孤高の江戸から明治の俳人 井上井月を紹介します
![]() |
![]() |
稲妻の ひかりうち込む 夜網かな− 三峰川公園 | 落栗の 座を定めるや 窪溜まり− 山頭火の句碑と並ぶ生家跡 |
![]() |
![]() |
降るとまで 人には見せて 花ぐもり− 井月の墓の句碑 | 何処やらで 鶴の声きく 霞かな−六道の堤 辞世の句 |
漂泊の俳人 「井上井月(せいげつ)」を紹介します 小説家、芸術家、アイドルと紹介しましたが、今回はみなさんもなじみの俳句の世界から無名の俳人を紹介します。井月と私の出会いはつげ義春の漫画「無能の人」(青林堂)に収録されていた一編の漫画「蒸発」です。そこに描かれた井月の「生きざま」はつげ義春の創作と思わせる奇妙なものでした。ところが去年教育テレビ人間講座「漂泊の俳人たち」で金子兜太が、芭蕉、一茶、山頭火、放哉、三鬼とともに井月を紹介した。 山頭火は私が大学生のときに深夜放送で永六輔が紹介し、ひとつのブームになった。10年前に家族旅行をしたとき、山口県で山頭火の句碑めぐりをして子供たちの大顰蹙をかった。三鬼は私がアメリカ留学の時にアメリカのケーブルテレビでNHKドラマ「人間模様−夜の桃」をみた。「中年や遠くみのれる夜の桃」の句が気に入り、日本に帰り本を購入し、再放送をビデオに録画した。しかし井月に関しては私の趣味の本屋めぐりでも本も解説書もみつけられなかった。創作の人物か実在の人物か分からないままであった。しかし今回井月の実在だ判明した。放送内容はつげ義春の漫画と同じでした。今は便利な世の中です。インターネットに本屋があります。井月で検索すると数冊の本があり早速注文した。資料はそろったので紹介します。 井月は明治まで46年前の江戸末期1822年に新潟県長岡に生まれた。17歳にして郷里を離れ、江戸に出たといわれるが詳細不明であった。35歳頃に長野県伊那谷に出現し、その後65歳(明治20年)で野垂れ死するまで伊那谷にとどまった。井月は伊那谷の温かい人々の情けの中で落ちこぼれ惨めだが穏やかに生きていった。昔の無名の人物であり、残っている事実は限られるので列記する。「武士であったらしい。書がうまい。酒が好き。定職がない。棲み家がない。暢気で楽天的で無欲であった。芭蕉を目標としていた。」 井月は伊那のお金持ちに、何かあると、訪れて句を読み、書をかき、酒を振る舞われ居候した。何もないと俳句を愛する知人をふらりと訪ね、居候した。しかし次第に相手にされなくなると、野宿し蚤にたかられ、子供に「乞食」とよばれ石を投げられても怒ることはなかった。「乞食俳人」とも呼ばれたが、井月は愛されていたのである。大正10年下島勲と高津才次郎両氏が「井月全集」を作り、芥川龍之介が跋文を書き「書と句」を誉めた。山頭火は病をおして井月の墓参りをしている。石川淳は諸国畸人伝で紹介した。時代の表に時々顔を出すが、依然無名のままである。しかし新しい世紀を前に、井月が再評価されると私は信じる。その句を紹介する。 1、行暮(ゆきくれ)し越路(こしじ)や榾(ほだ)の遠明り 2、立そこね帰りおくれて行乙鳥(ゆくつばめ) -----新潟から山を越えて来た。そして2度ほど帰ろうとしたが、また伊那に戻っている。 3、落栗(おちぐり)の座を定めるや窪溜(くぼだま)り 4、駒ケ根に日和(ひより)定めて稲の花 -----井月は伊那谷に落栗のように居心地よく居座った。塩原家の養子にも名前だけなったりした。 5、山笑う日や放れ家(や)の小酒盛(こざけもり) 6、霜の菊酒かもす家の暖かさ 7、酒さめて千鳥のまこときく夜かな 8、觴(さかづき)に受けて芽出たし初日影 -----井月の酒好きは無類である。酒をもらうと「千両、千両」である。その日は日記でもご機嫌である。 9、まろび出る筆の軽(かろ)みや朝霞 10、夕立や筆そそぐべき潦(にはたづみ) -----井月の字は実によい。筆は軽快である。潦は水溜りである、これで筆をそそぐ軽さが良い。 11、時雨(しぐ)れても中々ぬくき庵かな 12、なく?帆(ちどりほ)にくるまつて寝夜哉 -----井月は庵をもちたかったが、ついに持つことはなかった。野宿の夜も多かった。 13、降るとまで人には見せて花曇り 14、魚の寄る藻の下かげや雲の峰 15、来る風を涼しくうける簾(すだれ)かな 16、雨止めば冴え持つ空や梨の花 -----井月の澄んだ感覚は、自然の一瞬の温かさを受け止める。井月の生き方も自然の軽さである。 17、涼しさや銭を?(つか)まぬ指のさき 18、浮雲気(あぶなげ)な富は願わず紙衾(ぶすま) -----乞食に近い井月は、金銭には縁がなかった。酒と自然と句があれば幸せだった。 19、何処やらに鶴(たづ)の声聞く霞かな ----辞世の句である。3つ用意した中からこれを選んだ。 参考文献 @風呂で読む井月 大星光史著(世界思想社) A井月の俳境 宮脇昌三著(踏青社) B漂白の俳人 金子兜太著(NHK出版) C草庵生活と放浪の詩人 大星光史著(木耳社) (今回は難しかった。私は井月の心境を理解するにはまだまだ遠い。自らを「無」から「空」へ放り投げる俳句の深さにも遠く届かない。) |