専門に受ける中央組織がない。 

  またノルウェーで行われた調査の結果、報告を受け既存のサービスをコーデイネイト

  して提供し、その後の展開をモニターする公的機関を設けることが望ましいとした。

<避難所>

   ドイツでは家庭内暴力の被害者として高齢者のための避難所がある。避難所で働く 人は専門の教育を受けたソーシャルワーカーがほとんどである。    フィンランドでは家庭内で暴力を受けた高齢者保護が行き届いており家庭内暴力対応センターや避難所を中心とする戦略が非常に効果的であるとされている。 *その他には、緊急報告装置の設置、高齢者組織の創設、スタッフ教育等がある。