児童虐待レジュメ　金沢大学

　　　　　児童虐待　　　　　　金沢大学（堀池、永田、久保石）
　

一．通告制度

　　児童福祉法第２５条及び児童虐待防止法第６条の規定により、通告義務がある一定の場合に課せられているが、通告を怠ったときの罰則規定がないことや通告者の民事的、刑事的な免責規定がないなど論ずべき点は多い。

　１．罰則規定について

例えば、米国カリフォルニア州の法律は、通告を怠った者に対して六ヶ月以下の拘禁刑または１０００ドル以下の罰金、あるいはその両者の併科という刑事罰を科すことを規定している。そのような罰則規定は確実に通告義務の実効性を強めるであろうが、一方で、児童虐待に対して過剰な反応を招くことは否めない。現にアメリカでは誤認通告を受けた人々からなる"VOCAL（Victims of Child Abuse Legislation）"という組織が作られるなど、過剰な反応による被害が表出している。
日本では未だそういった罰則規定は設けられていないが、その問題に対しこれからどういった姿勢で臨むのか、検討が必要である。

　（考え方の例）

　1. 発見者が通告しやすいように通告の対象を明確化する。
　2. 通告されることで被通告者の名誉を傷つけないようにするために、虐待が疑われるものはとりあえず報告するという制度を定着させることにより「報告されたからといってかならずしも虐待と決めつけらたわけではない」という社会的な認識を形成させる。
①の問題点－結局、その規定された基準に従い判断を下すのは発見者ということになるが、よほど細かく定められない限り、その判断が非常に困難なものになるのは避けられない。
②の問題点－そのような社会的な認識は必ずできるというわけではない上に、その認識ができるまで相当な数の誤認通告がなされるであろうことは容易に想像がつく。

　２．免責規定について
　誤認通告をしてしまった場合の通告者の免責規定を設けることは、通告義務を広く人々に浸透させるためには重要であると思われる。早急に明文で規定すべきである。

二．虐待の子どもへの影響

　１．身体的影響

　　虐待を受けている子どもの身体は、同年代の子どもの標準よりもかなり小さいことがよくある。それは虐待のために家庭における食事が不十分であったりすることも原因ではあるが、愛情の不足も原因となる。愛情の不足が身体的な発育に影響を妨げる現象は、「母性剥奪症候群」、「剥奪性小人症」、「非器質性体重増加不良」などと呼ばれている。

　２．情緒的影響

過度の攻撃性
貧困な自己概念
他者を信頼する能力の欠如
人間関係における逸脱的行動
不適切な愛着行動、およびディタッチメント
心的外傷後ストレス障害（PTSD）
解離性障害（dissociative disorder）

など、多様な影響がある。

三．親権について

　1. 日本における親権の内容

　親権－未成年の未婚の子の身上及び財産上の監督・保護をするために親が有する権利と、負う義務の総称

　具体的には
　1. 子を監護教育する権利・義務＝監護教育権（居所指定権、懲戒権、職業許可権）
　2. 子の財産を管理する権利・義務＝財産管理権（代理権・同意権）

　日本の民法では、親権はこれを「行う」ものであるとし、また子はその親権に「服する」ものであるとしている。そして、その権利を持つ者は第一義的には両親である。したがって、親権とはその権利主体である親が自分の子及び国に対し有する権利であるといえる。そのことが持つ意味は大きい。なぜなら、そのことは親権喪失制度の基盤であり、親が何かと親権を口実にするのも親権がそのようなものであるという認識に基づいているからである。

　２．子どもの権利条約とイギリス児童法における親権

　子どもの権利条約第１８条は「児童の養育及び発達について父母が共同の責任を有するという原則についての認識を確保するための最善の努力を払う」と規定している。子どもの養育は親の権利とする日本の民法の考えとは対照的である。
イギリスの児童法（１９９０）では親権が Parents Rights から Parents Responsibility という親責任という考え方に転換が図られ、子どもの養育を権利よりも責任として捉える方向が明示されている。

