第六話 相模国小野寺村のばけ物の事 『諸国百物語』二巻より

 相模国小野寺村という山里に化物の棲む家があり、そこには人が住むことはなかった。ある時、都から旅人が下ってきて、この里に泊まった。

 宿の亭主がいろいろな物語のついでにその家の化物のことを語ったところ、その旅人は武辺の者だったので、「これは珍しいことがあるものだ。その化物の様子を見ておいて都へ帰ってからの土産話にしよう。」と言った。亭主はなんとか止めようとしたのだが、旅人は聞き入れなかった。

 その夜の夜半頃に例の家に行って、内側から掛け金をかけ、門戸を堅く閉め、準備をして待ち構えた。この家の座敷は八畳敷きで、東側に窓があり、窓の向かい一町(約110m)ぐらいのところに茂った森がある。

 その夜の丑の時(午前二時)ごろ、この森の方向から稲妻のように光るものがちらちら見えた。この男はいよいよかと思い、腰の刀を抜いて待ちかまえた。

 しばらくしてまたさっきのように光って、座敷の辺りも昼のように光り輝いた。よく見ると四十歳ぐらいの男がかげろうのように痩せ衰え、青白い顔をして、窓にとりついて中にいる男をじっと見ていた。その恐ろしさは何とも言いようがなかった。

 この男は武辺の者だったので腰の刀をするりと抜き、かかってきたら切ってやろうと身構えたところ、その化物は「ここには入り口がないようだ。台所から入ろう。」と言って、二重三重の戸をやすやすと蹴り飛ばして、奥に入ってきた。男も相手が変化のものなので切りとめにくく、組みとめようとして、飛びかかると、化物は男の胸を蹴り飛ばした。蹴られて男は気を失ったので、その間に化物は消え失せてしまった。

 夜が明けて宿の亭主が土地の人たちと一緒に、心配して男の様子を見に来ると、男が倒れている。人々が驚いて気付けを飲ませたり、大声で名前を呼んだりしたところ、男はだんだんと意識を取り戻し、事の次第を話した。

 化物が蹴り飛ばしたという戸を見ると、みな掛け金は昨夜の宵のままにかけてあった。不思議としかいいようもないことだ。その家にはますます人が住まなくなったという。

肝試しをしてひどい目に遭う人の話は多いですね。


第七話 修行者、百鬼夜行にあう事 『宇治拾遺物語』一巻より

 今ではもう昔のことだが、ある修行者が摂津国まで行ったとき、日が暮れてしまった。竜泉寺という人の住まない古寺があった。ここは人の住まないところだといっても、その辺りにはほかに泊まるところもなかったので、仕方ないと思って、笈を下ろして中に入っていった。

 修行者が不動の呪文を唱えて座っていると夜中になった頃、人々が大勢やってくる物音がした。その方向を見ると、手に手に火をともして、百人ぐらいがこの堂の中に入ってきた。

 近くで見ると、目が一つついている者などいろいろな者がいた。人ではない怖ろしい者たちだった。角が生えた者、顔が言いようもなく怖ろしい者などだった。

 修行者は怖ろしいと思ったが、どうしようもなく座っていると、入ってきた者たちは皆座ってしまった。一人だけ場所がなく座れなかった者が、火をかざして修行者を見て「私が座るはずのところに新しい不動尊がいらっしゃるよ。今夜だけは外にいらっしゃってください。」と言って、片手で修行者を引き下げ、堂の縁の下に移した。そうこうするうちに朝方になり、この人々は騒ぎながら帰って行った。

 「何とも怖ろしいところだ。早く夜が明けてくれ。逃げよう。」と思っているうちにようやく夜が明けた。見回してみると、先ほどまであった寺が見あたらない。はるばるやってきた道も、人が踏み分けた道も見あたらない。どうしようもなくて困っていると、たまたま馬に乗った人が大勢の人を連れてやってきた。

 うれしくなって「ここはどこですか。」と聞くと、その人は「どうしてそんなことを聞くのです。肥前国ですよ。」と答えたので、「そんな馬鹿な。」と思って事情を説明した。この馬に乗った人も「とても不思議なことですね。ここは肥前国でも奥の方の郡ですよ。私は役所に向かうところなのです。」と言った。

 修行者は喜んで「道も知りませんので、そういうことなら道のあるところまでついていきたいです。」とついていき、京へ行く道を教えてもらって、舟に乗りそのまま京へ上ったという。 

大阪から佐賀まで飛ばされたらびっくりするでしょうね。昔は人の住まない廃屋に宿泊するのはタブーだったようで、これを破った人が鬼に食べられたりする話が『今昔物語』などにもたくさんあります。


第八話 越後新潟にかまいたちある事 『百物語評判』一巻より

 「私が召し使っている中に越後出身の者がいるのですが、太股にかなり深い傷跡があるので、どうしてそんな傷を負ったのか気になり、理由を聞いたところ、その者が言うには『故郷や秋田信濃などに多く現れる、かまいたちというものに切られた傷です。』とのことでした。

