第十一話 内裏火災と菅原道真の怨霊 『大鏡』時平伝より

 内裏が焼けてたびたび造営していた。円融院の時代のことである。

 大工たちが屋根裏に張る板をきれいにかんながけして帰り、次の日の朝に来てみると、昨日の板にすすけたように見えるところがある。はしごに登って見てみると、虫の食った跡だった。

  つくるともまたも焼けなむすがはらやむねのいたまのあはぬかぎりは

と虫食いで文字が浮き出ていた。それもまた菅原道真がしたことなのだそうだ。

一夜でできた虫食いの跡が恨みの和歌を表す文字になっていたという不思議。「棟の板間」と「胸の痛み」がかかっています。


第十二話 吉田宗貞の家に怪異あること
     付タリ歌の奇特
『諸国百物語』五巻より

 越後国村上に吉田宗貞という裕福な町人がいた。この家ににわかに不思議なことが起こった。

 まず初日に蔵の乾の隅から美しい稚児が四、五人出てきて聞き慣れない小唄をしばらく歌って消えた。

 次の日は夕方に立派な侍の一人と六人とが刀を抜いて戦い、双方ともに討ち死にしてしまった。近寄ってみると皆灰になっていた。

 三日目には十六歳ぐらいの女郎が、薄衣に冠を着け、華やかに扇を広げて、今様を舞った後、消え失せてしまった。

 宗貞は驚いて立派な僧侶に頼んで、いろいろと祈ったり祈祷をしたりしたので、その霊験であろうか、四日目五日目六日目までは何事もなかった。

 七日目には火をおこしてある座敷の炉の中に雨蛙が一匹現れた。皆驚いて取って捨てたところ、あとからあとから一匹ずつ出てきて止まらない。

 宗貞は気の毒に思って、ある立派な禅僧に頼んだところ、禅僧は様子を見て炉の中に向かって歌を一首詠んだ。

  をきなかにこがれて物のみえけるはあまのつりしてかへるなるらん

こう詠んだところ、蛙は消え失せた。その後は何事もなかったそうだ。これは和歌の霊験である。

今、研究BBSで集めようとしている和歌の霊験の話。この和歌の解釈がもう一つよく分かりません。分かる方はBBSまたはメールで教えてください。「沖で舟を漕いでいるのは海士が釣りをして帰るところであろう」と「炉の中で焦がされているのは雨蛙であろう」とがかけてあるのでしょうが...


文福守鶴さんより『江戸怪談集(下)』(高田衛 編・校注 岩波文庫)にこの歌の解釈が出ているとのご教示を受けました。その部分は以下の通りだそうです。

(以下引用)
歌意は、赤い炭火の中に焼けた物が見えるけれども、雨に引かれて帰ることであろう。
「わだつみの沖にこがるる物見れば蜑(あま)の釣して帰るなりけり」(『枕草子』)
という、著名な歌を踏み、
「おき」は「沖」と「燠」、
「こがれて」は「焦がれて」と「漕がれて」、
「あま」は「蜑(漁夫)」と「雨」、
「つり」は「吊り」と「釣り」、
「かへる」は「蛙」と「帰る」など、
五つの掛詞を用いた、頓知即興のおもしろさがある。


第十三話 近衛舎人、常陸国の山中にし
     て歌を詠いて死ぬること
『今昔物語集』二十七巻より

 今ではもう昔のことだが、歌の上手な近衛舎人がいた。

 命令で東国に下ったとき、陸奥国から常陸国へ越える山で、焼山ノ関というとても深い山を通りかかった。舎人は馬の上で居眠りをしてしまい、しばらくしてはっと目を覚ました。

 「ここはもう常陸国だな。遠くまで来たものだなあ。」と思うと心細くなって、拍子を打って、常陸歌という歌を歌った。

 二、三回ぐらい繰り返して歌ったとき、深い山の奥から、怖ろしげな声で「ああ面白い。」と言い、手をぽんと打つ音がした。

 舎人は馬を止めて「誰が言ったのか。」と従者たちに尋ねた。従者たちは「誰も何も言っていません。何も聞こえませんでしたが。」と答えたので、舎人はぞっとして怖ろしがりながら、そこを通り過ぎた。

