松戸上本郷七不思議めぐり

2002年6月2日、松戸在住の妖怪愛好家・井上遠慮さんの企画で、千葉県松戸市上本郷の七不思議めぐりを行いました。参加者は私と遠慮さんのほか、目目連さんと村崎ろおたさんの計4人。

待ち合わせ場所のJR北松戸駅改札に着いてみると出迎えの遠慮さんはなんと作務衣姿。今回の企画への意気込みが衣装からも感じられます。

【松戸市・上本郷の七不思議】

1.八百比丘尼

昔、風早神社前の農民六人が長者屋敷の庚申講に誘われた。

ところが、長者屋敷で人魚料理が出されるということが分かり、出席者たちは料理を食べないで帰りに捨ててしまおうと相談した。

が、そのうちの一人は耳が悪かったのでその話を聞き損じてしまい、料理を持ち帰って娘に食べさせてしまった。

人魚料理を食べたその娘は以後800歳まで生き続け、尼になって若狭国に移り住んだそうだ。一説には移住地の若狭国は「若さ」からの連想ではとも言われている。

風早神社の狛犬。迫力あるポーズです。

2.大杉の陰影

風早神社には杉の大木が立っていた。この杉の木の影は遠く離れた二ツ木村の田まで伸びていた。

影が当たっていた二ツ木村の田は実りが悪かったので、困った村人が風早神社に米を奉納したところ実りが良くなったという。それ以後、毎年米を供えることになったが、ある年これを怠ったところ不作となった。

異伝として、影が当たっていた田は風早神社の霊験で実りが良かったので、お礼として米を供えていたという話も伝わっている。

3.ゆるぎの松

本福寺の北に樹齢数百年の老松があった。この松の幹をなでると不思議なことに大木がゆらゆら揺れ動いたので、この松をゆるぎの松と言った。今は枯れて現存しない。

4.富士見の松

本覚寺の墓地にあった老松。不思議なことに、この松の全て枝は富士山の方向へ向かって伸びていたという。本覚寺は台地の上にあるのだが、この台地の上からは富士山がよく見えたのだそうだ。

実際に本覚寺を訪れてみましたが、高台の上にある寺で見晴らしは抜群。富士は見えませんでしたが伝承ができるのも納得でした。

5.二つ井戸

JR北松戸駅から明治神社に向かう途中に、二つ井戸が逢ったことを示す石碑が建っている。

ここには、跳ね釣瓶の二つの井戸があったが、どちらか一方の水が澄んでいると、もう一方は濁っていたという。

現在は石碑を残すのみです。

6.斬られ地蔵

明治神社隣の覚蔵院境内で盆踊りがあった。

見慣れない大男が入り込んできて急に踊り始めたので、怪しんだ若者が刀で斬りつけた。斬られた大男は悲鳴を上げて姿を消してしまった。

翌朝境内を見ると、石地蔵の胸に刀傷が残っていたので、大男の正体がお地蔵さまで逢ったことが分かり、若者はびっくりして地に平伏して謝ったという。

この地蔵があった覚蔵院は廃仏毀釈で廃寺になったため、斬られ地蔵は現在本福寺の境内にある。

はっきりと刀傷(?)が確認できます。

おそらくは石のひび割れがそれっぽく見えるところから生まれた話なのでしょう。

それにしても、見慣れない男が盆踊りに加わっただけで斬りかかってしまうというのは、ちょっとやばいんではないでしょうか。

昔の盆踊りはそんなに閉鎖的な物だったのでしょうか。

7.官女の化け物

明治神社には雷神社と刻まれた石があるそうだ。この石はもともと明治神社の北方、龍善寺付近のいかずち山にあった。

昔、このいかずち山に夜毎、赤袴をはいた官女の化け物が出没し、この山を所有した者の家は必ずつぶれて不幸になったと言われる。

この話は一番妖怪話っぽくて興味深かったのですが、明治神社は改築中で(一説にはホームレスのたき火による失火が原因だとか)、雷石が確認できませんでした。

また、その雷石が、いかずち山の官女の化け物と何の関係があるのかも資料を読む限りでは不明です。


番外

松戸の七不思議を堪能した後は松戸市立博物館へ移動。
ここでは毎月第一日曜日、江戸時代の町人旅姿の衣装を着付けしてくれるという企画があるのです。

言い出しっぺの遠慮さんを皮切りに、ろおたさんと私も旅姿に。特に私は細身だということでなぜか女性の衣装を着ることになってしまいました。

このとき撮られた写真が松戸市立博物館のプレイルームに展示されるかもということなので興味のある方は館にお問い合わせの上、行ってみてください。


現在では伝説しか残っておらず、物として見ることができないスポットも多かったですが(木にまつわる伝承では木が枯れてしまっている場合が多いです)、現地を訪れたことで空気を感じることができました。というわけで、松戸七不思議めぐりは大成功でした。

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