■花山(かざん)
1974年9月、大阪府東大阪市にて出生。妖怪ファン。というか水木ファン。現在東京都杉並区在住。
このハンドルネームは花山天皇から。なぜか花山院の生涯に共感を感じてしまう。
花山院の出家は藤原兼家の陰謀のせいらしいけど、かえって良かったんじゃないかと思う。
いろいろ創れたし。『拾遺集』の企画も花山院がやったらしい。


花山天皇(第六十五代天皇
18歳でいきなり出家。書写山・比叡山・熊野で修行。周りからは変わり者扱い。
その一方で花山院は和歌・建築・作庭・工芸絵画に秀でていたそうな。


■物心ついたときにハマったものは親に買ってもらった恐竜図鑑。読んでもらっている最中「シルル紀って何?」など、どうでもいい質問をして親や親戚を困らせたらしい。

■並行してウルトラ怪獣やガメラなどの怪獣ものにも当然のようにハマる。頼まれもしないのに怪獣の身長・体重から足跡・解剖図まで暗記したりしたが、なぜかゴジラシリーズにはまったく関心を示さなかった。幼稚園時代には怪獣消しゴムの収集に精を出し、コレクター仲間の間では鑑定人としての役を果たす。

■時を同じくして怪奇ものにも関心を示し、愛読書は水木しげる氏の小学館入門シリーズ『妖怪百物語』。これが水木氏の妖怪画にはまるきっかけとなる。同じく小学館入門シリーズ『妖怪クイズ百科じてん』を何度も読み返し、妖怪にまつわる知識を身につけ始める。と同時に大阪に現れる妖怪が「白坊主」ぐらいしかいないのを知り、強そうな妖怪が多い九州地方にあこがれる。

■コレクター精神は止まず、小学校時代にはキン肉マン消しゴムの収集にハマる。貴重な「アトランティス」の消しゴムを何度も友達にパクられ、結局コンプリートできなかった。コレクター精神から来る完璧主義によるものか、なぜか勉強が好きで学校の成績はいつもよかった。小学校時代のあだ名はハカセ。

■中学・高校時代に関してはなぜか印象が薄い。高校時代から民俗学にあこがれ、柳田国男や宮田登氏の著作を読むようになる。今から思えば民俗学にあこがれたというより、妖怪を研究して食っていける学問があると勘違いしてあこがれていたような気がする。

■大学受験の時、民俗学を勉強できる大学のうち、どれを受験しようか真剣に悩む。が、結局柳田国男が卒業した大学を受験することに決め、運良く合格。大学では宗教学を専攻。大した業績も残さず卒業。この時期劇団に所属し役者。演劇にハマる。

■卒業後あこがれの宮田登氏に師事するべく大学院を受験。無事合格し一年過ごすも大学院生活に疑問を感じ、奈良県明日香村の手打ちそば屋で住み込み修業、そば職人を志す。せいろ・さらしなの基本を一通りマスターした後、復学。

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