 その後、舎人は急に気分が悪くなり、病気になったように思われた。従者たちが不思議に思っていたところ、舎人はその夜、宿で寝たまま死んでしまった。

 だからそのような歌は、深い山中などで歌ってはいけない。山の神がこれを聴いて気に入ると引き留めるからである。常陸歌はその国の歌であったので、その国の神が聴き、舎人を気に入って引き留めたのであろう。

 従者たちは、意外なことだと思って嘆いたけれども、何とかして京に上って語ったのを人が聞き継いで、このように語り伝えられているということだ。

和歌ではないですが、これも歌にまつわる話。山の神が引き留める=死ということは、山の神が死の世界の神と考えられていたということでしょうか。
群馬県勢多郡東村には、子供が産まれたら、急いで名前を付けないと十二様(山の神)に連れて行かれるという伝承があります。(大藤ゆき『児やらい』より)


第十四話 蜘蛛、人をとる事 『宿直草』二巻より

 ある人が、朝早く神社へ詣った。垣根の周りを歌を口ずさみながら歩いていると、拝殿の天井で、ひどくうめいている者がいる。気になって、上に上がって見てみると、大きな土蜘蛛が糸で人を巻き、首筋に食いついていた。天井に上がるとそのまま蜘蛛は逃げていった。

 すぐに近づいて、とりまく蜘蛛の糸を取り去り「一体どうしたのです。」と聞くと、「私は旅をしている者です。昨日の黄昏時、ここに着きました。泊まれるような宿もなかったので、この神社で夜を明かそうと思い、一人寂しくしていると、あとから座頭が疲れた様子でやってきました。

 一緒に旅の苦労話などをしたりして、私と同じような人もいるものだと思っていると、その琵琶法師は見事な香箱を取り出し、「これは良いものでしょうか。見てください。」といって私のほうに投げました。

 そういうことならばと思って、右手で取ると、とりもちのようになって離れない。左で押さえて取ろうとするとそちらにもくっつきました。左右の足で踏んでとろうとしたところ、足もとれなくなってしまいました。

 そうこうするうちに、座頭は蜘蛛に変化して、私をからめて天井に登り、ひたすら血を吸いました。ひどく耐え難くて、命もなくなってしまいそうなまさにその時、不思議にも救って下さいました。命の恩人です。」と語ったそうだ。

蜘蛛の使う道具が香箱ではなく、琴だったりする話も何かで読んだことがあるように憶えています。土蜘蛛が神社に出ているのも興味深いです。神様の威光は及ばないのでしょうか。それとも妖怪は「神の零落したもの」だから神社でも問題ないのでしょうか。お経など仏教には弱いようですが。


第十五話 讃岐の国騎馬の化物の事 『太平百物語』五巻より

 ある僧が、讃岐国丸亀から三井という所へ行こうと、千代池の堤というところを夜中に通りかかった。

 向こうの方から騎馬がたくさんいなないているような音が聞こえたので、この僧は「不思議なことだ。こんなに夜が更けたというのにどこへ行く人々だろうか。」と思って静かに進んでいった。

 ところが、蹄の音がだんだん近くなって、もうすぐ十間ぐらい(約18メートル)になろうかというとき、向こうの方を見てみると、音だけが騒がしくて、その姿は少しも見えなかった。

 これは不思議だと思いながら、堤の上に通りがかると、騎馬の音は行き過ぎて、今度は後ろから聞こえてきた。

 この僧はますます不思議に思って「この堤より他に通り道はない。気になることだ。」と立ち止まって、よくよく聞いてみると、音は堤の下からはっきりと聞こえてきた。

 それならば行って見定めようと、堤を下ってみたけれども、それでも騎馬の姿は見えない。しばらくするとまた上の堤から聞こえてくる。さてはと思って上に上がって聞くと、馬がいななく声が下から聞こえてくる。下へ行くと上で音がする。

 この僧はとても不思議に思い、どうしようもなくなって目指す方向に行くと、また向こうの方から聞こえてくる。追いついたと思えば音は後ろから聞こえてくる。

 この僧が意外に思って四方を見回したところ、東の方が白んでほのぼのと夜が明けてきた。この僧はとても驚いて、それから三井へと急いだという。

 後でよくよく聞いてみると、古狐が夜通し往来の人をこのようにたぶらかしたのだそうだ。

音の怪はたくさんあります。「小豆洗い」や「川赤子」もこのパターンですね。


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