高齢者虐待の対策       '00.11.11 金沢大学(河合、済藤)
 

はじめに

 我々は高齢者虐待について調べていく中で、現行法の限界と新たな法施策の必要性を感じた。高齢者虐待に対する社会の認知度の低さは、高齢者の人権に対する認識の低さの裏返しである。高齢者福祉に携わる人はもとより、社会全体の意識の改善が求められている。
 真に虐待をなくすには事後的対処法も確立されなければならないが、長期的視野に立って高齢者の生活を支援する仕組もあわせて考えなければならない。ここでは経済生活支援に着目してみた。

1.高齢者虐待の類型

 定義についての議論はいろいろあり、どれも重要であるが、我々は虐待の実態をつかむために必要な視点として以下の2点に着目した。

(1) 家庭内と施設内

 虐待防止を制度化するにあたって、それぞれのケースに適した実質的対応を考える必要がある。しかし、施設が社会に対しオープンになり、より複合的に対応できる方法も求められている。

(2) 経済的虐待

 児童虐待には見られない特有の形態である。高齢者に年金などの現金を渡さない、または取り上げて使用したり、高齢者所有の不動産などを無断で処分するなどにより、過度の経済的不安感を与えたと見受けられる場合をいう。
ある調査で出された統計によるとその割合は全体の15.3%と低い。しかし、高齢者にとって財産を奪われることは生活手段を奪われるに等しいことなので被害は深刻である。
 また、この分野に着目するもう一つの意義として、被害が認識されやすいため対応策も確立しやすいという点があげられる。具体的には財産保全・財産管理さらには経済生活支援員派遣などで高齢者の「(自己決定が可能な)自立した生活」を実現できるのではないだろうか。
 

2.現行法による虐待対策

(1) 家庭内虐待対策

・ 虐待の発見は医師やケアサービス員によるものがほとんどであるが、医師には守秘義務があり患者の情報を外部に漏らすことはできない。

 <現状での対策>
  @デイサービスなど介護サービスの利用による介護負担の軽減
  A地域住民、民生委員による定期的な訪問により虐待の早期発見に務める
  B高齢者問題の相談機関の活用
  C行政による広報活動
  D刑法上の犯罪、民法上の損害賠償などの法律問題として取り上げる

 <問題点>
  @ の場合では介護度認定や経済力などの制限がある。
  A の対策は近隣との付き合いが希薄な新興住宅地ではなされにくい。
  D はこれまでの「法は家庭に入らず」の風潮のなかで被害者が一方的に絶え、訴えようとせず第三者が介入して救済することが困難であった。

(2) 施設内虐待対策

・施設内で虐待が起こる要因は、職員の人権に対する意識の低さと虐待行為に追い込まれる厳しい労働環境の両側面にある。よって、双方からの対策が必要である。

 <現状での対策>
  @『老人福祉法』
    第18条第2項 都道府県知事による施設調査
    第18条の2  都道府県知事による改善命令
    第19条第1項 厚生大臣、都道府県知事による事業改善・停止命令
  A『労働基準法』
    第101条第1項 労働基準監督官の権限
  B オンブズマンによる内部調査・施設運営の監視
  C 虐待根絶に向けての施設の改善

 <問題点>
  @ は「老人福祉のために必要があると認めるとき」に認められると規定されているが、いかなる場合を指しているのか。虐待をなくす実質的効果はあるのか。
  A ついては、介護保険導入後の経営不安定化にある施設に職員の労働環境の積極的改善を求められるか疑問である。
  B については、民間の活動による場合は施設が調査を拒否することもありえる。
  C はそれぞれの施設職員の努力によって達成できる部分と、行政からの支援が必要な部分(人材確保、施設設備、職員の講習など)があるので、行政も含めた施設間のネットッワーク化が必要である。

 いくら制度が整っても、施設職員の虐待に対する認識の低さが改善されなければ、高齢者の人権を侵害する行為が無意識に行われ続けていくのである。現場の職員の人権意識を高め、高齢者にとって十分なサービスが提供できる施設の運営体制を社会全体で整えていく必要がある。

(3) 経済的虐待対策

 <現在考えうる取組み>
  @『成年後見制度』
  A『地域福祉権利擁護事業』
  B自治体独自の取組み
   (例)大阪府「あいあいねっと」の経済生活支援事業
    @財産保全サービス
     ・通帳、印鑑、年金証書、不動産権利証書、実印、銀行印等の安全保管
    A財産管理サービス
     ・預貯金の出納代行
     ・公共料金、医療費、生活諸費等の支払い代行
     ・保険加入、住居の維持補修等の手続き代行
     ・預貯金の安全確実な運用(普通預金の定期預金への振替)
     ・出納状況報告

