第三十一話 縊人必笑 『中陵漫録』十一巻より

 水の中で長い間遊んでいると、四肢が冷えて筋骨が引きつってしまってそのまま沈み、水を飲んで、一度浮かんで笑った表情で死んでしまうことがある。人はこの笑いを見て「水虎(カッパ)に取られたのだ」というが、実はそうではない。

 一般に水を飲んで体に水が満たされると、必ず肛門は開く。水虎の仕業ではないのである。首吊りで死んだ人も皆このような状態になる。

 ただしこちらには死人の遺魂があって、再び別の人を首吊りさせる。おそらく、この魂が新しい人を誘い導き、迷わせて殺すのは間違いないだろう。笑いながら、あるいは肛門を開いて死んだからといって、必ずしも水虎の仕業ではない。僧に頼んでお祓いをして、首吊りした人の魂を忘却するのがよいのだ。

河童に殺されたときに笑いながら死ぬという記述が江戸時代の随筆によく見つかりますが、これはどうしてなんでしょう。この話がおもしろいのは、河童を否定している一方で、「魂が新しい首吊りをさせる」という解釈を肯定するところです。科学と宗教が混在しているところが江戸時代の面白いところです。


第三十二話 三善清行宰相、家渡語
             その一
『今昔物語集』二十七巻より

 今ではもう昔のことだが、宰相三善清行という人がいた。世間で善宰相と呼んでいる人がその人である。浄蔵大徳の父である。いろいろなことを知っていて、立派な人である。陰陽道の方面までも極めていらっしゃった。

 五条堀川の辺りに、荒れた古い家があった。不吉なよくないところだと言われて、人が住まなくなって長い時間が経っていた。

 善宰相は家がなかったので、この家を買い取って、吉日を選んでその家に行こうとした。親しい仲間がこのことを聞いて、「わざわざ無理に不吉な家に行こうとするのは、まったく意味のないことだ。やめておきなさい。」と言って止めた。

 それでも善宰相は聞き入れないで、十月の二十日頃に、吉日を選んで古家に移った。そのときの様子は、普通の家渡のように作法にのっとらないで、酉の刻ごろに、宰相は車に乗って、畳一枚だけを持たせて、その家に行った。(つづく)

三善清行が百鬼夜行と出会う話。話が長いので分けて紹介。


第三十三話 三善清行宰相、家渡語
             その二
『今昔物語集』二十七巻より

 到着するとその建物はいつ建ったか分からないほど古びていた。庭は荒れ放題、障子は破れ放題であった。善宰相は持ってきた畳を部屋に敷かせ、火をともさせた後、従者たちには「明日の朝来るように」と言って返してしまった。

 宰相がただ一人で眠っていると、夜中頃、天井の格子の上に、何者かがごそごそしているので気になって上を見上げると、天井の格子の一つ一つに顔が現れた。その顔はそれぞれ違っていた。宰相はこれを見たけれども、騒がないでいたところ、その顔は消えてしまった。

 またしばらくして見ると、南のひさしの板敷きから身長30センチぐらいの者たちが、続々と馬に乗り、西から東の方に向かって四、五〇人ほどが行進していった。宰相はそれを見ても騒がないでじっとしていた。(つづく)

一人で古家に宿泊する三善清行の前に化物が登場。くだりが江戸時代に書かれた稲生物怪録に似ています。


第三十四話 三善清行宰相、家渡語
             その三
『今昔物語集』二十七巻より

 しばらくすると、塗籠(ぬりごめ=衣服などを収める部屋。詳しくは古語辞典などを参照。)の戸を三尺ほど開けて女が現れた。その女は高貴な容貌で、扇で鼻や口を隠しながら現れたその様子はとても美しく、鼻や口はどんなにすばらしいだろうと思われた。

 宰相が目をそらさずじっとにらみつけていると、女はしばらくして扇をのけた。その鼻は赤くて大きく、口には牙が交差していた。女はまた塗籠に入って戸を閉めた。

 宰相はそれにも騒ぎ立てずじっと座っていた。すると庭の暗がりから浅黄色の着物を着た翁が手紙を持って、宰相の元に現れてひざまずいた。

 宰相が「何事を言いに来た翁か。」と尋ねると、翁はしわがれた小さな声で言うには、「私たちが長年住みついたところに、あなたがこのように住もうとするのは、私たちにとって大きな悲しみですので、お願いをしようと参上いたしました。」(つづく)

怪しいものを見たときは目をそらさずにじっと見るのが一つの対策であるようです。平清盛がにらみ合いをしたという「目くらべ」という妖怪もいましたね。


第三十五話 三善清行宰相、家渡語
             その四
『今昔物語集』二十七巻より

 宰相が答えて言うには、「お前の訴えはまったく不当だ。なぜなら人が家を所有するには、持ち主から持ち主へと権利を伝えて初めて家を得ることができるのだ。

それなのにお前は、人がきちんと手続きをして権利を伝えているのに、その人を脅かして住めないようにし、押し入って住みついている。

本当の鬼神というのは、道理を知っていて、それを曲げないからこそ怖ろしいのだ。お前はきっと天の責めを受けるだろうよ。

お前のすることなど老狐が人をおどかすようなものだ。犬一匹でもいたら、お前たち全員を食い殺させたのに。言い訳ができるなら言ってみよ。」

 翁が言うには、「おっしゃることはもっともです。ただ、この家には私たちが昔から住んでいたのです。人を脅かしたことは私の仕業ではありません。言うことを聞かない一人二人のものが勝手にやったことです。

もはやこれまでです。世の中にはあいたところも少ないので、私たちがここを出て行くところもございません。ただ、大学の南門の東の脇に、空き地がございます。許されるならそこへ行こうと思いますがいかがでしょうか。」

 宰相が「これは賢明である。すぐに一族を連れてそこへ行くがいい。」と言うと、翁が大きな声で合図をして、四五十人ほどの者たちがそれに答えた。

 夜が明けると、宰相の家の者たちが迎えに来たので、宰相はいったん家に帰ってあらためてこの家を改築させて移り住んだ。住んでいる間、怖ろしいことは少しもなかったという。

 妖怪に人間の理屈で説教をする清行。それに真正直に応じる妖怪の頭領。この時代には人間と妖怪の住み分けがきちんとできていたのでしょう。人間が行ってはいけない場所や時間があったように、妖怪も人間のエリアに登場するのはタブーだったようです。
 タブーを破ってひどい目に遭うというのはある意味当たり前で納得もいきますが、江戸時代になるとそういう「お約束」を守らない不条理な妖怪が増えてくるような気がします。裏返せば人間が妖怪との「お約束」を意識しなくなったことにも原因があるのでしょうが。


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