第十一話 河童     1966年39号(10月2日号)掲載

 熊本兼八代市に「河童渡来碑」という大きな石がある。

 その石に刻まれた文字によると、河童は、千五、六百年前に、中国方面からやってきて、九州に上陸したという。
 河童は、もとイランやアフガニスタンあたりにいたらしい。
 だが、次第にそのあたりが砂漠になり、水が少なくなったため、九千坊という親分の河童が大移動を決めた。
 部下の九千匹の河童を引き連れて、ヒマラヤのふもとにまたがる、タクラマカン砂漠を越え、川を渡り、海を越え、苦難の末、九州にたどり着いたという。

 日本では、はじめは水の神様としてあがめられたが、次第に堕落して、今のような姿になったという。

 甲羅のあるのを「水虎」といい、甲羅のないのを「河童」という。
 甲羅のないのは、背中に毛が生えており、、利根川あたりには百年ばかり前までいたという。

 河童は、生臭い臭いがし、体の色は青黄色で、ぬるぬるした粘液に覆われていて、背の高さは六年生ぐらい。手足に水掻きがあり、水泳がうまい。
 頭にふたの付いた皿があり、この中にいつも水が入っていないとだめで、水がなくなると、とたんにゲンナリする。

 ピンチにあうと、オナラを放つ。なにしろ、お尻の穴が三つあるので、その臭いをかぐと、どんな強い男でも、病気になって百日寝込んでしまうという。
 しかし、河童の言うとおりにすると、何も害を加えないばかりか、水泳を教えてくれるという。

 昔、九州の天草地方にいた河童は、付近の子供を海へ連れていき、毎年、水泳を教えていたという。
 しかし、機嫌を損じると何をするか分からなかったので、天草の子供は、時々親に頼み、河童をよんでご馳走したそうだ。その姿は子供には見えるが父母には見えず、ただものを食べる音ばかりした。もちろん、出した食べ物は全部カラにしたという。

 明治の初め頃、佐賀市高木町の承認の女の子が、学校の帰り、生臭い子供に会い、寺の前の川で遊ぼうと約束した。
 家に戻って、ご飯を食べていこうとしたら、親がこの話を聞いて、用心のためにカマドの神様を拝ませ、カマドの炭を額に塗って行かせた。

 寺の前の川に来ると、生臭い子供は、つくづくその女の子の額を見て、
「お前は、カマドの神の炭をいただいてきたから、もう一緒に泳ぎたくないよ。」
と言って不機嫌になり、どこかへ去ったという。
 おそらく、これが河童の現れた最後ではなかろうか?


第十二話 欠号     1966年40号(10月9日号)掲載

第十三話 野ぶすま   1966年41号(10月16日号)掲載

 人が足を踏み入れない深山だとか、村はずれの寂しいところを、真夜中に歩いていると、突然目の前にふすまのように立ちふさがる妖怪を『野ぶすま』という。

 野ぶすまは形が必ずしも決まっておらず、見る人によって違う。たぶん、急に出てくるから、びっくりして、形を見間違えるのだろう。

 土佐(高知県)の幡多郡に現れたときは、目の前に、壁のように立ちふさがり、左右に果てしなく続いていたという。
 そんな時は、落ち着いて腰をおろし、煙草を一服吸っていると消えるという。

 佐渡島では、この妖怪をただ『ふすま』という。
 夜中、後ろからともなく、前からともなく、大きな風呂敷のようなものが降りてきて、頭を包んでしまう。   
 どんな名刀で切っても切れない。が、一度、黒く染めたことがある歯(お歯黒)でかみ切れば、簡単に切れるという。
 そのため佐渡島では、昔は男でもお歯黒をしていた。つい最近まで、島にはお歯黒をした男が二、三人いた。

 ある地方では、野ぶすまは、タヌキが化けるのだとも言っている。また、東京付近では、コウモリのような形をしており、いきなり出てきて、人の目や口を包んだという。

『野ぶすま』の仲間の妖怪で『一反木綿』と言われている妖怪がある。
 これは六尺ふんどしのように長く、ひらひらと降りてきて人を襲う。

 また、同じ仲間の一つとして、九州に『塗壁』というのがいる。
 これは、主に海岸あたりに出る。
 夜道を歩いていると、目の前が壁になり、どこへも行けないことがある。
 棒を持って、その壁の下を払うと消えるが、上の方をたたいてもどうにもならないという。


第十四話 子なきじじい 1966年42号(10月23日号)掲載

『子なきじじい』は、徳島県の山奥にいるといわれる妖怪だ。
 形は全くおじいさんだが、赤ん坊のような泣き声をする。
 人が見つけて、あわれに思って抱き上げると、にわかに重くなる。
 あわてて離そうとすると、しがみついて離れない。そしてしまいには、命を取られてしまう。
 泣き声は『ゴギャー』という声だ。この妖怪は昔は山奥にたくさんいた。
 とくに、木屋平の村では『ゴギャなき』が来るといって恐れられた。
 また子なきじじいは、一本足で、山中をうろつくともいわれている。
 ある地方では、この妖怪が泣くと、地震が起こるともいわれていた。
 とにかく、深い山奥へ行ったとき、「ゴギャー」という変な赤ん坊の泣き声を聞いたら急いで逃げ出した方がいい。


第十五話 牛鬼     1966年42号(10月23日号)掲載

 牛鬼は、島根県の海岸に住む妖怪だ。
 海岸といっても、人があまり行かない、断崖のようなところだ。

 明治の初めころの、まだ寒い四月の夜のことだった。
 島根県温泉津湾の大浜村の漁師たちが、高さ三十メートルの断崖のある海岸に、船を浮かべ、鯖釣りをしていた。
 そこは昔からあまり人が行くところではなかったが、魚がたくさんとれるというので釣っていた。

 真夜中になった頃だった。急に漁師たちはみな同じように妙な不安を感じて、急いで漁をやめようとしたときだった。
「行こうか。」
 突然、海岸の方から、こう声をかけたものがある。

 これはきっとキツネが魚ほしさに、人間の声をまねたのだ、と思った漁師が
「おう、きたけりゃこいや。」
とからかい半分に答えた。

 すると、この返事に応じるように、何かが海中に躍り込んだ。
 見ると夜光虫のように光る波を蹴立てて、船に泳ぎ着こうとするものがある。
 船にともした火の薄明かりでのぞいてみたらなんと『牛鬼』だった。

 みんな、色を失って、千メートルばかり、必死で漕いでやっと渚にあがった。
 だが、牛鬼は妙なうなり声をあげて荒れ狂い、漁師の家まで追っかけてきた。

 さいわい、ふところに出雲大社の護符があったので急いで投げつけた。
 牛鬼はものすごいうなり声をあげたかと思うと、逃げ去ったという。


HOME/戻る/進む