 <問題点>
   @ は「自己決定の尊重」「残存能力の活用」「ノーマライゼーション」という新たな理念を掲げて今年4月に始まった。しかし、今改正は民法の法律行為能力に関する制度として組み立てられたにとどまったため、経済生活支援の制度としては不十分である。
   A は@を保管するものとして1999年9月から始められたものだが、ともに痴呆性
   高齢者、知的・精神的障害を持つ人を対象にしたものである。よって身体介護を要する高齢者や身体的障害を持つ人の財産管理は対象外である。またこのサービスを受けるには事前に社協と契約を結んでおかなければならない。
   B は大きな自治体では進んでいるが、人材不足などの理由から相談事業を主として財産保全は事業からはずしている自治体も見られる。東京都においてすら痴呆性高齢者を事業の対象からはずすなど実質的には機能していない場合もある。
   C @は申立、A,Bは契約によって開始される。利用手続きの煩雑や高額な利用料の設定は避けるべきである。
 

3.高齢者虐待対策の提言

(1)「高齢者虐待防止法」作成の提言

 現行の法制度では、施設内という特別な環境下や各家庭の内部には法の効力が及びにくく虐待が野放しになっているのが現状である。これは高齢者虐待を包括的に取り扱う法律が日本に存在しないからである。そこで我々は高齢者虐待を防止し、虐待された高齢者の保護、虐待の再発防止を目的とした「高齢者虐待防止法」の作成を提唱したい。

 <内容>

  @施設オンブズマン受け入れ拒否の禁止
  A福祉施設監視機関「ホーム監視局」の設立
   (ドイツの先例。悪質な機関には事業認定取り消しが可能)
  B福祉施設の情報開示の義務化
  C通告制度の確立
  D通告後の保護へのルート確立
  E行政機関による積極的な啓発広報活動
  F悪質な施設には業務停止、改善命令、施設名公開などの罰則を与える。
  G家庭内虐待者には刑事罰ではなく、虐待者のカウンセリング・教育を行い虐待の再発防止に努める。

 <論点>
  ・施設業務停止後の利用者の受け皿の確保
  ・虐待者に刑事罰をあたえるべきか。
  ・通告制度の徹底は可能か。
  また、「高齢者虐待防止法」とは別に、アドボカシーの観点から長期的に高齢者の生活を支援する施策も必要と思われる。

【アドボカシ−(advocacy)】
  当事者が自らの権利を主張できない状況にある場合、生活を含むあらゆる面でその人の権利を守り、当事者としての自己決定ができるように支援するとともに、それと実現できるようにするための援助システム

(2)生活支援制度

 <内容>
・福祉的視点から総合的法律を創り、高齢者や障害を持つ人の自立した生活を支援
・財産管理と身上監護の複合的システム
・医学的鑑定と社会的鑑定をあわせた新たな能力判定審査基準と審査機関で実質的審査を実現

 <論点>
・適正な後見人の確保〈選任の問題と財政的問題〉
・管轄省庁の設定

(3)福祉施設運営適正制度

・ 介護保険法、社会福祉法などの制定により、今後ますます福祉事業への民間企業の参入が進むと思われる。事業体の運営が適切に行われ利用者への生活保障を確実にするため、施設には「苦情処理窓口」の設置が義務付けられることになった。また、行政の側でも苦情処理委員会を設置するなどの動きが見られているので、両者が連携して合理的に機能するよう、施設周囲の運営も適切におこなって欲しいものである。

<参考文献>
〇「高齢者虐待」いのうえせつこ著、親評論、1999
〇「施設内虐待 なぜ援助者が虐待に走るのか」市川和彦著、誠信書房、2000
〇「高齢者虐待を防止するために」杉岡直人著、現代のエスプリ383号 p174‐185
〇「在宅での高齢者虐待をもたらす要因について−諸外国および日本における研究のプレビュー」白井キミカ・黒田研二著、社会問題研究(大阪府立大社会福祉学部)48号
○ 「"老人虐待"の予防と支援」高崎絹子他編、日本看護会出版会、1998
○ 「高齢社会と自治体」野田愛子他編、日本加除出版、1998
○「改正成年後見制度のすべて」赤沼康弘、菊地利博共著、日本法令、1999
○ 「高齢者虐待防止に取り組む」朝日新聞大阪厚生文化事業団、高齢者虐待防止研究会、2000年
○http://www5/wind.ne.jp/simiz/sisatu/sekai/htm