 不思議に思って詳しく聞いたところ、『土地の者、旅の者に関わりなく、あちこちを歩き回っていると、急に股やふくらはぎなどに鎌で切ったようなひどい傷ができます。傷口が開いても血は流れません。

 気を失って寝込んだ時は、そのことに慣れた医者を呼んで、薬を付けるとすぐに治ってしまいます。命にはかかわりません。

 私も新潟から高田へ参上しましたとき、このかまいたちに遭った傷でございます。それほど珍しいものでもありません。けれども都の人や名字のある侍にはこの災いはありません。』と語ったのですが、これは本当でしょうか。」とある人が尋ねた。

 先生は、「一般に、南は陽であって暖かなので物を成長させ、北は陰であって寒いので物を削ろうとする。越後や信濃は北の国なので、風が激しく空気が冷たいその力を借りて、山谷の化物がした仕業だろう。都の人や名字のある侍にこの傷に遭った者がいないのは、邪気が正気に勝てないという決まりによるのだろう。」と答えた。

『百物語評判』では学者山岡元隣が弟子の質問に答えて妖怪の謎を解き明かそうとしています。今から見るとこじつけくさいですね。この話では妖怪が人間の身分に応じて災いをなすというところがおもしろいと思います。


第九話 山中の鬼女 『老媼茶話』六巻より

 信濃から都へ上っていた旅人が、木曽路で道に迷ってしまった。あちこちさまよったあげくに山中で一軒家を見つけたので、喜んで立ち寄ったところ、五十歳くらいの女が出てきて宿を貸してくれた。家の中には他には人もなく、女はいろりの側で何かを鍋に入れ火をたいていた。

 鍋からぐつぐつといい香りがしてくるので、旅人は「私は山道で道に迷い、人家もなかったので、とてもおなかがすいています。何でもけっこうですので食べ物をくださいませんか。」とお願いした。

 女はそれを聞いても笑うばかり。旅人はさらに「鍋で煮ているのは何でしょうか。それを少しいただけませんか。」とお願いした。

 女はこれを聞いて「これは魔物の食べ物だ。私の夫は遠くへ行っているがもうすぐ帰ってくる。そのための料理を作っているのだ。人間が食べるためのものではない。」と言った。

 旅人が女の顔つきを見ると、さっき見た面影とはうって変わって、眼が大きく光り口は耳元まで裂けて、怖ろしい鬼女に変わっていた。

 旅人がこれを見て、さらに鍋の中を見ると、なんと鍋で煮ているものはみんな人間の首や手足である。旅人はびっくりして表に飛び出し、一目散に逃げ出した。鬼女も続いて家を飛び出し、「おのれ、どこへも逃がさんぞ。」と言って怖ろしい勢いで迫ってくる。

 旅人はどうしようもなくなって辻堂へ走り込み、御仏の後ろに「どうかお助けください。」と言って隠れてじっとしていた。鬼女が続いて入ってきてあちこち探し回ったが、旅人を見つけだすことはできなかった。

 鬼女は何とも怖ろしい声をあげ、「取り逃がしたか。残念。」とののしりながら風のように去っていった。旅人は危うく一命を取り留め、かろうじて都へ上ったという。

道に迷った人が妖怪の住処に迷い込んでひどい目に遭う話も多いですね。水木しげる氏がこの話をモチーフに鬼女の絵を描いていましたが、手足が鍋に入ってる絵は当時の私にはけっこうインパクトありました。


第十話 ばけ物に骨をぬかれし人の事 『諸国百物語』三巻より

 京七条河原の墓所に化物がいると言われていた。若者たちが集まって、賭をして、ある一人がその墓所に夜半頃に行き、杭を打ちそれに紙を付けて帰ろうとした。

 すると身の丈八尺、八十歳ぐらいの白髪の老人が現れた。顔はすすけ、眼は手の中に一つあり、前歯二つを出して、その老人はこの男めがけて追いかけてきた。

 男はぞっとして近くの寺に逃げ込み、僧に助けを求めたので、僧は長持ちを開けてその男をかくまった。

 化物はこの寺へ追いかけてきて、じっと中を覗いた後、そのまま帰ったように思えたが、すぐに長持ちの近くで犬が骨をかじるような音と男がうめくような声が聞こえてきた。

 僧もあまりの恐ろしさに、しゃがんでじっとしていた。しばらくして「もう化物も帰っただろう。長持ちから男を出そう。」と思い、蓋を開けて中を見ると、例の男は全身の骨を抜かれて、皮だけになって死んでいた。

「まなこは手のうちにひとつありて」とあるので、「手の目」の原型か。挿絵を見ると顔には両眼ともあり、片手に一つ目が付いているのが確認できる。もう片方の手は手のひらを確認できず、両手に目があるかどうかは分からない。


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