(婦人通信1995年9月号(第438号)掲載文より)
「長岡京市の保育行政について」
脇田 滋
今年の3月17日、京都弁護士会人権擁護委員会は、私たち長岡京市立保育所の保護者の人権救済申立てを受けとめ、今井民雄市長に対して具体的な改善の措置をとるよう要望書を郵送した。要望書は、私たちの申立てを真剣に受け止めた詳細で説得力のあるものである。
1993年11月30日、私たち保護者(OBを含め、最終的に21名)は、それまでの6年間の市の保育行政と市立保育所7ヵ園の運営が、子どもと保護者の権利を尊重しないものであると考えて人権侵害救済の申立てを行った。各申立人ごとに申立ての内容は違っていたが、次の3点は共通であった。(1)子どもを担当する保母職員が、早朝(パート)、午前中(正規)、昼休み(パート)、午後(正規)、夕方(パート)と1日のうちに5人から6人もコロコロと入れ替わる「こま切れ保育」体制がとられていること、(2)市および保育所長が子どもの保育所での様子を保護者に知らせないこと、(3)保護者会に施設の利用を拒否したり、ビラ配布を妨害するなど否定的な対応をすることの3点である。
私は、大学で労働法と社会保障法を教えているが、子どもの発達相談の仕事をしている配偶者と、忙しい毎日のなかで3人の子育てに追われている。共働きの家庭にとって身近な保育所は心強い存在であり、保母さんを中心に自由でのびのびした保育の場に期待して3人の子どもを託してきた。
しかし2人目の子どもを預けていた8年ほど前から、京都でも高い水準を維持してきた長岡京市の保育が大きく後退し、状況は急激に悪くなってきた。
財政が苦しくなったことを口実にして保育所経費の節減が進められ、正規保母が13年間も新規採用されず、無資格パート保母との組み合わせによる「こまぎれ保育」が導入された。お散歩にはカラー帽子の着用を業務命令で、現場との協議によらず1方的に義務づけ、話し合いを求めたクラス担任保母72名を「処分」し(1987年)、保護者と保母の協力で進めてきた「合宿保育」も突然禁止した(1990年)。
市の保育行政の特徴は、保母の要求を認めないだけでなく、服務規律を盾に「処分」で威圧し、保護者会との話し合いを拒否するだけでなく、配布されたビラを引き抜くなど自主的活動を積極的に妨害する点にある。
話し合い抜きの8年連続値上げの結果、保育料(最高額)は2歳までは月約6万円で年間では約70万円と、隣接の向日市より年間20万円も高くなっている。その一方で、1993年10月には週休2日制の完全実施を保母の増員なしで行ったため、無資格パート保母を主力とした「こまぎれ保育」がより一層強まることになった。
弁護士会の要望書は、保育所が次代を担う子どもが健やかに育つために重要であることや、昨年に日本も批准した子どもの権利条約の意義を強調し、保母配置基準、保母の引継時間をゼロにしたこと、アトピー性体質児童に対する給食配慮のとりやめ、保護者に保育内容を知らせる努力、保護者会ニュースなどの配布の妨害について等に問題があると指摘する。結論として、今井市長に(1)昼休み時間にも、児童福祉法に基づく人数の保母有資格者を配置すること、
(2)保育所内で、保護者会のニュースや連絡文書の配布等の妨害を行わないことの2点の具体的改善を要望した。
それ以外についても、明らかな人権侵害とは言い切れないが、「総体的に見るならば、子どものよりよい保育を受ける権利にとってきわめて由々しい状況にあると言える」としている。
長岡京市が人権侵害改善を要望されたのはこれで2回目である。保母が生理休暇の申請書を出したところ、保母長が破り捨てたこと等をきっかけに人権侵害救済の申立が出された。1992年2月、京都弁護士会は、ぎりぎりの人員体制の下で、従来の予定表記入方式から前日か当日に申請を受ける方式に変えたことによって生休取得がきわめて困難になったとして、市長に改善の要望書を出していた。これら2つの要望書は、法律専門家の目から市の保育行政の異常さを確認したことになる。
しかし、公的保育をめぐる状況が根本的に変わったわけではない。最近も、市議会で保守会派や民間大企業出身の議員が、家庭保育優先を前提にして「保育所は経費がかかり効率的でない」という指摘を繰り返している。こうした声を力にして、長岡京市は、現在、市立保育所の「統廃合」など公的保育縮小の検討を開始しようとしている。
先輩の父母や保母たちの要望で築かれてきた保育水準は、この8年間に一挙に後退させられきた。私は、保護者会の役員として、市民として、人権侵害には毅然と立ち向かいながら、改めて「公的保育」の役割について考えさせられている。5歳の末子は年長クラスで残り1年だが、これからも、子どもを中心にした自由な人間としての交流の場である保育の現場を後の世代に引き継ぐためにも精一杯努力したいと考えている。
(長岡京市保育所保護者 47歳)
【註】「婦人通信」は、日本婦人団体連合会(東京都渋谷区千駄ケ谷4-11-9-303 電話03-3401-6148
FAX 03-5474-5585)が発行している月刊雑誌です。世界と日本の女性をめぐる興味深い記事を含む、きわめて良心的でリベラルな内容の雑誌です。
長岡京市の保育を考えるホームページに戻る
ホームページに戻る