　３. 日本民法の「親権」の妥当性

　日本の民法では、親権は親の子及び国に対しての権利として捉えられていることは前に述べた。問題はそれが果たして妥当であるか、ということである。そこで考えなければいけないのは、親権というものが、仮にそれがあることを前提とするならば、一体誰のための権利であることが望ましいかということである。それは、子どものための権利でなくてはならない。親権を親の権利と定めているがために、親の横暴を許すようなことが起こるのである（例えば、子に対する暴力行為に対し「躾である」とか「子をどうしようが親の勝手」と認識すること）。
従って、現行民法の規定は妥当でなく速やかに民法を改正すべきである。

　４．民法を改正した場合の効果

　現行民法の欠点は、子どもの監護教育や財産管理を「親の子及び国に対する権利」として捉え、法律を構成している点にある。そこで、それを「子の親及び国に対する権利」という観点で構成するように改めるべきである。改めた場合、次のような効果があると思われる。

①親権喪失制度はなくなる。親はそもそも親権などという権利を持っていないからである。
②親権に対する社会的な認識が改められるので、児童虐待に対して関係機関が家庭に介入しやすい。
③当然、懲戒権などというものは認められなくなる。

　四．児童相談所の機能

　１. 専門性の強化と職員の充実

　専門機関である児童相談所では専門職員が不足している。専門知識をもった職員の配置と増加しつつある相談件数に対応できる職員の増員が必要である。

　２. 関係団体との連携を蜜にしたネットワークの必要性

　児童虐待に関わる各地域の専門家や関係機関によるネットワーク委員会を設置し、各機関が連携して組織的、継続的に対応していくことが必要である。
　※関係機関－福祉事務所、町村役場、市町村保健センター、病院、学校、幼稚園、保育所、児童福祉施設、警察、民生委員、その他

　３. 民間団体の積極的な支援および活用

　公的機関への相談は何かとためらわれ、敬遠されがちであるが、民間団体への相談は気楽にできるという面があり、実際各地で実施されつつある相談所の相談件数も増加している。
これらの団体の育成と相談員の養成、相談場所の提供など、児童相談所は積極的に支援し、これらの団体との連携を密接にすることが必要である。

　五．ケア

　１. 親権者に対するケアの制度化

　親に対する治療や援助の手段が乏しく、特に問題意識のない親や拒否的な親、それと虐待が世代的連鎖の場合、介入や継続した関わりが極めて困難な状況にある。米国のような司法が直接介入するような制度の検討が必要である。

　２. 親子の分離

　虐待を受けた子どもは様々な心の傷を負っており、対人関係障害から施設における集団処遇になじまないといわれている。子どもの権利条約（第２０条３項）も個別処遇を原則とし、施設処遇は例外としている。子どもの最善の利益の観点から個別処遇制度による育成について検討することが必要である。

参考文献

「子どもの虐待」　西澤哲　誠信書房
「児童虐待」　明治学院大学立法研究会編
「子どもの性的虐待」　北山秋雄　日本看護協会出版会
「児童虐待の社会学」　上野加代子　世界思想社
「子供の愛し方がわからない親たち」　斎藤学　講談社
現代のエスプリ－トラウマとアダルトチルドレン　１９９７年５月１日第３５８号
児童虐待の刑事法的対応について　北陸法学　第７巻　第１号
児童虐待への対応　濱上征士　龍谷大学論集　平成９年７月第４５０号
＜児童福祉ワ－クショップ＞「児童虐待に関するセミナー」　　　児童青年精神医学とその近接領域　Ｖｏｌ．３９、Ｎｏ．３
児童虐待救済の実情とこれからの課題　自由と正義　１９９９年１２月号第５０巻
「児童虐待」　泉薫　法学教室　１９９５．６－Ｎｏ１７７
「親権の濫用と親権喪失宣告」　南方暁　判例タイムズ　Ｎｏ７４７
「親権制度の改革」　津崎哲朗　ジュリスト　１９９５．１．１－１５
「子どもの権利条約と家族法」　鈴木隆史　ジュリスト　１９９５．１－１５
「児童虐待」　池田由子　中公新書　１９９８．８．２０
「児童虐待対応のネットワークについて」　静岡県　平成１２年３月
「子ども虐待　アメリカの教訓」　砂金玲子　ＮＨＫ出版　１９９５．６．３０